労働関係の新たな変化で問われる労組の役割転換

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年4月

市場経済化で問われる工会の機能転換

社会主義中国では、これまで、経営者、職員、労働者の利害が基本的に一致するというイデオロギーの下で、「工会」と呼ばれる労働組合は、一種の準行政的・福利厚生的な組織であった。特に計画経済時代では、養老、医療、住宅等の保障や福祉はすべて企業内で行われ、労働組合の中心的な業務であった。

しかし、市場経済の波が中国で急速に広がるに従って、1980年代の半ば頃から、財政負担とされた企業内保障の変革が問われ、社会全体を統一した形での社会保障制度が法的・制度的に整備され始めた。かつて企業内で運営される保障制度は歴史舞台から消えつつあり、その一番大きな担い手であった労働組合も機能転換を迫られている。

現状では労働者の生活救助を優先

このような変化を受けて、1996年に労働組合の全国組織・中華全国総工会は労働組合の機能転換の一つの目標として、社会保障システムを補充するための生活救済、就業促進、労働者の相互扶助システムの確立を掲げた。特に昨年、朱鎔基首相が就任して以来、中国の国有企業改革が加速し、「下崗」という一時帰休労働者が1000万人を上回った。このような下崗労働者および国有企業の倒産による失業者の生活水準の低下が目立っており、工会も目下、労働者の生活救済や相互扶助を最重要な仕事として行っている。

その具体的な内容を、総工会からのレポートから一瞥しよう。例えば、工会は「ぬくもり配給」というプロジェクトをスタートさせ、工会役員に生活困難な従業員の家庭を祝祭日を利用して見舞わせ、生活資金を配給していた。1998年旧正月に、全国各級の工会は15億元を集め、全国の400数万戸の生活困難な労働者家庭に対して「ぬくもり配給」を実施した。現在、各地の工会では政府の援助や個人の寄付による残高20億元余の救済基金を設けており、末端の工会は困窮労働者のファイル管理制度も確立し、経常的な生活救済を行っている。

「下崗」労働者の再就職についても、工会は職業斡旋機構、就労面接会場、就労コンサルティングや情報の提供、あるいは人材派遣や海外への労働者派遣等を通して積極的に動いている。1997年末までに、工会の斡旋によって再就職に辿り着いた労働者は60万人余りであった。各地の工会は1300数カ所の職業技能訓練機構を設立し、年間100万人以上の労働者に対して、職業技能訓練あるいは転職のための新たな技能訓練も行っている。

顕著になった労働者利益擁護の機能

従来、中国の工会は参加、建設、教育と労働者権益の維持擁護という4つの機能を平等に掲げていたが、1996年「労働法」の公布以降、工会は労働者権益の維持擁護ををより一層前面に打ち出すようになった。例えば、「労働法」の実施により、労働契約制度が国有企業、非国有企業(外資を含む)を問わず社会全般に確立されるようになった。これに伴い、労働者が企業側との間に集団契約を締結する際に、工会が当事者として臨むという労働者利益の擁護者の色彩が顕著になった。これは、市場経済の発展に伴う労働(労使)関係の変化と労働組合の機能転換として各方面に注目されている。

労働紛争の急増加

中国労働社会保障部の機関紙が最近、1998年の全国労使紛争の増加を報道した。同年10月までに、全国31の省、市、自治区が立件した労働紛争が5.62万件、労働者数で20.86万人におよび、1997年同期よりそれぞれ27.3%と35.4%上昇した。その中に特に目立つのが、団体労働紛争案件が大幅に増加し、4400件に達し、13.5万人の労働者に及んだ。地域的には、歴史が古く、規模の大きい国有企業が多い黒龍江、吉林、遼寧、甘粛、四川等の各省、また業種は石炭、軍需、紡績等の産業では、特に国有企業の労働紛争が増加した。それらは主に企業が賃金や年金の支給を滞らせたこと、或いは労働者のリストラが国の政策より先走ったことに起因している。それに対して、沿海地域では非国有企業での労使紛争が多発している。例えば、広東や福建などの省では、外資企業、私営企業および郷鎮企業での労使紛争の増加が最も多い。それらは主に、労働者の合法的な権益が侵害され、あるいは労働契約が一方的に解除されることなどに起因している。

