基礎情報:マレーシア(2013年)
6. 労使関係

6-1 労使関係

労働組合は行政機関に登録しなければその法的存在が認められない。したがって、行政機関(人的資源省労働組合局)がこの登録制度の運用で民間企業の個別の労使関係に介入する度合いが強い。

1959年労働組合法(Trade Unions Act, 1959 )に規定する労働組合(trade union) の概念には、労働者の組織だけでなく、使用者の組合も含まれている。したがって、労組法上の登録をしていない使用者団体の代表は団体交渉のテーブルに着くことはできない。個別企業の使用者が労組と交渉するのはこの限りではない。

マレーシアでは労働組合が全国労組として組織されている例が多く、通常、団体交渉は企業の使用者と企業内に設けられた全国労組の支部との間で行われるか、企業の使用者と全国労組の代表者との間で行われる。しかし、幾つかの産業においては全国労組と使用者の全国組織との間で団体交渉が行われ、全国統一産業別労働協約が結ばれる。この場合の使用者の全国組織は労組法上の登録を行った「trade union」でなければならない。全国プランテーション労組(NUPW: National Union of Plantation Workers)とマレーシア農業生産者協会(Mapa: the Malaysian Agricultural Producers' Association)との間の団体交渉がこの好例である。NUPWはMapa非加盟の中小プランテーションの労働者も組織しており、それらプランテーションの使用者とはNUPWは個別交渉を行うが、賃金や労働時間などの基本的労働条件についてはNUPW-Mapa間の全国協約がそのまま適用されている。すなわち、NUPW-Mapa間の全国協約の波及効果は極めて大きい。こうした、いわゆる古典的なイギリス流の労使関係がマレーシアの集団的労使関係の原型であるといえる。

しかし、現在においては、とくに製造業分野を中心に企業別労組が相次いで結成され、団体交渉を企業内労使のみで行うケースも増えている。その分、同業種であっても企業の業績の違いにより労働条件に格差が出る傾向が強まっている。

人的資源省は労組の組織されていない企業に、労使関係の安定のため、労使協議会(Joint Consultative Committee)の設置を勧めている。

下表にみられるとおり、労使紛争件数は年間300~350件ほどで推移しているが、ストライキは極めて少なく、これを見る限りでは労使関係は安定しているといっていい。労使紛争の争点の多くは労働協約改定と協約の解釈をめぐる問題である。

表:労使紛争・ストライキ件数の推移
  2009年 2010年 2011年
件数 参加人員 件数 参加人員 件数 参加人員
労使紛争 330件 13,375人 344件 11,855人 311件 28,072人
ストライキ 4件 393人 2件 71人 0件 0人

資料出所:人的資源省ウェブサイト

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6-2 労働組合

マレーシアの労働組合はイギリス植民地時代の1920~30年代に天然ゴム・プランテーションおよびスズ鉱山で最初に結成された。ここにおける労働者の大半は同じくイギリス植民地であったインド、香港などから半ば強制的に移住させられたインド人、中国人労働者であり、雇用労働者が一個所に大量に生まれたことから、アジアの中では比較的早い時期に労働運動が育ってきた。

単位労働組合は、産業別(あるいは職能別)の全国労組、州労組、および企業別労組であるが、実際の組織は全国労組の下に企業別の支部がある場合、全国労組に一元化された組織、州別支部が全国労組を構成するケースと多様である。

単位労働組合の数は下表に示したとおり、2012年現在で710。組合員数は89万273人である。このうち民間労組が456、政府機関の労組が141、法定機関労組が99。これに加えて使用者組合が14ある。労使関係の項で説明したように、労組法に規定する労働組合(trade union) の定義には、労働者の組織だけでなく、使用者の組合も含まれている。組合員数は、民間と官公労(政府機関の法定機関の合計)がほぼ同数である。ここにマレーシアの労組の特徴の1つがあるといえる。

労働組合数・組合員数の推移 (上段:組合数、下段:人)
  民間労働組合 政府機関労組 法定機関労組 使用者組合 合計
2008年 421 132 92 14 659
433,079 306,029 65,803 673 805,584
2009年 436 137 93 14 680
433,702 306,168 66,317 673 806,680
2010年 439 139 98 14 690
430,262 306,176 66,178 673 803,289
2011年 441 144 98 14 697
426,856 306,499 66,143 673 800,171
2012年 456 141 99 14 710
434,224 377,951 77,425 673 890,273

