JILPTリサーチアイ 第59回
第四次産業革命と集団的労使関係法政策─ドイツにおける“事業所委員会現代化法”案を素材として

写真

労使関係部門 副主任研究員(労働法専攻) 山本 陽大

2021年4月16日(金曜)掲載

Ⅰ.はじめに

去る2021年3月31日、筆者は、JILPTより労働政策研究報告書No.209『第四次産業革命と労働法政策─“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題』を刊行した。同報告書は、AIやIoT、ビッグデータ等の新たなデジタル技術による産業構造の変化(第四次産業革命)が雇用社会に及ぼす影響とそれに対応するための労働法政策の在り方について、ドイツにおける議論や政策動向(いわゆる“労働4.0”)を素材として、特に、職業教育訓練法政策、「柔軟な働き方」をめぐる法政策、「雇用によらない働き方」をめぐる法政策、労働者個人情報保護法政策および集団的労使関係法政策という5つの政策領域を対象に、日本における現状との比較検討を行ったものである。本報告書については、既にJILPTのHP上で公表されているので、関心を持っていただいた方は適宜ダウンロードしていただければ、筆者として、大変嬉しく思う次第である。

ところで、本報告書においては、上記の通り、検討対象の一つとして集団的労使関係法政策の領域を採り上げていたのであるが、その刊行と全く時を同じくして、ドイツにおいてかかる政策領域に属する重要法案が閣議決定された。それが、本稿で採り上げる「事業所委員会現代化法〔Betriebsrätemodernisierungsgesetz〕」の政府草案[注1]である。筆者が上記の報告書を執筆した時点では、第四次産業革命が進展するなかでの集団的労使関係法政策の在り方については、ドイツでもいまだ議論のレベルにとどまっていたところ、本法案は、その一部を(後述する事業所組織法等の改正という形で)具体化したものであるとともに、上記報告書では採り上げていなかった新たな内容をも含んでいる点で、重要な意義を有するものとなっている。そこで、本稿においては、労働政策研究報告書No.209刊行後の動向のフォローアップも兼ねて、「事業所委員会現代化法」案について検討を加えることとしたい。

Ⅱ.背景─第四次産業革命と従業員代表システム

差し当たり、上記閣議決定に至るまでの経緯について、簡単に確認しておこう。

日本でもよく知られているように、ドイツにおける集団的労使関係[注2]は、いわゆる二元的労使関係システムとして構成されている。すなわち、ドイツにおいてはまず、産業レベルにおいて労使関係が存在しており、ここでは労働組合が労働者側の代表として、使用者側の代表である使用者団体と団体交渉(協約交渉)を行い、労働協約を締結する(労働協約システム)。また、これと並んで、ドイツでは各企業の事業所レベルにおいても労使関係が存在しており、ここでは各事業所における労働者による選挙を通じて設置される事業所委員会(Betriebsrat)が労働者側の代表となって、事業主たる使用者と当該事業所内の労働条件等について共同決定(Mitbestimmung)を行う(従業員代表システム)。このように、ドイツの集団的労使関係においては、産業と事業所という2つの異なるレベルにおいて労働者の利益代表の担い手が存在しており、使用者側との団体交渉や共同決定という形で労働条件等の決定プロセスに参加しうる形となっているのであるが、本稿がフォーカスするのは後者である[注3]。すなわち、ドイツにおける従業員代表システムは、事業所組織法(BetrVG)[注4]によって網羅的に規律されているのであるが、今般の「事業所委員会現代化法」案は、同法の改正を主たる内容とするものとなっている(但し、部分的には他の法令の改正も含まれている)。それではなぜ、このような改正が必要とされたのであろうか。

この点、ドイツにおける従業員代表システムは、上記の通り、各事業所における使用者の決定に対する事業所委員会を通じた労働者の民主的な参加を可能とする点で、伝統的に重要な役割を果たしてきたものであり、ドイツの経済秩序である社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)を支える柱の一つとしても理解されている。もっとも、ドイツでは1990年代以降、事業所委員会の設置率が低下し、事業所委員会が存在している事業所で就労する労働者の割合が減少の一途を辿っているという現状がある。例えば、労働市場・職業研究所(IAB)の調査[注5]によれば、事業所委員会が存在している事業所で就労している労働者の割合は、旧西ドイツ地域においては、1996年時点で全体の50%であったのが2019年には41%にまで低下している。また、旧東ドイツ地域だと、かかる割合は1996年時点では42%であったのが2019年には36%となっている。

