セミナールーム
労働市場の変化

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年8月

Dr.Hartmut Seifert
ハンス・ベックラー財団

ドイツでは、この3年間で失業者が年平均50万人減少した。連邦政府は積極的労働市場政策により失業を減らし、サービス・知識社会への急速な構造的変化に労働市場を対応させようとしている。本稿はその状況を分析したものである。

はじめに

ドイツ政府は雇用に関して難題に直面している。慢性的失業を許容範囲内の水準まで減らさなければならないだけでなく、今後直面せざるを得ない課題、つまり、工業社会からサービス・知識社会への構造的変化によってもたらされる課題に対応できるよう、労働市場を変革していかなければならない。しかし、第2の問題の解決なしに、第1の問題を解決するのはまず不可能である。この四半世紀の経済状況をみると、失業率が常に高く、しかも景気循環ごとに上昇してきた。とはいえ、近年の経済成長によって労働市場の状況も改善し、1997年以降、約134万人の新規雇用が創出された。それでも2000年には平均して389万人が失業中で、就業可能年齢のドイツ人の10人に1人は職がなかった。2000年の失業率は9.6%、ILOのガイドラインに基づいた標準化失業率は7.8%であった。EU平均の8.2%より多少低い。

失業がドイツ国内の各人口集団に与える影響にはかなり差がある。特に痛手を受けているのは外国人で、失業率は17.5%にもなる。失業率の男女差はほとんどない。共学制度、特別支援措置、早期退職策により、他の欧州諸国と違ってドイツでは、25歳未満の青年の失業率は全体平均を上回ってはいない。一方、長期失業者の割合は驚くほど高い。失業者の3分の1が1年以上求職中である。特に健康上問題がある者や45歳を超えた者が長期失業から抜け出せないでいる。

労働市場の触媒としてのサービス部門

雇用創出に大きく貢献しているのは、発展しているサービス部門である。この10年間にドイツ全体で合理化により雇用者数が1.3%減少したが、金融・リース・企業サービス部門では雇用者数が42.1%も増加し、民間サービス部門で21.2%増加した。商業・ケータリング・輸送部門でも2.4%とわずかながら雇用者数が増加した。しかし、この増加は製造業(24.5%減)や公的部門(11.5%減)の著しい減少を相殺できるほどではない。最近、主としてドル高によって輸出が伸び、製造業の生産減少が一時的に止まっているが、それ以外の国内経済の動向から、サービス経済への移行が続くと予想される。また全国統計では旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域の労働市場の相違点が見えてこないが、この両地域は雇用に関する限り、共に発展するどころか、いまのところ歩みを異にしている。

最新の統計によると、旧西ドイツ地域では2000年に雇用者数が1.9%増加したのに対し、旧東ドイツ地域ではさらに0.5%減少した。旧東ドイツ地域の失業率は17.4%で、旧西ドイツ地域の7.8%の倍以上である。いくつかの成長部門は別として、大規模な支援策、投資促進策、インフラ整備策を取っているにもかかわらず、労働市場は全体としてまだ拡大する方向にない。

従来の労使関係の衰退

労働市場の構造的変化によって、雇用形態に根本的な変化が生じている。長期フルタイム雇用を特徴とした従来の労使関係が、徐々に変則的な雇用形態に変わりつつある。1993~95年に限っても、社会保険料を負担しなければならない職の比率が85.0%から80.5%に低下した。2000年に改革がスタートするまで、週15時間以下のパートタイム雇用は社会保険料を負担する必要がなかった。こうしたパートタイム雇用が特にサービス部門で広がり、労働者の約25%がパートタイマーである。

パートタイム雇用の増加は2つの大きな問題を引き起こしている。第1に、社会保障制度の土台が崩れつつあること、第2に、パートタイマーは十分な職業訓練を受けない場合が多いことである。

長期的に見ると、労働市場は2つの集団に分化するおそれがある。その1つが十分な資格をもたない労働者で、急増している。この問題に対する解決策として「フレキシキュリティ」(変則的な雇用形態と社会保障の組み合わせ)が提案されている。この案では、すべての労働者を対象とした最低限の基本年金(スイス・モデルに基づく)生涯教育制度、ある雇用形態から別の雇用形態への移動支援が重要な柱となる。