資料出所:人的資源省ウェブサイト

注:上段が組合数、下段が組合員数

表に示した労組数、組合員数は人的資源省労働組合局が労組法に基づき登録している数値である。労組は労働組合局に登録されない限り労組法の保護の下で活動することはできない。したがって別表の数値はほぼ実数といっていい。

組合員数を雇用者数で除した組織率は、2012年で7.1%(推定値)である。組織率はここ10年ほどほとんど変化していない。組織率はそれほど高くないが、前項で述べたように労組の全国組織が締結する労働協約の波及効果は大きく、したがって労組の社会的影響力は組織率以上のものがある。

労組のナショナルセンターは独立以前の1950年に結成されたマラヤ労組評議会(MTUC: Malayan Trades Union Council)が57年のマラヤ連邦独立に伴いマラヤ労組会議(MTUC: Malayan Trades Union Congress)に改組され、63年にマラヤ連邦にサバ、サラワク、シンガポールを加えて「マレーシア」が発足すると、マラヤ労組会議はマレーシア労組会議(MTUC: Malaysian Trades Union Congress)へと発展した。MTUCは一貫して略称MTUCの名の下で長く唯一のナショナルセンターとして労働運動を牽引している。なお、MTUCは労組法に基づいて登録された労組ではなく、法律上は結社法(Societies Act)に基づいて登録された社会団体である。とはいえ、労働者を代表する唯一の組織とのステータスは社会的に認められており、例えば政府の全国労働諮問委員会(NLAC)など政労使3者構成の審議会には労働者を代表して参加している。なお、使用者を代表するマレーシア使用者連盟(MEF)もMTUC同様に結社法に基づいて登録された社会団体である。

MTUCの加盟組織は277労組、加盟組合員数は約46万人(2011年)。マレーシアの組合員の58%がMTUCに加盟していることになる。

ナショナルセンターではないが、MTUCと並ぶ大きな社会的影響力を持つ組織として官公労連 (Cuepacs)がある。加盟労組は、(1)連邦政府公務員、州政府公務員、(2)国営企業職員、(3)地方自治体(市、地区)職員、(4)法定機関職員の労組である。Cuepacsは労組の連合組織(federation)として労組法上の登録を受けた「労組」として、官公労働者を代表して公務員、政府関係機関職員の労働条件向上を目的に政府と団体交渉を行っている。Cuepacsは準ナショナルセンター的存在であるが、Cuepacs自体も、また加盟労組の多くもMTUCに加盟している。

主な産業別、職能別労組は以下のとおりである。組織規模の最も大きい労組は全国教員労組(NUTP)で、組合員数は17万3000人(2012年)。あらゆるカテゴリーの教育機関の教員を組織しているが、公立校の教員が多い。女性労働者が多数を占める。

全国プランテーション労組
National Union of Plantation Workers (NUPW)
全国教員労組
National Union of Teaching Profession (NUTP)
全国商業労組
National Union of Commercial Workers (NUCW)
全国銀行従業員労組
National Union of Bank Employees (NUBW)
運輸労組
Transport Workers' Union (TWU)
全国石油・化学労組
National Union of Petroleum and Chemical Industry Workers (NUP)
金属産業労組
Metal Industry Employees Union (MIEU)
全国ホテル・バー・レストラン労組
National Union of Hotel, Bar & Restaurant, Peninsular Malaysia (NUHBR)

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6-3 労使紛争処理制度

労使関係の項でみたように、ストライキ自体はそれ程多くはない。しかし、人的資源省労使関係局の斡旋、労働仲裁裁判所(Industrial Court)の扱い件数は下表に示したように多い。この点にマレーシアの労使紛争処理制度の特色がある。

表:紛争処理件数
  2009年 2010年 2011年
前年からの繰越件数 152件 161件 162件
当該年の申請件数 330件 334件 311件
合計 482件 505件 473件
斡旋による解決 219件 233件 295件
仲裁裁判所で解決 72件 80件 46件
申請を取下げ自主解決 30件 30件 46件
解決件数合計 321件 343件 387件
解決率 66.6% 67.9% 81.8%