しかし他方で、ドイツにおいては2015年以降、第四次産業革命による雇用社会の変化(デジタル化)に対応するための労働法政策の在り方について、“労働4.0”とのタイトルのもと議論が進められており[注6]、そこでは従業員代表システムの重要性が改めて強調されている。例えば、連邦労働社会省(BMAS)が2016年11月に公表した『労働4.0白書』[注7]では、「・・適切な解決と柔軟な歩み寄りを交渉によって取り決めることを可能とする・・共同決定は、デジタル経済においても重要な社会制度(Institution)である」との指摘がなされている[注8]

かかる『労働4.0白書』を皮切りに、その後ドイツでは、複数の政策文書のなかで、従業員代表システムを規律する事業所組織法について、様々な角度からの改正提案が示されるに至る[注9]。それらは、大きく分けて、事業所委員会の設置をいっそう促進すること(量的強化)を目的とした提案と、デジタル化が進展するなかで事業所委員会の権利や活動をより実効的なものとすること(質的強化)を目的とした提案によって構成されるものであった(←詳細はⅢ)。そして、これらの提案は、2018年3月にキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)との間で大連立政権(第四次メルケル政権)が発足する際に締結された連立協定[注10]のなかでも明記されることとなる。また特に、デジタル化に対応するための事業所委員会の権利の強化(←詳細はⅢ.2.(1))に関しては、2018年11月に連邦政府が公表した『AI戦略』[注11]のなかでも、複数の改正提案が示されていた。

このような経緯を受けて、BMASは上記の諸提案を具体化すべく「事業所委員会現代化法」案の策定作業に着手することとなった。同法案については、2020年12月にまずはBMASによる参事官草案(Referentenentwurf)が公表され、その後の関係各団体からの意見表明[注12]を経て、冒頭でみた2021年3月31日の閣議決定による政府草案の公表に至ったものである。

以上を要するに、今般の「事業所委員会現代化法」案は、従来から事業所委員会設置率の低下が問題視されていたなかで、第四次産業革命による雇用社会の新たな変化(デジタル化)に直面して、従業員代表システムの量的・質的強化の必要性が一気に高まったことを背景としたものと整理することができよう。同法案の正式名称(「デジタル化した雇用社会における事業所委員会の選挙および活動の促進に関する法律案〔Gesetz zur Förderung der Betriebsratswahlen und der Betriebsratsarbeit in einer digitalen Arbeitswelt〕」)は、まさにかかる背景を端的に表現したものとなっている。

Ⅲ.法案の内容

かくして、「事業所委員会現代化法」案が示す事業所組織法等の改正内容は、大きくは、上記にいう量的強化に関わるもの(←1)と、質的強化に関わるもの(←2)に分かれる。そして、前者は更に、事業所委員会の設置に関して、①小規模事業所における選挙手続を簡易化するものと、②設置プロセスにおける解雇からの労働者の保護を拡大するものとに区分でき、また後者は更に、③雇用社会のデジタル化が進むなかで労働者の利益を実効的に保護するために、事業所委員会の権利(特に共同決定権)を強化するものと、④事業所委員会の活動に際してのデジタル技術の利活用についてルールを設けるものとに区分することができる。

以下では、これら①~④について、法案の理由書(Begründung:以下、法案理由書)も適宜参照しつつ、内容をみてゆくこととしよう[注13]

1.量的強化

(1)選挙手続の簡易化

事業所委員会の量的強化に関わる改正のうち、①の小規模事業所における選挙手続の簡易化についてみると、ここではまず現行の事業所組織法14a条の適用範囲の拡大が提案されている。