規制緩和―失業問題の解決策になるか

高失業率が続いている原因は多くの場合、時代遅れの構造にあると見られている。多くの専門家は成功を収めている米国モデルを例に挙げ、労働市場の完全な規制緩和と市場メカニズムの強化を提案している。使用者や労働者だけでなく議員もすでにこうした提案に反応し、適切な対策作りに着手している。立法措置により、限定された雇用契約を結んだり仕事を下請業者に出すことが容易になり、民間職業紹介所の運営や生産部門での日曜出勤が可能になった。さらに、使用者と労働者が署名した「開放条項」(Offnungsklauseln)により、使用者は明記された範囲内で標準賃金水準より低い賃金を設定し、賃金や労働時間に関して企業ごとに協定を結ぶことができる。1990年代の賃金協定は法外なものではなかったが、相応の好ましい影響をなんら労働市場に与えなかった。最近の輸出ブームやそれに伴う雇用増については、為替レートの変動の方がはるかに決定的な要因となっている。それにもかかわらず、いっそうの規制緩和が依然求められており、労働協約に適用される現行法が槍玉に挙げられ、企業ごとに賃金・労働時間契約を結べる柔軟性が現行法にはないと批判されている。こうした措置が労働市場にプラスの影響を与えるかどうかはまだ立証されていないうえ、賃金交渉制度を再構築しても、拡大している経済部門になんの影響も与えないだろう。ニュー・エコノミーにおいても旧東ドイツ地域においても拡大しているサービス部門では、賃金協定をまったく結んでいない使用者が増えているからである。旧西ドイツ地域では労働者の25%、旧東ドイツ地域では40%弱が使用者と賃金協定を結んでいない。

雇用のための同盟

1998年秋に発足した現政権は失業との闘いを最優先課題の1つとした。そこで雇用政策と雇用慣行に関する三者間の合意形成を目的とする、政府、使用者団体、労働組合の代表で構成される「雇用のための同盟」が形成された。過去7回の会合で三者の代表は若年者失業対策、雇用を重視した長期賃金政策、時間外労働の縮小、労働時間口座の創設、低資格労働者と長期雇用者の雇用を促進する特別プログラムなど、さまざまな方策で合意をみた。若年者の失業を減らす緊急プログラムの狙いは、若い女性、貧困者、障害者、外国人青年など競争力が弱い者に、訓練・雇用市場に参加するための資金を提供することにある。

導入から2年経過して、プラス効果が生まれてきている。プログラム参加直後に参加者の4分の3が見習いとして採用されたり職を得ている。また地域、産業部門、企業レベルで雇用のための数々の同盟が雇用増に成果をあげている。多くの企業の労使協議会は柔軟な賃金・労働時間協定によって、雇用保障、雇用創出、生産性向上に向けた広範な方策を取り決めてきた。これには作業工程の再構築、専門的資格取得プログラムの導入、場合によっては賃金引き下げに関する合意などが含まれるが、ここで特に重要なのは労働時間の柔軟化である。労働者側が賃金や労働時間で妥協した代わりに、経営側は雇用保障、投資、会社の立地、場合によっては臨時雇用の創出を初めて保証した。

今後の課題

人口動態により数年後には労働需給の逼迫は緩むと予想されるが、状況をさらに複雑にしそうな動向も見られる。例えば、ドイツの労働力人口は2020年までに200万減少し、2040年までに1100万人近く減少する。しかも全般に高齢化する。同時に、新しい知識を経済分野にもたらす若年者の流入が次第に減少する。労働需給を安定させるには引き続き外国人労働者の流入が必要になる。

労働供給側のこのような変化は、ドイツがサービス・知識社会へと急速に移行しつつあることと並行して生じている。長期的には、1990年代半ばには20%程度であった未熟練労働者の比率が2010年には10%を下回る。将来、職を得るには資格がますます必要になるが、資格はこれまで以上に急速に陳腐化し、高度経済社会では最新のノウハウや技能が重要な資源になる。教育・訓練への投資を増やさなければ、高失業率が予想されるにもかかわらず、有能な人材の不足はますます深刻化する。デンマーク・モデルに基づき、労働市場規制の手段として配置転換を導入する案は、労働者が専門的訓練を受ける機会を増やす第一歩となる。これ以外の方策も検討はされており、おおむね合意をみている。「雇用のための同盟」の第7回会合で政府、使用者、労働組合は、専門的訓練の提供を今後の協議事項とすること、専門的訓練のための休業時間増大を可能とする協定づくりに取り組むことを約束した。

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