資料シリーズNo.299
職場における生成 AI の活用による従業員への影響
―情報通信業 J 社と製造業 K 社の事例調査より―
概要
研究の目的
本研究の目的は、情報通信業J社と製造業K社の事例を通じて、職場レベルにおける生成AIの活用実態を明らかにし、そのうえで生成AIが従業員にどのような影響を及ぼしているのかを検討することである。
研究の方法
ヒアリング調査
主な事実発見
以下、本研究の要約と論点を示す。
Ⅰ 要約
- タスクの変化
生成AIの導入後のタスクの変化として、①補完的タスク変化(J・K社)、②タスクの幅の拡大(J社)、③タスクの再編成(K社)、④新たなタスクの創出(J・K社)、⑤タスクの部分的自動化の拡大(J社)がみられた。なお、生成AIの導入後のタスクの変化を十分に把握できなかった職種もあった(J・K社)。
- スキルの変化
生成AIの導入後のスキルの変化として、①新たなスキルの創出(J・K社)、②スキルの向上(J・K社)、③スキルの幅の拡大(J社)が確認され、また、④スキルの価値の低下も示唆された(J・K社)。
- 雇用と賃金の変化
生成AIの導入後、雇用および賃金の変化は確認されなかった(J社)。K社については今回の調査では把握できなかった。
- 生成AIの倫理的活用に関わる原則・方針
生成AIの倫理的活用に関わる原則・方針が策定されている(J・K社)。J社はAI開発・利用原則を策定している。K社は、人権やプライバシーの侵害、差別の助長、偽情報の発信などの課題に対応するため、生成AIの活用に関する倫理方針を策定している。
- ガイドライン
上記の原則・方針に基づき、生成AIの活用に関するガイドラインが策定されている(J・K社)。J社のガイドラインには、「安全・セキュリティの確保」「情報の取り扱い」「差別の禁止」「情報流出・著作権侵害・誤情報のリスク」「人間による情報確認」などがより詳細に定められている。K社のガイドラインにおいても、生成AIを具体的に活用する際の留意点が示されている。
- 社内研修
全従業員を対象とした社内研修が実施されている(J・K社)。J社の基礎研修は、全従業員が生成AIを理解し、活用スキルを向上させ、生成AIに対する疑念を払拭し、その用途を見定めることを目的としている。K社では、従業員が生成AIを適切に活用するためのリテラシーやリスクに関する意識を身につけることを目的としている。
- 活用事例の共有
生成AIの活用事例の共有も行われている(J・K社)。J社の一部門では、生成AIの活用事例に関する発表会を開催し、有益な事例を従業員間で共有している。K社は、生成AIを有効に活用している従業員がその事例を発表する社内イベントを開催している。このイベントには経営層も参加し、優れた活用事例の発表者に対して表彰が行われている。
- 生成AIをめぐる労使の対応
(1)生成AIに対する労働組合の見方
労働組合は、生成AIに対して肯定的な見方を示している(J・K社)。J労働組合は、生成AIが生産性向上や業務効率化に資する技術であることと、さらにJ社自体がその技術を提供する立場にあることから、肯定的な見方をしている。K労働組合も、生成AIが生産性向上、業務効率化、安全性向上につながる技術であるため、その活用に対して肯定的な見方を示している。他方、J労働組合は生成AIの活用に対して、「DX/AIスキルの格差・分断の回避」「雇用区分(正規/非正規)による格差是正」「公平・公正な機会提供」「柔軟に対応できる従業員ばかりではない」といった見方も示している。
(2)生成AIをめぐる労使協議
生成AIをめぐる労使協議については以下の点が確認された。第一に、生成AIの導入そのものをめぐる労使協議は実施されていない(J社)。その理由は、生成AIの導入目的が業務効率化や生産性向上であることや、人手不足ゆえに雇用削減の懸念が生じていないためである。なお、K社における導入をめぐる労使協議の実施状況については、本調査では明らかにできなかった。第二に、生成AIの活用をめぐる労使協議は実施されている(J社)。J労働組合は経営協議会の場で「公平・公正な機会提供」を確保するため、「スキルを高められるチャンスはみんな平等に提供すべし」と主張している。J社の労使は全従業員への研修機会の提供について合意している。ただし、研修機会の提供後に生じうるスキル格差に対する認識には、労使間で一定の相違がみられる。使用者側は許容しているが、労働組合側は懸念を示している。
Ⅱ 論点
- ハルシネーションの問題
