新しい不安定な働き方への対応
―「良質な仕事プラン」
政府は12月、シェアリングエコノミー従事者や派遣労働者などの不安定就業者の権利拡充に向けた制度改革に関する「良質な仕事プラン」(Good Work Plan)を公表した。より安定した労働時間や雇用への契約変更を求める権利の保障や、書面による労働条件等の提示の義務化のほか、法規制の執行強化策などが盛り込まれている。
より安定的な契約を求める権利の導入など
政府は、シェアリングエコノミーや派遣労働、待機労働契約など、新しい働き方の拡大に伴う労働時間や報酬などの不安定さへの対応策について、専門家(注1)にレビューを依頼、2017年半ばにまとめられた提言(注2)をもとに、制度改革を検討していた(注3)。
今回公表されたプランは、専門家レビューの内容を大きく3つの分野にまとめ、制度改革の概要を示している。一つは、公正さや透明性の強化に関するものだ。まず、不安定就労の従事者に、より安定的な契約を請求する権利を付与するとしている。近年増加しているといわれる待機労働契約(zero-hours contract-決まった労働時間がなく、使用者の求めに応じて働く働き方)の従事者については、勤続26週以上を要件として労働時間や週当たりの就業日数の保障を求める権利を、また派遣労働者については、勤続12カ月以降、派遣先に直接雇用への切り替えを求める権利を、それぞれ認める方針だ。また、現行の派遣労働者に関する法律は、派遣先での直接雇用労働者との均等待遇の原則について、一定の条件で逸脱(いわゆる「スウェーデン型」逸脱)(注4)を認めているが、事業者による悪用のケースも見られ、労働者の利益に必ずしもつながっていないとの理由から、これを廃止する。このほか、労働者の満足度や賃金の公正さ、厚生、安全衛生などを踏まえた「良質な仕事」指標を作成、公表するとしている。
二つ目の分野は、労働条件や雇用法上の区分の明確化だ。労働者が就業開始時に書面による労働条件の提示を受ける権利を与えるほか、派遣労働者についても予定される派遣業務に関する情報(注5)の事前開示を事業者に義務付けるとしている。また、専門家レビューは、雇用法における区分(被用者、労働者または自営業者)の曖昧さや、税制上の区分(被用者と自営業者のみ)とのズレが、新しい働き方の従事者に対する不十分な保護や混乱の要因となっていると指摘していたが、政府はこれらについては、引き続き法改正に向けて検討を行うとしている。併せて、使用者が責任回避を理由に、本来労働者として権利が保障されるべき従事者を自営業者として扱うことを防止する制度改正についても検討される見込みだ。
三つ目に、公正な執行として、各種の規制強化策が挙げられている。これには、立場の弱い労働者に対する休暇手当の不払いや、アンブレラ企業(注6)による賃金未払い・不透明な控除などの取り締まり強化が含まれる。また、雇用審判所が支払いを命じることができる罰金額について5000ポンドから2万ポンドに引き上げるとともに、同種の判決を過去に受けた雇用主に対しては、制裁措置を科すことを検討する。加えて、現在労働分野で設置されている複数の監督機関(注7)に替わる単一の労働市場監督機関の新設に向けて、2019年初めに案を提示するとしている。
「良質な仕事プラン」の概要
○公正でディーセントな仕事
- より安定した契約を請求する権利の付与(労働時間や週当たりの就業日数等など)
- 一定の勤続期間を要件とする権利について、仕事を中断した場合にも継続した勤続と認める期間の延長
- 派遣業務の合間に一定を支払いをすることで、派遣先での均等待遇の逸脱を認める制度の廃止
- 良質な雇用に関する指標の策定(従業員の満足度、公正な賃金、参加と発展、厚生と安全、発言と自律性)
- 従業員への情報提供・協議の実施義務に関する適用拡大
- 賃金からのチップの控除を禁止
○労働条件、法的区分の明確化
- 就業開始時に書面で各種権利の提示を受ける権利
- 派遣労働者について、派遣を予定する業務に関する事前の情報提供
- 雇用法と税制で異なる対象者区分の調整
- 法的区分の改正については引き続き検討、新しい就業の現実に合った法的区分の明確化に向けて法改正、またガイダンスを提供
- 使用者が責任回避を目的として、代替要員による役務の提供を契約上可能とすることを防止すべく法改正を検討
○公正な執行
- 立場の弱い労働者に対する休暇手当の不払いを取り締まる(最低賃金未払いの取り締まりをモデルとしつつ、法令順守を望む使用者を支援)