この点、Ⅱでみたように、従業員代表システムにおける労働者側のアクターである事業所委員会は、当該事業所の労働者による選挙を通じて設置されるのであるが、事業所組織法14a条は小規模事業所においてはいわゆる簡易版選挙手続(vereinfachte Wahlverfahren)によって事業所委員会選挙を行うことを認めている。これは、2001年の事業所組織法改正によって導入されたものであるが、通常の選挙手続[注14]におけるのとは異なり、かかる簡易版選挙手続のもとでは、わずか2回の手続[注15]によって事業所委員会を容易に設置することが可能となっている。もっとも、従来、簡易版選挙手続を利用できるのは、従業員数常時100名以下の事業所に限られ、またそのなかでも従業員数常時5名~50名の事業所においては無条件で簡易版選挙手続を利用できるが(事業所組織法14a条1項1文)、従業員数51名~100名の事業所においては選挙管理委員会が使用者との合意を得なければ、かかる手続を利用できないこととなっていた(同条5項)。しかし他方で、(法案理由書中でも引用されている)事業所委員会選挙をめぐる調査[注16]によれば、従業員数51名~100名の事業所においてはおよそ半数が使用者との合意を得て簡易版選挙手続を利用していること、また簡易版選挙手続のほうが通常の選挙手続に比して労働者の投票率が平均的に高いことが明らかとなっていた。

そこで、「事業所委員会現代化法」案は、事業所組織法14a条を改正し、1項1文が定める、無条件に簡易版選挙手続を利用できる事業所規模の上限を従業員数常時50名から100名に引き上げるとともに、5項が定める、使用者との合意に基づいてかかる手続を利用しうる事業所の規模を従業員数101人~200人に引き上げることを提案している。これにより、まずは簡易版選挙手続の適用対象となる事業所の範囲を拡大し、より多くの事業所において事業所委員会を容易に設置しうるようになることで、その量的な増加が期待されているといえよう。

またこのほかにも、①に属するものとして、上記法案は事業所組織法14条4項の改正も提案している。同規定によれば、従来、事業所委員会選挙における候補者提案(Wahlvorschlag)には、従業員数常時20名以下の事業所においては2人以上の選挙権を有する労働者(以下、有権者)の署名が、また従業員数常時20名以上の事業所においては有権者の20分の1以上の数の署名が必要とされていた。かかる規定の趣旨は、事業所委員会選挙において立候補者の濫立を防止するために、一定数の有権者の署名による支持を求めることとした点にある。

もっとも、かかる趣旨は小規模事業所においてはあまり意味を持たず、それよりもむしろ、小規模事業所においては、上記の通り選挙手続をできるだけ簡易なものすることで、事業所委員会の量的な増加を促進すべきとの観点から、「事業所委員会現代化法」案では、事業所組織法14条4項を改正し、今後、従業員数常時20名以下の事業所においては候補者提案への有権者の署名は不要とし、また従業員数常時21名~100名の事業所においては有権者2人以上の署名があれば足りるというように、要件を緩和することが提案されている。

(2)事業所委員会設置プロセスにおける解雇からの保護の拡大

続いて、②についてみると、「事業所委員会現代化法」案は、事業所委員会の設置プロセスにおける解雇からの労働者の保護を拡大するために、以下の2つの点で解雇制限法(KSchG[注17]の改正を提案している。法案理由書にも示されているように、このような提案がなされる背景には、ドイツにおいて従来、事業所委員会選挙のための活動を行おうとする労働者に対し、使用者が解雇をほのめかす等の妨害行為を行う例[注18]がみられ、これがⅡでみた事業所委員会設置率低下の一因となっているとの認識があった。

そこで、上記法案はまず、解雇制限法15条3a項の改正を提案している。この点、ドイツにおいて、これまで事業所委員会が存在しなかった事業所に事業所委員会を新設するプロセスは、3人以上の有権者たる労働者が、事業所委員会選挙の選挙管理委員会を選任するために、職場集会を招集することに始まる(事業所組織法17条3項)。そして、これに対応する形で、解雇制限法の上記規定は、使用者に対し、選挙結果の公表まではかかる招集を行った3人の労働者を解雇することを原則として禁止している[注19]。また、事業所組織法16条1項は、選挙管理委員会は3人の有権者から構成される旨を定めており、法案理由書によれば、上記の招集を行った労働者らがそのまま選挙管理委員会の委員に就任する例が実務上は多いとされる。

