1998年 学界展望
労働調査研究の現在─1995~97年の業績を通じて(5ページ目)


4. 高齢化・中途採用・職業資格と労働市場

論文紹介

八代

「高齢化・中途採用・職業資格と労働市場」は、先ほどの「ホワイトカラーの雇用管理とその国際比較」の続編というか、日本の企業内労働市場について、今何が変化として起こっているのかという点を扱った文献を取り上げています。

文献を読んだ印象ですが、ホワイトカラーの出向・転籍や中途採用について個人調査をする際、調査対象の絞り込みについていろいろ工夫がなされています。

論文1.八代充史「大企業における中高年ホワイトカラーの雇用管理」

1番目は八代充史(1995)で、中高年ホワイトカラーの雇用管理について、日本経済研究センターのプロジェクトで行った事例研究に基づいています。

もともとの私の問題意識は、以下の通りです。すなわち、ホワイトカラーが中高齢化していくと、役職ポストの不足と人件費負担の増大という二つの問題が起こる。それを今まで企業は出向という形で調整していた。いわば「企業グループ内の対応」だった。しかし、企業グループ内でも出向対象者が増えていく反面、出向先企業は先細りしていく。その結果、企業グループ内に従業員を出向させることによってピラミッド型組織と従業員の年齢構成の乖離を調整することは難しくなってきている。そうすると、残る選択肢はリストラを除けば、「企業グループを越える対応」を行うか、「企業内での対応」をとるか、どちらかしかない。それで、実際に企業はどうしているのかということを、高齢化が進んでいる3社の企業で聴き取りをしました。1番目は総合商社(A社)、2番目は化学繊維メーカー(B社)、3番目が百貨店(C社)です。

その結果、二つの対応があることがわかりました。一つは、A社、B社はいずれも企業グループ内で出向・転籍させることにはかなり限界を感じており、その結果、人材斡旋会社、あるいは人事部の中に職務開拓室をつくって、企業グループを越えて人員を配置する仕組みを考えています。他方、C社の場合には、そうではなくて、出向に依存しない分、企業の中で専門職をつくることによってこの問題を解決しようとしています。

調査の結果わかったことですが、結局、この問題は「役職につかない管理職」の増大にどのように対応するかという点に帰着します。「役職につかない管理職」というのは、役職ポストの裏づけなしに管理職相当資格に昇格する者や、役職定年制によって役職から離脱する者が生じると増大します。もちろん出向先が潤沢にあれば「役職につかない管理職」という領域には滞留せずに、そのまま出向・転籍するわけですけれども、出向者に比べて、役職離脱者や役職につかないまま管理職相当資格に昇格する者が増えると、「役職につかない管理職」が増大する。それに対してどのように対応していくかが重要になるわけです。

そういう意味で、出向によってこれまで中高年問題を解決してきた企業は、逆に企業内の人事制度面について、あまり対応をとる必要がなかった。しかし、今後は企業グループ内での対応が限界に達してくると企業内で何らかの対応をとらざるをえなくなるのではないか。私はそこに関心があります。日本的雇用の対象層を限定できた企業は、あまり人事制度を改訂する必要がなかった。しかし、対象層が限定できなくなると、今度は人事制度を修正する必要が出てくる。そういうことにもつながると思います。

論文2.現代総合研究集団『役職者の転職・職業人生・能力開発に関する調査報告』

次に現代総合研究集団(1996)に移りたいと思います。ここでは、役員以外の役職者をダイヤモンド社のデータベースで500O名サンプリングしました(有効回収855)。それに基づいて役職者に対して能力開発が今、どのように行われているか、自分の能力でどういう点に強みがあるのか、あるいは転職した経験があるかどうか、転職した場合にはどういう経緯で転職したのか、といったことを尋ねています。ですから、役職者といっても転職した役職者も含まれていれば、転職せずにそのまま勤め続けている役職者も当然含まれているわけです。ちなみに転職経験者は、回答者の41.3%です。

