JILPTリサーチアイ 第7回
雇用システム・プロジェクトとJILPTの調査研究

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JILPT相談役 草野 隆彦

2015年1月16日(金曜)掲載

「雇用システムと法」プロジェクトの立ち上げ

最近、労働政策が大きな転機を迎えている。デフレ経済からの脱却が至上命題となる中で、政府の再興戦略は「行き過ぎた雇用の維持から円滑な労働移動へ」の政策転換を提唱し、最近は、政府主導により、賃上げや長時間労働の是正、高収入専門職に係る労働時間の特例の導入などが矢継ぎ早に打ち出されている。

こうした転機に当たって、労働に係る調査研究の在り方も問われる。当面、JILPTでは行政の諸課題に応じ、政策的な情報・知見を迅速に提供することが喫緊の課題であるが、他方、中長期的な観点から基礎的な研究を行うことも重要な使命である。

その一つとして、今年度から菅野和夫理事長の主導により、「雇用システムと法」プロジェクトを立ち上げている。今後のJILPTの調査研究の体系と任務を見つめ直すことでもあるので、その一端を紹介しよう。

同プロジェクトは、平成26年度からの3年間を集中期間として、日本の雇用システムを中心的なテーマとして掲げ、次のような事項について調査研究を行うこととしている。

  1. 日本の雇用システムの近年の変化を「日本的雇用システム」を軸に多面的に把握・整理すること。
  2. 雇用システムと法政策の相互作用を観察し、雇用システムの実態との関係における法政策の機能と課題を抽出すること。
  3. 上記変化の状況を踏まえ、日本の雇用システムの課題と政策的含意を探ること。

このプロジェクトでは、日本の雇用システムの動向を把握するため、次項で述べるように、「日本的雇用システム」を中心に据えている。また、雇用システムと法政策の関係を描出する手法として、主として、二つのアプローチを念頭に置いている。

第一は、Contemporary approachであり、現代の経済社会における両者の相互作用、すなわち、経済社会の動向及びそれに応じた雇用システムと労働政策の相互作用の様相である。これらの相互作用の子細な観察を通し、転換期における雇用システムの変化の方向性やそこでの法の役割など、有用な政策的知見を見つけていきたい。

第二は、Transitional approachであり、現代の経済社会の累次の大きな変化の中での相互作用の変遷を描き出すことである。それによって、労働政策に関する時代の大きな流れを把握し、現在の地点を確認するとともに、政策の意義や今後の方向を考える参考となる知見を提供したい。

こうした方法を念頭に、概括的スケジュールとして、26年度を中心に「雇用システムの変化を鳥瞰する作業」(主としてバブル崩壊以後の動向)と「労働法・政策の変化と課題を整理する作業」(主としてTransitional approachによる労働政策の変遷)を進め、27~28年度を中心に、雇用システムと法政策の相互作用(主としてContemporary approach)及び今後のシステムの方向性と法政策に係る課題及び政策的情報・知見の提示を行っていくこととしている。

「日本的雇用システム」を中心に据えた問題意識

このプロジェクトでは、長期雇用を核とする「日本的雇用システム」を軸に据えて、日本の雇用システム全体の動向を探ろうとしている。

いわゆる「日本的雇用システム」は、周知のように、長期雇用、年功的処遇、企業別組合を要素とする日本の大企業に典型的に見られる雇用システムとされるが、その中核は、企業における中核人材の長期的な育成活用と労使の利害共通による協力関係にあると言えよう。

同システムは歴史的、段階的に形成されてきたが、特に、石油危機の克服によってシステムとしての完成度を高めた。判例や政策もこうしたシステムを法・制度面から支え、企業を超えた法政策体系にまで昇華した。また、これを補う仕組みとして、春闘による賃金決定方式や三者構成審議会による政策決定の仕組みが発展し、1980年代を頂点として「雇用安定社会」というべき日本の雇用・労使関係全体のあり方を形成した。

その後、同システムは、グローバル化や少子高齢化の進展などの環境変化や、アジア通貨危機、世界金融危機などの国際経済変動、市場主義的規制改革や市場の弱者への社会政策などのなかで、様々な修正を受けてきた。そして最近は、経済活性化の観点から、正規労働者と非正規労働者間の処遇格差、個性ある人材の不足、長時間労働、内部市場の閉鎖性と外部市場の未発達などの点で懐疑的な意見が出されている。

しかし、他方では、同システムは、雇用の安定と長期的な人材育成、安定した労使関係、従業員の積極的な協力・貢献などのメリットのゆえに現場労使の支持を受け、今日まで賃金・処遇制度を中心に様々な修正を施されつつ、大枠は維持されている。JILPTの調査によっても、依然高い支持があり[注1]根強い持続力を持っている。

そもそも、雇用システムの典型には、内部市場型と外部市場型があるが、それぞれメリット・デメリットがあり[注2]一概に優劣を論ずることは困難である。また、雇用システムの背景にある国ごとの歴史的経緯や価値観・文化的要素も無視できない。現在のところ、各国の様々な雇用システムは、それぞれ環境への適応を進めている状況であり、必ずしもグローバル化に適した一つのシステムへと収斂しつつあるわけではない[注3]

