1998年 学界展望
労働調査研究の現在─1995~97年の業績を通じて(2ページ目)


1. 中小企業

論文紹介

佐藤

ここでは、環境変動下における中小企業の雇用あるいは労務問題というものはどのようなものなのかという点から、主に90年代に入ってからの調査を取り上げました。

これまで学界展望では、この中小企業というテーマは取り上げられてこなかったので、少し時期をさかのぼって、1995年以前のものにまで目配りをして論点整理をしてみたいと思います。

中小企業論としての問題というのは非常に多く存在しているわけですが、中小企業の雇用・労働問題ということになりますと、4点ほどの論点に限られてくるように思います。

第1点は、いわゆる企業規模間の賃金格差の問題が長期にわたって存在し、規模間の賃金格差というものが縮小していない。こういう事実が存在するわけです。それについては、幾つかの仮説が提出されています。

2点目は、やはり企業規模間で、労働組合の組織率に大きな格差がある。これは労働組合の基本調査等を見ると明らかなように、大企業に比べて中小企業は非常に組織率が低いということが事実として存在しています。その理由はなぜなのか。あるいは労働組合がない場合の労働者としての集団的発言機構はどのようなものであるのか。こういう問題があると思います。

第3点は、雇用機会の創出源としての中小企業の役割という点があります。昨今の状況において、雇用の創出、あるいは喪失、こういう二つの面からのアプローチが非常に関心を呼んでいます。

第4点は、特に製造業の場合がそうですが、言うまでもなく中小企業は大手企業全体の生産分業構造の中に組み込まれていて、部品や原材料の取引が行われている。そういう分業構造の中で中小企業が非常に大きな役割を果たしているわけですが、最近の環境変化の中で中小企業の技術力を支える熟練の問題あるいは技能継承の問題という点から懸念されている。こういう観点からの調査があると思います。

このうち、賃金格差の問題については、すでに昨年の労働経済学の学界展望で取り上げています。また実態調査を主とする今回の趣旨からも少し外れてくるので取り上げません。2点目は、6. 未組織分野(中小企業)・管理職層の労使関係で取り上げます。したがって、ここでは主に3番目、4番目を中心に検討してみたいと思います。

論文1.機械振興協会経済研究所『生産分業システムの革新と21世紀の展望』

まず、雇用の創出(ジョブ・クリエーション)と喪失(ジョブ・ディストラクション)にかかわる研究ですが、開業率あるいは廃業率の問題があると思います。これを統計レベルで見ると、事業所統計調査をもとにして開業率、廃業率を計算しているわけですが、毎年、中小企業白書ではそれを載せています。

業種によってもちろん違いがありますが、1980年代半ばから開業率が大きく低下し、他方、1990年代に入って開業の低下ときびすを接して廃業率が高まってくるという傾向が製造業で顕著です。開業が低下し、廃業が上回っていくという状況の背後にある環境変化がどのようなものであるのか、この点について見ておく必要があると思います。

機械振興協会経済研究所(1993)はその点の大まかな見取り図、構図を整理したものとして取り上げました。

日本型の生産システムの特徴として、たとえば東京の城南地区の工業集積を例にとると、頂点に大企業があって、その底辺に中小企業のすそ野が広がる構図があります。特に城南地区の場合には中小企業の技術力、小・零細の技能水準といいますか加工技術が非常に大きな役割を果たして、生産システムを根っこから支えてきたんだという認識があったと思います。これが第1点です。

しかし、そういうものが昨今の環境の中で揺らぎ始めている。どういう環境変化かということですが、大企業の経営あるいは生産戦略が大きく転換してきている。具体的には、生産を国外に移転していく。それから生産品目を見直し、絞り込みを行い始めている。部品の共通化や、あるいは部品点数の削減という形で、スケールメリットの拡大を行おうとしています。また、従来、トヨタならトヨタ、日産なら日産というような系列内の部品調達が主でしたが、系列を越えた部品調達も行われるようになってきている。最後に、そういう大きなセットメーカー同士での新たな提携や結合もみられる。こういう傾向が顕著になってきているという点が挙げられています。