具体的には、たとえば転職した人について、どういう形で転職したのかというのを聞いていますが、「企業の縮小・リストラ」の結果、前の会社をやめて今の会社に移って来ているという人は1割ぐらいであまり多くないという結果が出ています。

これをどう読むかは議論の分かれるところで、そもそもそんなに直接的なリストラというのは行われていないという解釈もあるし、リストラの対象になった人は調査に答えなかったという可能性もありますし、いろいろな読み方ができると思います。

さらに、自分の職業能力で何が強みになっているかという点については、「部門・職場単位の管理能力」「特定分野の専門・技術能力」が多くなっており、ただ幅広くというよりは、ある特定の分野に特化した能力をサラリーマンが自分の強みとして持っているということです。それから、これからのサラリーマンにとって身につけたほうがいい職業能力としては、「ひとつの専門能力とやや幅広い能力」が多くなっています。

私の論文でも指摘しているのですが、大企業から中小企業に転職する場合、大企業のほうが分業が進んでいますから、人事職能の中で給与の専門家とか、福利厚生の専門家というふうに分かれているわけですね。しかし、企業の人事担当者によれば、中小企業に移る場合には、人事と総務、人事と経理と2職能ぐらいできる人が必要だといわれています。その点と対応するのかなと思います。ですから、幅広い能力というよりは、むしろ根っこに専門性があって、それに何かを付け加える、そういう能力がサラリーマンに非常に重要になっていることがここからうかがわれます。

論文3.電通総研『ホワイトカラーの中途採用の実態に関する調査・ホワイトカラーの転職の条件整備に関する調査報告書』

次は、電通総研(1995)です。今度は中途採用ということにテーマが絞り込まれています。この研究は、企業調査と個人調査の両方行っていますが、企業調査のほうは従業員30~999名の企業3000社を対象にしており(有効回収388)、中途採用をしていると考えられる企業をターゲットにしています。それから労働者調査の対象は、上記の企業に中途採用後勤続5年以内の正社員・ホワイトカラー8100名(有効回収628)です。なおこの8100名の中には転籍者も含まれています。

何を調べているかというと、企業調査では採用経路、職業能力、キャリアといったような問題です。ここで面白いのは、それを年齢別に尋ねていることです。

たとえば若い人の場合には、職業安定所や人材銀行の順位が採用経路として比率が高いけれども、中高年の場合には親会社や関連会社の紹介とか、取引先の紹介というのが順位が上がっている、そういうことが明らかになっています。中高年層を採用する場合は、たとえば管理職などの形で即戦力として採用するために詳細な情報が得やすいような採用ルートを活用しているわけです。

それから、職業能力の場合も、中高年層の中途採用では、特定の職能分野の専門知識や技術を持ち、さらに管理能力や部下育成能力を備えた人材を求めている。ですから、こういう能力が弱い人は中小企業への転職が難しいという知見が述べられています。

さらに中途採用者のキャリアについては、最長職能経験分野が営業・販売、経理・財務・予算である人たちが多くなっています。そして、一つの仕事を長く経験してきた人よりは当該職能分野の全体にわたる仕事を幅広く経験してきた者が多くなっている。だから、営業の中の一つの仕事よりは営業の中でいろいろな仕事を経験した人、それから、経理・財務・予算でも、予算統制だけをやっていた人よりは決算もやっていたし、原価計算もできる。そういう職能の中でいろいろな仕事を経験している人が中途採用の対象者の中では多くなっています。先ほどの現代総合研究集団の調査結果とも合致すると思います。

最後に、中途採用は、企業特殊的技能が存在する企業内労働市場では難しいのではないかと考えられますが、それについて企業調査では企業特殊性の代理指標を開発しています。具体的には、採用してから即戦力になるまでの期間を尋ねています。それが3ヵ月未満なのか、半年未満なのか、1年以内なのか。その結果、1年までの選択肢を蓄積すると約7割に達しています。

