定年延長法成立後の賃金体系改編の動き鈍く

カテゴリー:高齢者雇用労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2015年6月

2013年4月に成立した定年延長法(注1)によって、2016年より、従業員300人以上の大企業と公共機関においては、定年を60歳以上とすることが義務化されることになった。しかしながら、義務化を一年後に控えた今も、定年延長とは密接に関連した賃金体系の改編(注2)は遅々として進んでいない。高齢者の雇用安定のため、賃金体系改編の必要性については、すでに政労使間で認識は共有されていたはずであったのだが、ここに至ってその進捗状況は決して芳しいとは言えない。その現況と原因について、韓国労働研究院(KLI)が報告している。以下、概要を紹介する。

定年延長の導入状況

定年延長法成立後、従業員100人以上の事業所997カ所を対象とした調査結果によれば、定年制度がある事業所のうち、定年を60歳以上に設定している事業所は420カ所(42.1%)、60歳未満としている事業所は501カ所(50.3%)であった(図表1のとおり)。

図表1:2013年定年延長法成立後の定年延長の導入状況
  件数
定年制度なし 76 7.6
定年制度あり:定年年齢60歳未満 501 50.3
定年制度あり:定年年齢60歳以上 420 42.1
  以前から60歳以上 327 77.9
定年延長法成立後60歳以上に延長 93 22.1
  賃金ピーク制未導入 27 29.0
賃金ピーク制導入 65 69.9
無対応 1 1.1

出所:労使発展財団による2014年調査より、韓国労働研究院が引用。

また、定年延長法の成立以前より、定年を60歳以上に設定していた割合は327カ所(77.9%)に対し、法成立後に定年を60歳以上に延長した事業所は93カ所(22.1%)であった。

すなわち、定年延長法以前、定年を60歳未満としていた594カ所(501カ所+93カ所)のうち、法成立後に定年を60歳以上に引き上げた率は15.7%(93/594ラ100)であった。

以上の調査は、2014年7月から10月にかけて実施したものであり、定年延長法成立後、1年半程が経過する間の変化であるが、15.7%という数値は、定年延長が活発に進んでいると評価するには不十分である。

同調査結果では、定年延長法以前に定年を60歳未満に設定していたが、法成立後に60歳以上に延長した事業所のうち、約7割(69.9%)が賃金ピーク制(注3)を導入していることも確認できる。

図表2は、定年制度がない、あるいは定年が60歳未満の事業所において、今後、定年延長の導入にあたって検討していくべき対応策を示したものである。

図表2:定年延長に対する対応策 (単位:人)
賃金ピーク制の導入による人件費負担の緩和 52.9
高齢者の生産性の向上対策を準備 23.9
賃金体系の改編により、年齢や勤続年数と賃金の関係を遮断(例:職務給) 18.5
新入社員の採用縮小 15.6
高齢者を職務価値の低い職務へ配置することによる賃金調整 12.5
高齢者の時間選択制活用 11.4
名誉退職等(注4)による定年以前の高齢者の退出 10.4
その他 4.9

注:複数回答。定年制度がない、あるいは現在定年が60歳未満である577の企業を対象。

出所:労使発展財団による2014年調査より、韓国労働研究院が引用。

これによれば「賃金ピーク制の導入」による対応策が最も考慮されている(52.9%)。その他の対応策のうち、「高齢者を職務価値の低い職務に配置することによる賃金調整(12.5%)」「高齢者の時間選択制活用(11.4%)」も広い意味では職務調整と時間調整による賃金ピーク制と見ることができるため、賃金ピーク制による対応は7割以上と考えることができる。

この中で特に注目するべきは「新入社員の採用縮小(15.6%)」と「名誉退職等による定年以前の高齢者の早期退出(10.4%)」という対応である。すなわち、定年延長のための賃金体系改編が成立しない限り、青年層及び高齢者層の雇用に大きく影響が及ぶことが示唆されている。

進まない賃金体系の改編

以上の調査結果からも、定年延長実現のためには、賃金ピーク制の導入をはじめとした賃金制度改編による対応が重視されていることは確認できる。それでは、実際、賃金ピーク制の導入率はどのくらいなのか。それを示す調査結果が図表3である。これは2014年、雇用労働部により実施された調査結果である。定年制度がある事業所のうち、賃金ピーク制を導入している事業所の割合を事業所の規模別に示したものであるが、全体で10%という低調な導入率にとどまっている。

