労働政策研究報告書No.228
職場におけるAI技術の活用と従業員への影響
―OECDとの国際比較研究に基づく日本の位置づけ―

2024年3月28日

概要

研究の目的

本研究は、OECD8カ国の金融業と製造業の職場において、AI技術の影響が従業員にどのような影響を及ぼしているのか、影響のあらわれ方にはどのようなパターンがみられるのか、8カ国の事例の中で日本の事例はどこに位置づきどのような共通性や差異がみられるのかをそれぞれ明らかにし、そのうえで8カ国にみられるパターンの分岐が何によって規定されるのかを探ることを目的としている。

研究の方法

ヒアリング調査、文献調査

主な事実発見

  1. 国別産業別企業数と国別職層別対象者数

    8カ国において、調査対象となった国別産業別の企業数は合計で96社である(図表1)。一部の国では調査対象企業の確保が困難であったため、エネルギー産業と物流産業が加わった。

    図表1 国別産業別企業数

      金融 製造 エネルギー 物流 合計
    オーストリア 6 10 2 - 18
    カナダ 6 7 - - 13
    フランス 3 3 1 - 7
    ドイツ 3 6 1 - 10
    アイルランド 4 8 3 1 16
    日本 4 5 - - 9
    イギリス 5 4 - - 9
    アメリカ 7 7 - - 14
    合計 38 50 7 1 96
    パーセント 40% 52% 7% 1% 100%

    原注:ドイツ、アイルランド、イギリスでは、企業が研究チームに複数の活用事例を提供した。

    出所:Milanez(2023:26)より作成。

    国別職層別のインタビュー対象者数をみると、管理職、人事担当、AI技術の導入のプロジェクト担当者などの経営層がやや多く、一般従業員や労働組合もしくは労使協議会の代表者などの従業員層はやや少ない(図表2)。

    図表2 国別職層別対象者数

      一般従業員 労働者代表 管理職 人事担当 プロジェクト担当 開発者 その他 合計
    オーストリア 7 5 17 4 10 3 4 50
    カナダ 4 3 18 - 4 4 5 38
    フランス 8 - 13 3 15 - - 39
    ドイツ 12 7 7 1 9 4 - 40
    アイルランド 2 3 15 - 9 4 - 33
    日本 9 8 9 8 8 8 - 50
    イギリス 8 4 9 5 14 7 - 47
    アメリカ 7 2 14 1 13 9 - 46
    合計 57 32 102 22 82 39 9 343
    パーセント 17% 9% 30% 6% 24% 11% 3% 100%

    原注:「その他」は、IT担当者、ITマネージャー、倫理研究者、購買アシスタント、データサイエンティストである。

    出所:Milanez(2023:27)より作成。

  2. タスクの変化

    AI技術の導入後、タスクの変化には4つのパターンがみられた。いずれのパターンにおいても、日本と他国の事例に共通性がみられた。

    第一にみられたパターンは、タスクそれ自体は従来と同様であり続けるが、業務効率化や生産性向上をもたらす補完的タスク変化である。

    第二に、タスクの完全自動化である。これは従業員が担う複数のタスクのうち、特定のタスクのみが完全に自動化したという意味である。複数のタスクから構成される従業員の業務そのものが代替されたわけではない。

    第三に、特定のタスクの部分的自動化である。

    第四に、データ分析、AI技術の精度向上などの新たなタスクの創出である。

    これらのタスクの変化は、企業組織のAI技術の活用方針、製造現場での品質管理のあり方、タスクの再編成のあり方と関連していることが示唆された。

  3. スキルの変化

    スキルの変化として4つのパターンがみられた。第一に、データ分析などの新たなスキルが要請されている。これは日本と他国の事例に共通性がみられた。

    第二に、AI技術が特定のタスクを完全もしくは部分的に自動化するなどの場合、従業員が従来担っていた高度なスキルを必要とするタスクの比重が増加することによって、高度なスキルの比重も増加した。日本と他国の事例に共通性がみられる。