論文4.社会経済生産性本部『エージレス雇用システムに係る諸問題についての総合的な調査・研究事業報告書』

4番目は社会経済生産性本部(1996)で、これは電通総研調査の出向・転籍版です。

今度は、大企業から中小企業へ50歳から60歳までの時期に採用された課長以上層3000名(有効回収951)が対象になっており、その92%は出向・転籍者です。出向・転籍者をとらえるために、勤務先企業の従業員規模が999人以下で、現在の企業に1992年から94年までの間に入社した者を対象にしています。その中の約8%が中途採用者です。設問によっては出向・転籍で今の会社に入った人と中途採用で入った人をどう違うかというのを比較できるような形になっています。

この調査では、出向・転籍の実施プロセスや過去のキャリアの活用度を尋ねています。たとえば、出向の場合は現在の会社への出向、転籍を受け入れた理由、それから、前の会社からどういう理由で今の会社に移って来ているのか。この点、たとえば出向・転籍者の場合には、「役職定年を迎えた」「昇進・昇格に先が見えた」「定年を迎えた」といった理由が多くなっており、他方、中途採用の場合は、「前の会社で能力が発揮できなかった」などの理由が多くなっています。

それから、電通総研の調査で、どのくらいの期間で能力を発揮できるかということを企業に尋ねていましたが、今度は出向・転籍者に「あなたは新しい職場に移って、どれぐらいで充分能力を発揮できるようになったか」ということを尋ねています。これも累積していくと1年間で7割ぐらいになります。中途採用の場合も、出向・転籍の場合も、片方の調査は企業に、また片方の調査は個人に尋ねていますから厳密な比較は必ずしもできませんが、他企業からの参入者がキャリア・アップするのに長くて1年くらいかかるというのが、二つの調査からうかがえます。

また、出向・転籍者の場合と中途採用者の場合で、新しい職場の情報をどのように収集したかということも聞いています。出向・転籍者の場合のほうが十分に情報を収集していて、前の職場の人事部門などから新しい職場の情報を収集していることがわかりました

論文5.今野浩一郎・下田健人『資格の経済学』

最後が今野浩一郎・下田健人(1995)です。これまでは中途採用、出向・転籍といった問題を取り上げてきたのですが、そういう動きの背景として、能力開発の中で職業資格というものが重要ではないかという議論が、この期間なされてきたわけです。こうした議論に関する集大成がこの本です。

この本は、連合総合生活開発研究所の三つの報告書、すなわち『ホワイトカラーの雇用と処遇に対する労使の取り組みに関する調査研究報告書』(1994)、『個人尊重時代のホワイトカラーの雇用と処遇に関する労使の取り組みについての調査研究報告書』(1993)、『中高年齢者の自己啓発等に関する調査研究報告書』(1994)に基づいて資格の実態を検討しています。

今野さんたちは、個人と組織の「公正なギブ・アンド・テイク」の関係というのが崩れるなかで、脱組織型の働き方にとって資格が重要な役割を果たしているのではないかという観点からこの問題を取り上げています。

この本が資格ブームに火をつけたのか、資格が流行になっていることがこの本の背景にあるのか、因果関係はわかりませんが、個人のほうは資格に一体、何を期待しているのか。それから、企業はどういう目的で個人に資格を取らせているのか、こうした点を調べています。

個人のほうが期待しているのは、所得向上効果とキャリア向上効果です。つまり、資格を取ることによって給料が上がったり、転職が容易になったり、あるいは昇進できる、そのようなことを期待して資格を取得しています。企業の場合には、むしろ人材育成の手段として資格をとらえており、一時的な報奨金を除けば、すぐに処遇に結びつけようとは考えていない。その意味では、個人の思惑と企業の考え方の間には、ずれがあることが明らかになったと思います。

私の考えでは、資格というのは幾つかの機能があって、まず第1は採用の段階、たとえば大学生が就職する段階で経理部門を希望する場合、ただ経理に行きたいと言っても企業は相手にしてくれないから、「私はこういう資格を持っています」と言って、自分の配属希望を意志表明をするという側面がある。第2点は企業内の能力開発の側面、第3点は転職の「武器」という側面があるでしょう。しかし、転職の場合も、たしかに資格を持っている人が転職してうまくいっている場合があるかもしれないが、それは資格があるからうまくいったのか、その他の部分で転職できたのか、よくわからないわけです。