- アンブレラ企業による賃金未払いや不透明な賃金からの控除の取り締まり
- 雇用審判所が命令として発出できる罰金額を5000ポンドから2万ポンドに引き上げ、また同種の判決を過去に受けた雇用主に対する制裁措置の検討
- 単一の労働市場監督機関の新設案を2019年初めに提示する
諮問機関は最低賃金の割増しによる対応に消極的
なお、専門家の報告書は、柔軟な働き方に伴う不安定さというコストが労働者に一方的に課されている状況については改善が必要であるとして、最低賃金の割り増しによる対応を提言していたが、最低賃金制度の諮問機関である低賃金委員会は、導入に消極的な立場だ。委員会によれば、割り増し額の導入をめぐって実施した意見聴取において、経営側からは、コスト増加や柔軟性の減少につながるほか、労働者にとっても労働時間を選択する柔軟性を損なう可能性があること、また執行の実効性にも懐疑的、といった見方が示された。また労働側からは、一方的な柔軟性に歯止めをかける施策自体は歓迎するものの、割り増し額の導入によって雇用主に正当化の理由を与え得ることや、不安定な働き方の常態化につながりかねないといった懸念が示されたという。委員会は、柔軟な働き方が労働者にも使用者にも利益となっているケースがあり、これを損なうべきではないとの立場から、代案として、より安定的な契約への移行を可能とすること(注8)、仕事のスケジュールに関する適正な通知を受ける権利(注9)、シフトのキャンセルや削減に関する金銭補償の設定(注10)などを提言している。
労使、法的区分の改変に慎重論
プランに関する労使団体の反応は複雑だ。イギリス産業連盟(CBI)は、最低賃金制度の執行強化や、スウェーデン型逸脱の廃止など、一連の規制強化に概ね賛同の意向を示しているものの、法的区分の改変については、新しい働き方に対応するための柔軟性を損なう可能性があるとして消極的だ。一方、イギリス労働組合会議(TUC)は、政府プランの実効性に懐疑的な立場を示している。スウェーデン型逸脱の廃止については、労働組合による長年の働きかけの成果だとして歓迎しているものの、より安定した契約を請求する権利については、立場の弱い労働者にとっては実質的な権利とはいえないと批判的だ。また雇用法上の身分の改変については、これまでに裁判を通じて獲得された権利を危うくする可能性があるとの危惧を示している。
注
- シンクタンクRSAのマシュー・テイラー所長のほか、労働関連の監督機関の長、シェアリングエコノミーの起業家、法律関係者で構成。(本文へ)
- “Good Work: The Taylor Review of Modern Working Practices”(本文へ)
- この一環として、2018年3月には方針文書の公表とともに、一般向けの意見聴取が実施された。(本文へ)
- 派遣業務の合間に一定の賃金を支払うことにより、派遣先での均等待遇が免除される。(本文へ)
- 雇用契約の種類、想定される賃率の下限、賃金の支払い方法、支払い主体、賃金からの控除の内容、想定される手取り賃金額、などが想定されている。(本文へ)
- 人材ビジネス事業者と労働者の間の仲介事業者。(本文へ)
- 最低賃金制度については歳入関税庁、労働者派遣事業など人材ビジネスについては職業紹介事業等基準監督局、労働者供給事業はギャングマスター・労働搾取監督局がそれぞれ所管している。(本文へ)
- 委員会は、請求の権利のみでは立場の弱い労働者に関する実効性に欠けるとしており、雇用主には法律上で、却下が妥当と認められる理由を明示すること、また違反雇用主には罰則を設けることなどを提言している。(本文へ)
- 記録可能であること、また通知の時期について一定の期限を設けることなど。(本文へ)
- 委員会は補償額の算定手法の例として、予定業務の報酬に連動か、キャンセルされたシフト時間×最低賃金か、あるいは最低賃金額に一定倍率をかけることなどを挙げているが、いずれも長短があるとして、意見聴取の実施を政府に提案している。(本文へ)
参考資料
参考レート
- 1英ポンド(GBP)=140.36円(2019年5月20日現在 みずほ銀行ウェブサイト)
2019年5月 イギリスの記事一覧
- ギグエコノミー従事者に労使協定を通じた権利拡大
- 新しい不安定な働き方への対応 ―「良質な仕事プラン」
- EU離脱後の移民制度案の公表
関連情報
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