生成AIが誤情報というハルシネーションを生成するため、その業務適用の困難性や情報の信頼性に対する懸念が語られてきた(Peng, B. et al. 2023; Brynjolfsson et al. 2023)。しかし、J社とK社は、ハルシネーションを問題として認識したうえで、その処理を行いながら生成AIを活用している。両社の事例は、ハルシネーションそのものを問題とするのではなく、ハルシネーションをいかに処理しながら生成AIを活用するかという問いを立てることの重要性を示唆している。さらに、タスクの種類によってハルシネーション処理の困難さが変化することも示唆された。したがって、ハルシネーションを一括りに問題とするのではなく、どのようなタスクに付随するハルシネーション処理がより困難かつ問題なのかを識別することが重要となろう。
- 低スキルの従業員への恩恵
ChatGPTは、従業員間にみられる生産性のばらつきを縮小し、特に低スキルの従業員が最も大きな恩恵を受けるとの知見が示されている(Brynjolfsson et al. 2023; Choi and Schwarcz 2023; Peng, S. et al. 2023; Zhang 2023)。J社とK社の事例においても、低スキルの従業員の方がより恩恵を受けている傾向が示唆される。例えば、両社では、生成AIの導入後、低スキルの従業員においてスキルの向上やスキルの幅の拡大が確認された。
一方、こうした恩恵と同時に、スキルの価値の低下も示唆された。低スキルの従業員であったとしても、特定のタスクが遂行可能となったためである。J社では、生成AIの活用により、プログラムの作成・修正スキルが乏しい従業員であっても、一部のプログラムの作成・修正が実行可能となっている。そのため、そのスキルの価値が低下していることが示唆される。K社でも同様の傾向がみられる。従来、希少なスキルを有していた従業員にとっては、スキルの価値の低下により、低スキルの従業員とのスキル差が縮小している可能性がある。
さらに、生成AIは基礎的な学習の希薄化という問題も生じさせている。自身が担うタスクの基礎学習を欠いたまま生成AIを活用することによって、業務上の不具合が生じるかもしれない。その場合、そのタスクを十分に理解し指導できる人材が職場において必要となろう。
- 生成AIの活用事例の共有をめぐる課題
生成AIの有効な活用事例をいかに従業員間で共有するかも重要な論点である(Brynjolfsson et al. 2023)。J社では、部門によっては生成AIの活用事例に関する発表会を開催し、有効な事例を共有している。一方、K社では、生成AIを有効に活用している従業員がその活用事例を発表する社内イベントを開催している。イベントには経営層も参加し、優れた活用事例に対しては表彰が行われている。金銭的な報酬の有無は不明であるものの、少なくとも、優れた活用事例を発表した従業員は役員層を含む従業員の前で表彰されるため、賞賛・承認という非金銭的な報酬を受け取っているといえる。しかし、非金銭的な報酬が活用事例を提供する従業員にとって有効か否かは明らかではない。したがって、生成AIの有効な活用事例を提供する従業員への報酬のあり方は、引き続き検討する必要がある。
- 倫理的活用に関する議論
生成AIを含むAI技術の活用をめぐっては、経済的効率性重視の議論が多く、倫理的活用に関する議論の少なさが指摘されている(藤本 2024)。少数事例ではあるものの、J社とK社では、第一に、AI技術の倫理的活用に関する原則・方針およびガイドラインが策定されている。さらに、両社は全従業員を対象とした社内研修も実施している。第二に、J社では、労使協議の場において、AI技術の倫理的な活用をめぐる議論が行われている。その内容を確認すると、現時点では採用や人事評価にAI技術を活用していないものの、将来的に活用する場合には、事前に労使間で合意を得ることとされている。
従来のAI技術の活用が特定部門の従業員を主な対象としていたのに対し、生成AIの活用はより広範な従業員に影響を及ぼしている。そのため、生成AIの倫理的活用を確保するうえで、労使双方の役割は従来以上に重要性を増しているかもしれない。
政策への貢献
本研究の成果は、生成AIをいかに活用していくかを検討するうえでの素材となりうる。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」
研究期間
令和7年度
執筆担当者
- 岩月 真也
- 労働政策研究・研修機構 研究員


