低所得労働改革で与野党合意
―ハルツ委員会答申実施の第2法案

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年3月

2002年11月15日に連邦議会で可決されたハルツ委員会答申を実施する2つの法案(本誌2003年2月号参照)のうち、低所得労働(ミニ・ジョブ)改革を含む第2法案は連邦参議院の同意を必要としたが、11月29日に同院で多数を占める最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の反対にあって否決され、その結果両法案とも両院協議会の協議に付された。その後、低所得労働につき与野党の大きな妥協が成立し、両法案とも2002年12月20日に連邦議会で再度可決され、2003年1月1日から法律として施行されることになった。

低所得労働改革は、従来労組の反対で前進のなかった分野で、ハルツ委員会答申でも抑制された内容だったが、今回は従来経済界と野党が主張した内容を大幅に取り入れたクレーメント経済労働省(社会民主党SPD)のイニシアティブで、ハルツ答申の内容を上回る画期的な妥協が連立与党とCDU・CSUの間で成立し、この分野の雇用創出効果も含めた改革が大きく前進することになった。

以下、低所得労働改革を含む第2法案を中心に、成立した法律の内容を概観し、これに対する各界の反応を記する。

1. 法律の内容

(a)第1法

第1法案は連邦参議院の同意を必要としないので、連邦議会の可決の段階で法律として成立し得たわけだが(本誌2003年2月号参照)、予期されたように、これについては両院協議会の協議でも妥協は成立しなかった。

中心となるのは、自治体レベルの公共職業安定所(ジョブ・センターに改編)に設置される人的サービス機関(PSA)による失業者の派遣だが、PSAと管轄労組の賃金協約規制によって、派遣労働者の賃金水準を派遣先の被雇用者と同一にするという原則の変更については、クレーメント経済労働相は、この原則を定めるEUの指針を根拠に、野党の変更要求に応じなかった。もっとも、派遣業界と管轄労組は派遣労働者について派遣先よりも低い賃金水準を協約で定めることが可能で、労組も仲介困難な非熟練労働者等については低い賃金水準の設定に応じるとクレーメント経済労働相に保証したとされるから、PSA構想が賃金水準との関係で挫折するか否かは、2003年後半に締結される予定の賃金協約の内容によって判断されることになる。

(b)第2法

(1)低所得労働(ミニ・ジョブ)

今回の与野党の妥協の中で最も重要な点で、第1次シュレーダー政権のリースター労相が成立させ、1999年4月1日に施行された僅少就業規定(630マルク[現在は325ユーロ]労働:本誌1999年9月号参照)を根本的に改正し、ハルツ委員会答申の内容(本誌2002年11月号2003年2月号参照)をも上回る内容になった(注)

(ア)通常のミニ・ジョブ:従来の月額325ユーロ労働の上限を月額400ユーロに引き上げ、副業として行うことも再び可能にする。被雇用者は税、社会保険料を負担しない。雇用主は一括負担25%で、このうち年金保険料11%、疾病保険料12%、税2%である。

(イ)個人世帯にサービスを提供するミニ・ジョブ:上限を月額400ユーロとし、副業としても可能とする。被雇用者は税、社会保険料を負担しない。雇用主は一括負担12%、このうち年金保険料5%、疾病保険料5%、税2%である。また雇用主は10%、年額で最高510ユーロの税控除を受け、サービス業者を通して雇う場合は20%、年額で最高600ユーロの税控除を受ける。

(ウ)拡大された低所得領域(スライド領域):401ユーロから800ユーロの間の所得領域で、被雇用者は従来どおりの税を負担するが、社会保険料は段階的に4%から21%に賃金にスライドして負担させる。雇用主の税負担は従来どおりとし、社会保険料負担は21%とする。

(エ)家政婦特権:個人世帯が家政婦等を社会保険加入義務を負う形で雇用すると、年額2400ユーロまで税控除を受けられる。

この与野党合意の低所得労働改革は、ハルツ答申で通常のミニ・ジョブを据え置きにしていたことと比べても、闇労働に従事する者を低所得労働に参入しやすくする改革であり、クレーメント経済労働相はこの改革で32万人の雇用が新たに創出されると見積もっている。また、この改革で社会金庫の収入は差し当たって10億ユーロ減少すると見積もられているが、新たな雇用の創出がそれを十分補填すると見られている。

