労働政策研究報告書 No.209
第四次産業革命と労働法政策
―“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題

2021年3月31日

概要

研究の目的

第四次産業革命下における労働法政策のあり方について、“第四次産業革命(Industrie 4.0)”の淵源であり、これに対応するための法政策的議論の蓄積や立法動向(いわゆる“労働4.0”)がみられるドイツを分析対象として採り上げ、日本との比較法的考察を行うことで、我が国における労働法政策の現状にかかる評価と今後の課題を提示する。

研究の方法

文献サーベイ
ヒアリング調査

主な事実発見

  • ドイツでは2015年以降、“労働4.0”のタイトルのもと、第四次産業革命(デジタル化)に対応するための新たな労働法政策のあり方について、政府レベル(特に連邦労働社会省)においても検討がなされており、そこでは、職業教育訓練、特定の時間や場所にとらわれない「柔軟な働き方」の促進と保護、クラウドワーク等の「雇用によらない働き方」の保護、労働者個人情報保護および集団的労使関係が、立法政策上の取り組みを要する領域として、それぞれ議論の対象とされている。
  • このうちまず、職業教育訓練法政策に関しては、AIやロボット等の新たなテクノロジーの職場への導入に伴い人間(労働者)の役割が変化しうることから、継続的職業訓練によって新たな職業資格を獲得しemployabilityを確保しようとする労働者を失業保険制度の枠組みにおいてサポートすべきとの政策的方向性(「失業保険から、就労のための保険へ」)が、“労働4.0”の議論のなかでは示されている。そのうえで、ドイツでは、2018年の職業資格付与機会強化法および2020年の“明日からの労働”法により、かかる方向性に沿う形で失業保険制度を定める社会法典第Ⅲ編が改正され、継続的職業訓練を受ける労働者(および、その使用者)に対する助成(金)制度(82条)が拡充されている。
  • 次に、「柔軟な働き方」をめぐる法政策についてみると、ドイツにおいてはまず、かかる働き方を促進するための法政策について議論がなされている。特に、労働場所の柔軟化に関しては、2020年11月に連邦労働社会省が公表したモバイルワーク法第二次草案(以下、MW法案)では、使用者に対し(在宅テレワークを含む)モバイルワークの実施を希望する労働者との間での協議を義務付ける旨の提案がなされている。また、労働時間の柔軟化に関しては、2018年12月のパートタイム・有期法(TzBfG)改正により、期限付き労働時間短縮請求権(9a条)が創設され、これにより労働者はフルタイムへの復帰を保障されたうえで、一時的にパートタイム労働へ転換することが可能となっている。また、その一方で、ドイツにおいては、「柔軟な働き方」のもとでの労働者の健康や安全の保護をめぐる法政策についても、議論がなされている。特に、上記のMW法案は、労働時間規制の実効性確保の観点から、使用者に対しモバイルワークで就労する労働者の全労働時間の把握(記録)を義務付けるべきこと、またモバイルワークで就労する労働者が仕事のために子供を保育所へ送迎する途中で生じた災害については、労災保険制度(社会法典第Ⅶ編)による保護の対象とすべきことを提案している。一方、“労働4.0”の議論では、いわゆる「つながらない権利」に関して一律の法規制を行うことに関しては、消極的な姿勢が示されている。
  • 続いて、「雇用によらない働き方」をめぐる法政策に関しては、ドイツでは主にクラウド(プラットフォーム)ワークの法的保護のあり方という観点から議論がなされている。特に、連邦労働社会省から近時公表されている幾つかの政策文書のなかで示されている緒提案は、主に2つのベクトルから構成されている。一つは、いわゆる“誤分類(misclassification)”の防止に向けたものであり、例えばクラウドワーカーの「労働者」性(民法典611a条)に関する証明責任をプラットフォーム事業者へ転換すること等が提案されている。またもう一つは、労働者とは認められないクラウドワーカーの法的保護に関するものであり、クラウドワークのなかでも一定の要保護性が認められる場面については、従来の労働法規制の一部(あるいはこれに類似の規制)を及ぼすこと等が提案されている。
  • 更に、労働者個人情報保護法政策に関してみると、ドイツでは2018年5月以降は、欧州一般データ保護規則(GDPR)が施行されているとともに、国内法のレベルでは連邦データ保護法(BDSG)26条により、雇用関係における労働者の個人データ保護にフォーカスした規制が行われている。そのうえで、第四次産業革命下においては労働者にかかるビッグデータのAIによる分析が行われうるが、これらの規制は、アルゴリズム開発のためのデータの収集段階およびビッグデータ分析の実施段階の双方に対して、機能しうるものとなっている。
  • 最後に、集団的労使関係法政策についてみると、“労働4.0”の議論では、一方において、ドイツの伝統的な二元的労使関係システムは、第四次産業革命による雇用社会の変化(デジタル化)に対応するために既に一定の役割を果たしている(また、今後も果たしうる)こと、しかし他方で、同システムには現在なお弱体化の傾向がみられることから、連邦労働社会省を中心に、その強化に向けた立法政策上の提案が複数示されるに至っている。

政策的インプリケーション

第四次産業革命下において、新たな対応が求められる政策領域のうち、職業教育訓練、柔軟な働き方、雇用によらない働き方をめぐっては、日本はドイツとほぼ同様の問題意識のもと、同一ないし類似の政策的方向性を志向していると評価できる。また、これらの領域における個々の労働法政策の具体的な制度設計に関しては、日本はドイツに学べるところも少なくない。一方、労働者個人情報保護および集団的労使関係の領域をめぐっては、日本では、ドイツと問題意識を同じくしつつも、具体的な立法政策上の動きはいまだみられない。しかし、これらの領域に関しても今後日本で検討が求められることは必至であり、その際にはドイツ法における議論や制度設計が参考となりうる。

政策への貢献

厚生労働省をはじめ、各種政府会議で資料として活用されることが期待される。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「労使関係を中心とした労働条件決定システムに関する研究」
サブテーマ「雇用社会の変化に対応する労働法政策に関する研究」

研究期間

令和2年度

執筆担当者

山本 陽大
労働政策研究・研修機構 副主任研究員

関連の研究成果

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