1998年 学界展望
労働調査研究の現在─1995~97年の業績を通じて(8ページ目)


おわりに

八代

最後に全体の印象というか、これから期待したい調査研究などについて触れていただければと思います。

松繁

私の担当した分野では、「自営化、個業化」が社会全体でどれぐらい進むかを今後調べていく必要があると思いました。それは成果主義の問題ともかなりかかわります。これらの点は幾つかの研究で認識はされたのですが、今後具体的にどう対応していくかは、まだ十分に明らかにされていないと思います。

もう一つの視点として重要なのは、テクノロジーの問題です。テレワークなどがどこまで増加発達して全体に影響を及ぼすかわかりませんが、ハード技術が変わったときに雇用管理というのがどうなるかを注目しておく必要があると思います。

女性に関しては、どの段階でどういう働き方をしないと将来のキャリアが出てこないかをもう少し見ていく必要があるということ、それから、家庭内の仕事の中身の問題ですね。

さらに、いろいろな要素が絡まって、競争が激化し労働時間が長期化するおそれがある。労働者の生活そのものが豊かになり人生を楽しめるようになればいいのですが、所得が上がり仕事の量も増えるが生活そのものは豊かにならないという問題が起きる可能性があるようです。それへの対処を規制で行うかどうかというのは大きな問題ですが、何らかの新しいメカニズムを社会の中に組み入れる必要があるような予感がします。

八代

生涯労働時間という概念もあって、人生のある時期はお休みして、リフレフシュしてまた働くとか、そういう議論もありますから、労働時間の問題というのは、これから本当に重要になってくると思いますね。

佐藤

私は中小企業や未組織のところの話を担当しましたけれども、印象として強いのは、日本の中小製造業の将来があまり明るい材料がないということ。それから労働供給が町工場をはじめとする小さな製造業に流れにくくなっているのがかなり深刻な問題であるということです。

そういう状況の中で、一方では国際環境が厳しくなってくるという逆風状況があり、組織率も下がってくる。労働条件を改善していく母体が一方でなくなってくるという状況です。その辺、もう少し中小企業の労務管理や労使関係について実態を把握する必要性があると思いました。

それから、労働組合の長期的な傾向からいくとかなり深刻な問題で、ここで出てきているような従業員組織のようなものをもう少し積極的に評価していく面も必要になってくるのかなというような印象を持ちました。

したがいまして、このような労使関係にかかわる傾向を、先ほどの松繁さんのご指摘にあった規制のあり方に絡めてみますと、政府による公的規制に加えて、労組による規制もありうるわけですね。つまり、一方で企業競争力を維持・向上させる動きと、他方で労働者の雇用・労働条件を維持・向上させる動きとが、どこでどのように折り合うのか、あるいは折り合わないのか、ということですね。規制のありかたとその主体としては何が望ましいのか。公的規制なのか、労組による規制なのか。それとも個々人の自助努力によるのか。討議でも出されましたが、中小企業セクターでは伝統的に自助努力による解決が主流であったわけですが、昨今の雰囲気からしますと、大企業セクターの今後をある意味で「先取り」している可能性があるわけです。いずれにせよ、このあたりが今後の環境変化に照らして、とても重要な研究課題となってくるように思います。

八代

全体的な印象として、私はホワイトカラー関係のところを担当して、他のところも含めて、調査の技法について、たとえば新聞広告で女性の退職した総合職を調査するとか、「高齢化、中途採用、職業資格と労働市場」のところでも、かなり対象を絞り込んで調査を実施しており、いろいろと工夫がなされているという印象を持ちました。

今後の課題としては、パネルデータの整備が重要になるという印象を持ちました。ホワイトカラーの昇進についても企業内の職業経歴というのが一種のパネルデータなわけですけれども、こうしたデータを蓄積する必要があります。

もう1点は、お二人のお話をうかがっていて感じたのは、成果主義というのが一つのキーワードになっていて、それと労働市場の流動化が絡むかもしれない。あるいは成果主義と労働組合の問題が絡むかもしれない。成果主義と労働時間の問題も絡むだろう。成果主義が強まれば労働時間が長くなるかもしれない。だから、成果主義というのは、規制緩和や、国際競争との関連でこれから議論されていくと思いますけれども、それがいい側面だけではなくて、労働者の生活や労使関係にしわ寄せがいくとか、そういう側面も無視できないわけで、そういうことを含めて成果主義について、注目していきたいと思いました。

以上で、学界展望を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。