実際、内部市場型である日本の雇用システムもグローバル化や市場化などの環境に適応すべく、企業統治改革、成果主義的処遇の導入、職員階層の多段階化、働き方の多様化などの取り組みを開始しており、同システムは大きく変容し分化していく可能性がある。また、労働市場は、外資系企業、ベンチャー企業なども有力な一角を占め、「日本的雇用システム」だけでないマダラ模様を呈しつつある。

このように先の方向が見えにくい状況のもと、政策的調査研究として、諸外国の雇用システムや政策動向を参考としつつ、「日本的雇用システム」を軸に、わが国の雇用システムが環境変化へ適応しつつ修正されている状況と、そこにおける法の役割を子細に観察し、その中から何らかの法則性や方向性を見出し、政策につなげることが肝要であると考えている。

こうした変化の様相と方向、特に、雇用システムの修正が進む中で、何が維持され、何が変わっているのか、その結果、雇用システムの全体像はどうなっているかを、プロジェクトの調査研究を通して明らかにし、その延長に政策的な含意や雇用の未来像に関するヒントを見出していきたい。

JILPTの調査研究の体系と課題

今般のプロジェクトの実施は、労働問題が大きな転機を迎える中で、JILPTの調査研究の体系と課題を見つめ直す試みでもある。

JILPTは独立行政法人となって以来、第三期を迎えている。これまでの調査研究は、主として、若年者、女性、高齢者、非正規労働者など供給側である労働者の就労・キャリアの問題を中心に、労使関係、労働時間などの問題に注力してきた。今後も、これらの供給側の諸課題についての研究を継続する重要性は言うまでもない。しかし、雇用システムを軸に、あるべき体系を展望すると、次のような課題が浮かび上がってくる。

第一に、需要側である企業の内部市場・雇用システムに係る研究は、例えば賃金・処遇制度の変化の把握など、第二期以後、必ずしも十分な成果が上がっていない。雇用システムの動向は、上記のように今後の労働政策全般にわたって、その在り方を左右する大きな問題であり、今般のプロジェクトに係る調査・研究を契機として、中軸に据え、継続・強化していく必要がある。

第二に、これまで雇用システムの外部に置かれて、必ずしも十分な研究が行われてこなかった分野として、外部労働市場の具体に関わる領域がある。政府の再興戦略は、産業の新陳代謝や成長分野への「失業なき労働移動」を掲げ、ミスマッチ解消や外部市場の機能強化を提唱している。これらの政策を実効あるものとするには、極めて複雑・輻輳している外部労働市場の実態を踏まえた具体戦略が欠かせない。

第三に、グローバル化が進む中で、わが国の雇用システムの位置を確認しつつ政策を進めるには、諸外国の雇用システムの実態と政策動向の把握や比較に係る調査研究は益々重要性を増す。また、今後のフロンティアとなる調査研究(地域におけるNPOなどの社会的な取り組み、プロフェッショナルの新しい自律的な働き方、高齢者の新しい就労形態、事業組織の変化と労働法、これらについての海外の先進的取り組みなど)にも配慮する必要がある。

以上を踏まえると、今後の調査研究の体系として、図のような「労働者」、「内部労働市場」、「外部労働市場」の三つの視点・領域を核とし、諸外国に係る調査研究や、周辺の社会保障制度、今後のフロンティアに係る調査研究を配した構図が浮かび上がる。これらは、それぞれ固有の性格を持つとともに、相互に関連し合い労働問題全体を構成している。

また、近年、労働問題は、非正規労働対策、外部労働市場の機能強化、ミスマッチ・労働配分対策など複雑かつ構造的な様相を呈しており、幹となる基礎研究の上に、関連分野の政策を含め、複眼的に問題を捉える必要性が高まっている。

政策貢献を旨とするJILPTとしては、上記の領域に関する体系的・継続的な調査・研究を通してベースとなる情報・知見を蓄積するとともに、その上に、複眼的な視点に立つ応用研究や行政からの要請研究などを行っていくことが求められよう。

労働政策は、労使間や三者構成の下での協議をはじめとする幅広く活発な議論のなかで、エビデンスに基づき立案されることが望ましい。そのために、政策的情報・知見を提供するJILPTの役割は重要性を増している。独立行政法人として、絶えざる自己省察の上に立って、信頼できる情報・知見を適切に提供し、労働問題の広がりと深み・厚みを提示していきたい。

注1 JILPT「第6回勤労生活に関する調査」(2011年)によれば、「終身雇用」を支持する者の割合は過去最高の87.5%で、「組織との一体感」「年功賃金」を支持する割合もそれぞれ、88.1%、74.5%と過去最高の高水準となっている。また、JILPT「今後の産業動向と雇用のあり方に関する調査」(2010年)によれば、7割前後(100人未満65%、100人~300人未満約70%、300人以上75%)の企業が「長期安定雇用」は「メリットの方が大きい」と回答している。

注2 ピーター・キャペリ「雇用の未来」2001年によると、内部市場型には、雇用の安定、相互的な信頼と貢献、活発な教育訓練投資などのメリットがある反面、組織的拘束、転職の困難性などの問題がある。また、外部市場型には、経営の柔軟性(解雇・リストラの容易さなど)、明確な契約内容などのメリットの半面、コア社員維持、社員のコミットメント確保、固有スキル開発に問題を抱えていることが指摘されている。

注3 国ごとの多様性と同時に、国の内部での多様性を指摘する見解(青木昌彦『コーポレーションの進化多様性』、宮本光晴『日本の雇用と企業統治の行方』など)も有力である。