実際に企業の方にお話を聞きますと、どうも現状の資格が、直接業務に結びつくような場合というのはかなり限られていて、逆に資格を取ることによって機会費用が非常に大きくなるためか、「資格を取るやつにろくなやつはいない」といった評価がどうもあるようです。資格が直接、仕事に結びついて、キャリアを向上させていくというようなものは限られているのではないか。

結論として、実際の仕事に資格が結びついているか否かを考えると、資格取得が転職を容易にするというシナリオはどうも描きにくいのではないかというのが私の印象です。この本の中でも指摘されていますが、能力開発のターゲットとして資格を活用していくのが、落ち着くべき相場なんじゃないかなという感じを持ちました。

討論

転職・出向・転籍の今後

佐藤

今までの日本の大企業のホワイトカラーのキャリア形成の姿と能力開発の仕組みといいますか、そういうものが定年まで一つの特定の内部労働市場の中で過ごすという点においては非常にうまく機能してきたといいますか、プラスに機能してきたんだけれども、しかし、もしそれが企業内で完結しないで、定年までいられないという年齢的な意味でも、あるいは企業の勤める勤務先の幅においても、それからはみ出てくるような部分が出てきたとすれば、転職が典型ですけれども、かなり修正を迫られざるをえなくなってくるかなという印象を持つんですね。

その一つは、やはり、遅い選抜と、わりと特定の比較的狭い職能を経験してきた大企業のホワイトカラーが、例えば出向先あるいは転職先で、どうも仕事経験が狭すぎて、うまくマッチしないという問題があり、その意味では、もう少しキャリアを広げておかなければならないということになると思います。

それからもう一つ驚いたのは、社会経済生産性本部(1996)で、従業員の異動先が親企業からかなり遠い、資本出資比率も非常に低いところにも広がっていることですね。

八代

私の言う「企業グループを越える対応」に相当する部分ですね。

佐藤

そうですね。

八代

そうすると、企業グループの中で、いわゆる出向・転籍という形で、親会社の年齢構成と組織構造の乖離を調整するということは、だんだん難しくなりますね。

佐藤

難しくなってきているというようなサンプルが入っているわけですね。そういう意味ではよくサンプルを取ったなと思いました。

そういうことを踏まえて言うと、企業グループを越えた、出向・転籍などのキャリアを考えていかなければならない人たちが、ますます相対的に増えてくるという状況があるだろうと思います。その際の企業内の人事管理の仕組みが、特にホワイトカラー・事務系の場合にどのようにすればよいかが問題です。

たとえば転職者の職業能力を客観的に把握し、需要と供給をマッチさせるような仕組みが重要だと指摘されていますけれども、そのあたり、実際にはなかなか難しいと思います。その文脈でいくと、今野・下田さんの資格というのが、八代さんは能力開発の側面でかなり評価できると言いましたが、私はそれに加えて転職労働市場を筋目立たせる一つのシグナルとしての機能もかなり重要になってくると思うのですが。

八代

今の点はとても大事だと思うんですけれども、難しいところですね。個人としては転職するために外部労働市場で評価してもらえるような能力を身につけなければいけない。しかし、企業としては個人に外部労働市場で評価してもらえるような能力を身につけさせるインセンティブがあるかどうかということがありますね。身につけて、いろいろ訓練投資した結果、逃げられてしまうということがあると、企業としては元がとれないですからね。

ですから、個人の思惑と企業の人の育て方と、両者の関係が重要ですね。企業主導の人材育成が続いていくとなかなか外部労働市場で評価される人は出にくいかもしれませんね。先ほどの成果管理みたいなものが出てきて、成果に基づいて市場で値づけされるような人たちが出てくればまた別かもしれませんけれども。キャリア形成のイニシャティブをだれが持つのかということが今のお話と関係すると思います。

