基礎情報:アメリカ(1999年)
6. 労働行政
※このページは、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。
6-1. 労働政策の概況
クリントン政権は1999年に労働・教育分野では、最低賃金の引き上げ、教師10万人の新規採用、小学校低学年の少人数クラスの実現などを提案、また社会保障分野では、中高年の失業者、離職者を対象とする高齢者医療保険の受給年齢の引き下げ、仕事と家庭責任の両立を可能にさせる育児支援サービスの拡充などが打ち出している。以下、最近の主な労働政策を概説する。
雇用援助基金の増額
政府は1999年に、アメリカ人の技能を向上させる政策の一環として、失業者の再訓練、成人への識字教育および若年者への就労機会を提供するため9億6500万ドルの予算増額を打ち出している。これによれば、2000会計年度に成人識字教育プログラムに1億9000万ドルの予算増額、失業者再訓練プログラムに3億6800万ドルの予算増額、および若年者雇用創出プログラムに4億500万ドルの予算割当てが求められている。この提案は、アメリカ人の所得格差が技能格差を反映したものであるとの認識に基づいている。
その他にも、成人識字教育に携わる教員を増員するためなどに9500万ドルの予算増額が、また識字教育プログラムを実施している使用者に対し10%の税額控除が提案されている。さらに、学校からのドロップ・アウト(中退)を減らすことを目的とするプログラムなどの若年者対策にも1億5000万ドルの予算割当てを要求している。
年金改革
政府は1999年1月、21世紀の高齢化社会に備えた年金制度改革案を示した。年金基金は、現状のまま放置すると2013年には債務超過に陥るとの試算があり、政府は年金基金の立て直しを急務であるとしている。内容は以下のとおり。
- 今後15年間にわたって財政黒字の62%(2兆7000億ドル)を補助金として年金基金に投入すること。
- 年金資金の最大25%まで、株式など民間向け投資で運用できるようにすること。
- 老後へ向けた貯蓄手段として普遍的貯蓄口座(USA口座)を新設すること。
女性の年金改革案
- 既婚カップルに、より多くの選択肢を与えることを年金プランに義務づけるというものである。現在の年金プランでは、その受給権者が死亡すると、残された配偶者は受給権者本人への給付金の50%に相当する遺族年金給付を支給されることになっている。多くの場合、男性よりも女性の方が長生きし、遺族年金給付を受給することになる。しかし、その金額が少ないため、生活に困る高齢の未亡人が多く見られる。このような状況を踏まえ、政府は両者が生きている間は、給付額を減らして、その代わりに残された配偶者が本人への(現行)給付額の少なくとも75%を受給できるようにする。
- 家族・医療休暇法(FMLA)に基づく無給の休暇を取得した労働者に対し、年金受給権付与の要件である勤続年数にその休暇取得期間を含めることを認める案である。女性労働者は、育児や介護などのため休暇を取らざるを得ないことが多く、年金受給権付与の面で男性労働者と比べて不利に取り扱われることになりがちである。この改革案は、このような不利な取り扱いを取り除くことを目的としている。
新たな育児支援策
財政赤字の急速な減少が次々と報告される中、政府は1999年1月、数百万人の働くアメリカ人の育児を支援するための政策案を発表した。この政策案は、しばしば対立する仕事と家庭責任とをアメリカ人が両立できるようにすることを目的とし、今まで何らの支援をも受けることができなかった数百万人に対して、連邦による育児支援を5年間にわたって行うものである。
- 低所得家族の子供に対して育児補助金を支給するプログラムを拡充し、受給できる子供の数を今までの2倍の200万人に増やす。この補助金プログラムを実施するためには、75億ドルの予算が必要。
- 13歳未満の子供を有し、なおかつ年収が6万ドル未満である親に対して、連邦税から育児費用を控除できる額を引き上げる。費用として、52億ドルが必要。
- 企業が育児施設を設け、もしくは拡充し、またはその他の育児サービスを従業員に提供した場合、企業に対して税控除を行う。費用は、約5億ドル。
- 就学前、就学後または夏休み中のデー・ケア・プログラムに対する補助金を8億ドル増額。
- 就学前の子供に対して、学校生活をうまく始められるよう学習準備サービスなどを提供するプログラムを新設し38億ドルの予算をあてる。