そういう揺らぎの中で当然、中小企業は大きな変化を経験するだろうということで、実際に、そういう系列を越えた取引あるいは絞り込みというなかで、大企業からの高度なニーズに対応し切れない中小企業というものが選別あるいは淘汰されている。それも、特定集積地域だけでなく全国レベル、場合によっては国際レベルで国民社会の境界を超えた範囲で行われる可能性もあるという指摘がなされています。

論文2.東京都立労働研究所『構造変動下における事業転換と雇用変動』

こうした構図の下で実態ではどのようなものが進行しているのかという点について見たのが、東京都立労働研究所(1991)です。サンプル属性その他については省きますが、東京に立地するニット製造業、玩具製造業の平均従業員10人ぐらいの小さな企業を対象に、それぞれの業種で事業を継続している事業所、転業を経験した事業所、廃業した事業所、それぞれのケースについて分析を加えている点で非常に注目すべき研究だと思います。

たとえば、ニットにしても、玩具にしても、かつてのいわゆる輸出の花形産業、あるいは代表的な日本の機械組立産業であったわけですが、徐々に下降線をたどって転業や廃業というものが目立ってきているということが指摘されています。

しかし、もう1点つけ加えておくと、そのようにある意味では時代の流れに乗り切れなかった産業の中でも、大きくこれから事業を拡大しようとするバイタリティーのある企業、現状維持でいこうとする企業、しばらくしたら廃業しようとする企業、このように階層分化が形成されつつあるという点は非常に重要なファクト・ファインディングだろうと思います。

論文3.日本労働研究機構『中小企業集積(製造業)の実態に関する調査』

この調査は私も参加したのですが、中小企業のデータを、製造業に関して見たものが、日本労働研究機構(報告書No.82、1996)です。これは、全国10集積地域を選択し、300人未満の中小製造業を対象に調査を行っており、個別企業レベルでの事業の再構築や経営の見通しという点から、一口に中小製造業といっても、製品メーカーと部品メーカーとに大きく企業を分けた場合に、前者と後者とではそれぞれ立地している集積地域、競争力についての評価、これまでの業績とこれからの経営展望、事業再構築の中身、必要とする従業員の過不足というものが大きく異なっているという点が明らかにされています。

たとえば製品メーカーでは高品質、短納期、研究開発に力を入れている企業が多いのに対して、加工メーカーでは高品質あるいは短納期には力を入れているが、研究開発についての比重は非常に落ちて、低コストで経営していこうという動きが観察されています。あるいは必要とする従業員のタイプにしても、製品メーカーの場合は、大卒の若年、しかも技術者、そしてまたさらに営業マンがそれぞれ不足しているというのに対して、加工メーカーの場合は、高卒の技能工が主に不足しているというように、必要とされる人材あるいは人材のスキルがやはり前者と後者で異なってくる。こういう状況が明らかになっています。

もう1点、重要なファクト・ファインディングは、製品・部品というような点での差異と併せて、最近開業した、特に1985年以降に開業した企業のサンプルを取り出してみると、最近開業した企業ほど製品メーカーのような性格を強く持っている。つまり成長中であり、経営見通しが明るく、最終製品を自社のブランドでつくっており、さらに大手の協力会への加入が少なくて、独立性の強い企業が多く誕生しているというわけです。

そういう意味では、先ほどの東京都立労働研究所(1991)の調査対象をもう少し大きくして全国レベルで見ても、いわゆるバイタリティーのある企業とそうでない企業が階層分化してきているという点が、改めて確認されています。

環境変化の中で雇用の喪失にかかわる部分についての研究を見ましたが、次に、新しくつくられている、雇用機会の源である開業に目を転じてみましょう。

論文4.東京都立労働研究所『自営業者のキャリアと就労』

まず、東京都立労働研究所(1992)を取り上げたいと思います。これは従業員4人以下で東京に立地する企業を対象に、事業主のキャリア、つまりどのような職業経歴や属性を持った人が開業に踏み切ったか、さらには開業についての評価、開業の動機、といった点について分析を行っています。