2.私会社(Ich-AG)

企業家として自営業を営む場合に職安から支給される補助金については、2003年2月に新たな法案が提出されることになり、今回の立法までには煮詰まらなかった。しかし、ハルツ答申と異なり、失業者に限らず、すべての者が「私会社」を設立でき、その際国家から補助金を受けることについては合意を見ている。また、自営業者に関連して、リースター前労相が成立させた外見自営業者推定規定(本誌1999年11月号参照)を廃止することでも合意を見ている。これは一定の推定規定を満たすものを社会保険加入義務を負う雇用者(外見自営業者)と見なし、使用者の社会保険料支払い義務を免れる脱法行為に対処するためのものだったが、これによって雇用は拡大せず、規定も複雑すぎるとの理由で、連立与党側の譲歩で廃止されることになった。

3.橋渡し金(Bruckengeld)

ハルツ案に含まれていた、55才以上の失業者が職安の職業紹介を辞し、失業手当の半額を橋渡し金として支給されるとの規定は、実質的な早期年金の導入で、年金金庫を圧迫し、また、高齢化社会で高齢者を労働市場から切り捨てる誤った方向に進むものとされ、全政党の合意で廃止されることになった。

(2)各界の反応

以上のような与野党合意の改革法に対しては、与野党の専門家、経済界、学界は賛成しているが、労組は反対している。

まず、SPDのライナー・ヴェント連邦議会経済委員会委員長は、今回の合意は「念願の非熟練労働者の雇用を創出する道具」であるとして賞賛しており、緑の党の労働問題専門家の論客テア・デュッカート女史も、同党が以前から要求していたことが実現されると満足の意を表明している。またCDUの労働問題専門家のカール・ヨーゼフ・ラウマン氏も、この合意で「リースター時代の多くの瓦礫」が片付けられ、労働市場に巨大なインパクトを与え、80万人の雇用創出につながるとしている。

経済界では、低所得労働についてずっと以前から改革要求があり、ハルツ答申も不十分としていたことからも、今回の改革を歓迎し、ライナー・ギョーナー使用者連盟(BDA)代表業務執行理事は、CDUの専門家同様、80万人の雇用創出の希望を表明している。

他方学界では、労働市場改善に対する過度な期待は戒められている。しかし、改革自体の積極的効果は認められており、例えばキールの世界経済研究所のライナー・シュミット研究員は、景気低迷の下では、雇用を考える企業でさえ社会保険加入義務のある正規雇用には乗り出さず、むしろミニ・ジョブに手を付ける可能性があるから、正に現在の景気低迷状況下で、今回の低所得労働改革はかなりの積極的効果をもたらし得ると述べている。

これに対して、ドイツ労働総同盟(DGB)は今回の改革に反対しており、労働問題専門家のヨハネス・ヤコブ氏は、低所得労働改革で正規雇用が排除され、また社会金庫の減収につながることを警告している。

以上のような改革法の成立で、総選挙後の増税路線を公約違反として厳しく批判されて、支持率も急速に低下していたシュレーダー首相は、久々に得点したといえよう。同首相は12月16日、ハンデルスブラット紙に寄稿して、ドイツの社会保障改革を国民に強く訴えかけており、翌17日、総選挙を挟んで同首相と確執のあったロゴフスキー産業連盟(BDI)会長が、これに呼応して協力の用意があることを表明している。このような動きも踏まえて、今回の改革が今後いかなる成果を生むか注目される。

  • 1999年4月のリースター前労相の僅少就業規定の改革後、ドイツでは低所得労働者は減少して、その分闇労働が増加していると思われるが、低所得労働者数は以下のとおりである(1999年4月1日以後は、改革による社会保険加入義務のある低所得労働者)。1992年450万人、1997年560万人、1999年1月650万人、1999年8月580万人、2001年10月400万人(出典:連邦雇用庁)。

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