雇用における法的地位の明確化は白紙に
ビジネス・エネルギー・産業戦略省は7月、雇用における法的地位に関する方針文書を公表した。プラットフォーム労働などの従事者に対する権利保護の観点から、法的地位の明確化が必要であるとの専門家の指摘を受けて、政府も従来は積極的な姿勢を示していたが、コロナ禍からの回復途上であることなどを理由に、制度改正は取りやめ、ガイダンスを通じた周知を図るとしている。
現在の区分の見直しは見送り
方針文書(注1)は、プラットフォーム労働やゼロ時間契約(注2)などの新しい働き方の拡大に伴う労働時間や報酬の不安定さへの対応策をめぐって、政府の依頼により専門家が2017年にまとめた報告書(注3)の提言内容を受けたものだ。現在、雇用における法的地位は、被用者(employee)、労働者(worker)及び自営業者(self-employed)の3区分(注4)から成り、雇用法は被用者と労働者について各種の権利保護を規定する一方、自営業者は原則として保護の対象としていない。しかし、プラットフォーム労働の従事者などでは、契約上は自営業者として扱われるものの、実態は特定の使用者の下で従属的に働く場合も多く、このため労働者としての法的な権利を求めて裁判に訴えるケースが近年増加している。
こうした状況を背景に、専門家による報告書は多岐にわたる提言の一環として、現行の法的地位に関する区分の曖昧さ(特に労働者と自営業者の区別)や、税制上の区分(被用者と自営業者の2区分)とのズレが、新しい働き方の従事者に対する不十分な保護や混乱の要因となっていると指摘、制度改正を通じた明確化を求めた。政府もこれを受けて、翌2018年に公表した方針文書(注5)においては、法改正を含め実施に向けて検討を行うとしていたが、その後、具体案は示されていなかった。
今回、4年越しで示された方針は、原則として現行の法的地位に関する区分は変更しない、というものだ。政府は、現在の枠組みは雇用主と労働者の双方に柔軟性と権利保障の適正なバランスを提供しており、大多数にとって機能しているとの見方を示している。コロナ禍からの回復に取り組んでいる現在、一部の人々にとっての曖昧さに対処するために新たな枠組みを作ることの利益は、法改正によって生じ得る追加的なコストや不確実性に比して小さく、また具体的な手法についても関係者の間で一致が見られなかったことなどを、制度改正を取りやめる理由として挙げている。同様に、税制における区分との調整についても、経済がコロナ禍からの回復途上であることや、調整方法に関して十分な合意がないことなどを理由に、実施は見送るとしている。
法的地位に関する新たなガイダンス
一方、法的地位に関する判断基準の明確化をはかることを目的に、人事や法律の専門家等向け、就労者向け、雇用主向けの三種のガイダンス(注6)が、方針文書と併せて公表された。専門家の提言を受けて、政府が作成の意向を示していたもので、法的地位をめぐる判例等の蓄積を踏まえて、主な判断要素などを具体的な事例を交えて説明するとともに、被用者や労働者に保障される権利を列挙(図表)する内容だ。
雇用における法的地位の判断要素(個人向けガイダンスより抜粋)
〇被用者(employee)の可能性がある場合
- 雇用主、管理者または監督者がおり、対象者の仕事量やどのように仕事を遂行すべきかについて広範な管理権限がある
- 休暇を取得しているのでない限り、定期的に就業する義務がある
- 就業すべき最低限の時間数があり、就業した時間分の報酬を支払われることを期待する
- 仕事が継続的に提供されることが期待できる(雇用主に仕事を提供する義務があり、従事者側に労働を実施する義務がある)
- 自分で仕事を行うために雇用され(自身による役務の提供)、自分のために仕事を行う他者を派遣すること(代替要員の派遣)について限られた権限しかない
- 仕事のために自分の装備を提供または使用しない
- 賃金の支払いを受けており、自身の金銭的リスクは限定的である(例えば仕事の完遂ではなく決まった労働時間働くことに対して報酬が支払われる)
〇労働者(worker)の可能性がある場合
- 仕事の場所、時間、分量について相当の裁量を持っており、通常は仕事を受けられる状態であることを義務付けられない
- 仕事に従事している間はある程度雇用主の管理下にある(例えば、小包の配達において推奨ルートが課されたり、利用者から評価を受け、低評価の場合にはペナルティが課される、あるいは業務中の制服着用が義務づけられている、顧客には微笑みながら挨拶するよう指示されている、など)
- 雇用主のために実施する仕事がしばしば臨時的である(例えば、仕事があまり定型的でなく、定期的な、保証された労働時間がない)
- 仕事の報酬は、交渉によってではなく雇用主によって設定される
- 自分で仕事を行うために雇用され(自身による役務の提供)、自分のために仕事を行う他者を派遣すること(代替要員の派遣)についての限られた権限しかない(または実際上権限がない)
- 雇用主の事業と不可分である(例えば、チームの他のメンバーを支援している、または懲戒手続きが適用されうる)
- 自らを自営業者と考える人々がするように、自身のサービスについて積極的に営業活動を行う傾向にはない
〇自営業者(self-employed)の可能性がある場合
- 仕事の時間、場所、方法について相当の裁量を持っている
- 事業の成否について責任があり、損失を被ったり利益を得ることができる
- 自分のために仕事を行う他者を派遣することができる(自身でサービスを提供しなくともよい)
- 仕事の価格について交渉することができる(例えば、異なる顧客のために働き、異なる料金を請求することができる)
- 自身の金銭的支出により、事業のための資産や運営費、必要な器具や装備を賄う