まず業種で見ると、全産業均一に開業者が分布しているのではなくて、第3次産業、とりわけサービス業の比重が高い。反面、製造業の開業者が少ない。これはサンプルの性格もあると思いますが、さらに時間をさかのぼって開業の時期を見ると、最近になるほど、第3次産業の比重が高まり、製造業の比重が低くなる傾向にある。

第2に、開業者の属性についていいますと、男性が全体の86.7%を占めていますが、女性の経営者も13.1%ほど占めていて、しかも最近になるほど女性の開業者が増える傾向にある。

第3点は、開業者の年齢は主に40歳代(平均で40.8歳)。30歳代か40歳代前半までに全体の6割が開業しています。

第4点が開業動機ですが、「自分の能力発揮をしたい」、「人に使われたくない」という理由が多くなっている。

第5点は開業したことの評価ですが、「大変よかった」、「まあよかった」という良好な評価が9割に達しており、開業については良好な評価が得られている。

最後に第6点ですが、従業員の開業意志を見ると、開業希望者は少なくないのですが、「かなり難しくなるだろう」という評価が多く、その理由として「開業資金が高くなってきている」という点が挙げられています。

このような傾向は全国レベルでみた、先ほどの日本労働研究機構(報告書No.82、1996)でも確認されます。

開業の年齢に関しては、30歳代後半から40歳、開業の動機や評価も東京都立労働研究所の調査とほぼ共通している。「自分の能力発揮をしたい」とか、あるいは「これまでの知識・技能を役立てたい」というような動機が非常に強くなっています。

論文5.日本労働研究機構『サービス業の経営革新と従業員福祉』

先の日本労働研究機構(報告書No.82、1996)は製造業を対象にしたわけですが、日本労働研究機構(報告書No.92、1997)では、全国の企業5000社、従業員約9400人を対象にして、サービス業の開業について分析しています。

それによりますと、第1に、従業員のキャリアあるいは事業主のキャリアを見ると、独立開業が転職とならんで従業員のキャリアの選択肢の一つとして機能しています。

第2に、大企業の勤務者と比べた場合の主観評価で見ると、やりがいや自分らしさを実現できるという点で高い評価を得ています。

第3に、10年前と比べると開業は困難になってきている。特に現在就業している業種一分野で開業するのが難しくなってきているという事実発見がなされています。

第4に、業種による違いとして特徴的なのは、理美容業や建物サービス業あるいは法律事務所などの業種では同業種で開業するものが多く、実際に開業の支援も行われていて、過去3年間で開業した割合も実際に多くなってきております。

論文6.中小企業経営者の実態に関する調査研究会『研究報告書』

次に、中小企業経営者の実態に関する調査研究会(1996、1997)では、近畿地方(岡山を含む)の非農林業従業員100人未満の事業者3280件を対象に、中小企業経営者の属性や過去の就業あるいは資金調達が創業に与える影響、さらに経営問題や経営実態を把握しています。

松繁論文では、一つは開業に必要な資金が調達されず、企業成長を制約している可能性があるとの知見が得られています。また、成功する起業家とそうでない起業家とでは人的資本に関する変数はあまり有意ではなく、学歴もその後の成長にあまり影響しない。しかし、経営者の意欲あるいは経営マインドは成長に大きく影響するという知見が得られています。

さらに、三谷論文では、高齢期の就業の場としての自営業者に注目し、また自営業者の実態については事業を継承した者と、雇用者であったが新たに開業した者に分けて分析しており、事業を継承した者に比べ、雇用者であった者が開業して起業家になっている場合には開業のスタートアップ段階で経営が苦しくなるという傾向が見いだされる点を指摘しています。

自営業者の年齢プロフィールについては、事業継承者に比べると、雇用者から開業者になった者は比較的低い年収から次第に高くなるという、いわば年功カーブに近いような傾向が得られている点が指摘されています。

高齢期の就業の場としての自営業者という点で注目すべきなのは、55歳時に雇用者であった者が、その後、自営業者になる確率は低いということ。すなわち55歳ぐらいになってから新たに自営業者になろうかといってなっている人は少なくて、なろうとしている人は比較的若い時期にそういう計画を立てている点です。これは先ほどの東京都立労働研究所(1992)、あるいは日本労働研究機構(報告書No.92、1997)でも大体30歳代後半から40歳代にかけて開業しているという事実発見と符合していると思います。

