JILPTリサーチアイ 第40回
自営業者の団体交渉権─EUとOECDの試み

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研究所長 濱口 桂一郎

2020年7月10日(金曜)掲載

近年デジタル化の進展の中で、これまでの労働者性判断基準では労働者とは言い難いが、その実態は限りなく雇用労働者に近いいわゆる雇用類似の働き方が増大しつつある。クラウドワークとかプラットフォームワークと言われるそうした働き方の者については、労働者保護法や社会保障法の関係でどのような保護を与えるべきかについて、日本も含めた世界各国で熱心に議論が行われている。ところが、労働法の一つの柱である集団的労使関係システムについては、これをうかつに使うと競争法違反と非難される可能性が常にある。労働者なら団結として保護されるものが、自営業者なら談合として指弾されるという状況下で、この問題にどう取り組むべきかという大問題があるのだ。

残念ながら日本ではこの問題に対する問題意識が低く、雇用類似の働き方に対する政府の対策としても、独占禁止法の優越的地位の濫用を用いようという動きが優勢である。もちろん、使えるものは使うという発想が悪いわけではないが、自営業者の保護に下手に独占禁止法を使うと、その独占禁止法が同時に自営業者の団結(談合)を厳しく禁止していることとの整合性が取りにくくなる恐れがあろう。国家権力が上から保護するのはいいけれども、自分たちで団結して守るのはけしからんというのでは、健全な社会システムの構築につながるまい。

この問題が一足早く表面化したのは、2014年12月にEU司法裁判所が出したオランダ情報メディア労連(FNV)事件(C-413/13)の判決であった。同判決はまず、労働者の雇用・労働条件を改善するための労働協約がその性質上条約第101条第1項(EU競争法の第一次法源)の適用対象とならないことを確認した上で、しかしながら、たとえ雇用労働者と全く同じ労務(本件でいえば楽器の演奏)を提供しているのであっても、サービス提供者は原則として同条同項にいうところの「企業」にあたり、労働者を代表する団体がその会員である自営業者のためにその名で交渉しているとしても、それは労働組合としての行為ではなく、企業の団体としての行為に当たると判示した。従って、自営業者の労働協約は条約第101条第1項の適用を除外することは出来ず、違法となる。ただし、もしその自営業者が実際には偽装自営業者であるなら、EU法の適用において労働者と分類することを妨げるものではなく、EU司法裁はこの「自営音楽家」の労働者性を確認せよと、オランダの裁判所に事案を返した。要するに、偽装自営業者であればいいが、そうでなければ団体交渉は違法ということである。

このように一足先に問題点が露呈していたEUでは、やはり一足先にこの問題に対する本質的な次元からの検討が始まった。去る6月30日、EUの競争総局は、自営業者の団体交渉問題に取組むプロセスを開始したと発表した。記者発表資料[注1]は、「EU競争法は団体交渉を必要とする者の道に立ちふさがらない。このイニシアティブは、労働協約を通じて労働条件を改善することが被用者だけではなく保護を要する自営業者にも確保されることを目指す」と述べ、既に始まっているデジタルサービス法の一般協議の、「自営個人とプラットフォーム」の項に意見を出すように求めている。これと並行して労働組合や経営団体とも協議を行うとのことである。

競争政策担当のマルグレーテ・ヴェステアー副委員長の言葉が、その問題意識を明瞭に示している。曰く、「欧州委員会は、プラットフォーム労働者の労働条件の改善にコミットしている。それゆえ、団体交渉が必要な者がEU競争法に違反する恐れなくそれに参加できるようにするプロセスを開始したのだ。競争法は労働者が組合を結成するのを止めないが、近年の労働市場では「労働者」概念と「自営業者」概念は境界が曖昧になっている。多くの個人が自営業としての契約を受入れざるを得なくなりつつある。我々はそれゆえ、労働条件の改善のために団体交渉する必要のある人々に明確さを与える必要がある」と。7月9日時点ではまだ雇用社会総局からの動きは見られないが、この問題は労働法と競争法の二領域をまたいで包括的に解決すべき大問題であるから、その行方が注目される。今のところ、今秋には選択肢を提示する影響評価報告を公表し、一般協議に移る予定とのことである。

こうした動きを後押ししているのは、経済協力開発機構(OECD)の動向である。2019年11月に公表されたOECD報告書『Negotiating Our Way Up - Collective Bargaining in a Changing World of Work(我らの道を交渉で拓く─変化する仕事の世界における団体交渉)』[注2]は、変化する労働市場で集団的労使関係の果たす役割を高く評価しているが、その中で「特定の自営業又は産業/職業を団体交渉の禁止から免除する」という項があり、偽装自営業者ではなくても、力関係で従属的な自営業者もカルテル規制から免除することを示唆している。また同年7月に公表された『OECD雇用見通し2019』[注3]も、第5章の「仕事の未来に直面:団体交渉をいかに最大限活用するか」において、同様の提起を行っている。この問題は今や、先進世界共通の課題になりつつあるのである。