慢性化する人材不足の対応策

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  • 国別労働トピック:2023年6月

ドイツの雇用主は伝統的に、仕事に合致した正式な資格(職業資格・教育資格)を有する人材を採用してきた。しかし、現在、多くの産業で人材不足が慢性化しており、「他産業からの転職者(Quereinsteiger)」や「職業転換訓練(Umschulung)」の活用に注目が集まっている。

他産業からの転職の受入れと職業転換訓練の活用

一般的にドイツでは、正式な教育資格や職業資格が重視されるため、取得資格の分野と異なる業種への就職や転職というのは非常に難しい。

また、ドイツの平均勤続年数は10.5年と比較的長く(図表1)、これまで同じ産業内の転職はあっても、全く異なる産業への転職というのは、殆どなかった。

図表1:各国の勤続年数・年齢階級別(2021年)
  勤続年数 15~24歳 25~54歳 55~64歳 65歳~
ドイツ 10.5年(男性:10.8年、女性:10.1年) 1.8年 8.9年 19.2年 13.8年
日本 12.3年(男性:13.7年、女性: 9.7年) 2.0年 11.6年 19.5年 16.8年
フランス 10.6年(男性:10.6年、女性:10.7年) 1.2年 9.7年 20.5年 17.2年
オランダ 8.3年(男性:8.7年、女性:7.9年) 1.6年 7.6年 17.1年 15.7年
イギリス 7.8年(男性:7.9年、女性:7.8年) 1.6年 7.5年 13.9年 11.0年
アメリカ 4.1年(男性:4.3年、女性:3.8年) 9.8年 9.9年
韓国 5.9年(男性:6.9年、女性:4.7年) 0.8年 6.3年 7.8年 3.3年

注:アメリカは中位数、その他の国は平均年数。

出所:データブック国際労働比較2023(3-13-2表(PDF:1.5MB))をもとに作成。

しかし、近年ドイツでは記録的な人材不足が続いている。ドイツ商工会議所(DIHK)が2023年1月に発表した調査結果によると、対象企業(2.2万社)の半数以上で欠員が埋まらず、特に電気設備(67%)、機械工業(67%)、自動車製造(65%)などでは人材不足の割合が顕著に高かった。DIHKはこの状態が続くと約200万人の欠員が補充されないまま、1,000億ユーロ相当の生産を断念することになると指摘している。

喫緊の問題とは別に、連邦統計局の推計によると、今後2036年までに団塊世代の1,290万人が法定の年金受給年齢に達する。これは、現在の労働力人口(4,300万人)の3割に相当し、進展する高齢化による人材不足についても対策が求められている。

以上を背景に、企業の中には、これまで実施しなかった他産業からの未経験者の採用に踏み切る事例が増えている。

(1)鉄道産業

鉄道輸送業界団体(Allianz pro Schiene)によると、高度に自動化された列車であっても、必要に応じて手動で運転手が介入する必要があるため、自動化の進展を考慮に入れてもなお労働力不足は深刻な問題である。

ドイツ鉄道(Deutsche Bahn)は、高齢化による大量の退職者を補充するために、今後少なくとも2.5万人の新規採用を目指して、1月から国内だけでなく、トルコや北アフリカ等のEU域外でも大規模な求人広告を出している。

同社は昨年、新たに5,000人を採用したが、新卒採用だけでは足りず、そのうち1,500人の運転士は、「職業転換訓練(Umschulung)」の実施を前提に、他産業から採用した。

従来の運転士の初期職業訓練(Ausbildung)(3年間)の場合、3年目(最終年度)の訓練生の月給は1,089ユーロだが、他産業からの未経験転職者に対する「職業転換訓練」は、個人の技能や知識水準に応じて訓練期間は9カ月~12カ月に設定され、2,500ユーロの月給を受け取る者もいた。

この「職業転換訓練」というのは、他産業に転職するために必要な新しい技能や知識を身につけるための訓練を指す。前提として、初期職業訓練修了資格や大学卒業資格等を有し、職業経験のある人が、この訓練を受ける(注1)

(2)教育現場

義務教育の現場でも人材不足は大きな問題になっている。ドイツの教員(公立)は、大学で4年~5年間「教育」を専門に学び、1~2年間の実習を終えて、初めて現場で教える資格があると見なされる。しかし、このように時間がかかるルートで職業資格を取得する教員のみでは数が足りず、研究者らは、2025年までに小学校だけで2.6万人の教員が不足すると予測する(注2)。この不足を早急に解決するために、ドイツ鉄道と同じく、他産業からの教員志望者に「職業転換訓練」を受けてもらう手法が注目を集めている。

「教育の質に関する懸念」について、ザクセン州の委託を受けて教員志望者の職業転換訓練を実施しているドレスデン工科大学のアクセル・ゲールマン教授(Prof. Dr. phil. habil. Axel Gehrmann)は、「適切な職業転換訓練が行われていれば、転職者が学校現場で教えても、生徒の学習能力が低下するという証拠はない」と述べる。同教授は、学校を存続させるためには、教員のパートタイム勤務を制限したり、教員1人あたりの生徒数を増やしたりしてもすぐに限界に達してしまい、このような他産業の転職者をもっと教員に採用するしかないと考えている。2018年以降、ザクセン州はこれまで1,100人の転職者を採用している(注3)

外国人労働者の受入れ促進

ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)のダンカン・ロート氏(Dr. Duncan Roth)は、「人材不足は、単に労働者を産業移動させるだけでは解消されない。この手法は、ある産業で労働力が余っている場合にのみ有効だ」と説明する。したがって、他産業からの転職の台頭にもかかわらず、ドイツの労働市場全体にとって、外国人労働者の受け入れは依然として重要事項となっている。

そのためドイツ政府は3月29日、「専門人材移民法(FachKrEG)」の改正法案を閣議決定し、EU域外(第3国)出身の専門人材(熟練労働者)の受入れをより強力に促進しようとしている。特に人材不足が深刻なIT分野での受入れ要件の緩和などを盛り込んでおり、人材不足の解消を急いでいる。

参考資料

関連情報

国別トピック(2022年10月)

参考レート

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