論文7.鎌田彰仁「中小企業の創業と雇用問題」

最後の鎌田彰仁(1995)は、これまで説明してきたようなファクト・ファインディングを簡潔に整理している点で挙げたもので、創業問題を雇用問題との関連で整理しています。

重要なのは、開業者像が幾つかのタイプに分かれてきていることです。独立型に加えて、脱サラによる「スピンオフ型」、「のれん分け型」、「分社型」などがあり、これらが、最近の大企業のリストラクチュアリングや分社化を通じた新規事業を背景に増えてきている。そういう意味で、大手企業のリストラクチュアリングとの絡みでの分社化の問題と創業の問題が関連を深めているという点が指摘されています。

大企業からの脱サラ組は、いわゆるこれからの中高年のホワイトカラーのキャリアとして期待されているわけですが、今後、実際に順調に脱サラをして、スタートアップをして、事業をうまく立ち上げていけるかどうかという問題も非常に深められてきているという点が指摘されています。

もう一つ開業者の動機について重要なのは、従来の独立開業は経済的な逼迫が原因にあって、それからの解放、脱出という側面で議論されてきた傾向が強いが、最近は女性も含めて、高学歴の人も多く、経済的動機はもちろんありますが、それ以外に「自己実現を図りたい」あるいは「脱組織志向を図って、人に使われたくないから」という理由がアンケート調査の結果からも得られていることです。これを「開業動機の社会学化」と言っていますが、そういう開業者の開業動機の変化は重要な視点だろうと思います。

環境変化の下での中小企業のキャリア・技能形成・熟練形成

最後に、中小企業のキャリア・技能形成にかかわる問題についてごく簡単に触れたいと思います。

これまで中小企業のブルーカラー労働者の技能形成は小池さんの研究(小池和男『中小企業の熟練』同文舘、1981)にあるように、企業内のOJTが基本であると言われており、その中で技能を形成していく姿が基本にあったと思います。

ところが、先ほどの日本労働研究機構(報告書No.82、1996)によりますと、環境の急変によって中小企業間に格差がいろいろ見え始めてきている。それから体力のない企業への仕事の供給が制限されつつあるというような変化を経験しています。さらに供給面では、国内の若者が製造業離れを起こしているということで、若者の採用が難しいという問題も指摘されています。

これは専ら企業内OJTに依存してきた技能形成のあり方に重要な影響を与えると考えられます。というのは、例えばOJTが職場で効果的に機能する条件を考えると、まず第1に、仕事が絶えず供給されていなければいけない。第2番目に、一番やさしい仕事をする新人が絶えず供給されていないと、いつまでたっても同じ仕事しか与えられない、次の難しい仕事に移っていけないという制約が生まれてきます。それから、職場に適度なゆとりがなければ、教えるゆとりもないので、すぐできる先輩がやってしまって、若い人に仕事が回らないことも考えられるわけです。

このようにOJTは中小企業の人材育成の基本であり、依然として重要ですが、昨今の環境変化の中でそれを成立させる条件が、とりわけ製造業の場合には難しくなってきているという点があると思います。それはすでに挙げてきたことからも指摘されていると思います。これが第1点です。

第2点はサービス業の技能形成に関してです。日本労働研究機構(報告書No.92、1997)では、特定の企業に定着して、その中でOJTを中心とするキャリア形成を図り、人材形成を図っていく。いわゆる内部労働市場型のキャリアのほかに、業種や職種によっては職種・業種横断的に労働条件のいいところに移っていくような、労働市場が存在していることが示唆されてます。さらに外部型というか、条件が悪くなっていくような形で下降移動していく層も中高年者を中心に形成されていることが示唆されています。

このうち職種横断型とでもいえる労働市場が、サービス業で形成される背景には、OJTのほかに職種によっては職業資格取得などのOff-JTが重視される業界や職種もかなり存在しているという事情があると思います。

