雇用権利法案の公表

カテゴリー:労働法・働くルール

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  • 国別労働トピック:2024年11月

政府は10月、雇用権利法案を議会に提出した。ゼロ時間契約など不安定な働き方の労働者に対する保護のほか、就業初日からの各種の権利付与や、労働組合に対する各種規制の緩和、労働市場法制の執行に関する単一の機関の設置など、多岐にわたる法制度の改正が盛り込まれている。ただし、大半の内容については法案成立後にさらなる法整備が必要となり、本格的な施行は2026年以降の見込みだ。

ゼロ時間労働者等に、実態に沿った労働時間などを保障

雇用権利法案(Employment Rights Bill新しいウィンドウ)は、7月の総選挙に先立って労働党が打ち出していた労働者の権利保護の強化に向けた多様な法制度の改革プラン(注1)をもとに、法案化がはかられたものだ(全体の概要は文末囲み参照)。政府は、一連の制度改革を「メイク・ワーク・ペイ」と銘打って、経済成長や生活水準の向上、機会の創出の実現に資するものと位置付けており、雇用権利法案をその第一歩としている(注2)

法案冒頭の雇用権に関する法改正(第1部)で多くの分量が割かれているのは、ゼロ時間契約(注3)の労働者に関する内容だ。ゼロ時間契約の労働者または短時間(注4)の仕事の提供を保証する労働者契約を締結している労働者(派遣労働者を除く)について、所定の参照期間(政府案は12週間)における労働時間の実績を反映した内容の契約の提示が、雇用主に義務付けられることとなる(注5)。その際、正当な理由がなければ期限のない契約を提示すべきであるとされ、特に新規契約の場合は有限の仕事等に理由が限定される。雇用主による提示には期限が設けられ、期限内に提示がなかった場合や内容が法律に反する場合は、3カ月を期限として雇用審判所に申し立てを行うことができる(注6)

また、勤務シフトに関する適切な通知を受ける権利が新たに設けられる(注7)。シフトやそのキャンセル、変更について事前通知の期限を設定し、これを超えた場合は不適切とみなすものだ。シフトのキャンセル、移動、短縮に関する通知が期限を超えた場合、原則として当該シフトを就業した場合の賃金を上限に、補償を受けることができる(注8)。通知時期の期限は、7日を超えない範囲で規則により設定される。違反の場合は、同様に3カ月を期限として雇用審判所に申し立てを行うことができる(注9)

なお、派遣労働者については、類似の法整備が別途検討される予定だ(注10)。また、昨年(2023年)に成立していた労働者(予見可能な雇用条件)法(注11)は、より安定的な勤務形態を求める権利の保障が目的とされ、今秋の施行が予定されていたが、本法案との内容の重複から廃止されることとなる。

柔軟な働き方の権利強化、就業初日からの各種権利付与など

2024年4月に就業初日からの申請が可能となった柔軟な働き方についても、さらに権利の強化が図られる。労働者からの申請を原則として認めることを求めるもので、適切な理由がある場合のみ却下が可能となる。

また就業初日から、両親休暇・父親休暇の取得(注12)、不公正解雇からの保護(注13)に関する権利を付与するほか、法定傷病手当については、従来待期期間とされていた最初の3日間を支給対象とするとともに、支給要件とされていた賃金額の下限(国民保険の加入下限相当額、現在は週123ポンド)を廃止し、賃金額の一定割合の支給基準を新たに導入する(法定額(現在は週116.75ポンド)といずれか低い額を支給)。不公正解雇からの保護については、別途試用期間を設定する議論があり(政府案は9カ月間)、この間は権利が留保されるとみられる。

解雇をめぐってはこれ以外にも、妊産婦に対する整理解雇からの保護期間(出産から18カ月)の通常の解雇への適用や、法定の家族関連休暇(出産休暇、父親休暇、共有両親休暇)取得中の解雇禁止について、取得後の一定期間まで延長することなどが盛り込まれている。加えて、労働条件の変更を目的とする解雇・再雇用(いわゆるfire and rehire)の乱用防止を目的に、労働者が労働条件の変更に合意しなかったことによる解雇を自動的に不公正解雇とみなすとしている(経営上の困難により、解雇が不可避であることを示す場合を除く)。また併せて、整理解雇手続きの強化などが行われる見込みだ。

このほか、雇用主には労働者に対する第三者(雇用主・同僚以外の顧客や取引先等)によるハラスメントからの保護義務が強化される。また、性的ハラスメントについて雇用主が取り得る適正な防止措置のための手段が新たに規定されるとみられる。

学校の補助職員、介護労働者に関する賃金、労働条件等の協議組織の設置

イングランドの学校(注14)の補助職員(補助的教員のほか、事務、清掃、調理などの職員)及び介護業の労働者については、賃金や労働条件等を協議する組織が設置される見込みだ。学校の補助職員に関しては、かつて労働党政権下で同種の組織が2009年に設置されたものの、政権交代後ほどなく廃止された経緯があり、これを再導入するものといえる。また介護業に関しては、低賃金に起因すると見られる人手不足や外国人労働者への依存が課題とされ、その対応策の一環として協議組織において「公正賃金協定」(fair pay agreement)を締結し、賃金水準の基準を設定することが企図されている。

