多発するストライキ、インフレ高進の中の賃上げ要求

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2022年9月

急激な物価上昇のなか、それに見合う賃上げが行なわれないため、更なる賃上げや購買力の強化を求めてストライキが多発している。運送業や空港、鉄道のほか、商業(販売)や金融サービス、エネルギー産業など多種多様な業種において、また中小から多国籍の大手まで様々な規模の企業でストが起きている。個別企業におけるストは全国規模のストに比べると影響力は小さいが他の企業に連鎖するという研究結果もある。また、インフレは個々人の賃金水準に関係なく社会全体に影響を与えるため、全労働者の賃上げ要求の動きにつながり、広範にわたるストが起きたとの分析もある。

様々な産業や企業規模でストが頻発

賃金引き上げを要求するストが多様な産業や企業規模で頻発している。フランス国鉄(SNCF)やパリ公共交通公団(RATP)、各地の空港、石油・ガス生産・販売のTotalEnergies、送電網管理のRTE、保険のAG2R La Mondiale、化粧品販売チェーンのMarionnaud、土木業のEurovia、床材メーカーのGerflorなどにおいて、22年6月から7月にかけてストが起きた(注1)

運送業の低賃金労働者によるスト

フランス民主労働総同盟(CFDT)、労働総同盟(CGT)、労働者の力(FO)、フランス・キリスト教労働者同盟(CFTC)、管理職総同盟(CFE-CGC)は、トラックやバス、引っ越し業者や救急車などの運送業の労働者79万人に対して、6月27日に各地の工業団地などを封鎖する抗議行動を呼び掛けた。物価が急騰する中、多くが法定最賃(SMIC)水準で就労する運送業労働者の賃上げを要求するためである。当該業種の労使は2022年前半に賃上げの労使合意をしたが、インフレの影響が想定よりも大きく、現行の労使合意の賃上げでは不十分だとしている(注2)。運輸関連労働組合Route FGTE-CFDTによると、賃金水準が低いため求職者にとって就労意欲が湧かない業界体質が、運転手など8万人の人手が不足する要因となっており、労働条件の改善は急務だとしている。コロナ禍では、運送業はエッセンシャル・ワーカーと見なされていたが、最近ではそのような世間的な認識はなくなってしまったという。同労組は6月の抗議活動によって十分な賃上げが実現できなければ、10月にも更に大きな行動を起こす用意があると警告している。FOによると運送業の経営者が賃上げに後ろ向きなのは、低賃金労働者を対象とするいわゆるフィヨン軽減措置(注3)の恩恵を被れなくなるためだと指摘している(注4)

人手不足の空港で労働条件悪化の改善を求めるスト

シャルル・ド・ゴール空港では、6月9日から一律300ユーロの賃上げを要求する空港従業員のストが実施され、4分の1の便が欠航した(注5)。この背景にも人手不足がある。各地の空港ではコロナ禍で大幅な人員削減が実施されたが、ウィズコロナ期に入り旅行需要が回復し、航空会社の業績が復調しつつある。そのような中で人手不足が顕在化しており、空港内の作業に混乱が生じている。シャルル・ド・ゴールのストは7月1日にも行われたほか、パリのオルリー空港やロワシー空港でも6月30日からストが実施され、20%程度の便が欠航した(注6)。その他、マルセイユのマリニャンヌ空港でも7月2日、労働条件の改善を求めてストライキが決行され、保安官などの空港職員が参加した(注7)。同空港では、空港運営の人員の3分の2が下請業者によって担われているが、コロナ禍で下請け業者の人員の60%が削減されたまま空港運営に支障を来すほど労働条件が悪化していた。7月1日夜の時点で、経営陣がストに備えて必要不可欠な人員を手配しようとしたため、労組はスト権の侵害であると非難し、7月2日のストが決行された(注8)。翌7月3日、空港管理会社が改善を約束したためストは終結した。

この他、半導体大手のソイテックでは、フランス南東部グルノーブル近郊のベルナン工場において、半導体の受注急増により生産が追いつかず、従業員に過度な負荷がかかり、2022年6月、労働条件の改善と賃上げを要求するストが起きた(注9)。ストライキは1週間以上続いた後、半導体製造専門職従業員のインセンティブ・ボーナスを20%引き上げる提示を経営側がしたことによって労使は合意した。

ストの連鎖、波及効果

こうした多種多様な業種や企業規模でのストが生じている要因について、国立科学研究センター(CNRS)のPierre Blavier研究員らは、個別企業レベルの紛争は他の企業に連鎖するためだと指摘する(注10)。また、労働省調査・研究・統計推進局(DARES)の調査結果を分析したところ、全国レベルの労使紛争では、交渉が成功して要求事項が実現することは稀だが、個別の事業所や企業レベルでは、ストによって労働者の要求が受け入れられる場合があるという(注11)。こうした個別事業所や企業でのストライキの成功が他の企業への波及効果をもたらす事例として、2022年6月のルイ・ヴィトンの下請け企業であるモンリシャール社(ロワール=エ=シェール県)の従業員(職人)がストライキを敢行したのは、その2週間前にシャトレロー社(ヴィエンヌ県)の革職人たちが、3日間のストライキの実施した結果、月額100ユーロの賃上げを獲得した事実を知ったからだと分析している。

