JILPTリサーチアイ 第32回
新時代の高齢者の「生きがい的就労」

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人材育成部門 統括研究員 中山 明広

2019年4月10日(水曜)掲載

「令和」は人口減少と高齢化の進む時代である。令和35(2053)年には我が国の総人口は1億人を切り、65歳以上人口比率は38%台になると推計されている。このような社会が活力を維持していくためには、高齢者ができる限り長く、健康でいきいきと活躍することが不可欠であることは議論の余地はないだろう。

高齢者の社会参加、とりわけ就労は、①健康寿命の延伸を通じて、医療や介護の費用が減少、②働き手の増加が経済成長の源泉となり、税収や社会保険料収入が増加、といった作用を通じて高齢化(長寿化)に伴う社会的コスト圧力を緩和し、経済社会の活性化を可能とする。

「意欲・能力」、「経済的余裕」に応じた就労の形態と支援策

図 「意欲・能力」、「経済的余裕」に応じた就労の形態と支援策を表した図

高齢者の「生きがい的就労」(経済的余裕があり就労して収入を得る必要のない層が、もっぱら生きがい、健康確保等のためにする就労)の意義を考えるに当たり、X軸を「経済的余裕」、Y軸を「就労に係る意欲・能力」とし、経済的余裕がなく通常の生活をするために就労を通じて所得を得ることが必要である状況を原点より左側、就労に必要な意欲・能力の水準を原点より上として、4つの象限に分けて考えてみる。

高齢者については、それまでの職業生活で資産を形成することができ、家族の独立等によって生計維持に必要な金額が低下する場合もあり、経済的余裕のある層が一定程度存在することから、このような基準を設定する。

まず左上の第2象限、経済的余裕は無く、就労に係る意欲・能力はある層である。高齢者に限定しなければ多くの労働者はこの範疇に属するのではないかと思われるが、一定程度の収入を得る必要があることから、企業での雇用を中心にハローワーク等による幅広いマッチングが有効な層と言える。

左下の第3象限は、経済的余裕が無く、就労に係る意欲・能力も不足している場合である。ここは職業訓練等によって意欲、能力を高めて第2象限にシフトさせ(図中C0からC1)、収入を得られるようにすることが急務であるが、高齢者の場合は、各種社会保険や生活保護等のセーフティーネットを活用し、経済的余裕がない状態をギリギリのところで食い止めることも必要である。

右上の第1象限は、経済的余裕があり、意欲・能力もある場合であるが、経済的余裕がある程収入を確保する必要性は薄れ、多様な働き方が可能となり、マッチングが課題となる層である。

そして、右下の第4象限である。経済的に余裕があり、就労意欲・能力は十分でない層である。趣味、社会貢献等目的を持って生活しているのであれば問題はないかも知れないが、仮にそのような目的がなく、テレビばかり見ているような健康的とはいいがたい生活をしている高齢者がいるとすれば、まさにそのような層こそが、就労等社会参加によって、やりがい生きがいを感じ、心身ともによい状態が保たれることによって、健康寿命の延伸を通じ、医療や介護費用の削減が期待できるのではないか。冒頭の①に示した作用であるが、正に「生きがい的就労」の産物、意義と言える。

図の中では、このような「生きがい的就労」の推進策として、2つの矢印を示している。①は啓発等によって就労に対する意欲や能力を引上げ、第四象限にいる者を第一象限にシフトさせるものである(A0からA1)。②は、業務の切出し等によって就労に必要な能力のレベルを引き下げるもので(体力をイメージすればわかりやすい。短時間勤務、作業負担の軽減等によって、当初就労できる水準を満たさない体力の低下した高齢者(B、A2)の就労が可能となる。)、図の中では、第一象限を第四象限方向に拡張する(原点が下方にシフト:0から0')作用としてとらえることが可能である。

さて、JILPTでは、2017、18の2年度にわたり15の地方自治体等にヒアリングを行い、資料シリーズ198「高齢者の多様な活躍に関する取組」及び同212「高齢者の多様な活躍に関する取組Ⅱ」をとりまとめた。

これらは、いわゆる「生きがい的就労」として、体力的負担が大きくなく、関心が持てる(やりがいが感じられる)仕事があれば働いてもいい(無理してまで働く必要は無い)と考える高齢者たちをメインターゲットとして、これらの者を就労につなげるために、就労に対する意識と現実にある就労機会とのギャップをどのように埋めていくかという観点から、各自治体等取組の好事例を整理したものである。

この中ではギャップを埋めるための取組を高齢者の意識を仕事に合わせる(就労の現場に向けさせる)取組と就労機会を高齢者のニーズ、事情に合わせる取組の2つに分類しているが、前者のセミナー等を通じた意識改革、専門知識の付与等は、図の①の矢印、後者の職務の切出し、ワークシェアリング、作業負担の軽減等を通じて、仕事の中味を高齢者に合わせる取組は図中の②に相当するものである。

これらの取組のうち、特に後者の取組は図の左半分の収入を得る必要性の高い層に対してはどのような意味を持つのか。収入を得る必要性という意味から職務の切出し、ワークシェアリング等所得の減少につながるような取組は必ずしも有効ではないかも知れない。一方、作業負担の軽減(就労環境の改善等)は、体力の低下した高齢者にとって就労へのハードルを下げ(必要とされる能力のレベルを引き下げる)、新たに高齢者を掘り起こすという意味においては、右側の第4象限と同様に有効であり、高齢者の就労への必要性のレベルの如何によらず、企業によるこのような取組及びそれを促進する政策は十分に意義があると言って良い。とりわけ、冒頭の②の作用として示したように、労働力確保の点から高齢者の就労を促そうとするに当たっては、有効な方法であるのではないか。

高齢化の主たる理由は長寿化と少子化である。年齢に関わりなく活躍でき、長寿を文字通り言祝ぐことのできる時代となることを期待したい。