国有企業コーポレート・ガバナンスの新展開・情報開示と労働者の経営参加

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年9月

インサイダー・コントロールの氾濫

1978年からはじまった「放権譲利」、即ち政府から国有企業への権限移譲と利潤譲与によって、中国の国有企業は経営自主権の拡大とインセンティブ・メカニズムの確立を通じて、生産性の向上を実現した。その中で特に企業のコーポレート・ガバナンス構造の変化として、工場長責任制などの実施による経営者の権限拡大が注目されている。しかし、経営者の権限拡大だけで反面必須のモニタリング・メカニズムは欠如している。また、一方では経営者の業績を評価する妥当な報酬制度も確立されていないため、60歳定年を目前に控えると私欲に走る一部の国有企業経営者の職権乱用や腐敗の問題が増えてきた。例えば、中国の鉄鋼業トップ企業の首都鉄鋼公司、或いは煙草業界トップ企業の雲南紅塔山グループ等に見られた大手国有企業の経営者汚職事件が相次いで暴露されている。ロシアや東欧などの旧社会主義国家の国有企業でも市場化に移行する過程で類似した問題が発生しており、近年、こうした問題はインサイダー・コントロールと名づけられている。経営者側のインサイダー・コントロールは場合によって情報隠匿などのようなブラックボックス型の経営に陥りがちで、経営者と労働者の関係を悪化させる傾向もある。

偶然に生まれた「廠務公開」制度

経営者の職権乱用を防ぎ、企業経営の透明度を高める対策として、最近中国の国有企業では「廠務公開」制度(企業経営の情報開示)の導入が盛んに行われている。「廠務公開」はもともと天津市、河北省と遼寧省にある国有企業の3社に偶然に生まれた制度である。1990年代半ば頃、天津国際経済技術合作公司、河北天同公司と遼寧省撫順特殊鋼材公司の3つの国有企業は、経営が行き詰まり、経営者と従業員の関係が悪化していた。こうした状況を改善するために、「廠務公開」の制度が設けられ、従業員に企業の経営状況や直面しているさまざまな問題を公開し、企業の経営管理と意思決定に参加させることによって、企業内に鬱積する不満を解消させようとしたのである。数年間の試行を経て、この国有企業3社では経営者と労働者の間に協調的な関係が生まれ、従業員の企業に対するコミットメントの意識がかつてないほど向上し、経営状況や企業利益も好転した。

この国有企業3社が導入した「廠務公開」制度はたちまち注目を浴びるようになり、天津市、河北省と遼寧省ではこの制度が急速に普及し、それぞれ企業の8割、4割と3割が導入するようになった。「廠務公開」制度の基本は、企業の生産管理、従業員の直接的な利害関係、及び経営管理者の経営管理活動に関わる重要な問題を、従業員大会もしくはその他の方式を通して、常時に従業員全体に公開し監督を受けることである。即ち、情報開示を通して従業員に経営参加や経営監督をさせる、一種の企業内民主管理によるコーポレート・ガバナンスの制度である。

労働者民主管理の主体――従業員代表大会

「廠務公開」制度を実施する主体は職工(従業員)代表大会である。中国の国有企業では従業員代表大会という制度が存在している。中国の憲法は、国有企業が従業員代表大会及びその他の形式を通して民主管理を実行すると定めている。中国の「企業法」はさらに、従業員代表大会を企業が民主管理を実施する基本形式であり、従業員が民主管理の権力を行使する機構であると明確に定めており、従業員代表大会が行使する職権として、(1)企業の経営方針、長期計画、年度計画、基本建設案、重大な技術革新案、従業員訓練計画、企業内資金の配分と使用及び請負案などに関する経営者の報告を聴取し、意見と建議を提出する、(2)企業の賃金調整、ボーナス配分、労働保護措置、褒賞と懲罰の方法及びその他の重要な規則制度に対して審査を行ない同意もしくは否決する、(3)従業員の福祉基金使用、従業員の住宅配分及びその他従業員の生活福祉に関する重大事項を審議し決定する、(4)企業の各級幹部を評議監督し、褒賞や懲罰及び任免の建議を提出する、(5)政府主管部門の決定に基づき経営者を選挙し、批准を得るため政府主管部門に報告する、と定めている。しかし、経営者の権限が近年絶えず強化されてきたこととは対照的に、従業員代表大会を設けている企業でも従業員の経営参加は机上の空論と化している。「廠務公開」制度が最も広く導入されたお手本として表彰された天津市でも、1998年に全市の従業員代表大会の開催率はわずか8.92%である。このような現状を改善し、従業員代表大会の機能を十分に生かすことが今後の重要な課題である。中華総工会(労組の全国組織)の機関紙「工人日報」の論説は、従業員代表大会をベースにする「廠務公開」制度を1つの基本的な企業管理制度として定着させるべきだと力説している。

