(香港特別行政区)政府、居住権判決に関し、全人代に基本法再解釈を要請

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年8月

最高裁の1月29日の居住権判決に関しては、全人代との権限上の疑義については異例の手続き再開による釈明で一応の決着がついたが(時報5月号参照)、判決自体の変更がなかった以上、この判決が香港社会にもたらす具体的影響についての火種が尽きたわけではなく、むしろ政府の調査結果の公表で大きな波乱が予測されていた。そして4月28日、居住権者(嫡出子と非嫡出子の双方)が167万人に達するとの政府予測が発表されたため、香港社会に衝撃が走り、特にこの大量移住が雇用、社会保障、教育、住宅等の費用に及ぼす影響が5月6日に公表されて、その対策等の議論で未曽有の波紋が広がり、全人代の基本法再解釈を要請する政府の苦汁の決定にまで至った。以下、政府発表の居住権者移住対策費と、その後の政府決定に至る経緯を概観したい。

政府の概算は、第一世代の移住グループ約70万人(現在既に居住権を有する者)が向こう3年間に移住し、第二世代(親が香港に7年居住して永住権を取得した時点で居住権を取得する者)が向こう10~13年間に移住するとの予測のもとに計算されている。分野別には以下のようになる。

(1)住宅関連では、4000戸収容のアパートを建設する住宅地を年間13カ所確保せねばならず、関連コストは2880億ドル、(2)教育関連では、2009年までに242の初等・中等学校を新たに建設せねばならず、関連コストは282億ドル、プラス年間76億ドル、(3)医療関連では、病院を新たに11建設、その他ヘルスセンター、歯科診療所等の建設で関連コストは272億ドル、プラス年間87億8000万ドル、(4)社会保障関連では、老人センター、託児所等の増設、生活保護費等の増額で、関連コストは26億2000万ドル、プラス年間98億4000万ドル、(5)雇用関連では、12万3800の職業訓練、82万3600の再訓練の場の確保、新たに22の雇用センターの建設等で、関連コストは15億5000万ドル、プラス年間70億1000万ドル。しかも失業率の予測は、2002年までが13%、2009年までが24~25%となる。この他、建設、輸送関連のインフラ整備等を加えると、この概算からはじきだされる移住関連総経費は、2009年までの10年間に7100億ドルとなり、年間支出は330億ドルになる。

その後、この概算の基本となるデータは正確ではないなどの指摘が研究者等からなされ、政府も一部それを認めたが、それでも事態が香港社会に及ぼす影響の深刻さは何ら変わらず、最高裁の判決内容を何らかの形で変更する必要性について政府を中心として各方面で議論された。そして、これが司法権の独立、法の支配、一国二制度論議と関連して一層深刻さの度合を増して、法曹協会、立法会、マスメディアを巻き込む論争となり、大きな波紋を起こした。

最高裁の判決を変更する選択肢は以下の三つである。(1)最高裁に判決の変更を求める、(2)居住権に関連する基本法の条項を修正する、(3)全人代常任委員会に基本法の条項の再解釈を要請する。

政府は、(1)については最高裁が判決を変更する可能性は司法の伝統から見ても低く、(2)については手続的に全人代の来年度の開会を待たねばならないので時間的な余裕がないとして、当初から(3)の選択肢に傾いていた。しかし、法曹協会、民主党等の立法会のリベラル派、研究者の一部等は、(3)の選択肢は香港における法の支配と司法権の独立を死滅させ、ひいては1国2制度の土台を掘り崩すとの危機感を表明し、全人代の関与なしに香港基本法の手続きに則って基本法の関連条項を修正すべきであるとした。

しかし、香港政府高官が北京を訪れて中国政府の要人と会談したりする経緯を踏まえ、董建華長官は5月18日、全人代常任委員会に基本法の再解釈を要請すると発表し、翌19日、立法会でも、民主党議員等の退席・棄権はあったが、政府決定が承認された。

この決定を受けて、6月23日に始まる全人代常任委員会の会議で、特別行政区政府の要請が入れられて基本法関連条項が検討され、親が永住権を取得する前に生まれた子には居住権が認められないとの再解釈がなされる予定である。その結果、第2世代約90万人の居住権は認められないことになり、第1世代約70万人についても、居住権を認められるのは約20万人に減少することになる。

この1国2制度をめぐる香港社会を揺るがす論争については、米国の上下両院議員の一部、EU 諸国、国際法曹協会等からも、特に法の支配の観点から懸念が表明されており、香港社会に一大衝撃を与えた事件は全人代の基本法再解釈という方向で一応の収束を見つつあるが、この事件をめぐる今後の波紋が注目される。

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