1998年 学界展望
労働調査研究の現在─1995~97年の業績を通じて(6ページ目)


5. 女性労働問題

論文紹介

松繁

女性労働問題は均等法が施行されてから10年以上たったことと、将来的な労働需要の逼迫に関して、高齢者か、女性か、外国人労働者に頼らざるをえないという背景から、注目されています。もちろん、差別があるかどうかという人権の根本にかかわる問題もそれ以前の問題としてあるわけです。私は労働経済学を勉強してきましたから、これまでなされてきた調査がどのように労働経済学の理論的な問題とかかわっていて、何が明らかにされて、何が明らかにされていないかを議論してみたいと思います(図1参照)。

図1 職場の男女間格差

  • A 職場または家庭において、男女間で仕事を完全に代替することが不可能な場合
  • B 職場または家庭において、男女間で仕事を完全に代替することが可能な場合
    • B-1 積極的差別
    • B-2 消極的差別
    • B-3 統計的差別
    • B-4 因習的差別

まず、議論の最初の分かれ目は、男女間の労働が職場においても、家庭にもおいても、完全に代替可能かということです。

代替が不可能であるということですと、これは話が簡単でして、比較優位の議論によって分かれていくということになるわけです。たとえば、会議は、企業側の理由により、ある時間にしか設定できない。それに出席することが昇進とか仕事をこなしていくことの重要なポイントにもかかわらず、家庭があるからそこには参加できないという状況があるかもしれない。それぞれの家庭と仕事においてクルーシャルなポイントがあって、両方を満たすことが不可能ということだったら、これは夫婦のどちらかが家庭に特化して、どちらかが仕事に特化していくという問題が起きてくるわけです。それが完全代替であるかどうかということの一つの分かれ目だと思うんです。

ただ、比較優位だけでは性的分業が一般化するとはいえない。なぜならば同性間でも差がある。要するに、相対的に家庭に向いている男性がいて、相対的に仕事に向いている女性がいると、これは結婚しても女性が仕事に特化して、男性が家庭に特化するということでいいわけですから、比率としては女性が家庭に特化している可能性は高いんだけれども、何%かは女性が仕事に特化しているケースが出てきてもいい。しかし、現実はこれほどクリアに女性が家庭に特化し、男性が仕事に特化しているケースが多いわけです。したがって、クルーシャルな仕事がそれぞれ仕事と家庭にあって、それが性と結びつくということがはっきりわからない限りは、明確な分業が起きるメカニズムは説明できない。ですから職場での仕事の内容と家庭での仕事の内容というのをきちんと見ていく必要がある。

結婚の経済学など、家庭内分業の議論はたくさんあるのですが、具体的に家庭の仕事の中身や、家事労働の中身、育児の中身というものをきちんと分析する必要があるのではないかと思います。

一方、全く同質であって、職場または家庭で男女が完全に代替ができる場合でも、差別が起きる可能性があります。そのうち一つは積極的な差別、これは人権にかかわる問題です。要するに、女性は雇いたくないので雇わない。

2番目は消極的な差別というか、意図的に差別しているのではないが、女性をどう扱ったらいいかわからないので、とにかくリスクを避けようという態度です。

3番目は、労働経済学者がよく使う統計的差別です。個々の女性はたしかに働きたい人もいるし、働きたくない人もいる。しかし、平均すると女性のほうが離職する可能性が高いので、企業は女性を適切に訓練しないし十分に処遇しない。そういう結果を見ていて、女性は一生懸命やってもむだという意識を持つことになり、労働のインセンティブが落ち、その結果離職していくという悪循環が起きる。これが統計的差別の理論です。

それから4番目は、ゲーム理論から出てきているのですが、社会がある方向に流れ出すと、そちらに行ったほうが無難になってしまうのが慣習化してしまうというものです。典型的な例は右側通行でも、左側通行でもいいんだけれども、みんなが右側を通っている限りは右を通ったほうが無難であると。そうすると人は右、車は左というものができてしまう。世界的に見れば、逆のケースもあるわけで、どちらでもいいわけですね。ただ、そうなってしまってから、そのままにしておいたほうがいいという状況が起きてしまうというわけです。このメカニズムが男女の分業にあてはまる。

論文1.日本労働研究機構『女性の職業・キャリア意識と就業行動に関する研究』

まず最初に挙げようと思うのは、日本労働研究機構(報告書No.99、1997)です。これまで職場での女性の問題は結構扱われてきたけれども、結局、統計的差別にしても家庭の問題が悪循環を生むもとになっている。性的分業で何か性的にクルーシャルな問題が家庭または職場にあるという状況が起きているかどうかを検定しないといけない。そうすると働いていない女性のケースを考えざるをえない。

