「議事日程2010年」閣議決定
2002年9月の連邦議会選挙で辛勝した第2次シュレーダー政権(社会民主党SPDと緑の党の連立)は、第1次政権末期に提出された労働市場改革に関するハルツ委員会答申(『海外労働時報』2002年11月号「シュレーダー政権の課題」(PDF:413KB)参照)を実施する法律を2002年12月に一部成立させた(『海外労働時報』2003年3月号参照)。その後、労組の抵抗に遭いながらも同答申の残りを含むさらなる社会・労働市場改革の推進に努め、これを受けて2003年3月にはシュレーダー首相の施政方針演説で「議事日程(アジェンダ)2010年」と題する包括的プログラムを公にしていたが(『海外労働時報』2003年6月号参照)、夏期休暇明けの8月13日、その後の5カ月の議論を踏まえて、「議事日程2010年」の一部について今後の立法に向けて閣議決定を行った。
閣議決定されたのは、社会・労働市場改革の部分のほか、税制改革、財政改革までの広範な内容にわたり、いずれも自治体の投資環境の改善も含めた経済の活性化と労働市場の改善に結び付くことが意図されており、シュレーダー首相は、ドイツ連邦共和国の社会史における最も大きな改革だと述べている。税制改革については、2005年度の税制改革の第3段階を1年前倒しにするものであり、財政政策については、地方自治体(市町村)財政改革における営業税、売上税の手直しが主要な内容になっており、社会・労働市場改革については、ハルツ委員会答申の未だ立法化されていない2つの部分の立法化を図るものである。
以下、閣議決定の内容の概略と各界の反応について記する。
1.閣議決定の内容
(a)税制改革
予算関連法案で、政府は2005年度に予定される税制改革の第3段階を1年前倒しして、所得税と法人税で合計156億ユーロの減税を図る。これにより、2004年度の減税と合わせて、減税総額は220億ユーロに達する。他方において、法案には歳出削減も盛られ、公務員関係の休暇手当とクリスマス手当の削減、いくつかの税制優遇措置の廃止等も含まれ、後者には、マイホーム建設手当の廃止、遠距離通勤者の通勤費一括払いの削減等が含まれる。また、養育費に関しては、従来の世帯単位の基礎控除は廃止されるが、片親の家庭では新たに年額1300ユーロの基礎控除が与えられる。
この改革により、歳入歳出の増減の差し引きで、連邦、州、自治体(市町村)の2004年度の減収は101億ユーロに達するが、税制改革の前倒しの経済効果で、翌年以降110億~130億ユーロの増収が見込まれる。
(b)地方自治体(市町村)財政改革
従来の営業税は、今後地方自治体経済税(Gemeindewirtschaftsteuer)と呼称を改め、約76万人存在する自由業者(医者、弁護士、建築家等)も新たに組み込まれて、この税を納付せねばならないことになる。ただし、この自治体経済税には、収益から独立した、利子、賃料、リース等は組み込まれず、これらは非課税になる。
売上税については、従来自治体への配分は2.2%だったが、改革によって州への配分を減額して、自治体への配分を3.6%に増額する。
この地方自治体財政改革によって、自治体の収入は2005年以降、年額50億ユーロ増加することになる。
(c)社会・労働市場改革
ハルツ委員会答申の実施法制定に際して、立法作業が残っていた連邦雇用庁改編(ハルツIII)と失業扶助(Arbeitslosenhilfe)と社会扶助(Sozialhilfe)の失業手当II(Arbeitslosengeld II)への統合(ハルツIV)の2つが内容になっている。
中心となるのはハルツIVで、連邦がまかなう失業扶助と自治体がまかなう社会扶助を前者に統合して、新たな失業手当IIを2004年半ばまでに成立させることが企図されている。これによって失業手当IIは、今までの長期失業者とともに、将来は従来自治体から支援を受けた就労能力のある社会扶助受給者にも支給されることになり、その標準額は月額で、西独地域で345ユーロ、東独地域で331ユーロとなる。また、失業手当IIを将来受給する長期失業者は、職安で職業紹介を受けた場合、その職種を受け入れることに要求(期待)可能性(Zumutbarkeit)があるものとされ、受け入れ拒否の場合の制裁が強化され、失業者の労働市場への参入がさらに推進されることになる。
ハルツIIIについては、連邦雇用庁が改編され、失業手当IIを管轄する責任機関として、従来の長期失業者とともに、今後100万人の就業可能な社会扶助受給者の面倒を一手に引き受けることになる。また、失業者に対する職業紹介等のサービス向上を図るため、職業紹介担当職員の数を大幅に増加させ、また上述の失業手当IIの支給の一括化を含めて、連邦雇用庁の業務の効率化ができるかぎり図られることになる。
2.各界の反応
概略以上のような閣議決定に対して各界から様々な反応が出ている。
労組は「議事日程2010年」自体に反対しているから、閣議決定を支持しないことは当然である。
これに対して、最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、閣議決定の内容は経済成長と雇用の創出に結び付かないと批判し、個々的な問題では、マイホーム建設手当の廃止、遠距離通勤者の通勤費一括払いの減額等の補助金の削減に強く反対している。また、自由業者を地方自治体経済税の納付者として組み入れることにも反対している。さらに、統合された失業手当IIが連邦雇用庁の所管となり、就業可能な社会扶助受給者も含めて同庁が管轄することに対して、CDU・CSUの連邦議会会派は、州にもっと権限を付与するべきだと反対している(もっとも連邦参議院では、東独地域で政権を担当するCDU諸州は閣議決定に与している)。
他方、閣議決定の個々の内容に対しては、SPDと緑の党の内部でも異論があり、例えば地方自治体経済税について、収益から独立した利子、賃料、リース等を非課税にすべきではなく、これらも課税対象として自治体に納付させ、低迷する自治体の経済活性化に役立てるべきだとする者もある。また、失業手当IIの出費は、将来連邦が税で全額負担することから(2005年約260億ユーロ)、シュレーダー政権としては売上税に対する連邦の配分を増やしたいが、これには与野党を問わず、州が反対しており、また、売上税に対する自治体の配分の増額によって州の配分が減少することには、SPDが政権を担当する州も反対している。
経済界では、自由業者の諸団体が将来の地方自治体経済税の納付義務に反対しているが、全体的には閣議決定に賛成しており、産業連盟(BDI)は閣議決定された税制改革と財政政策に賛成し、ロゴフスキー会長は、特に税制改革の1年前倒しは経済成長と雇用創出に有益だとしている。
このような各界の反応のなかで、CDU・CSUは、秋以降の立法段階では多数派を形成する連邦参議院で厳しい批判を展開する構えを見せてはいるが、他方、経済界が営業税の改正や税制改革の前倒しに賛成するように同党に圧力をかけており、また、同党は、反対政党の烙印を押されて世論の批判を受けることも警戒しており、立法段階で批判しつつも、必要な譲歩はするとの見方が、専門筋の間では行われている。
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