基礎情報:中欧・東欧(2004年)
基礎データ
ポーランド
- 国名:ポーランド共和国(Republic of Poland)
- 人口:3820万人(2003年)
- 経済成長率:5.6% (2004年)
- GDP:4630億ドル(2004年)
- 一人あたりGDP:12,000ドル(2004年)
- 失業率:19.9%(2003年)
- 就業者数:724万6000人(2003年)
ハンガリー
- 国名:ハンガリー共和国 (Republic of Hungary)
- 人口:1012万人(2003年)
- 経済成長率:3.9%(2004年)
- GDP:1493億ドル(2004年)
- 一人あたりGDP:14,900ドル(2004年)
- 失業率:5.9%(2003年)
- 就業者数:263万9000人(2003年)
チェコ
- 国名:チェコ共和国(Czech Republic)
- 人口:1020万人(2003年)
- 経済成長率:3.7%(2004年)
- GDP:1722億ドル(2004年)
- 一人あたりGDP:16,800ドル(2004年)
- 失業率:9.9%(2003年)
- 就業者数:451万9000人(2003年)
スロバキア
- 国名:スロバキア共和国(Slovak Republic)
- 人口:538万人(2003年)
- 経済成長率:5.3%(2004年)
- GDP:789億ドル(2004年)
- 一人あたりGDP:14,500ドル(2004年)
- 失業率:17.4%(2003年)
- 就業者数:203万9000人(2003年)
注:就業者数は農業以外の被雇用者。
資料出所:OECD in Figures2004
概況
中東欧の旧共産主義国であるポーランド、ハンガリー、チェコ及びスロバキアの4カ国は、俗にヴィッシェグラード4カ国(Visegrad Four)と言われる。ヴィッシェグラードとはハンガリーの都市の名前である。1991年2月にこの地で、3カ国(当時はチェコ、スロバキアは連邦共和国であった。)の大統領が会合したことに由来している。会合においては欧州の統合に向けて相互の緊密な協力関係が表明された。これらの国々における共産主義の支配が終わった後も、民主化やEU(欧州連合)加盟などの共通の目標のもとに協力体制が続いている。
労働政策研究・研修機構(旧日本労働研究機構を含む。)は中東欧諸国のうちこれら4カ国、特にポーランド及びハンガリーに重点を置いて情報収集等の事業の対象としてきた。以下では2004年5月のEUへの加盟を中心として、2004年におけるこれらの国々の動向を記述する。
2004年の動向
1. EU加盟の実現
今般のEUへの加盟は、新規加盟国にとって経済再建のためにも、また安全保障の観点からも死活問題であると同時に、EUにとっても、隣接する中東欧各国の安定は政治的・経済的に大きな意味をもっている。ECは1989年に中東欧諸国で体制転換の動きが始まると直ちに「対ポーランド・ハンガリー経済再建援助計画」(PHARE)を打ち出すなど、その市場経済化への動きを積極的に支援してきた。さらに近年は、中東欧諸国との間でEU加盟を前提とした欧州協定(連合協定)を締結し、そのEU加盟を支援してきた。ポーランド、ハンガリーがEUへの加盟を申請したのは1994年である。加盟の実現までに10年を要したわけだが、その間の経緯は次のようである。
欧州委員会は1997年、EUの拡大に備えて2000年以降の課題をまとめた報告書「アジェンダ2000」の中で、ポーランド、ハンガリーを含む5カ国との加盟交渉の開始を勧告した。これらの国は加盟の条件となるコペンハーゲン基準(注1)を全て満たしてはいないものの、今後の努力次第で中期的に条件を満たす可能性があるとしたのである。これを受けて1998年から加盟交渉が開始された。欧州委員会は各申請国に対し、司法、政治、経済、その他様々な分野において、短期(1998年中)・中期に実行すべき優先目標「加盟のためのパートナーシップ」を示した。雇用・労働に関しては「社会保障」分野の中で規定されており、労働法、雇用政策、職場の安全衛生、男女の均等待遇、社会的対話、社会的包含、社会的保護、公衆衛生などの多岐にわたる項目について体制整備を求めている(注2)。
こうしたEUの要求水準を満たすために、申請国は膨大な作業と努力を必要とした。また、交渉においては自由労働移動の問題が農業問題と並んで大きな争点となった。5年近くに及ぶ交渉が終了し、ポーランド、ハンガリー等10カ国のEU加盟が正式に決定したのは2002年12月である。その後2003年の加盟条約への調印、国民投票による加盟条約批准の承認を経て、2004年の加盟実現へと到っている。
2. 自由労働移動の問題
(1) EU加盟交渉における経緯