しかし、このような現行法の規制のもとでは、当初職場集会を招集した3人の労働者のうち、一人でも、例えば疾病に罹患したり、あるいは使用者による妨害行為に屈して事業所委員会の設置プロセスを断念した場合には、必要な選挙管理委員会委員数(3人)を確保することができず、プロセスが頓挫してしまう結果をもたらしうる。そこで、今般の「事業所委員会現代化法」案は、解雇制限法15条3a項を改正し、同規定により解雇から保護される労働者の人数を3人から6人に引き上げることを提案している。このように、同法案は、使用者による解雇の脅威に晒されることなく、選挙管理委員会の委員への就任等の事業所委員会設置プロセスに積極的に関与しうる労働者数をまずは増やすことで、同プロセスの安定的な実施の確保を図るものといえる。

もっとも、解雇制限法15条3a項による解雇規制は、あくまで職場集会の招集時点以降について及ぶものであり、従って、それ以前の段階での準備行為(例えば事業所委員会の設置に関する他の労働者の意向調査や労働組合への相談等)を行う労働者に対しては、かかる規定による保護は及ばない。そのため、現行法のもとでは、このような準備行為を行う労働者は、なお解雇の示唆等の使用者による妨害行為に晒されうる。

そこで、「事業所委員会現代化法」案は、解雇制限法15条に新たに3b項を追加することを提案しており、それによれば、労働者が、上記のような準備行為を企図しており、また事業所委員会設置の意図(Absicht)を有していることについて公の認証(民法典129条)を得ている場合には、当該労働者に対する関係でも解雇は原則として禁止される[注20]。これにより、先ほどの解雇制限法15条3a項と相まって、事業所委員会の設置プロセスに積極的に関与する労働者について、準備行為の段階から事業所委員会選挙の結果公表の時点までという幅広い時間的スパンに亘る、特別の解雇規制が完成することになる。

2.質的強化

(1)雇用社会のデジタル化と共同決定権

一方、事業所委員会の質的強化に関わるもののうち、③についてみると、「事業所委員会現代化法」案は、第四次産業革命により新たなデジタル技術の利活用が職場においても進むことに伴って生じうる問題について、事業所委員会が実効的に関与しうるよう、その権利について強化ないし明確化するための提案を複数示している。

まず、第一に挙げられるのは、職場におけるAIの導入に関するものである。すなわち、デジタル化が進むなかでは、職場における作業方法や作業工程にAIが導入されうるとともに、採用や配置転換、格付けの変更、解雇の際の人事選考の指針策定に当たってもAIが活用されうる。この点、現行法上既に、事業所委員会は、作業方法・作業工程に関しては、事業所組織法90条1項3号により、その計画段階で使用者に対し情報提供や協議を求める権利を有するとともに、人事選考の指針については、同法95条により共同決定権を認められ、使用者は事業所委員会の同意を得なければこれを策定できないこととなっている。そして、かかる現行法の規制を前提に、「事業所委員会現代化法」案は、作業方法や作業工程にかかるAIの導入計画、およびAIを活用した人事選考の基準策定についても、上記でみた事業所委員会の諸権利の対象となる旨が明確化となるよう、事業所組織法90条1項3号を改正し、また95条には新たに2a項を追加することを提案している。

なお、これらの改正とも関連して、事業所委員会がAIの導入ないし活用について上記の諸権利を実効的に行使しうるためには、その前提として当該AIに関して、場合によっては外部の専門家を招聘することにより、適切な情報や知見を得ておく必要がある。この点、現行の事業所組織法80条3項1文は、一定の場合について事業所委員会が専門家を招聘しうる旨を定めているが、そこでは従来、「事業所委員会の任務の適正な遂行に必要である場合」に当たることが要件の一つとなっていた(必要性要件)。

そこで、「事業所委員会現代化法」案は、上記規定に新たに2文として「事業所委員会がその任務の遂行に関して、AIの導入または利用について判断しなければならない場合には、その限りで専門家の招聘は必要であるとみなす」との規定を追加することで、AIの導入・利用をめぐって専門家を招聘する場面に限っては、上記の必要性要件を廃止することを提案している。これにより、事業所委員会は、かかる場面に関しては、従来よりも容易に外部専門家を招聘することが可能になるといえる[注21]

また、第二に挙げられるのは、職業訓練(Berufsbildung)に関するものである。第四次産業革命下においては、上記でみたAIをはじめとする新たなデジタル技術の職場への導入によって人間(労働者)の役割が変化することから[注22]、いきおいかかる変化に対応しうるための職業訓練(および、それによる新たな職業資格の獲得)が重要となる。この点、現行の事業所組織法は96条1項において、事業所委員会に対し当該事業所の労働者の職業訓練に関する問題について使用者と協議を行う権利を認めており(2文)、かかる協議を通じて、具体的な訓練措置について両者間で合意がなされることが期待されている。