経営情報開示制度の導入

インサイダー・コントロールを制限するため、中央政府も「廠務公開」を1つの対応策として重視している。1999年4月19日、中国国務院と中華全国総工会が北京で「廠務公開」に関する交流会議を開き、国有企業でこの制度を広げていくことを決定した。中央政府の動きに応じて、地方政府も「廠務公開」制度の導入に積極的な態度を示した。すでに14の省と市では、所在地域の国有企業に対して「廠務公開」制度を実施する通達を下した。北京市の国有企業の中で経営者に対する民主評議制度を導入したのが88%、従業員代表大会に経営事項を報告するのが91.4%、招待費の使用状況を従業員代表大会に報告するのが91.3%に到達していると報告されている。浙江省は3年間をかけて、省内の国有企業や集団所有制企業の中で「廠務公開」制度を広げる計画を立てている。天津市は従業員代表大会の議決を経ない企業合併案はすべて認可しないと公表している。太原市ではすでに9割近くの国有企業が「廠務公開」制度を導入した。

経営情報開示の機能

本格的に「廠務公開」制度を導入すれば国有企業の経営改善にある程度の影響を与えうる。天津のある国有企業では経営者に対する民主評議を行ない、信任投票の結果、経営陣の得票率は50%に達しなかったため、従業員代表大会から集団辞職の勧告を受け、民主選挙によって新たな経営陣が選ばれた。河北台市発電所ではトップ経営者の毎月の収入から係長や班長のボーナスの金額、経営管理者の電話代、資材の購入ルートなどすべて従業員に開示する制度を確立し、企業経営の透明度を高め、従業員の帰属意識を向上させた。天津液圧グループでは、「廠務公開」制度が導入されてから、従業員代表大会を通して提出された提案の9割以上は企業の製品開発や市場販売、或いは生産経営の改善に関するものであり、従業員の企業に対する責任意識の向上が伺える。

党の指導の下での民主管理

こうした経営情報の開示制度が国有企業内部の労使関係にどんな変化をもたらすかは注目すべきである。「廠務公開」制度は従業員代表大会を基本とした従業員の民主的な経営参加、経営監督の制度であり、一種の下から上への監督のメカニズムだと解釈されている。そもそも労働者は企業の主人公という意識が計画経済時代から国有企業にあり、こうした草の根の民主管理の土壌が存在している。ただし、もともと従業員代表大会の権限は党委員会の指導の下での民主監督と定義されている。企業内民主管理の中でも、党、工(労働者)、使(経営者)の三者関係をめぐって、党は最終的決定権を保持する立場にあると解釈されている。例えば、蘭州市の党委員会が下した「廠務公開」制度の全面導入に関する通達の中で、この制度の実施に当たって、党委員会の統一的な指導を堅持し、かつまた企業の主人公としての地位を尊重すると説明されている。これまで国有企業改革をめぐって主として近代企業制度の導入が主張されていたが、近代企業制度の確立或いは株式化改造の中で掲げている企業経営の監督体制はむしろ株主総会、董事会(取締役会)、監事会(監査役会)などの確立である。国有企業改革をめぐる社会的政治的力学の変化に併せて、近代企業制度の確立と企業内民主管理の導入とはどういう関係を形成していくか注目される。

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