討論

中小企業の新規開業

松繁

開業率が減っているという問題は昨年の労働経済学の学界展望でも取り上げていますが、まだその理由ははっきりわかっていないというのが現状ではないでしょうか。開業資金の壁が非常に高くなったためとも言われていますし、中小企業が生き残っていくのに必要な会社の持つべき技術の水準が高くなってきたということがありそうです。

八代

参入障壁が高くなったということですか。

松繁

資金面では、バブルがはじけて土地の価格が下がったことがどの程度影響するかという点は、今から調査していくべき問題ですけれども、もう一つ重要なのは低い技術しか必要とされない生産活動の海外流出等によって、日本国内で開業し生き残るにはこれまで以上の高い技術が要求されるようになり、そのために、越えなければならない障壁が非常に高くなったように思います。また、これにより、かなりいい職場でいい訓練を積んだ後でなければ開業できない状況が生まれるとともに、技術を身につけるスパンが長くなり、結果、開業年齢が高くなる可能性があります。すると、高年齢で果たして開業に伴うリスクを引き受けられるかという新たな問題が出てくる。このような構造的なチャネルについて、今後研究されるべきだと思います。

八代

もう一つは、中小企業の問題を中小企業だけでとらえていられないということもあるのではないですか。例えば大企業における雇用の問題というのが実は中小企業に関係しており、大企業がしっかりしていないと中小企業の新規開業も難しいとか……。

佐藤

大企業の雇用者のキャリアと中小企業での雇用創出との関連がどこまでダイレクトに結びついているかは別として、今回取り上げた論文の中で、その関連性を深めてきているという点はたしかにあると思います。

松繁さんがおっしゃったように、実際に参入障壁が高くなってくる。そうすると、実際、そこで必要になってくる経営のノウハウには、当然、それに先行する熟練やキャリアが前提になってきます。それは良好な機会でなければいけない。そして習得するにはかなり時間がかかるようになるので、開業年齢が少し遅くなるという状況が一方で生まれてきますね。ところが、もう一方では大企業での早期退職や独立支援の問題は、年齢がもう少し低くなってくるような動きがあるようにも思います。その辺をどういうふうに調整していくかということが非常に大きな課題になってくるように思います。

松繁

多くの調査でも指摘されているように、開業すると所得も上がるのですが労働時間も増えるようです。高齢になると新しく事業を起こすことが体力的に難しくなる。ベストなのはいつごろかというと、40歳代を中心に前後10年間ぐらいということでしょうか。だとすると、退職後の第2の仕事として新規開業を考えられるかという問題がでてきます。

八代

大企業と中小企業との雇用の問題と考えれば、大企業は相対的に人が余っているわけですね。特に、この後で出てきますが、ホワイトカラーを中心に。中小企業は、こうしたホワイトカラー層の雇用の受け皿としては、どの程度機能するのでしょうか。

佐藤

職種から見ると、先ほど挙げましたようにサービス分野が増えてきている。これはやはり一つには、土地や設備のための開業資金が現在、非常に高額化してきている。それをある程度クリアできるのは、比較的人も少ない、お金も少なくていい、それから設備もあまり要らないようなサービス分野ですね。理美容や法律事務所、建物サービスの設計士などの専門性を持った、しかも都市型のサービス業で、比較的そういうニーズが芽生えている。そういうところで従業員のキャリアから見て、独立開業のチャネルがあるということが明らかにされています。

それと関連して、結局、高学歴で専門分野を持った人の今までのキャリアや資格など、ノウハウの蓄積がそのまま開業に結びついていくような職種と、それプラス、もっと大がかりな設備が必要になってくるというところでは大分状況が違っているだろうと思います。

八代

サービス関連ではそういう可能性があるということですね。

佐藤

製造の場合は、今までの一つのストーリーとしては、東北地方から上京してきて、京浜地帯あるいは大田区で働き、30歳代半ばぐらいになったら、身につけた腕を使って、貸工場や比較的安い設備を借りて、奥さんと一緒に細々と一人立ちするという構図がありました。典型的には高卒の技能工が、その延長線上に町工場のおやじさんになっていくというイメージがあった。それに対して今のサービス業の事例というのはちょっと違った部分が出てきているということだと思います。