資料出所:人的資源省ウェブサイト

1967年労使関係法に基づく労使紛争処理制度の概要は下図のとおりである。この図でみられるように、労使紛争が発生し、自主解決が望めない場合、労使いずれかが斡旋を申請する。それに基づき労使関係局長(実際には人的資源省労使関係局の直轄地方組織の労使関係オフィサーが担当)が労使を呼んで斡旋作業に入る。紛争の社会的影響が大きいと判断した場合、労使関係局長は職権で斡旋に乗り出す。斡旋が物別れに終わった場合、労使関係局長はその旨、人的資源相に報告し、人的資源相は案件を労働仲裁裁判所に付託する。州政府、地方行政機関(市、地区)は通常、労使紛争に直接介入しない。労使紛争は連邦政府が全国に渡って直接所管している。

労使紛争処理制度

図:労使紛争処理制度

  • ストには労組が秘密投票を行い3分の2以上の賛成が必要。
  • 投票結果は14日以内に人的資源省の労働組合登録官に届け出る義務がある。
  • スト、ロック・アウトには42日前に通告が必要。
  • 通告後、冷却期間として21日間はストやロック・アウトはできない。
  • 労働裁判所で審査中は争議行為は禁止。

労働仲裁裁判所は判事および労使委員で構成される司法機関で、下級裁判所の機能を持つ。したがって、労働仲裁裁判所の判決に不服の場合は、高等裁判所に上訴することになる。

労働仲裁裁判所は労使関係法に基づいて労使紛争を扱うが、これと混同されやすいものに労働審判所(Labour Court)が存在する。労働審判所は人的資源省労働局が所管する準司法機関である。1955年雇用法に規定された労働条件の最低基準に関し「使用者が順守しない」といった労働者の苦情を審査するもので、法廷を模した形式で労働局担当官(Labour Officer)が判事の役割を果たしている。この労働審判制度はマレーシアの雇用法の重要な特徴の1つで、これにより労組による苦情処理制度を持たない未組織労働者の労働条件が保護されている。この苦情が個別的なものであっても紛争になった場合は、前記の手続きを経て労働仲裁裁判所で扱われることになる。

参考文献

  • National Economic Advisory Council (2009) "New Economic Model for Malaysia Part 1"
  • Economic Planning Unit (2010) "Tenth Malaysia Plan 2011-2015"
  • International Law Book Services
    • (2012) "Employment Act"
    • (2011) "Employees Provident Fund Act"
    • (2011) "Employees' Social Security Act"
  • Penebitan Akta
    • (2011) "Industrial Relations Act 1969 (Act 177)"
    • (2011) "Immigration Act 1959/1963 (Act 155) and Regulation"
  • International Law Book Services (2012) "Trade Unions Act 1959 (Act 262) & Regulation"
  • 人的資源省
    • (2010) "National Employment Returns Report 2009"
    • (2011) "National Institute of Human Resources"
    • (2012) "National Institute of Labour Market Information and Analysis"
  • D'Cruz, M. N. (2011) "A Handbook of Malaysian Labour Laws"
  • Malaysian Trades Union Congress (2011) "Report of the General Council 2008-2010."
  • Malaysian Employers Federation (2012) "2011 Annual Report"
  • Department of Statistics
    • (2011) "Labour Force Survey Report 2011"
    • (2011) "Malaysia Economic Statistics, Time Series 2011"
    • (2012) "Economic Census, Education Services 2011"
    • (2012) "Statistics Yearbook Malaysia 2011"
  • Khoo Kay Kim (2001) "Malay Society, Transformation and Democratisation"
  • Edited by Abdulluah Malim Baginda (2011) "Social Development in Malaysia"
  • マレーシア工業開発庁 (2009) "Expatriate Living in Malaysia"
  • 従業員積立基金 (2012) "Annual Report 2011"
  • Social Security Organisation (2012) "Annual Report 2010"
  • The World Bank (2012) "Malaysia Economic Monitor"
  • 人的資源省、高等教育省、教育省、女性・家庭・社会開発省、各ウェブサイト参照

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