もっとも、事業所委員会と使用者間で常にこのような合意に至るとは限らないことから、「事業所委員会現代化法」案は、事業所組織法96条に新たに1a項として、「1項に基づく協議によっては職業訓練措置に関して合意に至らなかった場合には、事業所委員会または使用者は、仲裁委員会(Einigungsstelle)に対して斡旋を申請することができる」との規定を追加することで、事業所内の紛争解決機関である仲裁委員会[注23]に合意勧試の役割を担わせ、職業訓練措置に関する合意を促進することを提案している。

更に、第三に挙げられるのは、モバイルワーク(Mobile Arbeit)に関するものである。情報通信技術(ICT)の飛躍的な発展と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大(以下、コロナ・パンデミック)を背景に、現在ドイツにおいては(在宅でのテレワークを含めた)モバイルワーク[注24]の促進が重要な政策課題となっている。この点、各事業所においてモバイルワークの制度をそもそも導入するか否かの問題をめぐる法的規律については、2020年1月にBMASから「モバイルワーク法」案が公表されている[注25]

一方、今般の「事業所委員会現代化法」案は、モバイルワークの導入が決定された後の場面を念頭に、これを具体的にどのようなものとして構成するかについて、事業所委員会に新たに共同決定権を付与することを提案している。それによれば、事業所組織法87条1項に新たに14号が追加され、「情報通信技術を用いて行われるモバイルワークの構成」が新たに共同決定権の対象事項となる。法案理由書によれば、具体的には、モバイルワーク時における、日々の始業・終業時刻や就業場所、事業所施設への出勤義務、アクセス可能な時間帯、作業用具の利用あるいは安全衛生等が、上記にいう「モバイルワークの構成」の内容として想定されており、今後、これらについて使用者がルールメイキングを行おうとする場合には、事業所委員会との共同決定を経なければならないこととなる。

(2)事業所委員会の活動とデジタル技術

最後に、④についてみると、第四次産業革命が進展するなかでは、事業所委員会自体が新たなデジタル技術を活用しつつその日々の活動を行う場面が増加しうるところ、「事業所委員会現代化法」案は、かかる場面についても幾つかの点でルールの明確化を図っている。

このようなものとしてまず挙げられるのが、事業所委員会会議のビデオ会議あるいは電話会議(以下、単にビデオ会議)による実施についてである。この点、事業所委員会の会議をビデオ会議により実施しうるかについては、事業所組織法30条1項4文が非公開の原則を定めていることとの関係で従来は議論があったが[注26]、現在では同法の129条によって一定の条件のもとで許容されるに至っている。もっとも、同規定はあくまでコロナ・パンデミックを契機とした特則として位置付けられていることから、「事業所委員会現代化法」案では、恒久的措置として、ビデオ会議による事業所委員会会議の実施に関するルールを設けることが提案されている。

すなわち、同法案によればまず、事業所組織法30条1項に新たに5文を追加し、事業所委員会会議は対面会議(Präsenzsitzung)として行われるべきことが明確にされている(対面原則)。もっとも、ビデオ会議にはメリットもある[注27]ことから、同条へ新たに2項を追加することが同時に提案されており、それによれば、ビデオ会議へ参加するための要件を事業所委員会の運営規則(Geschäftsordnung[注28]のなかで定めていること(1号)、ビデオ会議の利用について事業所委員会委員の4分の1以上による反対がないこと(2号)、第三者が会議の内容を知りえないことが確保されていること(3号)、という3つの要件を充たす場合には、上記の対面原則から逸脱し、ビデオ会議により事業所委員会会議を実施することが認められることとなる[注29]