協議機関は労使及び政府その他の代表で構成され、賃金、雇用条件、その他(補助職員の場合、訓練、キャリアの向上等)に関連する事項について、国務大臣からの諮問または承認を得て検討する。協議機関が何らかの合意に達した場合、国務大臣がこれを承認すれば規則として法制化され、適用対象となる労働者の報酬や雇用条件を規定する。また介護業については、合意された賃金等の基準に関する執行において、最低賃金法の援用(記録保持義務等の適用)が想定されている。

労働組合、労働争議に関する規制の緩和

労働組合のストライキなどの活動をめぐっては、前保守党政権による各種の規制強化が行われてきたところだ。これには、2016年労働組合法(注15)によって導入されたストライキの実施に関する手続き等の厳格化や、労組の管理機関の権限強化、また2023年ストライキ(最低サービス水準)法(注16)によるスト期間中の最低サービス水準維持の労使への義務化(注17)などが含まれる。法案ではこれらを廃止するほか、労組の設立や組織化、その他活動の促進等を図る内容が盛り込まれている(以下の囲み参照)。

○2016年労働組合法による規制強化の廃止

  • スト実施に先立つ雇用主に対する事前通告義務の時期を14日前から7日前に短縮
  • スト投票に関して、投票率及び一部の公共サービスに関する賛成率の要件を廃止(単純多数決に)、投票用紙の追加的記載事項(紛争概要、実施予定時期)を廃止、電子投票の試行・レビューの条項を廃止(実施せずとも制度改正が可能に)
  • スト時の労組側監督者の任命・警察への登録義務等を廃止
  • 政治献金に関する組合員のオプトアウトの廃止、組合費の天引きに関する制限の廃止
  • 公共部門における組合活動時間の公表義務の廃止
  • 認証官の各種規制権限の廃止、義務化された活動報告内容の簡素化

労働市場法制の執行機関の設置

併せて、労働市場法制の執行を担う単一の組織の設置がはかられる。現在、職業紹介・労働者派遣業や最低賃金制度、ギャングマスター(労働者供給事業)など各分野に分かれる監督権限を所管の国務大臣の下で統合し(以下の囲み参照)、新たに設置される執行機関(注18)がこれを代理する形を取るとみられる。また、国務大臣は労働市場法制の執行状況や対応策等について毎年報告書をまとめるほか、執行方針を3年に1度策定することとし、これらに関して提言を行う諮問機関を設置する。

○国務大臣の権限の下に統合する範囲として、法案で挙げられている法律の内容

  • 1973年職業紹介事業法
  • 1992年社会保障拠出・給付法のうち法定傷病手当関連
  • 1996年雇用審判法のうち支払い命令に違反した場合の金銭的罰則
  • 1998年全国最低賃金制度の一部(資格要件、記録保持義務、労働者の記録に対するアクセスの権利、未払い、不利益取り扱いを受けない権利、違反)
  • 1998年労働時間規則のうち不規則就業の労働者に対する休暇手当相当の支払いの権利
  • 2004年ギャングマスター(ライセンス)法のうち非認証活動、認証及び関連ルール、違反
  • 2015年現代奴隷法のうち奴隷労働、隷従、強制労働および人身売買防止・命令その他の違反
  • 2025年雇用権利法のうち労働市場法制の執行(第5部に係る違反、命令等)。

国務大臣はこれに、被用者・労働者の権利、処遇、雇用主の義務、制限、禁止、労組・経営者団体、労働争議に関する法律等を追加することができる。

大半の施行は2026年以降

広範な制度変更が想定され、企業等による対応に時間的猶予が必要との判断から、政府は大半の内容について2026年以降に施行するとしており、法案の成立以降は、各種の制度改正の詳細に関して法整備を進めるべく、労使を含め関係者からの意見聴取等を行なうとみられる。法案策定の過程では、改革プランの作成に関与した労組だけでなく、使用者団体や企業などを交えた意見交換が行われたとされ(注19)、法案をめぐっても大きな反対は見られないものの、その影響を巡っては法案公表前から懸念の声が聞かれていたこともあり(注20)、制度の詳細をめぐる今後の議論では、紛糾も予想される。

○雇用権利法案の概要

第1部 雇用権(1~22条)

  • ゼロ時間労働者等(時間保証、適切な通知、キャンセル・変更・短縮時の補償に関する権利、予見可能な労働条件法の廃止など)
  • 柔軟な働き方(適切な理由がある場合のみ申請を却下可能、却下する場合の理由の明示義務、申請者との面談の手順を規定)
  • 法定傷病手当(待期期間の廃止(最初の三日間も支給対象に)、支給要件となる賃金額の下限(国民保険の加入下限相当額)を廃止のうえ、賃金の一定割合の支給基準を追加(法定額といずれか低い額で支給))
  • チップ・心づけ(チップの分配等に関するポリシーの現場での掲示義務、ポリシー作成に先立つ労組/労働者代表/代表者との協議義務、など)
  • 休業の権利(両親休暇・父親休暇の勤続期間要件を廃止、子供を亡くした親以外にも遺族休暇制度を拡大など)
  • ハラスメントからの保護(雇用主にあらゆる適正な防止措置義務、第三者による性的ハラスメントからの保護)
  • 解雇(不公正解雇を受けない権利に関する勤続期間要件を廃止、妊産婦の整理解雇からの保護期間を通常の解雇にも適用、法定の家族関連休暇取得後も一定期間は解雇禁止、労働者が労働条件の変更に合意しなかったことによる解雇を自動的に不公正解雇とみなす(経営上の困難により不可避であることを示す場合を除く))