それから、働いている人だけを見ると働いていない人が除かれてしまうわけです。結果的に働くことを選択するような特性を持った女性だけを見ていることになる。全体像をとらえるには、働いている人と働いていない人の両方を含んだ分析が必要になります。そういう意味で、この調査は画期的だと思います。ただ、意識調査にとどまっていて、役割分担に関する詳細な分析はまだなされておらず、さらなる分析が必要な点も残されています。

もう一つ、どう人を扱うかによって、その人の選好や意識などが変わるという側面に注目していることが、この調査の重要な点です。要するに、適切に処置すれば、女性もどんどん働くインセンティブを持ち、有能な女性が現われてくるということで、この視点から仕事をする前の意識と仕事をした後の意識の変化、仕事を継続した理由、継続しなかった理由を聞いています。

会社内の慣行や処遇のあり方が、女性のその後の就業にかなり強く影響することがわかっており、やり方さえ変えれば男女の格差というのは縮まっていく可能性がある。統計的差別に関して言えば、やめるから雇わないというチャネルを少し緩めることができる可能性を示していると思います。

論文2.日本労働組合総連合会『女性総合職退職者追跡調査報告』

次に挙げるのは日本労働組合総連合会(1996)です。これは総合職で働いていて離職した人(115名)を対象にした調査です。新聞各紙や個人的な関係によって調査対象者を募集する形をとっています。普通やめた人は、非常にトレースしにくいので調査が行われないのですが、やめた人がなぜやめたかという理由を探ることが状況を改善するには一番重要です。この点で、この調査は意味があります。

いろいろな理由があって、実は男性と同じように働きたいんだけれども、体力面に問題があったとか、残業についていけなかったとかということも明らかになっています。それから、子供を生むときは仕事をあきらめざるをえないという答えが多い。すると、保育所の施設が必要だという結論が出る。性的な分業の問題を、他の制度で解決できるかどうかという疑問にある程度答えています。

それから、先ほどの消極的差別の問題とかかわるところですが、上司の取り扱い方が男性と違っていたことが離職する理由になったということも指摘されています。

論文3.連合総合生活開発研究所『女性労働者のキャリア形成と人事処遇の運用実態に関する調査報告』

3番目は、連合総合生活開発研究所(1996)です。この調査の一つのポイントは、勤める間の質的な変化をとらえようとしたことです。判断業務があるかどうかとか、定型的補助的業務からの変化をとらえています。また、ここでも、入社後に経験した職場と仕事、上司の指導の仕方、教育を受ける訓練の機会の差が能力差を生むこと、すなわち処遇の問題が扱われています。やりがいや面白さを経験したために仕事を続けてきたという人が約37.5%いることも指摘されています。やり方によって人の意識は変わるということがここでも明らかになっています。

論文4.浅海典子「事務職から営業職へ」

4番目は、浅海典子(1997)で、事務職から営業職に転換した女性10人に行ったインタビュー調査です。取り上げる理由は先ほど言った、いい職業人になるには何がクルーシャルか、高度な技能を身につけていくには何がクルーシャルかということの分析がある程度なされているからです。今までは、結婚とか育児とかばかりがネックになると強調されてきたわけですけれども、雇う側としては、ある時期に特定の仕事をしてもらわなければだめだ、それにかかわらなければ次の仕事の展開もないという面があるかもしれない。この点を確かめるには仕事の中身を十分聞き出していく必要がある。この論文の方向にそった研究を今後もっと進める必要があると思います。

論文5.松繁寿和「中小零細企業における女性企業家の特徴」

5番目は、手前みそですが、松繁寿和(1997)です。これは、統計的差別理論、消極的差別の理論とかかわります。

統計的差別理論で言うと、企業は離職されたら教育・投資訓練に費やした費用を回収できないから女性と男性を同等に扱わない。ところが、女性経営者の場合は投資するのも自分だし、回収も自分なので、雇う側の理論がないわけです。そうすると、残るのは家庭での育児や家事というものが仕事にどう影響するかという側面だけです。この意味で女性起業家を取り上げることに意味があると思われます。

それから、消極的差別の理論は、男性上司は女性の取り扱い方がわからないということですが、女性上司ならばできるかという問題があるわけです。女性起業家の場合はまさにボスが女性なわけですから、女性を有効に活用できるかどうかという一つのテストケースだと思います。

ある程度わかった点は、女性であるだけの理由で女性経営者が不利だというわけではなく、女性で結婚していると非常に経営面で不利になる。要するに、教育訓練に関する統計的差別の問題が存在しなくても家庭内分業の問題だけで非常に大きな影響が起きていることです。