またこのほか、事業所委員会が事業所内の労働条件等について使用者と合意(共同決定)に至った場合には、事業所協定(Betriebsvereinbarung)が締結されることとなるが、同協定については、内容の明確性の担保のため、事業所組織法77条2項により、書面化(1文)および両当事者による署名が必要となっている(2文)。かかる規定に関して、「事業所委員会現代化法」案は、新たに3文を追加し、事業所協定は電子的形式によっても締結することができ、その場合、事業所委員会および使用者は認証を受けた電子署名により署名を行う旨のルールを置くことを提案している。従来は、事業所組織法77条2項(および民法典126条)により、事業所協定を電子的形式で締結・署名することは認められていなかったが[注30]、デジタル化が進展するなかで事業所委員会の負担を軽減する観点から、これが解禁されたことになる。

Ⅳ.おわりに

以上、本稿においては、「事業所委員会現代化法」案の内容について、逐次分析・検討を加えてきた。日本においては、ドイツの事業所委員会のような従業員代表システムの整備は、労働法政策におけるかねてよりの重要テーマの一つでありつつも[注31]、いまだ実現には至っていない。もっとも、AI等のデジタル技術が進展するなかでの労使コミュニケーションの在り方については、現在、厚生労働省において検討会[注32]が設置されており、職場のデジタル化に労働者側が積極的に関与してゆくことの重要性自体は、日本でも共有されているものとみて差し支えないであろう。また、我が国の集団的労使関係における中心的アクターである労働組合にとっても、デジタル技術を活用した活動・運営のあり方(例えばオンラインでの団体交渉や組合大会、あるいは電子的形式による協約締結等)は、喫緊の課題といえよう。このようにみると、今般の「事業所委員会現代化法」案は、日・独における制度の違いを超えて、第四次産業革命(デジタル化)を契機に集団的労使関係をめぐる法政策について改めて考えてみることの重要性を、我々に教えてくれているように思われる。

脚注

注1 同法案および法案理由書については、連邦労働社会省のHP (PDF)新しいウィンドウから閲覧可能である。

注2 ドイツにおける集団的労使関係システムの全体像については、差し当たり、山本陽大 労働政策研究報告書No.193『ドイツにおける集団的労使関係システムの現代的展開─その法的構造と規範設定の実態に関する調査研究』(労働政策研究・研修機構、2017年)を参照。

注3 なお、ドイツの“労働4.0”の議論においては、労働協約システムをめぐる法政策の在り方についても議論がなされている。この点については、山本陽大 労働政策研究報告書No.209『第四次産業革命と労働法政策─“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題』(労働政策研究・研修機構、2021年)122頁以下を参照。

注4 事業所組織法の邦語訳については、山本陽大=井川志郎=植村新=榊原嘉明 JILPT資料シリーズNo.238『現代ドイツ労働法令集Ⅱ─集団的労使関係法、非正規雇用法、国際労働私法、家内労働法』(労働政策研究・研修機構、2021年)9頁以下〔植村新翻訳部分〕を参照。

注5 Vgl. IAB, Ergebnisse aus dem IAB-Betriebspanel 2019 - TARIFBINDUNG UND BETRIEBLICHE INTERESSENVERTRETUNG (Stand:Mai.2020).

注6 かかる議論の経緯については、山本・前掲注(3)報告書4頁以下を参照。

注7 BMAS, Weißbuch Arbeiten 4.0: Arbeit weiter denken, 2016, S.190.新しいウィンドウ

注8 なお、現行の従業員代表システム(特に、事業所組織法に基づく事業所委員会の共同決定権)が、雇用社会のデジタル化が進展するなかでの労働者の保護にとってどのように機能するかについては、山本・前掲注(3)報告書110─111頁を参照。

注9 詳細については、山本・前掲注(3)報告書124頁以下を参照。

注10 CDU/CSU=SPD, Koalitionsvertrag - Ein neuer Aurbruch für Europa, Eine neue Dynamik für Deutschland, Ein neuer Zusammenhalt für unser Land, 2018.新しいウィンドウ

注11 Strategie Künstliche Intelligenz der Bundesregierung (Stand:11.2018).新しいウィンドウ

注12 かかる意見表明は、11の関係諸団体から示されており、連邦労社会省のHP新しいウィンドウから閲覧することが可能である。ここでは逐一紹介することはしないが、「事業所委員会現代化法」の参事官草案について、労働組合のナショナルセンターであるドイツ労働総同盟(DGB)の意見表明は「歓迎すべきもの(begrüßenswert)」と評価しているのに対して、使用者団体のナショナルセンターであるドイツ使用者団体連合(BDA)の意見表明では「事業所組織法を弱体化(Schwächung)させるもの」との評価が示されている。

