農民工賃金不払い問題に対する政府の対策本格化

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  • 国別労働トピック:2019年11月

中国には固有の戸籍制度があり、農村部の戸籍をもつ人が都市部で就労する場合、弱い立場に置かれやすい。農村戸籍のまま、都市部で長期的に生活・就労する人を「農民工」と呼び、全国で約2.9億人いると推計される(注1)。毎年、特に年末にかけて、企業による農民工に対する賃金不払いが多発し、製造業や建設業、飲食業、介護などの労働集約型業界で問題が常態化している。政府は近年、問題の抜本的解決に向けて新たな取り組みを始めた。

建設業の特殊な事情

農民工は、3割が製造業、2割が建設業、その他5割が様々なサービス産業で就労している。特に、就業者の8割が農民工という建設業の賃金不払いが深刻で、建設業ゆえの構造的問題をはらんでいる。

問題のひとつは、工事を受注する建設会社から実際の施工会社までの距離にある。建設工事は、何層にも下請けが重なり、最終的な施工者に行き着くが、工事費用はその施工者が立て替えなければならない。農民工が建設会社や施工会社に直接雇われることは稀で、通常、彼らは建設会社や施工会社と契約を締結した労務下請け会社や「包工頭」(いわゆる親方)(注2)に雇われ、建設現場の仕事に従事する。建設会社や施工会社と労務下請け会社や「包工頭」との間は、施工後に工事代金を決済する。

さらに問題は、農民工賃金の特殊な支払い形式である。労務下請け企業や「包工頭」は、「農民工」に対して生活費として毎月の給与の一部しか支払わず、旧正月の前に1年分の賃金を一括して支払うのが慣行とされている。もしも工事代金が未納となれば、その最末端にいる農民工たちが賃金を支給されない確率は極めて高い。

政府は、こうした建設業界特有の状況に留意しながら、賃金不払いの問題解決に取り組んでいる。

問題の拡大と対策強化

中国政府は、経済成長減速の影響を受けて賃金不払いが多発すれば、それに伴い労働争議や暴動なども急増するだろうと警戒している。実際に、近年はストライキ件数全体が急増する中で、とりわけ賃金未払いを理由とするストライキの数が急速に増加している(表1)。「中国労工通信」によると、2018年、少なくとも1704件のストライキが起き、そのうち1344件(79%)は賃金不払いによるものだったとする。

表1:近年のストライキ総数と賃金未払いを理由とするストライキ件数
  2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018
ストライキ 184 382 645 1,358 2,774 2,664 1,258 1,704
うち、賃金未払い
(全体に占める割合,%)
41
(22)
117
(31)
162
(25)
718
(53)
2,110
(76)
2,039
(77)
1,035
(82)
1,344
(79)

出所:中国労工通信

このため政府は、農民工の賃金不払い問題に対し、対策法案や措置などを次々と打ち出している。2016年1月、「農民工の賃金未払い問題の全面的解決に関する国務院弁公庁の意見」を公布。この中で、「賃金不払いなどの問題は、時に暴動を引き起こし、社会の安定に影響を与える」と指摘し、「2020年までに、農民工の賃金不払い問題を根本的に解決する」という目標を設定した。その翌年に、「治欠保支(賃金不払い問題の管理と支払いの保障)三年行動計画(2017-2019)」(2017年7月)を打ち出した。同計画は、建設分野における賃金不払い問題の解決を目的とし、法律、行政、経済などあらゆる手段を活用した「予防・監視・懲戒の総合的な制度保障メカニズム」を3年ほどで作成するというものだ。具体的な方策として、2017年9月に『農民工賃金不払いの「ブラックリスト」への管理暫定弁法』が発表され、賃金不払い・延滞を行った企業やこれを理由として暴動などを引き起こした企業のブラックリストへの登録、「信用中国」などの情報共有サイト/プラットフォームへのブラックリストの掲載が定められた(2018年1月1日施行)(注3)。人力資源・社会保障部による農民工賃金不払いの「ブラックリスト」は、2018年から現在まで計6回発表され、およそ260の企業や経営者らが「ブラックリスト」で公表され、政府資金支援、政府調達、政府入札、生産許可、適正検査、融資、マーケットアクセス、税金優遇などの様々な面で制限が課された。また、賃金不払いの行政処置を促進するため、2017年年末、各地の行政担当機関に対して「農民工賃金支払いを保障する作業への審査弁法」が発表された。

