JILPTリサーチアイ 第30回
多様な形態で働く雇用者に対する「的確な処遇」の推進について─JILPT資料シリーズNo.202から

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特任研究員 浅尾 裕

2019年2月20日(水曜)掲載

はじめに

労働政策研究・研修機構(JILPT)では、雇用されて働く人々の雇用・就業形態の多様化の実態とその推移を把握する一環として、厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(以下「多様化調査」という。)の個票データを再集計させていただき、統計的な基礎データとしてとりまとめてきている。これまで、3~4年ごとに新しい調査が行われ、そのデータが利用可能になるたびに再集計を実施し、累計で4回行ったところである。そのうち最新のものが、平成29年度において実施し、平成30年(2018年)3月付けで公表したJILPT資料シリーズNo.202『厚生労働省「多様化調査」の再集計・分析結果─雇用の多様化の変遷(その4)/平成15・19・22・26年調査─』である。この小論は、その中からいくつかの結果データを紹介しつつ、多様な形態で働く雇用者に対する処遇の問題について、研究者としての筆者個人の考えの一端を述べたものである。なお、この小論で詳細なデータをすべて提示することはできないので、関心をもたれたものがあれば、資料シリーズNo.202をご覧いただければありがたい。

データでみた処遇格差

「多様化調査」で調査されている項目に関して、いわゆる正社員に対する処遇格差をみると、月額賃金の水準をはじめとして、社会保険や退職金、賞与、昇進・昇格、教育訓練制度、福利厚生施設の利用など各種制度の適用割合に概ねかなりの格差がみられる。

たとえば月額賃金について、標準的な説明変数を用いた素朴なOLSによる賃金関数を推計して、一応属性をそろえたうえでの賃金格差を計測すると、平成26年調査データで正社員を100として契約社員は85.8、パートタイム労働者(以下「パート」と略す。)は68.4などの水準にとどまっているとの結果であった。

しかし一方、その標準的な回帰式モデルに、「多様化調査」で調査されている事業所のそれぞれの雇用形態活用理由など雇用管理のあり方の違いを示すと考えられる説明変数を追加し、さらに産業や職業を特定するなどより職場の実態に近づくようにして計測してみると、その格差は縮小して析出される。とりわけ、情報通信業の専門的技術的職業に従事する契約社員は正社員と遜色ない月額賃金水準にあるとの結果となった(資料シリーズNo.202の第Ⅱ部第3章参照)。

また、各種制度の適用格差に関しても、パートについてそれぞれの制度を事業所が適用している要因について解析しても、活用理由がかなり有意に効いていることが析出された(資料シリーズNo.202の第Ⅱ部第4章第2節参照)。

このように、賃金や各種制度の適用状況の表象に格差が認められるとしても、その背景には、企業の雇用管理面からそれなりの理由がある場合も少なくないということが示唆されていると考えられる。

働く人々の満足度を窺う

一方、正社員以外の多様な形態で働く人々の側においても、その形態を選択した理由にはいろいろなものがあることも周知のことであろう。その理由も、働く人々が置かれている時どきの事情・条件の下で変化することも考えられる。ちなみに今回の集計において、年齢や配偶者の有無、末子の年齢によって、擬似的にライフステージを設定し、それ別に形態選択理由を集計してみた。図1-1図1-2はその一端をグラフにしたものであるが、ここでの詳述は省くものの、ライフステージによってもかなり変化することがみてとれる(資料シリーズNo.202の第Ⅰ部第5章の5-3参照)。