注13 なお、本文中での検討は省略したが、「事業所委員会現代化法」案は、Ⅲで挙げたほかにも、事業所委員会選挙結果の法的安定性の確保を目的とした選挙取消事由の制限(事業所組織法新19条3項)や、事業所委員会がその活動の一環として個人データを処理する場面における、データ保護法上の責任の所在の明確化、および使用者と事業所委員会相互の協力義務(同法新79a条)についても、その内容に含んでいる。

注14 通常の事業所委員会選挙手続については、藤内和公『ドイツの従業員代表と法』(法律文化社、2009年)42頁以下を参照。

注15 かかる簡易版選挙手続のもとでは、1回目の選挙集会において選挙管理委員会が選出され(事業所組織法14a条1項2文)、2回目の選挙集会において事業所委員会が選出される(同項3文)。

注16 Demir/Funder/Greifenstein/Kißler, Trendreport Betriebsratswahlen 2018, Mitbestimmungsreport No.60, 2020.新しいウィンドウ

注17 解雇制限法の邦語訳については、山本ほか・前掲注(4)書16頁〔山本陽大翻訳部分〕を参照。

注18 Vgl. Behrens/Dribbusch, Behinderung und Vermeidung von Mitbestimmung in Deutschland, WSI-Herbstforum 2019, S.19.

注19 例外として、使用者が重大な事由により解雇予告期間を遵守することなく解雇を行うことを正当化する事実が存在する場合には、解雇(即時解雇〔民法典626条〕)は可能である(解雇制限法15条3a項1文但書)。

注20 但し、解雇制限法15条3a項に基づく解雇規制とは異なり、かかる新3b項に基づく解雇規制は、労働者の一身上の事情または行動を理由とする解雇に対して及ぶものであり、経営上の理由に基づく解雇に対しては及ばない。なお、新3b項に基づく解雇規制が及ぶ場合であっても即時解雇は可能である点は、従来の3a項と同様である。

注21 但し、事業所組織法80条3項へ新2文を導入した後も、1文により従来と同様、外部専門家の招聘には事業所委員会と使用者との合意が必要となる。この点に関して、法案理由書は、かかる合意のなかで招聘に要する費用や専門家の人選について定められるべきことを指摘している。

注22 かかる様相については、山本、前掲注(3)報告書15頁以下を参照。

注23 仲裁委員会の詳細については、藤内・前掲注(14)書198頁以下を参照。

注24 ここでいう「モバイルワーク」とは、「労働者が、義務付けられた労働給付を、事業所施設の外における、自らが選択した場所、あるいは使用者との合意によって定めた場所から、情報技術を用いて履行する」ことと定義される。

注25 この点の詳細については、山本、前掲注(3)報告書64頁以下、山本陽大 JILPTリサーチアイ第54回「『テレワークの権利?』─ドイツにおけるコロナ禍での立法動向」も参照。

注26 この点については、山本、前掲注(3)報告書126頁。

注27 このようなメリットとして、法案理由書は、会議参加のための移動が不要となることで、障害者等の移動に制約のある労働者や、育児や介護に従事する労働者等も、事業所委員会委員を引き受けやすくなることを挙げている。

注28 事業所委員会は、事業所組織法36条により、委員会の運営についての規則を書面で定めることとなっている。

注29 なお、ここでみた事業所組織法30条新2項のルールは、事業所委員会会議を専らビデオ会議により実施する場合のほか、会議自体は対面で実施しつつ、個々の委員についてオンラインによる参加を認める場合にも適用される。

注30 事業所協定に関するものではないが、連邦労働裁判所2010年10月5日決定(BAG Beschl.5.10.2010 - 1 ABR 31/09)は、事業所組織法77条2項と同様に、同法76条3項4文により書面化および署名を要する仲裁委員会の裁定(Spruch)が電子的形式によって行われた事案において、同規定違反によりかかる裁定を無効と判示している。

注31 従業員代表制の整備も含めた日本の集団的労使関係システムの課題について検討を行ったものとして、労働政策研究・研修機構『様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会 報告書』(PDF:38KB)(2013年7月)を参照。

注32 厚生労働省「技術革新(AI等)が進展する中での労使コミュニケーションに関する検討会」新しいウィンドウ