職業資格については、たしかに職業能力を客観的に評価できるという側面はあると思いますけれども、実は先に取り上げた日本労働研究機構(報告書No.95、1997)でも議論されているように、職業能力の最低線を示すものではないかと思います。医者が皆、医師の免許を持っていても、いい医者もいれば、よくない医者もいるわけで、それは医師の免許を持っていなければ開業できないという意味での最低線を示すものであって、そこから上は個人の能力という、なかなか簡単には評価できないものが重要になってくるのではないかと思います。

だから、資格というものはたしかに職業能力を客観的に示しているけれども、企業が求めているレベルはそれとは違うのではないかというのが私の考えです。

もう一つ、希少性という点がありますね。たとえば、信託銀行で宅建を取得させますけれども、8割ぐらいの人が持っていますね。そうすると宅建を持っているからほかの信託銀行に転職できるかというと、そうはなりませんね。会社が取らせたい資格というのは重要だから取らせたい。それは皆が持っているわけです。そうすると、逆に、それを持っていることはマーケット・バリューにはならない。それでは、だれも持っていない資格であればいいのかというと、今度はそういう資格は仕事に必要ないから企業も取らせないということもあるわけで、そうすると資格が本当に外部労働市場で評価される場合というのはかなり限定されるのではないか。

松繁

面白かったのは、社会経済生産性本部(1996)ですね。出向や転籍のほうが中途採用よりもミスマッチが少ないという結果が出ています。これは、ある意味では当たり前のことですが、出向や転籍のほうが、前の勤め先で次の勤め先の情報を得ることもあるでしょうし、受け入れ側の企業もどういう人なのかということを、前もってもっと正確に把握できる。完全に外部労働市場に任せるよりも、やはり準内部的な情報チャネルが重要で、生涯で見たときそれが労働者の価値を上げ、働く意味を持たせるという点です。あまり強調されていないのですが、日本のシステムの非常に重要でいい部分であることが、この調査ではっきり出ていると思います。

2番目は、先ほど佐藤さんが指摘されたように、大企業では経験できるキャリアの幅が狭すぎるかもしれないという問題があります。自分のところで要らない技術・技能を企業が教えるはずがないとすると、サラリーマンとしては、自分のキャリアの後半で外に出る可能性が十分あることを考えて自分で準備する必要がでてきます。

八代

それは会社がしてくれるものではないですからね。

松繁

もう一つ興味をひかれた点は、転職した人がどれぐらいの期間で追いつけるかということが調査されていて、答えは1年ということです。わずか1年だったら、どんどん転職してもいいじゃないかという面もあるだろうし、中高年になったときの1年というのは非常に大きいという面もある。中高年でどうするか。40歳で転職するということを考えて動いたほうがいいかもしれない、しかし40歳はまさに家庭や多くのことを背負っていて転職に伴うリスクを引き受けられないというジレンマがある。

八代

先ほどの独立自営の話とも関係してきますね。

松繁

そうですね。ジレンマのところが40歳だという気がします。

八代

あまり早くすると、市場で買ってもらえるような能力をまだ身につけてないわけですね。

松繁

そうです。もう一つ細かな点を付け加えると、現代総合研究集団の調査でも必要な能力として英会話というのが出てきたのが、面白かった。日本の企業でいかに英会話能力の重要度が高まっているか実感しました。英語というより英会話なんですよ。英語でのコミュニケーション能力のウェイトが高まっている。

佐藤

大変ですよね。時間の問題もあるしね。

松繁

日本語をしゃべるわれわれとしては悲しい現実ですけれどもね。

「ストック型人材」と「フロー型人材」

佐藤

実際、社会経済生産性本部の調査(1996)で、いつまで就業したいかというような年齢希望でいくと、かなり60歳代前半、まあ、年齢によっても違いますけれども、とても60歳以内じゃないですよね。そこら辺はどうなのか。今、定年延長で65歳定年という案も出ていますけれども、会社のほうでは、出向・転籍も満杯だというわけですから。実際には、就業希望の長さのニーズに企業の雇用管理のほうはマッチしていないわけですよね。

