連邦憲法裁判所、協約自治制限の判決

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年8月

協約自治を巡っては、 従来も連邦労働裁判所によって労使関係に影響する重要な争点について判断が示されてきたが、 連邦憲法裁判所は2001年5月30日、 療養(Kur)と年次有給休暇(Urlaub)の関係について、 失業対策に寄与するために立法で協約自治を制限することを合憲と判断した。 この連邦憲法裁の判断に対して、 それが連邦労裁の協約自治をめぐる判決に及ぼす影響につき、 労働法専門家の議論を呼んでいる。

問題の背景には以下のような事情がある。

ドイツでは疾病予防、 母性保護、 リハビリテーション等を目的とした療養(Kur)は社会保険の保護を受け、 保護の種類として疾病保険の給付を支給されるので、 しばしば温泉地等に一定期間滞在して療養に当てるということが行われる。 他方、 療養とは別に雇用者には有給の年次休暇(Urlaub)が与えられるが、 これは賃金協約交渉で大枠が定められ、 基本法(憲法)上協約締結当事者に保障される協約自治の原則が適用される事項となる。

ところが、 1990年代の大量失業の時代には、 社会保険の負担が財政を圧迫することになり、 前保守・中道連立政権(CDU・CSU主軸)は大量失業対策に苦慮し、 社会保険の負担を緩和するために、 1996年に立法によって協約自治に介入し、 使用者は雇用者の5日の療養のうち2日を年次休暇に算入することができると法律で規定した(この法律は1998年秋の政権交替後、 現シュレーダー連立政権によって1999年に廃止されている)。

この法律の合憲性が連邦憲法裁判所で争われたのが本件であるが、 同裁判所は、 立法者にとって失業が問題となる場合には、 協約当事者である労組と使用者は無制限の協約自治を援用し得ないと判示した。 そして大量失業を低下させ、 社会保険の財政負担を緩和する目的は、 公共の福祉の観点から憲法で保障される協約自治の原則に対して優先されるとした。

この判決に対して、 労使は反対の反応を示している。 使用者連盟(BDA)は、 判決を歓迎し、 失業に有効に対処するために協約自治の原則に介入するほかないならば、 それに反対する理由はないとしている。 これに対して労働総同盟(DGB)は判決を厳しく批判し、 この判決は、 先になされた連邦労裁の協約自治と有利原則に関する新しい解釈(本誌1999年7月号参照)を、 本来の連邦労裁ではなく、 連邦憲法裁という裏口を通して変更するものであるとしている。 他方、 連立の一翼を担う緑の党の労働政策専門家テア・デュッカート氏は、 判決の内容は合理的だと評価している。

労働法学者の間では、 この判決の及ぼす影響について議論が成されており、 判旨は、 協約自治の原則が他の基本法上の権利と比較衡量されるだけでなく、 失業克服に対する戦いというより一般的で重要な目的とも比較衡量され得ることを示したものとされ、 この点が注目に値するとされている。 その結果、 労使双方は、 今後無制限に労働協約を締結するのではなく、 労働市場、 社会保険に関する財政上の負担、 ドイツにおける企業の競争条件等を考慮して労働協約を締結する必要に迫られるとされている。 さらに労働法学者は、この判決は有利原則等の他の労働協約法上の問題にも重要な意味をもち、 有利原則の解釈について、 失業救済(雇用確保)のために労働協約を下回る労働条件を事業所協定で定めることができるかにつき、 否定的に解釈した先の連邦労働裁判所の判決(本誌1999年7月号、 2000年3月号Ⅱ参照)にも影響を及ぼし得るとしている。

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