EU加盟交渉においては、いわゆる4つの自由(ヒト、サービス、モノ、カネの自由移動)の中でも人の移動が大きな議論となった。全面的な労働移動の自由を求める新規加盟国に対し、従来加盟国側は新規加盟国からの労働力の流入が自国の労働市場に与える悪影響を懸念した。特に新規加盟国と地理的に近接するドイツ、オーストリアは、自由労働移動の導入に強い警戒感を示したという(注3)。
交渉の結果、新規加盟国(マルタとキプロスを除く)から従来加盟国への労働者の自由移動に関しては、最長7年の移行措置が設けられた。具体的には以下のとおりである。
- 加盟の日から2年間は、従来加盟国への労働移動は従来加盟国の個別措置又は2国間協定に従う。個別措置は段階的市場開放、労働市場への深刻な影響がみられる場合に制限を設けるセーフ・ガード条項の導入、受け入れ枠を制限する定数クォータ制の導入等、国により様々である。
- 加盟の日から2年経過後レビューが行われ、従来加盟国の判断で、さらに3年を限度とする移行措置の延長が認められる。
- このように移行措置は原則として5年間で終了する。しかし従来加盟国の労働市場に深刻な混乱が発生した(あるいは混乱が発生する恐れのある)と認められる場合は、さらに2年間の延長が可能である。つまり移行措置の期間は最長7年間となる。
- なお、移行措置の導入に当たり、従来加盟国はEU加盟条約署名の時点よりも労働市場を制限的なものにすることはできないという「停止条項」が適用される。また、従来加盟国は非EU国の労働者よりも新規加盟国の労働者を優遇しなければならない。
(2) 労働移動に関する世論
上述のように、新規加盟国から従来加盟国への労働移動は各国の労働市場に直接影響する問題として大きな議論を呼んだ。その背景には新規加盟国の国民1人あたりGDPが従来加盟国平均の47%(2002年時点)、一方失業率の水準は極めて高いという経済格差がある。長期的には格差が平準化していくとしても、当面は東欧諸国からの労働力流出のプレッシャーが続く可能性がある。新規加盟国内でも、他加盟国への労働力の流出がどれくらい生じるかがに関心が集まり、以下にみるように各国で世論調査などが行われている(注4)。各国の移民への意欲は経済・雇用情勢とリンクしており、一様でないことが伺える。
ポーランド:
国民の3割、若者では半数が国外労働に意欲
ポーランドの失業率は新規加盟国中で最も高い(2004年4月18.9%)。2004年の3月に行われた世論調査の結果によれば、回答者の32%が他の加盟国での就労意欲を持っていた(他の加盟国で積極的に仕事を探す18%、特別の仕事があれば働いてもいい14%)。
- 移民への関心は若者と失業者で特に高い。24才以下の回答者の47%が、他加盟国での仕事探しを考えており、そのうち4分の1は明確な意志を持っていた。また失業中の回答者の40%が他加盟国での求職を考えており、そのうちやはり4分の1は明確な意思を持っていた。
- 希望する行き先はドイツ(36%)、英国(17%)で過半数を占めていた。
- 希望期間としては、回答者の半数が一時的な就労を望んでいた(1年以内35%、2年以内15%)。しかし、相当の長期という希望も約3割を占めた(3年以上11%、ポーランドに帰らなくてもいい17%)。残りの2割はポーランドに住みながら国外で働くことを望んでいた。
ハンガリー:
国外労働は労働者の2%以下
ハンガリーの失業率は新規加盟国の中では相対的に低い(同5.9%)。同国では労働者のモビリティが低く、大量の国外移住が生じることはないと考えられている。様々な予測をみても、国外での仕事探しを考えている労働者は全体(約400万人)の1~2%にすぎない。ただし若者、高学歴者ではこの割合が高い。国内ではハンガリーの賃金が早くEU水準に追いつかなければ、有資格者たちが他の加盟国に吸い取られてしまうという懸念が広まっている。
(3) 労働移動に関する推計
2005年6月に発表されたドイツ経済研究所(DIW)の推計によれば、2004年5月から2005年5月までの1年間に新規加盟国から従来加盟国に移民した数は15万人に上る。最も多くの移民を受け入れた国は英国(5万人)とされている。当初は新規加盟国から従来加盟国への労働力の流入が急増することが懸念されていたが、そうした事態はみられない。むしろ英国よりも厳しい流入規制を設けている国(例えばドイツ、オーストリア、イタリア)では、必要性の高い専門労働者を受け入れる機会を失う可能性があるとドイツ経済研究所は警告している。
3. EU加盟と労働組合
EU加盟に先立つ国民投票の結果を見る限り、新規加盟国の世論はEU加盟を支持する意見が大勢を占めていた(注5)。一方、各国の労働組合はEU加盟をどう捉えているのか。以下に紹介するポーランド、ハンガリーの労働組合幹部の発言からは、彼らがEU加盟を新たな挑戦、あるいは発展の機会と捉えていることが伺われる。これらは(財)国際労働財団が2004年10月に開催した国際講演会「EU加盟と労働組合の対応/市場統合・投資拡大で注目される中・東欧諸国の労働運動」における、労組幹部の発言録の抜粋である。
