経済危機対応のハイレベル会合を開催
―ILOアジア・太平洋地域、各国政労使が協議

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  • 国別労働トピック:2009年4月

ILO(国際労働機関)は2月18日から3日間、フィリピンのマニラ市で「経済危機への対応:アジア太平洋における成長、雇用、ディーセント・ワークのための整合的な政策」をテーマに地域ハイレベル会合を開いた。アジア太平洋地域11カ国の政労使代表や国際通貨基金(IMF)など国際機関の専門家らが参加した。各国政府は、雇用維持・創出と社会的保護などを軸とした包括的経済政策を講じる方向で大筋合意した。この会合に日本政府代表として参加した村木太郎・厚生労働省総括審議官は、ILO駐日事務所と日本ILO協会が3月4日に開いたセミナー(注1)で、会合の内容について報告した。同氏の報告をもとにマニラ会議の概要を紹介する。

「社会的側面」に焦点――一連の国際会議

村木総括審議官はまず、会議の背景について説明した。アメリカ発の金融危機は輸出主導国を中心にただちに実体経済に波及し、全世界同時不況に陥った。各国レベルでは一斉に緊急経済対策が講じられ、国際レベルでは、昨年11月にG20ワシントン会議が新たな金融システムの構築について議論した。他方、雇用・労働分野ではILOが昨年11月に理事会議長団声明(注2)を発表。その後ILOは、世界各地域で経済危機の社会的側面に焦点を当てた政労使会議を開催し、その結果を今年3月開催のILO第304回理事会で審議した。マニラ会合も、一連の地域会議のひとつとして開催されたものだ。

さらに、3月末にはローマでG8労働大臣会合が開催され、世界規模で雇用・生活への影響が深刻化する状況下で主要国の労相が一堂に会す国際会議として注目を集めた。四月に開催予定のG20ロンドン会議の主目的は金融システムの再構築だが、雇用問題が各国の大きな関心の的となっていることから、G8労働大臣会合の内容も反映される見通しだ。

97年危機に比べ、現在の影響は小規模

続いて同氏は、危機前のアジア経済について概説した。アジア地域はこれまで、中国をはじめ、アセアン諸国やインドなどを含む世界の成長センターとして経済成長が最も進んだ地域だった。活発な輸出・直接投資に牽引された経済成長をもとに、国民所得・内需も増加しつつあった。アジア金融危機が起こった97年に比べ、健全な金融環境が整いつつあると評価されてきた。しかし、アジア地域では依然として、(1)広範囲に及ぶ貧困と格差(2)未発達かつ脆弱な社会インフラ(労働市場、社会保障)(3)インフォーマル経済の拡大(4)一部の国の国家基盤の脆弱性――といった課題が残っており、今回の経済危機ではこうした問題点が浮き彫りになりつつある。

経済危機の影響は、日本、韓国、中国沿岸部などの輸出依存型の国や産業ほど深刻だが、非グローバル経済国への影響は現時点では小さく、プラス成長を維持している。これらの国では雇用面への影響も小規模で、一国全体を揺るがすレベルには及んでいない。全体的にみて1997年のアジア危機に比べると大きな影響は出ていない。ただし、今後、輸出産業の不振が経済全体に波及し、直接投資が減少すると、徐々に影響が広がることに留意が必要だ。雇用政策や社会保障制度の未整備が貧困の拡大や社会不安の増大をもたらすと、最脆弱層を直撃し、歯止めがかからない可能性がある。こうなると、途上国では国家財政の制約から、一国では対処しきれない事態となる。

雇用創出、内需中心の経済構築がカギ

経済危機の影響に関するこうした状況報告を踏まえ、村木総括審議官は、各国政府の主張を二点に集約した。一つは、雇用創出に向けた経済対策の実施で、これには雇用創出産業への支援も含まれる。二つ目は、内需中心のグローバル経済の変動に影響されにくい経済社会体制の構築で、具体的には、雇用政策・社会保障制度の整備や、最低賃金制度の構築など労働者の収入の確保、中小企業への支援対策などが対象となる。同氏は、「内需中心の経済社会体制を目指すとはいうものの、議論のなかで、欧米諸国、日本、中国といった巨大経済の早期回復を願う各国の本音も垣間見られた」と補足した。

また、各論として各国が主張したこととして、(1)危機の影響を直接受ける労働者に対する支援策(解雇対象者、若年層、外国人労働者、国内移民、貧困層、インフォーマル部門従事者)(2)政労使社会対話の強化による合意形成(3)地域内の経験・情報の共有(3)先進国・国際機関からの財政支援――を挙げた。このほか、労使からの主張として、(1)雇用の量のみならず質を重視した基本的権利・条件の確保(2)国内のみならずグローバルな政労使対話の実現(3)中小企業対策や職業能力開発などによる企業と雇用の持続可能性の確保――などの必要性にも言及した。

脆弱層支援が軸の社会保障拡充などで合意

マニラ会議で各国政府は、包括的な景気刺激策を講じ、雇用維持・創出と社会的保護を持続可能な回復と成長の中心に位置付ける方向で合意した。そのうえで、具体的な措置として、7項目が掲げられた。まず、ディーセントワークの保護・支援だ。二つ目は、柔軟な労働時間、賃金、一時解雇、離職支援策などの交渉において、団体交渉と社会対話を重視すること。三つ目は、インフラ工事や労働集約型土木工事プロジェクトに着手し、雇用を創出する。四つ目は、融資機会の確保などの企業支援策で、五つ目は、農村部や農村経済などの特定部門、移民、インフォーマル部門従事者といった脆弱層に焦点を当てた支援を講じること。六つ目は、社会保障・社会的保護制度を拡充し、脆弱層の可処分所得水準を引き上げる。最後に、国際レベル、地域レベルでの支援の強化で、これには、途上国向け資金提供や国際金融機関の融資条件の緩和も含まれる。また、こうした措置を講じるうえで、各国政府レベル・国際レベルの対応を調整し、整合性を確保する必要性も強調された。

マニラ会議の結論を踏まえ村木総括審議官は、アジア・太平洋地域において日本が果たすべき役割についてコメントした。まず大前提として、「アジア諸国が最も依存しているのは、先進諸国の景気回復による輸入需要の拡大だ」と述べ、日本の早期景気回復の必要性を掲げたうえで、(1)金融秩序の回復(2)保護主義の抑制(3)経済危機の社会的側面の改善――に向けた国際協調による対応に積極的に関与していくべき方向を示した。同時に、官民による途上国との関係強化に向け、直接投資や経済連携を促進し、ODAを維持していく必要性を訴え、「労使関係、安全衛生などの分野における日本のノウ・ハウを伝え、生かしていくことが大切だ」と述べ、報告を締めくくった。

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