図表3:定年制度がある事業所のうち、賃金ピーク制を導入した比率
事業所規模(従業員数) 導入率(%)
1~4人 5.3
5~9人 10.2
10~29人 14.5
30~99人 14.9
100~299人 15.3
300人以上 23.2
全体 10.1

出所:雇用労働部「2014年事業体労働力付加調査」より韓国労働研究院が引用。

なぜ賃金体系の改編は進まないのか。過去においては幾度かこの問題に関して政労使間の合意があった。特に2008年以降は、高齢者の雇用安定という観点から、賃金体系の改編について合意が見られている。それは賃金ピーク制とともに、職務、熟練、成果に基づく賃金体系への改編についての合意であったが、合意内容と現場の状況との間にあまりに距離があったこともあり、すぐには実行されなかったという経緯がある。その後、定年延長法の成立によって、様相は一変する。すなわち、定年60歳が法的に労働者の権利として保障されたことによって、労働者側としては賃金において譲歩する必要がなくなったわけである。

定年延長法成立後の賃金制度改編に関する政労使の争点

図表4は賃金制度改編に対する政労使の意見を整理したものである。

図表4:定年延長定着のための賃金制度改編に関する政労使の争点
  労働者側 使用者側 政府
賃金ピーク制 60歳 反対 法制化 積極導入及び政府の支援拡大
60歳+α 賛成
賃金体系改編 方向 年功給→職務・成果給中心に改編 年功給→職務・能力・成果給中心に改編
方法
  • 賃金体系改編支援
  • 賃金情報の提供拡大
  • 公共部門での先導

出所:韓国労働研究院の資料に基づき作成。

労働者側の意見(注5)としては、定年60歳制の導入時に賃金ピーク制を導入すること対しては、反対の立場を表明している。前述のとおり、すでに定年60歳が法的な権利となる以上、賃金を譲歩する必要はなく、また60歳前後でも生活費は決して下がるものではないという主張である。ただ、労働者側は、60歳を超えての定年延長に関しては、賃金ピーク制の導入と交換のうえで賛成している。そして、賃金体系の改編については、明確な見解を提示していないが、賃金については、労使が自律的に決定すべき領域に属するとの原則を固守している。

一方使用者側は、年功性の強い賃金体系のままでは、定年60歳を定着させることは困難であると考え、職務給、成果給の導入を主張している。また、賃金ピーク制については、法制化を主張している。

政府も、年功給は様々に変化する環境においては、持続可能性が低く、職務と成果を反映した賃金体系への改編が必要との立場で、賃金体系改編のための直接的・間接的支援を行う方針を提示している。なお、賃金ピーク制については、使用者側が主張する法制化までは目指しておらず、あくまで賃金ピーク制の導入を積極的に促し、それに関連した政府支援を拡大しようとしている。

賃金制度の改善を進めるために

高齢者層の雇用安定のため、賃金体系の改編の必要性は、政労使間で認識され、社会的合意にも至ったという経緯がありながら、定年延長法の成立以降、賃金制度の改善はなかなか進まない。この状況を打開していくため、韓国労働研究院は以下のとおり提言する。

より説得力のある説明によって、その必要性を労働者側に示さなければならない。すなわち、賃金制度改善の目的は、賃金削減ではなく、法的定年60歳の現実化のためには避けられない「賃金と雇用の交換」であるという点を納得させなければならない。また、前述の調査結果にも見られたように、賃金制度が改善されるか否かによって、青年層の雇用をも左右するという意味で、青年層の雇用創出にもつながり得るならば、なおいっそう労働者側の理解を得られ易いと考えられる。

本来、賃金は労使当事者の課題である。賃金制度の改善については、これまで労使の主導性が弱かったという見方もできる。今後は労使の主導力が大いに期待される。特に韓国の代表的企業による先導的役割が必要である。それとともに、政府の持続的な支援が重要である。

そして最後に韓国労働研究院は次のとおり指摘し、本稿を締め括っている。もし今回の賃金制度の改善が思うように進まなければ、いずれ近いうちに訪れる定年65歳時代には、その時の衝撃は今以上のものとなるであろう。更に、今日のグローバル化した市場にあっては、賃金制度をはじめとした雇用システム全般の改革さえもが韓国企業に対し求められることになるであろう。

参考資料

  • 韓国労働研究院(KIL)『労働レビュー(2015年4月)』

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