ポーランド独立労働組合「連帯」(NSZZ)(注6)
- 「連帯」はポーランドのEU加盟を原則的に支持する。ただし、加盟に際しては「連帯」がこれまで注意を喚起してきた諸問題、すなわち経済・社会分野における均等な、差別なき待遇の問題が、EU加盟後も同時に考慮されるべきという条件付きの支持である。
- EUのいわゆる4つの自由は、そのどれ一つとして損なわれることがない状態で導入されるべきである。そのうち労働者の自由移動については、いわゆる移行期を設けずに100%導入するべきである。
- EU加盟はポーランドにとって、特にEUの中で義務づけられている社会的なモデルが導入されることを考慮したとき、極めて的を射たものである。EU加盟は経済成長のチャンスとなり得る。その経済成長は社会的保護を進展させ、雇用を恒常的に増大させ、生活水準と社会福祉の向上を保障させるチャンスになり得る。
- 「連帯」としては職場、労働者の選択の自由に関して移行期を導入しないよう強く主張してきた。しかし、加盟交渉の段階で移行期が容認されたことは大変残念である。
ハンガリー自由労働組合民主連盟(LIGA)(注7)
- EU加盟がハンガリーにどういう影響を及ぼすかというと、一つには外資系企業に対する税制面の優遇措置の期限が切れ、EU加盟国としてそうした優遇措置を維持できないということがある。一部の企業はすでに撤退しつつある。主に低賃金で人を雇う製造業の企業である。その一方では高い技能を求める企業が増えてきている。しかしハンガリーではそうした人材が決定的に不足している。
- ハンガリーではこの10年間で生産性は大きく向上してきたが、賃金の上昇がそれに伴わない。賃金を低いレベルに抑えて労働力を搾取するという雇用主の考え方が強まっている。それに対抗すること、具体的には賃金レベルを他のEU加盟国のレベルにまで上げることが、労働組合として最大の課題である。
ハンガリー自主労働組合総連盟(ATUC)(注8)
- EUレベルの産業別労使対話の場への参加は、われわれにとって新たな挑戦である。EUレベルで労働者の利益を代表する場があることは大変重要だ。その場に有効に参加するためには、様々な言葉でコミュニケーションができ、欧州の様々な国々と情報交換ができるような人材を育成することが課題である。ハンガリー国内でも産業全体の労働協約を結べるようにするため、労使協議の場が新たに設けられた。具体的な成果はまだ挙がっていないが、大きな可能性が見込まれている。
EU加盟を契機として東欧諸国の経済・社会は大きく発展していく。労働分野においても雇用機会の増大、賃金等労働条件の向上、そして労使対話の促進など、様々な側面でプラスの効果が生じることが引き続き期待される。
注:
- 1)制度に裏付けられた民主主義(議会制民主主義、複数政党制など)、2)法の支配、3)基本的人権の尊重、4)少数民族の保護、5)市場経済が機能し、EU域内の競争圧力、市場の力に対処できること、6)政治的、経済的に、ユーロ参加に適合するEU加盟国としての義務を受け入れる能力があること(清水嘉治・石井伸一「新EU論-欧州社会経済の発展と展望」(2001)より。)
- EUホームページより。
- 田中信世「EU拡大と労働移動」(季刊「国際貿易と投資」Autumn2003/No.53所収)より。
- European Employment ObservatoryNewsletter/Issue 16 (May 2004)より。
- 賛成票の割合はポーランド77.45%、ハンガリー83.76%、チェコ77.33%、スロバキア92.46%。投票率はポーランド58.85%、ハンガリー45.62%、チェコ55.21%、スロバキア52.15%(辰巳浅嗣「EU/欧州統合の現在」(2004)より)。
- 副会長イェジー・ランゲル氏の発言より。
- 副会長ラヨシュ・ホルヴァート氏の発言より。
- 会長代行スザンナ・ヴァルナイ氏の発言より。
参考:
- 労働政策研究・研修機構「EU拡大と域内労働力移動:EU-「労働者の自由移動」実現に最長7年の移行措置(フォーカス、2004年7月号)」」
- 国際労働財団/海外の労働事情/ヨーロッパ/2004年10月12日講演録
- "European Employment Observatory Newsletter/Archive 2004"
- BBC News/UK is ‘top spot for EU migration’
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※2002年以前は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。
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