八代

そこは難しいところですね。人材も「ストック型人材」と「フロー型人材」があります。だから、そういうものを前提にしたうえで、個人も、外部労働市場で通用するような能力を身につけて、ある程度フロー化していく必要があるのではないか。すべての人を「ストック型」で定年まで雇用できるのかというとそれは難しい。「雇用のポートフォリオ」の変化に合わせて1個人も松繁さんがおっしゃったように自己武装していかないといけないでしょう。

別の言い方をすると、定年延長すればするほど、排出ドライブがかかって実際の企業の中で勤められる期間というのは短くなるかもしれない。そうすると、準企業内労働市場の中にもおさまらない者が増大し、その結果外部労働市場に放出される人が増えてしまうことにならないだろうか。そういう問題もちょっと気になりますね。

松繁

少し大胆すぎる絵で、私は長期雇用が大事だと思っているのであまり好きではないのですが、もしかしたら、定年を延長してもとどまる価値がある人たちと、20年サイクルぐらいで仕事を替わったほうがいい人たちの2層に別れてくるのかもしれない。

八代

企業の転廃業じゃなくて、個人の転廃業をしたほうがいい?

松繁

50歳まで待って次のことを考えるというよりも、40歳ぐらいから替わることを前提に準備していくというほうがいいストラテジーだというような状況がひょっとしたら起きるかもしれない。

八代

20歳ぐらいから始めて65歳とすると、40歳というのは大体、折り返し点ですよね。

松繁

平均寿命そのものが延びているので、今の60歳の方々はかなり優秀で、体力も能力も十分にあるという状況が起きている。60歳になっても、65歳になっても十分働き続けられるとすると、一つの企業で40年、50年勤めるよりは、半分に割ったほうがいいかもしれないということが起きるかもしれない。40歳または45歳定年……。議論があまりにも飛躍しすぎていますが……。

佐藤

企業としては、やはりコア層と、そうでない層をどこかで分けたいわけですね。定年を延長してまでいてもらいたい層と、そうでない層との区分を何か正当化するルールが求められている。納得性を含めてね。

そのルールの中でいろいろあるけれども、今の職能資格制度の中でこの区分を正当化するルールがあるかというと、なかなか見つからない。そこは今、ある程度、本命の内部労働市場の中でやってきて、それからこぼれる層がどんどん出てきた。それをある程度、微調整でグループ内でやっていたけれども、それも間に合わなくなってくる。そうなると、本格的に内部労働市場を仕切るルールをどこかでつくっていかないと、もたなくなってくる。先ほど、松繁さんがおっしゃったことの裏返しの言い方になるかもしれないですけれどもね。

松繁

根本的な日本の処遇制度が変わらないとこれはできない。多分、一番安易な方法は企業に要らない人の賃金をどんどん下げればいいわけですね。そうすると、転職したほうがいいという人が自分から望んで出て行く。ということは、企業内の賃金格差を、ある年齢以上は非常に大きくつけていく。そういう状況が起きるかどうかということにかかわってくる。

佐藤

同感ですね。

八代

しかし、企業の中で賃金が下がった人たちが転職することは可能なんですか。

松繁

労働者が将来の自分の賃金を十分予想できれば、下がっていく前にやめたほうがいいというストテラジーが成り立つと思います。もちろん、これはあまりにも大きな仮定に基づいた話ですので、現実味がないかもしれません。

他方、今の企業内労働者の年齢構成が変わったときにどうなるかということも重要な問題だという気がします。団塊の世代が退職し、のど元過ぎたら、また元に戻ってしまうかもしれない。それはあまり議論されていませんが。

人事処遇体系の見直し

佐藤

八代さんの論文の中で、「企業グループを越える対応」については今かなり議論しましたが、「企業内での対応」というところで何か、今までの処遇体系そのものを見直すというような機運がある企業ではどうですか。

