(香港特別行政区)医療保険制度改革をめぐる新たな動き

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年3月

香港では、低料金による水準の高い医療サービスを支えるために、税を財源とする政府の補助金等の医療支出が年間300億ドル(1ドル=14.85円)に達し、政府予算の14%を占め、18年以内にこれが20~23%に達すると予測されている。これによる納税者の負担を軽減し、かつ将来的な医療費の高騰を押えるために、医療制度の改革が10年来懸案となっており、このために1999年4月、政府の諮問を受けた15人のハーバード大学の学者グループの構想にかかる、700万ドルをかけたいわゆる「ハーバード・レポート」が公表された(本誌1999年7月号参照)。しかし、この報告案は当初の期間を越えて各界で論議されてきたが、根強い反対から2000年11月に棚上げされるに至った。

ハーバード・レポートは、重度疾病者の入院医療を対象とするHealth Security Plan (HSP)と高齢者の長期介護・医療サービスを目的とするMedisageの2つの強制医療保険からなり、前者は使用者(企業)と雇用者が月収の1.5~2%の保険料を拠出し、後者は同じく使用者と雇用者が月収の1%を個人の預金口座に積み立て、65歳になると引き出されて老人保険の購入等に当てるというものだった。しかし当初から、HSPについては中間所得層の自己負担分が約10倍になるとの批判があり、また、Medisageについては、カバーされる期間が30カ月にすぎないとの批判があり、さらに、これらの論議を通じて、保険料を徴収してリスクを分散させる強制保険型よりも、シンガポールが採用している個人が積み立てるもを老後に当てる貯蓄型のほうが、香港市民の考え方に適しているとの指摘もなされてきた。

このような批判を受けて、公聴期間を越える長い議論が重ねられたあげく、政府は2000年11月22日、WHOのコンサルタントを務めるシンガポール国立大学のカイ・ホン・フア博士を招き、シンガポールの医療制度の特徴を紹介することに努めたりして、ハーバード・プランの棚上げを11月23日に決定した。そして、シンガポールの制度を参考にした新たな制度を導入する方向で対処することが決まり、政府は2000年12月12日に新しい構想「健康への生涯投資」を公表した。

新構想の中核となるのは以下のような内容である。

  1. 強制的に個人の「健康保護口座」を設け、これに40~64歳の雇用者が月収の1~2%を積み立てる。この年齢層を定めたのは、就職して20年を経過した雇用者のほうが、経済的に積み立ての余裕があると考えられるからである。
  2. 積立金は65歳の退職までは引き出すことができない。
  3. 退職後に引き出した場合、公共医療の料金を基礎に、医療・歯科医療をカバーする、若しくは医療保険、歯科医療保険の購入に使用する。
  4. 引き出した後の残額は、家族に引き継がれる。

この他、政府の健康局に医療に関する苦情を調査する権限を付与して監督機能を強化する等の、医療行政に関する改革も盛り込まれている。

この構想はシンガポールの制度を参考にして立案されたが、同国の制度そのままではなく、それとの違いは、シンガポールでは積立額が月収の6~8%であること、また、退職前に積立額を引き出せることである。

今後政府は、この新構想について3カ月の公聴期間を設け、この間に各界の意見を参考にして改善すべき点は改善して、段階的に実施していく意向であるが、医療費の引き上げとの関係でも、全体的には10年かけて実施していく予定であるとしている。

しかし、この新構想に対してはその公表の直後から、各界から厳しい批判が寄せられている。

労働側からの批判は、主に現在の香港労働者の生活条件を前提とするものである。雇用者は12月1日から、強制積立金(MPF)に5%の保険料を負担せねばならず、しかも多くの雇用者は過去数年間賃金凍結という状態にあったのだから、さらに月収の2%を積み立てるのは負担が大きすぎるとする。

学者・有識者からの批判は、このような積み立ては政府の公共医療支出の減額にあまり寄与しないとする。特に先端医療と薬物の料金は高額に上るから、シンガポールのように月収の6~8%を積み立てるならともかく、月収の2%程度の積み立てではカバーできる範囲にはおのずと限度があるとしている。

イェオ・エン・キョン健康・福祉長官は、短期的には現在の公共医療の財政で運営できるので、今後各界の意見を時間をかけて十分に聴取して、改善すべき点は改善していくと述べている。また、同長官は高額のハーバード・レポートに対する一部の批判に対して、中長期的に財政的に逼迫する香港の公共医療支出との関連からも、同レポートは医療制度の抜本的改革を構想するたたき台として、重要な議論の場を設けるきっかけを作ったと評価している。

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