ゼロ時間契約の現状に関する報告書

カテゴリー:多様な働き方

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  • 国別労働トピック:2022年8月

シンクタンクCIPDは8月、ゼロ時間契約の現状に関する報告書をまとめた。決まった労働時間がなく、使用者の求めに応じて働いた時間分の賃金支払いを受けるこうした働き方は、労働時間や収入の不安定さにつながるとの批判もあるものの、報告書は、正しく使用すれば使用者と従事者の双方に利益をもたらすことができる、と述べている。

従事者の柔軟性へのニーズにも対応

ゼロ時間契約(zero-hours contract)は、予め決まった労働時間がなく、仕事のあるときだけ使用者から呼び出しを受けて働く契約で、労働時間に応じて賃金が支払われる。使用者には仕事を提供する義務はなく、また労働者の側でも仕事を受けるか否かは任意で、他の使用者の求めに応じて働くこともできるとされる。しかし、実態としては労働者にこうした自律性は乏しく、特定の使用者の元で従属的に働く場合も多いとみられ、雇用主が一方的な柔軟性により利益を得ている、といった批判も招いてきた。政府は2018年、不安定な働き方に関する対応策の一環として、ゼロ時間契約の従事者が勤続26週以上の場合、より安定した労働時間や週当たり就業日数の契約への変更を使用者に求める権利を付与するとの方針を示していた(注1)が、目下のところ実施されていない。

報告書は、調査結果等を交えて、ゼロ時間契約に関する状況をまとめている。まず、ゼロ時間契約を使用している雇用主は全体の18%で、従業員規模に比例して比率が高まる傾向にあるほか、業種別ではホスピタリティ、娯楽等(49%)が突出して高く、保健業(24%)、非営利(24%)、教育(21%)などがこれに続く。報告書は、使用組織の比率は過去調査(2013年時点では23%)に比して減少しているものの、従業員に占めるゼロ時間契約の従事者の比率はむしろ上昇している(2013年の19%から、2021年には25%)としており、2021年時点のゼロ時間労働の従事者についておよそ130万人と試算している。

図表:ゼロ時間契約の使用状況 (単位:%)
画像:図表

出所:CIPD "Zero-hours contracts: evolution and current status新しいウィンドウ"

利用の理由(複数回答)としては、需要の変化に対応するため(64%)、従事者の柔軟性へのニーズに対応するため(46%)、従業員の一時的不在(休暇、病休等)をカバーするため(35%)、など。また、ゼロ時間契約従事者の雇用における法的地位については、雇用主の76%が被用者として扱っていると回答、このほか労働者が10%、自営業者が6%など。

報告書によれば、ゼロ時間契約の労働者は全体として仕事に満足しており、健康や厚生、ワークライフバランスについても、他の労働者に比して良好とする回答比率が高いとの結果が報告されている。また、学生や健康状態が不安定な者、変わりやすく予想しにくい育児・介護の責任を有する者、高齢のため引退に向けて仕事を減らしている者などが、ゼロ時間契約のもたらす柔軟性の利益を最も受けやすい。正しく使用する場合、ゼロ時間契約は雇用主に柔軟な労働力を提供するとともに、就労が難しい人々に雇用機会を提供する、と報告書は述べている。

ただし、一部の人々にはこの柔軟性が利益につながっていないことも認めている。雇用主に対する調査では、直前にシフトをキャンセルした場合に、約半数(48%)の雇用主が何の補償も行っていないことが明らかとなっている(補償を行っている雇用主は33%)。仕事の依頼に際しても、引き受けるよう圧力をかけている雇用主も少なくないとみられる(純粋に仕事を受ける自由を認めているとする雇用主は全体の57%)。

加えて、多くの労働者には仕事のスケジュールに関する十分な事前通知期間が設けられていない(雇用主の21%が1週間未満、24%が1週間と回答、さらに16%が変動が大きいとの理由で無回答)。このため、従事者の間では、金銭的な計画や育児責任などとの調整に困難が生じている可能性がある。ただし、しばしば従事者の側でも、いつ働けるかが予見しにくいことから、むしろ直前に通知(打診)を受けることを希望している状況もみられるという。

一方で、一部の労働者については、シフトのパターンがほとんど変化していないともみられることから(雇用主の31%が、ゼロ時間契約従事者の週ごとの労働時間はほぼ変わらないと回答)、雇用主が彼らをより安定した、典型的な就業形態と契約に移すことは容易と考えられる。

より安定した契約を求める権利の法制化などを提言

報告書は、ゼロ時間契約の当否は複雑であり、柔軟性のニーズに対応しているのか、あるいは搾取的な労働慣行であるかは、労働者や雇用主の個別の状況によって決まるとしている。意識調査などでは、ゼロ時間契約の禁止を支持する層が過半数を占めるが、禁止は多くの人々に不利益をもたらし、また意図せざる帰結として、他のより不安定な雇用(臨時雇用や派遣労働)の増加を招きかねない、としている。

今後の制度改正について、報告書は4点の提言を行っている。一つは、ゼロ時間契約のように労働時間が変動する労働者について、勤続6カ月以降、より安定した契約や就業形態を求める権利を導入すべきであるというものだ。上記の通り、政府もこの権利の法制化を約束していたが、これまでのところ法案提出に至っていないため、次回総選挙(2024年を予定)までに、法改正の取り組みを要請している。

次に、ゼロ時間契約の労働者の管理に関するベストプラクティスを行為準則としてまとめ、これに24時間以内にシフトをキャンセルした場合に報酬の全額(及び関連して発生した費用)を補償すべきことを含めるよう求めている。また、事前通知期間の設定や、定期的な就業形態の見直しを通じた法的地位や権利の確認に関するガイダンスを併せて提供すべきであるとしている。

三つ目に、ゼロ時間労働者の権利保護や雇用の質にとって最も必要な改革として、労働市場における法執行制度の強化を挙げ、このために必要な措置として、政府が自ら掲げる単一の監督機関の創設を推し進めることを求めている(監督官の増員や雇用主のコンプライアンスを改善する助言・支援を拡充することを含む)。

最後に、ゼロ時間労働者や他の不安定労働者の権利を明確化し、強化するため、雇用における法的地位のうち、労働者(worker)の区分を廃止するよう求めている。これにより、全てのゼロ時間労働者が勤続に応じた雇用法上の権利を得ることができる、としている。

参考出所

2022年8月 イギリスの記事一覧

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