政府公式HPに特設サイト

政府の総合的な取り組みを表すものとして、2019年6月はじめ、人力資源・社会保障部のホームページ上に、「根治欠薪進行時」(賃金不払いの根本的解決進行中)と題する賃金不払い問題の専門サイトが開設された(注4)。サイト内には、賃金不払いの政策法規からブラックリスト、賃金不払いの判決結果、各地の賃金不払いに関する動向などがわかりやすく掲載されており、様々な手段で賃金不払いの解決に尽力していることが示されている。さらに同サイトでは、直接、市民が賃金不払いに関する情報提供を行うことが可能となっており、情報提供を受けた後には、行政機関によるしかるべき対応が為されるという。人力資源・社会保障部の発表によると、同サイトを通じて、今年7月15日まで、賃金不払いに関する告発1847件を受領した。そのうち、建設分野は466件で、全体の25%を占めた。

争議仲裁処理の迅速化 ―「新生代農民工」に対応

国家統計局の「2018年農民工観測調査報告」(2019年4月29日発表)によると、2018年の「新生代農民工」は、全国農民工総数の51.5%を占め、前年より1.0%ポイント増加した。「新生代農民工」とは、1980年代以降に生まれた新世代の農民工を指す(注5)。いまや農民工の中核的存在となった彼らは、親の世代より権利意識が比較的強く、労働争議急増の一因とも言われ、政府は特別な対応を迫られている(注6)

2019年前半、中国各地の労働人事争議調停仲裁機構が処理した労働争議案件総数は99.1万件で、前年同期比19.2%の上昇、最高記録を更新した。賃金不払い争議案の急増を受け、政府は今年8月、『賃金保護活動の実施と農民工賃金不払い争議処理への取組に関する通知』を発表した。これにより、農民工の賃金不払い争議案件にかかる手続きの簡易化や、受理審査および審査判決などに要する時間の短縮が規定された。調停で解決できない場合に行われる仲裁審理では、各レベルの人民法院(いわゆる裁判所)が「簡易・迅速な処理を可能にする裁判仲裁手続き」に従わなければならない。具体的には、仲裁審査条件に当たる争議は、当日受理し、3営業日以内に相関事項(仲裁人員、答弁、証拠提出、裁判期間など)を一括して当事者に通知すること、単純かつ少額な案件の審査判決は30日以内に短縮することが定められた。

さらなる強化案

人力資源・社会保障部は、2019年8月14日に「農民工賃金支払保障条例」草案を発表し、草案に対するパブリックコメント募集を始めた。農民工への賃金給付方式や給付頻度、賃金不払いの清算責任、建設分野への特別措置、監督検査、賃金不払い方への法律責任・処罰などに言及した。

草案に盛り込まれた主な内容は、次のとおり:農民工への賃金は法定通貨であり、現物支給や有価証券などの形式で代替された支払いは禁じる。毎月少なくとも1回、農民工へ満額支給する。罰則として、農民工賃金の不払い額は日ごとに利息をつけて計算される。本規定に応じて農民工の賃金が支払われない場合、人力資源・社会保障行政機関に支払いを命じられ、未払い賃金のほかに、賃金不払い日から毎日総賃金額の5%の利息を加えて計算し、支払う。期限を過ぎても賃金と利息を納付しない場合、未払い賃金と利息のほかに、人力資源・社会保障行政機関から、不払い賃金総額の50%から100%までの賠償金を農民工に支払うことが命じられる。また、企業に対して不払い金額と同額または2倍以下の罰金を支払わせ、法定代理人や実際の管理者、あるいは主要責任者に2万元以上5万元以下の罰金が科せられる。犯罪と見なされる場合は、法律に基づいて刑事責任が追及される。

参考文献

  • 中国政府網、人力資源と社会保障部、中国国家統計局

参考レート

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