シュレーダー首相、社会・労働政策の改革推進を表明
―注目の施政方針演説「議事日程2010年」

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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ハルツ委員会実施法を成立させた後(本誌2003年3月号参照)、シュレーダー首相(社会民主党SPD)は一向に改善しない労働市場状況の中で、重要な州選挙で手痛い敗北を喫したことも受けて、クレーメント経済労働相(SPD)とともに、解約告知保護法改正等、従来SPD左派や労組の抵抗の強かった分野をタブー視することなく、さらに労働市場改革を推進する意向を示していた。この間、これに反発する従来の支持基盤である労組やSPD左派との確執もあり、その意味でも2003年3月14日に行われた施政方針演説は、近年になく各界から大きな注目を集めていた。そして、同首相はこの「議事日程2010年」と題された演説の中で、具体的な政策に触れながら、社会・労働市場政策の改革を推進していく強い決意を表明した。

以下、施政方針演説に至るまでの議論の経緯、演説の具体的内容、各界の反応の概略を記する。

(1) 施政方針演説までの経緯

ハルツ委員会答申実施法の成立後、SPDは、シュレーダー首相が州首相を務めた言わばお膝元のニーダーザクセン州等の州議会選挙で、最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)に敗北し、シュレーダー政権に対する有権者の批判を痛感しただけでなく、重要法案成立のために州代表である連邦参議院でCDU・CSUと協力する必要がさらに大きくなった。また、その後も労働市場は低迷し、470万人に達する失業者を記録して一向に改善が進まず、同政権としてもハルツ答申を超えてさらに労働市場改革を推進していく必要にいよいよ迫られた。そこで、正念場に立たされたシュレーダー首相は、クレーメント経済労働相とともに、労組の抵抗の特に強い解約告知保護法の見直し、失業関連給付の統合、失業手当受給期間の短縮等も含めて、CDU・CSUや経済界の意向をも積極的に取り入れた社会・労働市場改革の積極的な推進を標榜した。

ただ、労組とのコンセンサスを図ることも無視できないシュレーダー首相は、3月2日に労使代表を招いて1年振の「雇用のための同盟」の頂上会談を主催した。これは、2月に「雇用のための同盟」の会談が、賃金政策等の議題をめぐって労使の主張が対立して頓挫したのを受けて行われたものだが、解約告知保護法や失業手当の見直し等に関する労使間の主張の開きは予想どおり大きく、結局何らの成果も生まずに会談は終わった。これを受けて、労使双方から、従来の形での「雇用のための同盟」は終わったとの認識が示され、同首相も、今後は議題設定についてクレーメント経済労働相に労使と個別に協議させ、新たな会談の場を模索すると述べた。そして同首相は、このような事態を受けて、今後連邦政府が3月14日の施政方針演説で、労使に図らずに改革案をまず独自に打ち出すことを言明した。

その後、施政方針演説を間近に控えて、与党内のSPD左派、野党、経済界、労組等から社会・労働市場改革に関するそれぞれの立場からの具体的意見が表明され、シュレーダー首相の改革の方向を歓迎する意向はむしろCDU・CSUや経済界から表明され、労働総同盟(DBG)とその傘下のIGメタルやVerdi等の労組やSPD内左派がこれに反対するという構図が形成され、さらに従来金融政策を本務とするドイツ連邦銀行が、首相の改革方向を支持する異例の立場表明を行うなどして、同首相の施政方針演説は近年にない大きな注目を集めた。

(2)演説の具体的内容

このような経緯でシュレーダー首相の施政方針演説は行われたが、表明された社会・労働市場改革の具体的内容は、概略以下のとおりである。

(a) 解約告知(解雇)保護法(本誌2003年5月号参照)の改正

同法の規制を緩和し、従業員5人までの小企業は将来無制限に期限付き雇用で新たに労働者を雇用でき、その場合解約告知保護は適用されない。すなわち、期限付き雇用で企業規模が5人を超えても、解約告知保護の適用を受ける5人を超える企業という扱いにならず、当該企業は同法の保護なしに従業員に対して解約告知できる。また、差し迫った経営上の必要に迫られて解約告知できる場合(整理解雇)、労働者は立法的に確定された示談(和解)金と継続雇用の訴えの選択権を与えられる。さらに、整理解雇が認められる場合の合理性の基準としての「社会的選択」に関しても、企業は、従来不利な扱いを受けた若年労働者でも、業績を上げた者を維持することができるようにし、その上、使用者と経営協議会は整理解雇者のリストを合意のもとに作成することができる。

クレーメント経済労働相は、5人を超えて企業が新たに雇用した場合に、9人までは5人を1人超える毎に、その1人についてのみ解約告知の保護を与え、10人以上の雇用に至って完全な同法の保護を受けられるとして、5人と10人の間の中間領域を設ける構想を示していた(本誌2003年5月号参照)。しかし、この案はSPD内左派の反対に対して譲歩を余儀なくされ、期限付き雇用でない正規雇用で5人を超えて雇用がなされる場合には、同法の保護は従来どおり適用されることになる。

(b) 失業関連給付の見直し

失業手当(保険金)の受給期間を短縮し、55才未満の失業者は最長12カ月受給でき、55才以上は最長18カ月受給できる。現行規定では、45才以上の失業者は18カ月受給できるが、45才から年令が高まるとともに、最高32カ月まで受給できる。連邦雇用庁の試算では、この受給期間の短縮で、失業保険給付はこれによって100億ユーロ節約できることになる。