- 育児の質を改善し幼い頃からの発達を高めることを追求するプログラムに支援を与える「早期学習基金」に30億ドルの予算をあてる。
- 州が自ら定めた育児基準を実施できるよう、連邦が5億ドルの補助金を州に提供。
- 育児労働者5万人程度に対してさらなる教育訓練を積んでもらうために奨学金制度を設け、2億5000万ドルの予算をあてる。
- 育児に関する調査研究に1億5000万ドル。
雇用差別問題
公民権法第7編(タイトル・セブン)で禁止された雇用上の差別を管轄する連邦政府の独立機関であるEEOC(雇用機会均等委員会)は1999年6月、職場におけるハラスメント(いやがらせ)があった場合の使用者責任について指針を公表。今回の指針では、使用者の代理人と考えられる上司が部下に対して行うハラスメントについて、どのような場合に使用者が責任を問われるか詳述し、具体的対策のあり方を示している。EEOC指針は、最高裁などの裁判所がハラスメントに関して判決を下す際の判断材料にするだけでなく、EEOC調査官がハラスメントの訴えがあった時に参照するため、これまで判決などを通して必ずしもはっきりしなかった使用者責任の所在を整理している。なお、ここでのハラスメントとはセクシャル・ハラスメントに限らず、タイトル・セブンで禁止された人種、性別、肌の色、出身地、宗教、年齢、身体障害などの理由による雇用上の差別を意味する。
1998年の2件の最高裁判決では、もし上司が部下に対してハラスメントを行った場合、たとえ経営陣がこれに気づかない場合でも、その上司の脅しやその他のいやがらせが激しい場合や、広く行き渡っている場合には使用者責任があるとした。またこの2件で、もしもハラスメントが解雇、降格、配置転換などの形をとった場合には、たとえ会社が包括的なハラスメント禁止規定を持っていたとしても、会社を相手取り訴えることができるとされた。
1999年6月のEEOC指針は、会社が使用者責任を問われる状況をさらに拡大し、たとえ被害者の給料が変わらない場合でも、昇進機会の喪失、給付の調整、そして任務の変更(必ずしも不利な変更に限らない)などがあれば使用者責任を問えるとしている。
EEOCは使用者がセクシャル・ハラスメントを始めとする各種ハラスメントに関する社内規則を作成、配布、運用するよう推奨している。指針は、ハラスメントを受けたと申し出た労働者が報復を恐れないですむ措置の必要性を強調、また上司自身が加害者である可能性があるため被害者が上司以外の担当者にも被害を申し出ることができるようにすべきであるとしている。具体的には、人事部の中に苦情受け付け窓口を設けることなどが提案された。中小企業では文書の形を取らず、職場の会合でハラスメント禁止規則を説明してもいい。
もし会社が明確なハラスメント禁止規則を持ち、すべての苦情を真摯に受け止めたならば会社側に使用者責任は無いと主張することができる。しかしさまざまな事情が勘案され、被害者が報復を恐れず苦情申し立てできたか、被害者の苦情申し立てが不十分であった場合に被害者が不合理な行動をとったと使用者側が立証できるかなどが問題となる。
EEOCへの苦情申し立ては急増しており、たとえばセクシャル・ハラスメントの苦情は1991年会計年度の6883件から1998年会計年度には1万5618件に増えている。
6-2. 労働関連行政機関
連邦レベルでは労働省(Department of Labor)が労働関係行政を担っている。労働省には以下の内部部局、独立連邦法人、関係委員会がある。
内部部局
- 長官官房
- 行政評価委員会
- ベネフィット評価委員会(RBR)
- 国際労働関係局(ILAB)
- 労働統計局(BLS)
- 労働災害補償控訴委員会(ECAB)
- 雇用基準局(ESA)
- 雇用訓練局(ETA)
- 鉱業安全衛生局(MSHA)
- 職業安全衛生局(OSHA)
- 行政法判事室(OALJ)
- 総務管理担当長官補室(OASAM)
- 政策担当長官補室(OASP)
- 財政担当官室(OCFO)
- 情報担当官室(OCIO)
- 監督官室(OIG)
- 小企業計画室(OSBP)
- 法務官室(SOL)
- 年金福祉局(PWBA)
- 高齢者雇用訓練サービス(VETS)
- 女性局(WB)
独立連邦法人
- 年金保証公社(PBGC)
関係委員会
- 消費者保護とヘルスケア産業の質に関する大統領諮問委員会
- 障害者雇用に関する大統領諮問委員会
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