労働条件の引き下げを目的とした解雇・再雇用に差止命令
最高裁判所は9月、労働条件の引き下げを目的とした従業員の解雇・再雇用をめぐる申し立てで、雇用主による解雇に差止命令を発した下級審の判決を支持する判断を示した。労使間で恒久的なものとして合意された賃金補填について、その一方的な廃止を目的として雇用主が解雇の権利を行使することはできない、としている。
「恒久的」賃金補填の合意は雇用主の解雇の権利を制限
小売大手のテスコ社(Tesco Stores Limited)は2007年、配送センターの拡大や再建・新設を目的に、一部のセンターの閉鎖を決定、閉鎖予定のセンターの従業員には、他のセンターへの異動を勧奨した。テスコ社と同社の承認労組である店舗流通関連労組 (Union of Shop, Distributive and Allied Workers, USDAW)は、異動を了承した従業員に対する賃金補填(retained pay)の支払いにテスコ社が合意する労働協約を締結、賃金補填に関する権利はその後、雇用契約に条項として組み込まれ、当該従業員の契約上の権利として「恒久的に維持される」とされた。一方で、契約の別の条文は、定められた通告を行うことにより、特段の理由なく従業員を解雇する契約上の権利をテスコ社に与えていた。
テスコ社は2021年、賃金補填の廃止の意向から、従業員に対して一時金の支給と引き換えに手当の廃止を提案、これに同意しない場合は解雇のうえ再雇用すると通知した。再雇用の際の条件は、賃金補填を除いて解雇前と同一とされた。これに対して、支給対象となっていた複数の従業員とUSDAWは、賃金補填条項の意味(とりわけ「恒久的」の解釈)の確認と、テスコ社による賃金補填条項の削除を目的とした雇用終了に対する差止命令を求めて、高等法院に申し立てを行った。高等法院は原告の主張を認め、解雇に対する差止命令を発した(注1)。しかし、テスコ社の控訴を受理した控訴院は、同社の訴えを認めて差止命令を無効とした(注2)ため、原告は最高裁に上訴した。
最高裁は、高等法院が発した差止命令を取り消した前審の判決を覆し、解雇の差止命令を発した下級審の判断を支持した(注3)。テスコ社は、賃金補填条項の恒久性は雇用契約の期間中に限定され、同社の解雇を行う権利を妨げないと主張したが、判決は、もし手当を受ける恒久的な権利の廃止を目的に、同社が一方的に雇用契約を終了することを妨げられないとすれば、この権利には実体がないことになるとして、同社の雇用契約終了の権利は、賃金補填条項の剥奪を目的に行使できないという黙示の条件の制限下にあるとの見方を示し(注4)、これを却下している。
また、原告が求める解雇の差止命令は、雇用契約の継続を強制することになり、これは一般的には裁判所が行うべきところではないが(注5)、本件は、雇用主と従業員相互の信用や信頼が断絶していない(テスコ社は対象従業員を即時に再雇用する態勢にある)例外的な場合であるとして、高等法院による差止命令の回復を判示している。
労働条件の変更に合意しないことを理由とする解雇を明確に制限する法改正案
労働条件の引き下げを目的とした解雇・再雇用(または新規採用による入れ替え、いわゆるfire and rehire)をめぐっては、2022年に船舶会社P&Oフェリー社が船員およそ800人を予告なく解雇のうえ、派遣事業者からの船員による置き換えを図ったことが衆目を集めた(注6)。政府は対応策の一環として、適正な手続き等の指針として裁判で参照されうる「実施準則」(注7)を作成、2024年7月に導入されたところだが、違反の場合には賠償額を25%まで引き上げるという罰則には、実効性を疑問視する声も聞かれた(注8)。
7月に成立した労働党政権も、こうした慣行の横行に懸念を示しており、雇用法改革案の一環としてルールの厳格化を公約(注9)に掲げていた。10月に公表された雇用権利法案(注10)では、労働者が労働条件の変更に合意しなかったことによる解雇、また契約内容の変更のために労働者を解雇のうえ再雇用するか、他の労働者を雇い入れて実質的に同じ仕事に従事させることは、自動的に不公正解雇とみなすとしている。解雇が許容され得るのは、財務的な困難により事業の存続が困難であり、契約内容の変更が不可避であったこと、かつ解雇が公正であったことが示される場合に限定される。
注
- Union of Shop, Distributive and Allied Workers & Ors v Tesco Stores Ltd [2022] EWHC 201 (QB)
(3 February 2022)(本文へ)
- Union of Shop, Distributive and Allied Workers & Ors v Tesco Stores Ltd [2022] EWCA Civ 978
(15 July 2022)(本文へ)
- Tesco Stores Ltd v Union of Shop, Distributive and Allied Workers and others [2024] UKSC 28
(12 September 2024)(本文へ)
- 同時に、これ以外の理由によるテスコ社の解雇に関する権利は、この黙示の条件の影響を受けない点を強調している。(本文へ)
- 控訴院は、差止命令を無効とする理由の一端としてこれを挙げている。(本文へ)
- 現地報道によれば、多くはインドやフィリピンなどからの外国人船員により置き換えられたものの、一部の上級船員等には、解雇の後、派遣事業者を通じた同じ仕事への復帰がオファーされていたとされる(inews ’P&O Ferries: Sacked officers offered £20k bonus to take old jobs back, while workers on below minimum wage
’ (19 mar 2022))。(本文へ)
- Department for Business and Trade ’Code of practice on dismissal and re-engagement issued by the Secretary of State under section 203 of the Trade Union and Labour Relations (Consolidation) Act 1992
’(本文へ)
- 例えば、Personnel Today ‘’Fire and rehire’ code comes into force
’ (19 Jul 2024)(本文へ)
- ”Labour’s Plan to make work pay – Delivering A New Deal for Working People (PDF:3.80MB)
”(本文へ)
- Employment Rights Bill
(本文へ)
参考資料
2024年11月 イギリスの記事一覧
- 雇用権利法案の公表
- 労働条件の引き下げを目的とした解雇・再雇用に差止命令
- 最低賃金、2025年4月より時給12.21ポンドに引き上げ
- 公共サービスの再建、就労促進など ―新政権、秋季予算公表
関連情報
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