各地方の工会の動き

蘇州市では1998年に627件の労働紛争が立件され、そのうちの45%が非国有企業で発生した。それらは、内容的には主に労働契約の解除、中止および賠償金に集中している。その多くの要因は、(1)非国有企業が労働者と雇用契約を結ばない、(2)企業側の都合で安易に労働者を解雇すること、(3)社会保障への参加率の低さ、などである。ある台湾資本のホテルは、従業員を募集するる際に労働者と契約を結ばず、試用期間も明確に示さなかった。このケースでは経営不振に陥ると、試用の結果が不合格という理由で従業員を解雇し、賃金もきちんと支給しなかったため、労働者が市の仲裁委員会に訴えた。同市では、国有企業の社会保障保険金の納付率が99%になっているのに対して、外資企業の保険金納付率は75%、個人経営や私営企業の納付率はわずか5%と低位にとどまり、非国有企業の労働紛争が多発する原因になっている。しかし、こうした労働紛争の6割は、労働者個人が弁護士に依頼して処理されており、本来役割を果たすべき労働組合の姿が見えてこない。

小規模の国有企業は、買収、合併、請負、リースなどの形で民営企業への転身を加速している。こうした民営化のプロセスの中で、労働組合が自然消滅するという現象が起きている。山東省威海の二つの市では、こうした民営化の中で、183の工会が姿を消し、会員も6000人減少した。

一方、工会の設立率が伸びる地域もある。山東省の莱州市は、新設の外資企業、郷鎮企業での工会の設立に特に力を入れている。例えば、ある外資企業は設立後、外資側の経営者が「工会が経営に介入するのではないか」と警戒し、工会の設立を拒否し続け、従業員との集団契約にも難色を示している。莱州市総工会は、7回にもわたってこの経営者を訪れ説得を試みた。結局、経営側が工会を受け入れ、1998年9月に工会を設立し、工会の責任者を選出した。同市では現在108社の外資企業と123社の郷鎮企業のすべてが労働組合を設立し、工会の組織率は100%になっている。

工会組織の独立性の要求

中華総工会は、労働組合の役割の変革が不可避であるとの危機意識を抱いているようである。その機関紙「工人(労働者)日報」は、最近、総工会最高責任者および共産党中央政治局常務委員の尉建行氏の、「労働法」の実施を一つの契機としてとらえて工会の運営を法や制度の軌道に乗せるべきだという指摘を掲載した。また、国有企業の所有権改革と労働関係の契約化、市場化により、工会がより一層、労働者の権利や利益を擁護し、代弁するように変わらなければならないとの主張も発表した。

しかし、同論文が最近の労働関係が局部的に不安定な状態が生じていると認めているように、現実的には必ずしも順調に進んでいないようである。地方工会からのレポートはこのような傾向をより鮮明に表している。「工会法」は工会役員の直接的な民主選挙を決めているが、寧波市のある業種の工会のレポートによると、現実には工会主席は企業の党委員会に推薦され、その直接指導の下に置かれている。しかし一方、その任免権は上級工会にあり、業務上は上級工会と縦割りの従属関係にある。このような制度上のジレンマは、工会主席の仕事の展開を難しくしている。経営や行政側の顔色を伺わなければならない工会は、忌憚なく労働者のために代言したり意見を申し立てるという役割を果たせないのである。

この寧波市からのレポートは、(1)工会に対する行政の干渉が多すぎる、(2)責任者が行政により内定されるのが多すぎる、(3)工会主席は党や行政側の兼職が多すぎる(彼らの下部工会に対する調査によれば、党や行政の副職にある者が工会主席を兼任するのが71.59%もあり、ミドルクラスの行政幹部が工会主席を兼任するのが13.64%もあるという)、という「3つの多すぎる現象」を指摘し、工会は労働者団体としての独立性が欠如しているとストレートに表明している。

さらに、工会の独立性をより強めるために、工会の役員を従業員の直接選挙によって選出し、その職務を専任にして、上級工会との縦割り関係に限定すべきだと訴えている。工会の活動費用も、これまでの企業経営側から支給されるのではなく、銀行を経由して工会に回すといったような仕組みに変更し、さらに工会監督員制度や現場での事務会議制度を導入するべきといったような提言をしている。最後に同レポートは、労働者の利益を代弁することとはさほど関係のない、あってもなくても良い「活動」を少なくして、経営側、行政側との協議や協調が工会の中心の仕事であることを明確にさせようと率直な意見を明らかにしている。

このような第一線の工会からのレポートは、中国の労働関係が末端では否応なく変化しているとひしひしと感じさせる。

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