後半の女性経営者だと女性をうまく活用するかという点に関しては否定的です。経営者が男性であるがゆえに効果的に女性を活用できないというわけではない可能性が示されています。市場の競争原理の下では、ある形の雇用形態しかとれないことです。

全体として家庭内分業の問題が非常に大きい。家庭の中身を十分に把握したうえで、その仕事への影響というのを見ていく必要があると思われます。そういう意味で、無業者とか、家庭内における時間の配分の問題とか、夫婦間の仕事配分の問題とかを今後調べていく必要があると考えています。

討論

女性差別問題の類型

佐藤

先ほどの完全代替でないという前提、これはたとえば女性は男性にない固有の出産とか、育児が女性固有かどうかはわからないんですけれども、出産は女性固有であることは事実なわけですね。そういうことと、肉体的限界によって、具体的には女性では重労働ができないとかというようなことですね。こういったものは、いろいろな条件や競争、マーケットメカニズムがもし完全に働いていれば、基本的には起きないというような考え方なんですか。

松繁

女性の優位性や男性の優位性が全くなくて、労働に関して完全にユニセックスであっても、一方に特化する現象が起きてくるということが図1のBの問題です。

完全代替でなければ、非常に簡単にどちらかに特化したほうがいいという結果が比較優位から出てくるわけですが、ただ、単純な比較優位だけではだめで、すべての女性に家庭に入ったほうが有利であるというような比較優位がある必要があるわけです。そうすると、それが何かということを見つけなければならないのですが、実はまだ十分には明らかになっていないというのが私の感想です。

出産はたしかにその要因である可能性がありますが、実際にどれぐらいキャリアを積むことに影響するか、まだ十分に明らかではない。出産だけだと短期でよいし、育児に関しては、本当に女性が子供を見なければいけないのかという点はまだわからない。

佐藤

調査の幾つか紹介されている結果は、松繁さんが整理されている考え方からすると、たとえば日本労働研究機構(報告書No.99、1997)は、基本的には無業者の分析をきちんとしないとわからないのですが、家庭での仕事や育児の負担が効いているとするという意味で、図1のA(完全代替が不可能な場合)に分類されると考えていいですか。それが、家庭での分業の問題にかかわってくるわけですよね。

もう一つ、家庭抜きにして職場ということで考えていくと、仕事経験とか、あるいは上司の仕事の任せ方とかが、就業の継続意志に効いてくるという結果も得られ、そういうことで言うと、基本的にはB-2)(消極的差別)になってくるということですね。

松繁

消極的差別は存在するらしいのですが、知識が簡単に伝播する社会では、女性を有効に活用した事例はすぐに他の企業にも知れわたり取り入れられるのではないでしょうか。にもかかわらず、消極的な差別がなぜなくならないかは、今回の調査でもはっきりしません。

佐藤

そこでたとえば、図1のB-4)(因習的差別)を区別されていますね。これがむしろ、B-2)がちょっとしたきっかけとしてあってB-4)がそれを増幅するという感じですか。

松繁

それはあります。因習的差別というのは、何か原因があってどちらかに移ってしまうと、そこから動かなくなるという点がポイントなわけです。だから、理論の代替的な理論というわけでなく、頑固さというのが残るという点を説明しています。

佐藤

そうすると、事実上は図1のB-2)とB-4)をミックスさせるというのが、実態をかなりうまく説明するのかなと思うんですけれども。

八代

この無業者のサンプリングというのは、どういうふうにしてやっているんですか。

佐藤

これはたしか、留め置き調査でやっているんですよね。調査員が調査票を置いてきて、後で回収と。

八代

住民台帳で抽出したのかな。

佐藤

これは私も関心あって見たんだけれども、住民基本台帳で無作為抽出したようですね。

先ほど、松繁さんの最後の課題のところで、家庭内分業の話で、そこの分析が課題であるという話でしたけれども、日本労働研究機構(報告書No.99、1997)の冨田安信論文ですか。ここではそれに決定的な説明は与えていませんけれども、わりと就業意志、継続意志に効くファクターをいろいろ細かに分析されていて、就業意志、継続意志が非常に強い女性のほうが、そして公務員の男性のほうが民間企業よりも多くて、そして高卒よりも専門学校卒のほう、夫の所得が低いほうが、それぞれ就業継続意志を持った女性が多いというのがありますね。そういうことからいくと、わりと本人の考え方と経済的なものがかなり効いているという印象を受けるのですが、それでよろしいですか。