海外移転に伴う技能の空洞化

八代

もう一つの論点として、機械振興協会の調査とも関係するんですけれども、佐藤さんのご報告では、いわゆる製造業が生産拠点を海外に移すことに伴って、技能の空洞化みたいなものが生じるのではないかと言われていますね。その辺についての知見は今回のサーベイの中でどうなのでしょうか。

佐藤

作業工程別に見ていきますと、たしかに海外調達に取って代わられるとか、あるいは外注化でなくなるとかというのもありますが、基本的には今までどおりの熟練技能が必要で、やはり中心的な技能の部分は今までどおりです。ある意味での高度化というべきか、複数の基本技能を持って多能工化して、できればNCのようなパソコン操作も含めたスキルをもう一段、縦に組み上げていく。こうした技能者像が要求されています。いわゆるスーパーテクニシャンという言い方もされていますが、そういうようなイメージがやはり強くなっています。

松繁

アメリカでは1980年代以降、所得格差が拡がりました。特に低技能労働者の所得が実質で見てもマイナスになっていくわけです。それには、技術革新により高い技能を身につけた者へ需要が高まった。一方、安い輸入品の流入により海外と競合するセクターで働いている人が海外の労働者と賃金競争しなければならなくなったという背景があるといわれています。

今、佐藤さんは、日本の場合は高度化していくとおっしゃいましたが、すべての人を高度化できるかどうかという問題があると思われます。これには中小企業においてまさに技能形成がどうやって行われていくか、そして、労働市場に入ってくる前の教育の問題もかかわってくると思いますが、その点はいかがですか。

もう一つは、先ほどの開業の問題に戻るのですが、ベンチャーキャピタルの育成や地方公共団体またはそれに準ずるものの支援で開業を促進しようという動きが果たして成功するかという問題があると思います。要するに、開業が起こらないのは資金が調達できないだけの問題なのか、それとも開業ノウハウを得る場所がないからなのか、これらの点が明らかになってないという気がします。

佐藤

第1点は、日本の場合、製造業に関してはこれまで入職超過率がマイナスに振れてきたので、若い人を中心に製造業ではしだいに供給が失われていく可能性が多いですね。私は、進学を中心とした今の学校教育制度に問題があると思います。もう少し、製造業そのものを、物づくりへの関心興味というものを大切にする教育システムにする必要があると思います。

そうしないと、先ほどの機械振興協会の調査にあったような生産分業構造も、基本的には一番下の町工場のところで支えられていますから、そこでの供給がなくなると今までのような日本的な生産システムの持っているメリットは、しだいに供給の面から失われてくるのではないか。最近、日本の生産分業システムを高く評価する研究(中村圭介『日本の職場と生産システム』東京大学出版会、1996)があらわれていますが、一番根っこのところは町工場ですから、その層への供給が途絶えてくると非常に大きな問題になると思います。

第2点のベンチャーキャピタルの問題については、なぜアメリカのような形で活況を呈しないのかということですね。一つは、松繁さんがご指摘になったように資金の問題があって、特に間接的な資金調達というか、土地不動産を担保にした資金をベースにしている限りは、やはり大企業中心で中小企業は苦労する。最近のファイナンスの状況からいっても貸し渋りが超きているわけですから、もっと輪をかけて大変になってくるという資金の問題がある。

それからまたもう一つ、資金調達は最近、銀行に依存しない形で行う、いわゆるエクイティファイナンスも芽生えてきていますけれども、まだポピュラーなものになっていない。また株式でも店頭株と上場株との間の格差があまりにもあり過ぎますね。アメリカの場合はNASDAQ(全米各地の端末を通信回線で結び、市場参加者のデータネットリーフによって結合された株式の店頭市場)です。マイクロソフトやアップルコンピュータなどもそういうところに入っている。つまり上場株市場と店頭株市場が対等になっているわけですね。日本は上場が上で、店頭が下というイメージが強いですね。その辺の関係をもう少し変えないと、元気のあるベンチャービジネスが育ってこないと思います。