下崗労働者の隠性就業

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年8月

隠性就業の実態

国有企業「下崗」(一時帰休)労働者の急増ぶりは著しい。下崗労働者は1998年年末には1600万人に上り、1999年末頃にはさらに2700万人程度になるとの予測もある。昨年公表された都市部の失業率は3.3%であるが、実際は6~7%に上るとも言われている。

しかし、沿海都市部の下崗労働者の問題には単に数字だけでは計れない事情がある。これは長年にわたる国有企業の計画経済的な就労制度と、改革開放がもたらした国有・非国有が共存する経済の二重体制化と大きく関連している。1978年以降の改革・開放によって、中国では体制内の「国有セクター」(既存の国有部門、集団所有制企業)と体制外の「非国有セクター」(改革・開放後に芽生え成長してきた郷鎮企業、外資系企業、私営企業、個人経営体)という二重体制が形成されている。

このような二重体制は二重価格や二重労働市場などをもたらしており、またこの二重体制の格差を利用して利益を追求することはレント・シーキング(rent-seeking)行為を氾濫させている。その典型は特権を利用して体制内の統制物資を市場価格で体制外に転売し利鞘を稼ぐ官僚ブローカーであろう。一方、国有企業労働者の中にも、この二重体制を利用して、国有企業から住宅、最低賃金とその他の保障を受けながら、非国有セクターで稼ぐ一見奇妙な企業内失業者が現れている。

北京市、遼寧省、湖南省などでの調査によれば、下崗労働者のうち約3割が何らかの仕事についている。「中国労働保障報」1999年5月号は武漢市の下崗労働者に見られる隠性就業の事例を紹介している。武漢市では、8社の国有企業から再就職サービスセンターに転出した下崗労働者1000名を無作為で抽出し、調査を行なった結果、既に企業外で何らかの仕事についている者は712人もいる。7割以上の下崗労働者は国有企業から最低賃金や社会保障を受けながら、元の企業に隠して他で就業しているのである。そのうち、月収が1000元以上の者は全体の18%、月収が600~1000元の者は26%、月収が300~500元の者は31%である。年齢が高く、特別な技能を持っておらず、企業や国家の救済のみに頼る者、あるいは小さな露天商を営む者は25%を占めている。

隠性就業の人たちが従事している仕事を見ると、商売や個人経営を行なう者は15%、腕や技能が評価され、民営企業に雇われる者は7%、家事代行、地域サービス、飲食業、人力車運転などの第3次産業に従事する者は32%、露天商を行なったり、民営企業でアルバイトをしている者は26%、タクシー運転、株投機など他の仕事に従事する者は20%となっている。隠性就業の期間を見れば、既に1年以上を経過した者は25%、半年ないし1年の者は25%、3カ月ないし半年の者は34%、3カ月以下の者は16%である。

隠性就業をしている下崗労働者の間にも格差が広がっている。技術力と資本力に恵まれた下崗労働者は、その技術力と資本を盾に、ビジネスや企業を起こし、多額な収入を手に入れ、生活が安定している。技術を持ってはいるが資金に恵まれなかった者は、技術力を売り物に民営企業に雇われ、あるいは何らかのプロジェクトを請け負うことによって、安定した収入を手に入れている。住居が目抜き通りに面している者は、それを他人に貸し出し、もしくは自ら売店などを経営することによって、安定した収入を手に入れることもできる。

資金、技術、場所に恵まれた住居、そのいずれも持っていない下崗労働者は、露天商を行ない、人力車を運転し、または民営企業でアルバイト的な仕事に従事している。収入は不安定であり、仕事を頻繁に変えざるを得ないのである。