また、パリ政治学院のJérôme Pélisse教授は、インフレは社会全体に影響を与えるため、個々人の賃金水準や生産性に関係なく全労働者の賃上げ要求の動きにつながり、今回のような広範なストライキが起きたと分析している。

ストの要因としてのインフレ

国立統計経済研究所(INSEE)が8月31日に発表した消費者物価(速報)によると、同月のインフレ率(速報値)は前年比で5.8%だった(注12)。7月のインフレ率(速報値)は前年比で6.1%に達し、1958年以来の高水準となった(注13)。INSEEは、9月には前年比で6.8%まで上昇すると予測している(注14)。これは、エネルギー価格の上昇がインフレの主な要因となっているためで、4月は前年同月比で26.5%、5月28.1%、6月33.1%、7月28.7%、8月22.2%上昇であった。

2022年の賃上げは平均2%台にとどまる

物価の急騰に伴って法定最低賃金SMICの引き上げが頻繁に行われている。2022年5月1日に2.7%引き上げられ時給10.85ユーロとなり(国別労働トピック:2022年5月『物価上昇によるSMIC(法定最低賃金) 、引き上げ―5月1日に時給10.85ユーロへ』参照)、8月にも2.0%引き上げられ11.07ユーロになった(国別労働トピック:2022年8月『法定最賃(SMIC)、22年3回目の引き上げ ―インフレに伴う自動引き上げ』参照)。2021年9月の時点で、時給で10.25ユーロだったSMICは、1年足らずで8.0%引き上げられることになる。

また、中央銀行フランス銀行によると、2022年に労使交渉で引き上げられた賃金は、2.5%から3.5%に上り、2014年以降の年平均引き上げ率(1%)より高い水準となっている(注15)。2021年と2022年の団体交渉による賃上げの状況を比較したのが図表1である。2021年は0.5%~1.5%の賃上げに多く分布しているのに対して、2022年では2.25%~3.5%の賃上げに多く分布しているのがわかる。産業別で見てみると、プラスチック加工、DIY、冶金業の幹部従業員、あるいは食品以外の卸売業の部門での賃上げは約3%、建築および公共事業の地方支部と冶金部門においても平均するとほぼ3%に達している。そのほか、化学、製薬業界、家具取引、卸売食肉取引、または予防セキュリティなどの業種において、ほぼ2.5%の賃上げで労使合意している。

図表1:2022年の賃金に関する団体交渉による引き上げ額の分布 (前年比、%)
画像:図表1

出所:フランス銀行発表資料より作成。

2022年に合意に至った協約には、インフレに関連する見直し条項が含まれている場合が多い。そのため、通常の年間予定の交渉以外に、同年中に団体交渉が行われる可能性がある。例えば、自動車サービス部門では、2021年7月以降、2022年の賃金に関する規定を2回修正した。当初の協約では1.5%の引き上げだったが、2021年10月には 2.5%に修正され、2022年4月には4.5%に修正された。この他、ホテル・カフェ・レストラン業、美容、道路輸送といった職種では、交渉の結果の賃上げは5%以上となったが、これは法定最賃SMICの引き上げに伴って労働協約を改定したキャッチアップ効果によるものと考えられている。

インフレに追いつかない賃上げ

ただ、インフレ率は前年同月比6%前後で推移しており、2022年の団体交渉による賃上げの2.5%~3.5%ではインフレに賃上げが追いついていない。労働省調査・研究・統計推進局(DARES)によるインフレ率(タバコ除く)と雇用労働者の基本月給指数 (SMB : salaire mensuel de base)、労働者と従業員の基本時給指数 (SHBOE : salaire horaire de base des ouvriers et des employés)に関する分析では、基本月給指数は2022年第1四半期に、前年同期比で2.3%上昇し、基本時給指数は2.5%上昇したが、物価上昇率4.6%と比べると低い水準であった(注16)。物価の上昇と加味した場合、基本時給指数は2.1%下落し、基本月給指数は2.3%の下落だった。2010年第二四半期以降の推移を示したのが図表2である。

図表2:賃金と消費者物価の変化(前期比、%)
画像:図表2
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物価上昇に賃上げが追いつかないため政府は、購買力を維持するために企業に対して賃上げを求めている。また、政府は購買力を維持・向上させる措置として、「緊急措置法案(Projet de loi portant mesures d'urgence pour la protection du pouvoir d’achat)」を2022年8月3日可決成立させた。同法は、特別ボーナスの支給、超過勤務手当に掛かる社会保険料使用者負担の減額、法定最賃SMIC水準の独立自営業者が支払う医療保険の社会保険料の引き下げなどが盛り込まれている。

(ウェブサイト最終閲覧:2022年9月14日)

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