八代

よくとられているのは、役職定年制や専門職制度といったものですね。あとは、「役職につかない管理職」は今まで出向で調整されていたけれども、もはや出向では調整しきれなくなっているから、この層が増えているわけですよね。それは要するに役職者ポストの裏づけがないまま管理職に昇格しているから問題なのであって、管理職層への選抜を厳しくするというのが長期的な対応としてはあるかもしれませんね。たとえば役職ポストの裏づけのない者を管理職層に昇格させないとか。あるいは、管理職の比率を11%にするという人員枠をつくっている企業もあります。

しかし、そうすると、それは一つのやり方なんですけれども、今度は職能資格制度の本来の趣旨から乖離していくわけです。なぜかというと、人員枠をつくったり、選抜を厳しくするということは、すべて相対評価を厳しくするということです。しかし、そもそも職能資格制度は能力開発を目的としているから、絶対評価で評価するというのが建前です。そうは言いながら、実際には人事部門や部門長の調整という形で、相対評価の観点がすでにあるわけですね。それが、人員枠をつくりましょうとか、選抜を厳しくしましょうというと、相対評価に拍車がかかって、本来の制度の趣旨からますます乖離して、職能資格制度の抱えている矛盾というのがあらわになってくる。そういう意味では、職能資格制度が「制度疲労」に陥っているのは否めないと思います。

こうした問題意識に基づいて、私はここで報告した論文を職能資格制度との関係でリヴァイズしたのです(八代充史〔1996〕)。

ただ、それだからといって職務給に移行するという形で問題が解決するかといえば、それは疑問ですね。職務給は、企業になじむような分野となじまない分野があります。そうすると、職務給のグループと職能給のグループを企業の中に抱え込むのか、あるいは職務給のグループは異質なものとして外部化して契約労働力化するのか、人事処遇制度をどのように変えていくかという議論とも絡むんじゃないかなと思うのです。

松繁

もう一つの関連する点は、出向した人たちの多くが仕事が面白くなったと答えている点です。外に出ることで自分の仕事の中身が広がり高度化する。OJTの一つのポイントは、その仕事につかないとその能力が身につかないということです。最初はちょっとした能力の差で上に行けるか行けないかだけなのに、上に行った人は、新たな能力を身につけていくけれども、行けなかった人には永遠につかない。

八代

ちょっとした能力の差がどんどん累積的に広がっていくことになりますね。

松繁

そうすると、仕事そのものが面白くなくなってしまうので、それよりは外に出てもっと上のポストで能力を発揮する、また能力を身につけるほうがいいという面が調査ではっきり出ているところが私は面白いと思います。ただ、賃金が下かるのが残念なところですけれども。

調査対象の特定化

八代

ところで佐藤さん、ここで取り上げた報告書について、調査の技法という点からはいかがですか。

佐藤

「調査屋」の視点から見ると、電通総研の調査(1995)も、社会経済生産性本部(1996)も、中高年の転職者のデータをとらえるというのは大変なんですね。しかも、若いうちに転職して定着して中高年になったというのではなく、中高年期になって転職という人をつかまえるというのはさらに大変です。二つの調査は、それをよく取ったなと思います。

八代

調査対象者をうまく絞り込んでいますね。つまり中堅企業で、そもそも中途採用していることが予想される企業で、しかも役職者で勤続年数が短くて、「生え抜き」ではないという条件を設定している。あとはデータベースの利用可能性という点もあるのかもしれませんけれども。

佐藤

現代総合研究集団の調査も、自宅に調査票を郵送して、返送してもらっていますしね。

八代

そういう意味では三つとも、ホワイトカラー、役職者の個人調査ということではいろいろ工夫をしており、特に電通総研と社会経済生産性本部(1996)が非常にソフィスティケートされているという印象を持ちますね。

佐藤

社会経済生産性本部は特に内部型と準内部型と外部屋と三つの層に分けて取っていますからね。これはよく取ったと思いますね。手法の開発という面では大いに評価できるものだと思います。