松繁

今までも夫の所得が効くとか住宅ローンが効くというのは多くの研究で議論されてきました。

この調査が追加しているのは夫の職業です。公務員や教員が効くというのは重要な発見です。要するに、夫が朝から晩まで仕事に特化していると妻は働けない。さっきのマルチプルジョブホルダーの議論とも多少かかわりますが、仕事を半分ずつに分けられるかどうかがポイントになると思うのです。公務員は、─そう言っては失礼かもしれませんが─仕事に拘束されることは比較的少ない。そのかわり、給与もそんなに高くない。では、女性もそれと同じような仕事を得たとして、生活が成り立つかどうか、また、雇用する側、企業も成り立つかどうかという点も探る必要がある。

たとえば、車でもリッター10キロ走る車と11キロの車を比較すると、他の条件が一定なら、11キロのほうが圧倒的に売れます。その1リットルの差が決定的になるわけです。それと同じように考えると、50:50で働いて売れないリッター10キロの車を2台作るよりも、100:0という形に特化して働いて売れるリッター11キロの車を1台作ったほうが結果はいいという可能性は、なきにしもあらずだと思います。

佐藤

そうすると、そのような分析はまだ家庭内の分業を明らかにする意味では、これから開拓の余地があるということですか。

松繁

そう思います。そういう意味で日本労働研究機構(報告書No.99、1997)で専業主婦を見ていることが重要です。

佐藤

無業者はわりと、そのうち働きたいというニーズは結構あるんですよね。これを見ますと。それを、何が踏み切れなくさせているかの分析がないということですよね。

松繁

はい。

調査方法とサンプル・セレクション・バイアス

八代

佐藤さん、この新聞広告で退職した総合職を探すという日本労働組合総連合会の調査は、ある意味では画期的なものだと思うんですけれども、こういう調査の方法論について何かコメントはありますか。

佐藤

これは前から注目していた調査で、よくやってくれたという感じです。

松繁

サンプリングの仕方は画期的ですね。

佐藤

実際やるときは、かなり、そういうような形でないと取れないとも思います。

八代

早期退職者の調査も、このやり方でできるでしょうか。

佐藤

ある程度まねはできるでしょうね。辞めた方のサンプルを取る一つの方法だと思いますが。

八代

ただ、サンプリングが偏るという問題がありますね。辞めた人だけに調査をしているから。できたら、辞めた人と残った人の両方を調査して比較できると面白いですね。

佐藤

偏りますね、どうしてもね。

八代

やはり、辞めた人に対する調査結果は、批判的なものになるから、「サンプル・セレクション・バイアス」の問題は免れない。ただ、このやり方しかないかどうかわからないけれども、一つの有力なやり方ですよね。

佐藤

中高年の転職者でもそうですし、退職者なんかは特にそうだけれども、実際には企業ベースで退職者リストを持っているところにアプローチするか、それが手に入らなかったら自宅で捕まえるしかないから、会社から住所を教えてもらうしかないですね。

八代

会社のほうにそういうことを知りたいというニーズがあって、事実上、会社と提携するような形で調査するなら別ですけれども。

松繁

昨年の労働経済学の学界展望でも指摘されましたが、日本は政府調査を筆頭に非常にデータが整っているのですが、海外に比べて欠けているのはパネルデータです。ある時点から同じ人を追っていって、その変化を取れないことが分析をしていく上で致命的です。今後、どうしてもつくっていく必要があると思います。

佐藤

パネルデータの作成はたしかにこれからの課題でしょうね。一部、高卒者の追跡調査とかは、パネルデータを作成し日本労働研究機構でもやっています。

女性企業家の創出

八代

松繁さんは、女性起業家の経営実態の分析で、女性起業家の研究は女性であることにハンディがあるのではなく、女性でかつ家庭を持っている場合のハンディを抽出できるとおっしゃられていますね。なぜなら、教育投資がないから離職するという問題をオミットすることができる。しかし、たとえば女性起業家が女性であるがゆえに、たとえば女性が社長のところには仕事を出さないという問題はないんでしょうか。

松繁

その点はあるかもしれませんが、この調査ではわかりません。正直に言って、先の教育投資の問題を完全に排除しているとは言えません。なぜかというと、長期的な契約関係にある場合は問題があります。いい製品を納めてもらうには、技術を教えないといけないという状況があるかもしれません。そのときに、女性起業家は会社をすぐ畳むということが起きると、投資が回収できないという問題が出てきますから、女性起業家が育たないという先ほどの議論があてはまる可能性が生じてきます。女性企業家の場合は、雇用者として働く場合に比べて、その問題は少ないかもしれないという程度です。