図1-1 ライフステージ別雇用就業形態選択理由(MA)─女性・契約社員─(グラフ)
注:平成26年調査の結果である。

図1-2 ライフステージ別雇用就業形態選択理由(MA)─女性・パート─(グラフ)
注:平成26年調査の結果である。

就業の理由が違えば、それによって働く人々における雇用管理上のニーズも重点が変化するといえる。そこで、形態選択理由と企業(事業所)のさまざまな雇用制度の適用の有無とをクロスして集計した(資料シリーズNo.202の(巻末)付属集計表34-1及び同34-2参照)。図2はその一端を示したものであるが、女性の契約社員とパートについて、制度適用の有無計での仕事に関する項目別及び職業生活全体としての満足度スコア(図2標題下の括弧内参照)と、それぞれの制度の適用がある人の満足度スコアを対比している。たとえば女性パートの「賞与支給制度」についてみると(図2の(2)-1)、適用有無計(以下単に「計」という。)では0.15である「賃金」の満足度スコアが、適用ありでは0.17に若干ではあるが高くなっている。それと同時に、賞与支給制度があることは「雇用の安定性」が高いことも示していると考えられ、その満足度もかなり高くなっており(計:0.49/適用あり:0.62)、さらには「職業生活全体」の満足度スコアもかなり高いものになっている(同0.43/0.52)。また、「福利厚生施設の利用」についてみると(図2の(2)-2)、直接関係する「福利厚生」の満足度スコアは適用ありの方が3倍以上の値になっている(同0.15/0.52)。ただし、ここでは「職業生活全体」の満足度スコアは計と適用ありとは同じとなっている(いずれも0.43)。これは、「福利厚生」以外の項目をみて、人事評価・処遇面や賃金面で「福利厚生施設の利用」のある事業所において問題を抱えていることなどが、「福利厚生」での満足度の高さ帳消しにしているといったことが窺われる。

図2 各種制度の適用がある場合の満足度(満足度スコアの平均値)─女性─(平成26年調査結果)

(満足度スコア:満足=2、やや満足=1、どちらともいえない=0、やや不満=-1、不満=-2の得点を与えて平均)

6つのグラフ
図2の(1)-1 契約社員/賞与支給制度
図2の(2)-1 パート/賞与支給制度
図2の(1)-2 契約社員/福利厚生施設の利用
図2の(2)-2 パート/福利厚生施設の利用
図2の(1)-3 契約社員/自己啓発援助制度
図2の(2)-3 パート/自己啓発援助制度
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「的確な処遇」へ─役割期待の明確化と相談できる仕組みと雰囲気

いわゆる正社員と、それ以外の多様な形態で雇用されて働く人々との間にさまざまな処遇格差がみられ、その中には現状において「大きすぎる」と思われるような格差もみられることは否定できない。そのための対応の方向として「同一労働同一賃金」ということがいわれることが多いが、それとともに筆者は、上述のデータでもその一端が示されているように、多様な形態に起因し、その背後にある事情に基づくニーズに対応した「的確な処遇」を行うとの考え方が重要であると思われる。

「同一労働同一賃金」という場合、何をもって「同一の労働」というのかが問題となる。従来のパート労働法で確立され、昨年成立の「働き方改革関連法」にも反映されているように、我が国の場合、職種や職務の同一性のみをもって仕切ることは適切ではないと思われる。詳論する余裕はないが、筆者は、賃金をはじめとして企業が提供する処遇(待遇)には、個々の従業員の企業における「役割期待」がベースとなっていると考える。そこで、もっとも重要な課題となるのは、これまで必ずしもその「役割期待」が明確にされてこなかった多様な形態で働く従業員についても、「役割期待」の明確化と価値付けを行う努力がなされることであると思われる。

そうした「役割期待」に基づき、賃金体系やそのほかの処遇、福利厚生制度が整備されることが「的確な処遇」へとつながるものといえるが、その際それとともに、従業員が個々の事情の変化に応じた就業ニーズの変化に関して、特段の不利益を被る恐れなく相談できる仕組みと実際に相談しやすい雰囲気を構築することも重要であるといえる。

過去の再集計結果の報告書

  1. JILPT労働政策研究報告書No.68『雇用の多様化の変遷:1994~2003』(2006年)
  2. JILPT労働政策研究報告書No.115『雇用の多様化の変遷Ⅱ:2003~2007─厚生労働省「多様化調査」の特別集計より─』(2010年)
  3. JILPT労働政策研究報告書No.161『雇用の多様化の変遷〈そのⅢ〉:2003・2007・2010─厚生労働省「多様化調査」の特別集計より─』(2013年)

※その時どきに関心のあるテーマに関する分析が行われており、各回それぞれ独立した内容となっている。JILPTのホームページによりご確認いただき、関心のあるテーマがあれば是非閲覧いただきたい。