- 顧客の事業と不可分ではない(例えば、顧客の会社の電子メールアドレスを持たない、懲戒手続きの対象とならない、料金や価格が気に入らなければ仕事を断ることができる)
出所:Department for Business, Energy & Industrial Strategy 'Employment status and rights: support for individuals'
図表:被用者や労働者に保障される権利
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出所:同上
プラットフォーム労働における労働時間の範囲
また、プラットフォーム労働に関しては、労働者とみなされた場合に労働時間の範囲をどこまでとするかが問題となっていた。ウーバーに関する最高裁判決は、営業可能なエリア内で、仕事を請けることが可能な状態でログオンしている時間全て(乗客の有無等にかかわらず)を労働時間とみなすべき、との判断を示していたが、例えば複数のアプリ・プラットフォームにログオンしている場合や、そのうち一社のサービスを実施している場合の労働時間の扱いについては明確な判断が示されていなかった。政府は、最低賃金制度の算定方法に関するガイダンスに追加の説明を設けることで、明確化を試みている。
プラットフォーム労働における労働時間の範囲の目安
〇労働時間とみなされる可能性が高い時間
- 労働者がアプリ・プラットフォームにログインすることを義務付けられている時間
雇用主が労働者に対して、特定の時間および/または特定の時間数、アプリ・プラットフォームにログオンすることを指示または要求する場合に、ログオンしている時間 - 労働者が特定の場所にいることを求められる時間
雇用主が労働者に対して、特定の場所や地域(夜間の繁忙な時間の繁華街など)にいることを指示または要求する場合に、労働者がその要件を満たしている時間 - 労働者が雇用主のために業務を実施している時間
フィードバックの提供や、アプリ・プラットフォームのデータの更新、その他要求される事務的作業を行っている時間 - 労働者が業務を請け負った後、待機している時間
顧客がピックアップ地点に到着するまで待機している時間、注文された料理が調理されている時間、顧客を補助している時間 - 労働者がピックアップ地点まで移動している時間
仕事の請負・割り当て後、労働者が業務の開始地点まで移動するために要する時間 - 労働者がピックアップ地点までの移動において足止めされている時間
仕事の請負・割り当て後、労働者がピックアップ地点に移動する際に遅滞が生じた(車両の故障、交通渋滞等による)場合に、その仕事のキャンセルまたは再割り当てが(労働者、顧客、雇用主によって)行われるまでの時間 - 労働者が顧客や物品に対する責任を負っている時間
上記の足止めされている状況において、顧客や物品が労働者の管理のもとにある時間
〇労働時間とみなされない可能性が高い時間
- 労働者が他のアプリ・プラットフォームのための労働に従事している時間
労働者が最も近い場所で生じた仕事を請け負う結果として、より遠くで生じた他のプラットフォームの仕事を請けることができないことがありうる。労働者が排他的に一つのプラットフォームの仕事に従事している場合、他のプラットフォームにおける労働時間とはみなされない可能性が高い
出所:Department for Business, Energy & Industrial Strategy 'Calculating the minimum wage'
注
- Department for Business, Energy & Industrial Strategy "Employment Status consultation - Government Response"。2018年に実施されたコンサルテーション(一般向け意見聴取)に対するの政府回答文書として作成された。(本文へ)
- 予め決まった労働時間がなく、仕事のあるときだけ使用者から呼び出しを受けて働く契約。労働時間に応じて賃金が支払われる。使用者には仕事を提供する義務はなく、また労働者の側でも仕事を受けるか否かは任意とされる。(本文へ)
- Department for Business, Energy & Industrial Strategy “Good Work: The Taylor Review of Modern Working Practices”。シンクタンクRSAのマシュー・テイラー所長(当時)を中心に、労働関連の監督機関の長、ギグエコノミーの起業家、法律関係者が参加。(本文へ)
- 労働者は、被用者を含む概念で、自身が役務の提供を、事業上の顧客とはいえない契約の相手方(使用者)に対して行うもの。労働者に認められる権利を基本に、うち雇用契約に基づく被用者については、さらに多くの権利を認める形をとる。(本文へ)
- Department for Business, Energy & Industrial Strategy "Good Work Plan"(本文へ)
- Department for Business, Energy & Industrial Strategy 'Employment status and employment rights'(本文へ)
参考出所
-
Gov.uk ほか
2022年8月 イギリスの記事一覧
- 最低賃金引き上げの影響
- 雇用における法的地位の明確化は白紙に
- ゼロ時間契約の現状に関する報告書
関連情報
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