第2部 その他雇用関連(23~27条)

  • 整理解雇の手続き(規定(20人以上の解雇に際して、当局への事前通知および労働者代表との協議を義務化)の適用単位を事業所から企業全体に、船員の整理解雇に関する当局への事前通知義務の範囲を拡大(船籍を問わず、国内航路及び他国との間で一定頻度以上運行する航路の船員の整理解雇について、当局への事前通知を義務化))
  • 公共部門の外部委託における労働者保護(事業譲渡における労働条件の承継と譲受側の労働者との均等待遇)
  • 平等に関する雇用主の義務

第3部 特定業種における賃金および労働条件(28~44条)

第1章 学校の補助職員(賃金・労働条件に関する協議機関の設置、検討されるべき内容、合意の承認等の手続き、ガイダンス等)

第2章 介護(賃金・労働条件に関する協議機関の設置、検討されるべき内容、合意の承認等の手続き、ガイダンス等)

第4部 労働組合・労働争議等 (45~71条)

  • 労組加入権の書面による通知を受ける権利
  • 職場委員が職場に立ち入る権利
  • 労組の承認(事前の組織率要件を緩和、組合承認に労働者の過半数の賛同見込みを示す義務を廃止)
  • 労組の財務(政治献金に関する組合員のオプトアウトの廃止、組合費の天引きに関する制限の廃止)
  • 労組代表、組合員に提供される便宜(職場委員、均等委員、学習委員の活動時に必要な施設・設備の提供に関する雇用主の義務等、公共部門における組合活動時間の公表義務の廃止)
  • ブラックリスト(作成目的が異なる場合もブラックリスト(採用を避けるべき労働者のリスト)として使用された時点で禁止対象)
  • 争議行為-投票(投票率及び一部の公共サービスに関する賛成率の要件を廃止(単純多数決に)、投票用紙の追加的記載事項(紛争概要、実施予定時期)の廃止、電子投票への制度改正手続きを簡素化(試行・レビューの実施条項を廃止)
  • 争議行為-雇用主への情報提供(スト実施に先立つ事前通告義務の時期を14日前から7日前に短縮)
  • 争議行為-ピケティング(スト時の労組側監督者の任命および警察への登録義務等を廃止)
  • 争議行為の際の保護(争議行為に関連した不利益取扱い・妨害から個人を保護、申し立ては事実発生から原則3カ月以内、雇用主に反証責任、争議行為を理由とする解雇からの保護に関する期限の変更(開始以降12週間の限定を廃止してスト期間中は継続に))
  • ストライキ-最低サービス水準(特定分野に関するスト期間中の最低サービス水準維持義務の廃止)
  • 認証官(活動報告から争議行動・政治的支出を除外、これらに関する認証官の執行(情報の要求、報告の不備を宣言など)、検査、苦情・通報に基づかない罰金や負担金を課す権限の廃止等)
  • 一般条項

第5部 労働市場法制の執行(72~112条)

  • 一般条項(労働市場法制の執行に関する国務大臣の権限の範囲、執行官・公的機関による一定範囲での代理執行)
  • 諮問機関の設置(労働市場法制の執行等に提言、委員は公労使同数で9人)
  • 執行方針と報告(国務大臣は諮問機関に諮問のうえ、執行方針(法令違反の状況や対応策等)を3年ごとに策定、年次報告を作成)
  • 文書・情報を取得する権限(国務大臣に文書・情報の取得、文書取得等のための立ち入り検査、文書の保持の権限)
  • 違反検査に関するその他の権限(執行官は警察権の一部を行使可能、場合によって令状による事業所の捜査が可能)
  • 労働市場法制の執行に係る履行命令(違反が疑われる者に履行命令の発行を国務大臣が要請)
  • 労働市場法制の執行に係る命令(裁判所に執行命令の発行権限)
  • 安全措置(執行にエビデンスを要件化、秘匿特権の保護、自己負罪拒否特権の保護)
  • 情報開示(執行中の取得情報の執行機関内での(執行を目的とした)共有を容認、歳入関税庁の有する情報(最低賃金に関するもの以外)の共有は要認可、情報機関に関する情報の共有を制限)
  • 違反(労働市場法制の執行命令の違反、虚偽の情報・書類の提供、妨害に罰則)
  • 補足条項(法人による違反の罰則は責任者個人に及びうる、組織形態別の適用範囲、従来の労働市場執行機関の廃止)
  • 定義等(「労働市場法制の違反」に相当する行為、ほか)

第6部 一般条項(関連の法改正、施行時期等)(113~119条)

参考資料

参考レート

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