隠性就業をどう理解すべきか

下崗とは元の国有企業と雇用契約を解除せずに一時帰休し、自宅待機をしていることである。基本生活費、各種の社会保障基金の納付などは元の国有企業から保障されている。武漢市では、1999年3月までに、実際の仕事に従事せず、企業の再就職サービスセンターに転出した国有企業の下崗労働者は既に7.5万人に達している。1人当り年間基本生活費が3888人民元だとして計算すれば、武漢市は3億元近く出費しなければならない。それだけでなく、各企業や同業の行政主管部門で設立した再就職サービスセンターは大量の人員と資金をもって、下崗労働者の生活費支給などの業務を遂行しなければならない。武漢市の再就職サービスセンターの職員は全部で6000名以上もおり、これらの職員の給料として年間およそ5000万元が支出され、業務を遂行するための費用も1億元以上に達している。南昌市の調査では、隠性就業した下崗労働者の最低生活費の支給をなくせば、年間6000万元が節約できる。隠れ就業中の下崗労働者は、安定した収入を得ていながら、元の国有企業と労働関係を解除していないため、医療費用や養老、失業などの社会保障費用は元の国有企業に負担してもらっている。統計によれば、国有企業が下崗労働者のために負担している社会保障費や住宅積立金はおよそ給料の30%以上に相当している。政府の社会保障基金の管理部門が納付を厳しく要求しているため、資金不足の欠損企業の中には固定資産を売りに出して費用を納めざるを得ない場合もある。

下崗はすべて企業側の都合によるものとは限らない。国有企業で働いてもいつまでも低賃金のままだと不満を募らせる従業員には、自ら下崗を申し出る者もいる。元の国有企業から保障を受けながら、隠性就業によってより高い賃金を求めているわけである。特に技術や技能能力の高い者は、国有企業に甘んじることができず、国有企業と労働関係を打ち切らないが、実際は隠れて非国有企業で高賃金をもらって働いている。

下崗でありながら非国有企業で稼いでいる彼らは、当然このような就業を公開せずその結果、大量の下崗労働者と隠性就業者の並存状態が現れた。結果的に、非国有企業や個人経営体は社会保障基金の負担をしないままに技術を持つ労働者を使い、国有企業は重い負担を抱えながら、国有資産を流失させ、競争においてなおさら不利な立場に立たされている。また、隠性就業は正式な労働契約を締結しないため、健全な労働市場の確立にもマイナスである。

隠性就業を顕在化させるための政策が必要

国有企業も市場経済の浸透に従って雇用調整メカニズムを導入しなければならない。しかし、もともと国有企業は大量の余剰労働者を抱えているので、このような余剰人員を下崗という過渡期を与えて、徐々に切り離していくのが、下崗政策がとられた所以である。隠性就業をしていながら、元の国有企業から最低賃金や社会保障を受けるのは、結果的に国有企業と非国有企業の不平等な競争関係を激化させている。隠性就業の多い地域では、このような隠れ就業をどのように顕在化させるかが重要な課題になっている。

下崗労働者を抱える一部の国有企業は、企業側が行なった再就職のための訓練3回以上参加しなかった者、或いは企業側が紹介した新たな就職先を3回以上拒否した者に対して、既に就業していると見なし、「労働法」に基づいて、勤続年数などを吟味して一定の経済補償をしてその労働者との雇用関係を解除する措置を講じている。また一部の国有企業は、従業員大会を開いて企業の固定資産や負債率などを下崗労働者を含む従業員全員に開示し、経営状況の厳しさを従業員に理解させ、既に隠性就業している労働者から労働関係解除の了解を得るように努めている。

労働行政部門としては、隠性就業を顕在化させるために、下崗や再就職の政策運営や制度の一層の明確化と合理化が問われている。特に安定した収入や仕事を持つ下崗労働者は元の国有企業との労働関係を解除させなければならない。新しい勤め先で既に3年間以上働き、あるいは既に個人経営の営業許可を取得した下崗労働者の企業との雇用関係の解除を明確に定め、企業が行なう再就職訓練や就職斡旋に3回以上応じない者に対しても、労働関係の解除を可能にさせる。また、非国有企業に対しては中途採用労働者の登録制度及び契約締結の管理や社会保障費用の徴収を厳格化させ、国有企業に対しても長期間の休暇等を厳しく管理する。最も重要なものは、現在、新制度が確立されつつある養老、失業、医療などにわたる社会保障制度を、国有企業から非国有企業や個人経営体にまで拡大し、社会全体を統一した規範に収め、すべての労働者に個人の社会保障口座を確立することである。

下崗の問題は日本でも多く報道されているが、表面的な下崗と失業の統計に頼るだけでなく、このような隠性就業が潜んでいることも十分に把握する必要がある。ただし、隠性就業のチャンスに恵まれる下崗労働者はごく一部であり、地域的にも沿海地域に集中しており、沿海地域と内陸部との地域格差も十分に見極める必要がある。かなり多数の下崗労働者の生活水準低下は依然として危惧すべき事態であり続けている。

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