女性の職域拡大の隘路

八代

素朴な疑問なのですが、浅海論文で営業職への転換の条件というのが出ていますね。これは女性からいろいろ聴き取りをした結果を経験的に一般化している、そういうことでよろしいですか。

松繁

そうですね。

八代

そうすると、調査の制約で難しいんですけれども、これはあくまでも結果として転換した人がこうだったということで、そういうふうな条件を満たしても転換しなかったり、転換できなかった人もいるわけですね。だから、ここに書いてある条件が満たされていれば、皆が転換できるのかというと、必ずしもそうではない。

松繁

総合職のケースと同様、転換した人と転換しなかった人を比較する必要があります。

八代

転換しなかった人に対して調査する必要がありますね。もっともフィージビリティに問題がありますが。

佐藤

浅海論文は事例としてよく調べたなという印象ですが、事務から営業へ職域を拡大するような促進要因として幾つか挙げて、事例に基づくチェックといいますか結論を整理していますね。上司のサポートや、職場が人手不足だったとか、自己啓発、教育訓練を新たに行ったとかというのはかなり効いてくるといった結果が得られていますね。そういう結果が出た場合には、松繁さんの先ほどの整理で言うと、どのカテゴリーに当てはまるのでしょうか。

松繁

浅海論文に関しては、そのフレームワークの中では考えてないようです。上司は投資と回収の問題を考えてサポートをしないのかもしれないのですが、もしその問題がないとすると、上司のサポート不足は消極的差別で、女性をどう取り扱ったらいいかわからないという問題が残っているということになるかもしれません。

佐藤

そうすると、わりと図1のB-2)のような感じですか。

松繁

ただ、消極的差別をあまり強調しすぎるのも危険です。うまく対処したところの情報が伝わっているにもかかわらず、あえてそれを採用しなかったところは競争に負けてゆくはずです。そのような会社が長期的に残っていることの説明にはならないと思います。

ここで挙げた研究等で、幾つかの問題点はクリアになったと思います。しかし、何年も前から意識されて調べられてきた女性の活用に関する多くの根本的な疑問は未回答のままです。私は、女性の仕事の内容を詳しく分析することがもっと必要だと思います。

佐藤

仕事の分析というのは、具体的には浅海さんのようなアプローチですか。

松繁

他の研究者も言っているように、ホワイトカラーの職務分析は非常に難しい。結局、キャリアの幅と仕事の質的な変化、要するに判断業務とか、裁量権がどれだけあるかという側面でとらえざるをえない。非常にキャリアのある段階で、ある仕事にかかわらなければ、また、あるかかわり方をしなければ必要な能力が習得できないということがあるかどうかだと思います。

浅海さんの調査の中でも、営業職としての職務内容というものの中にたとえばテリトリー分析とか、販売実績の分析とか、価格折衝とか、販売条件の決定が入っています。これは判断業務です。それと事務職としての職務内容の中に、部内会議の出席、現状や問題点の報告というかなり業務の内容としては高度な部分があります。この経験が営業職に移るきっかけになったかどうか、移ったときにどれぐらい役立ったかということを調べる必要があると思っています。この論文の欠点は、サンプルが少ない。でも、よく分析されていると思います。

八代

質的な分析の場合は数を言っていたら切りがないですからね。

佐藤

それから、ここで紹介された報告書や今の浅海論文の事例を読めば読むほど、結局、いろいろ多様であるというのか、ケース・バイ・ケースというか、いろいろな条件をコントロールしても違いが残るという感想が出てきますが、その辺はどうですか。

松繁

私もそのような感想を持っていますが、一方で、ほんとうにそうかなという気もしています。男性の場合は、かなり細かく査定し、そのうえで指導を考えるわけです。にもかかわらず、人事部の人に聞くと、「ほんとうに女性はわかりません。やってくれると思っていたら、突然やめちゃうんです」という答えが返ってくる。しかし、ほんとうにそのシグナルをキャッチできないのか、管理処遇上でそういうことが起こらないような措置ができないのかという疑問があります。男性の場合はあれだけ細かく査定をしておきながら、女性の場合に、辞める、やめないという重要なファクターに関しての予測ができないのでしょうか。

八代

ただ、企業が最初から女性を回転労働力だと思っていれば、そもそもモニタリングを行うインセンティブがないということはありませんか。辞めていかないと困るわけですから。

佐藤

適当にはけていってもらったほうがいいというような人たちもいますからね。

松繁

しかし、男性の場合もモニタリングすることは非常にコストがかかると思われます。女性もそれと同じようなコストをかけるだけでいいかもしれないと思いますが、この点は私もわかりません。