また、従来の失業扶助(Arbeitslosenhilfe)に当たるものを新たに設けられる失業手当II(Arbeitslosengeld II)に改編するが、これは2004年以降、就業能力のある長期失業者にのみ支給され、支給額は従来の社会扶助(Sozialhilfe)の額までとする。従来政府は、失業手当IIの支給額を社会扶助の支給額より10%多く支給するとしていたが、これを社会扶助と同額にまで削減した。また、長期失業者が就業すれば、その所得については部分的にのみ税の源泉徴収を受ける。

(c) 手工業法の改正

中世以来の伝統を持つマイスター(親方)制度は、近代的手工業にも受け継がれ、様々な職種のマイスター、職人、見習いは全ドイツで約650万人おり、手工業法で種々の規定をおいている。ただ、近時マイスターの数が減少し、多くの規制が起業等の妨げになり、雇用の創出にもブレーキをかけているとされ、今回この手工業法を抜本的に改正し、将来的には職人も10年で企業を継承するか設立できるようにし、マイスターの資格は、ガス配管工・暖房機製造工等の危険を伴う手工業職種についてのみ要求する。また、マイスターのみが後継者養成の職業訓練を付与する資格を持つのではなく、5年間の職業経験等の要件でも足りるようにする。

(d) 職業訓練

ドイツのデュアル・システムの下で重要な訓練職に関し、経済界は、職業訓練を志望するいかなる若年者にも、訓練職を提供せねばならない。企業が訓練職創設を怠るならば、連邦政府は立法によってこれに対する課徴金を導入し、企業に強制を加える(この背景として政府は、2003年度については、11万人の若年者に対して訓練職が不足すると予測している)。また、企業が訓練生を教育できるための前提条件も緩和され、最低5年間企業を運営してきた者は、訓練生を教育する資格を得られる。

(e) 投資計画

新たな雇用の創出を目指して、復興金融公庫(KfW) は、有利な低利子での貸付けを行い、貸付額の総額は150億ユーロとする。このうち80億ユーロは、個人の家屋所有者が住居改築のために貸付けを受けるのに当てられ、利子は初めは3%未満とする。また、70億ユーロは、自治体のインフラ整備計画に当てられ、利子は初めは1.4%とする。さらに、自治体は名目0.5%の低利で、構造的に弱い産業分野のために貸付けを受けられ、これには10億ユーロが当てられる。アイヘル財務省とハンス・ライヒKfW総裁によると、この投資計画で建設業界と手工業分野の企業で、30万人の雇用創出が可能になるとされる。

この他、現在ドイツではリュールップ委員会に諮問された年金改革のほか、ウラ・シュミット保険・社会相(SPD)が所管する医療制度について、その抜本的改革も大きな問題になっているが、特に社会保険の一つである公的な疾病保険について、運営機関である疾病保険金庫に納める保険料を13%未満に抑えることが大きな目標とされている。これをめぐる疾病給付金の調整について、シュレーダー首相は施政方針演説で触れ、将来的には個人が疾病給付金を私的に積み立てる方向での解決を示している。このやり方で、疾病保険金庫は75億6000万ユーロの節減が可能になるとされる。

(3) 各界の反応

概略以上のような内容について、各界からいろいろな意見が表明されている。

経済界では一般に、シュレーダー首相がSPD左派や労組との対立を押して現在ドイツが直面する深刻な労働市場状況の下で、市場改革を断行することを強く期待していただけに、解約告知保護法の改正等、改革内容としては不十分だと不満を表明する声が強い。また、個々の問題については、例えば手工業連盟が、手工業法の改正によって、ドイツが築いてきたマイスター制度の質の低下が齎されると厳しく批判している。

最大野党CDU・CSUは、解約告知保護の規制緩和についてはまだ不十分であるとしているが、55才以上の失業者の失業手当の受給期間を18カ月に短縮することについては、高齢者の保護に欠けるとして反対しており、ここでは経済界に近い保守政党が、次に述べる労組の強い反対とむしろ意見の一致を見ている。しかし、メルケルCDU党首は、全体として改革が不十分だとしながらも、シュレーダー政権の改革に協力する用意があることを示しており、同政権が労組の抵抗に屈しないで、同党と経済界が従来主張してきた方向で労働市場改革を断固推進することを強く要望している。

これに対して労組は、施政方針演説の内容は、社会国家の社会的(sozial)内容の大きな後退だと厳しく批判しており、ゾマーDGB会長、ツビッケルIGメタル委員長、ブジルスケVerdi委員長はそろってシュレーダー政権との対決姿勢を強く打ち出し、同演説の内容が法案化される今年の秋は対決の秋になると警告している。特に労組は、解約告知保護法の改正、失業手当の受給期間の削減等には徹底的に抵抗する姿勢を示している。

このような各界の反応の中で、シュレーダー政権は、厳しい労働市場状況の中で、政権の成否をかけて改革の正念場を迎えており、いずれにしても議論よりも行動に打って出ることが焦眉の急となっており、労組の強い抵抗の中で、「議事日程2010年」に示された内容が立法に至るまでの今後の展開が大いに注目される。

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