    第三に、AI技術が特定のタスクを完全もしくは部分的に自動化する場合、従業員に低スキルのタスクが配分されることでスキルの低下が生じた。他国の事例ではスキルの低下がみられたが、日本の事例ではスキルの低下はみられない。

    第四に、AI技術がタスクに影響を及ぼしていないため、従業員に求められるスキルに変化が生じなかった。日本と他国の事例に共通性がみられた。

    従業員に求められるスキルの変化は、タスクの再編成のあり方と関連していることが示唆された。

  4. 雇用の変化

    雇用の変化として、3つのパターンがあらわれた。いずれのパターンにおいても日本と他国の事例に共通性がみられる。

    第一に、AI技術が従業員の仕事量に影響を及ぼしておらず、雇用は安定的であった。

    第二に、雇用の減少が一部に生じている。AI技術が従業員の仕事量を減少させた場合、企業組織は従業員を企業内で再配置するか、退職などの自然減に対する不補充を通じて対応した。後者の対応の場合に雇用が減少する。なお、いずれの国の事例においても解雇の実施はみられなかった。

    第三に、AI技術の開発関連職の雇用は増加傾向にあった。

    AI技術導入後の雇用の変化はAI技術の活用方針やタスクの再編成のあり方と関連していることが示唆された。

  5. 賃金の変化

    賃金の変化には3つのパターンがみられた。

    第一に、従業員の賃金に変化は生じていない。日本と他国の事例に共通性がみられた。

    第二に、従業員が担うタスクや必要とされるスキルの向上による賃金の増加がみられた。日本の事例では賃金の増加はみられないが、他国の事例ではみられる。日本と他国の事例に差異がみられた。

    第三に、従業員のタスクに必要とされるスキルが低下したことによって、一部の事例で賃金の低下が生じている。日本の事例では賃金の低下はみられないが、他国の事例ではみられた。ここにも日本と他国の事例に差異がみられる。

    AI技術導入後の賃金の変化は、賃金制度や労働協約と関連していることが示唆された。

  6. AI技術をめぐる労使の対応

    AI技術をめぐる労使の対応を通して明らかになったことは、第一に、労働組合や労使協議会の代表者は、業務効率化や労働環境の向上などの観点から、AI技術を肯定的に捉えている。一方、将来的な雇用のあり方、監視の強化、スキルの低下などの懸念も示している。日本と他国の事例に共通性がみられた。

    第二に、AI技術が雇用、賃金、労働条件に顕著な影響を及ぼしていないため、多くの事例ではAI技術をめぐる集団的な労使協議は実施されていない。この点も日本と他国の事例に共通性がみられる。

    一方、第三に、ドイツやオーストリアを中心として、AI技術をめぐる集団的な労使協議が実施されていた。日本の事例では実施されておらず、日本と他国の事例に差異がみられる。

    第四に、AI技術の開発過程への従業員の参加や、AI技術の開発や導入に関する従業員への説明会というインフォーマルな労使コミュニケーションがおこなわれている。日本と他国の事例に共通性がみられた。

    第五に、日本のインフォーマルな労使コミュニケーションのあり方は、他国よりも「より体系的」とみられ、日本の特徴である可能性が示唆された。

    労使関係のあり方は、雇用、賃金、再配置、研修、AI技術の機能とそれぞれ関連していることも示唆された。

政策的インプリケーション

① 人口減少に伴う人手不足への対応として、AI技術の活用が選択肢の1つになりうること、② AI技術に関連する能力開発を実施する際、対象者層別のメニュー化と高年齢層への配慮が必要であること、③ 企業間の労働移動を考えた場合、専門的なAIスキルを要する人材には、専門的スキルと事業内容の知識という複数のスキル・知識が必要であること、④ 集団的な労使協議を実施する場合には十分な情報共有とAI技術に対する従業員側の知識が重要であることがそれぞれ示唆された。

政策への貢献

AI技術などのデジタル技術の普及に伴う、多様な働き方と処遇の変化に対応する労働政策や労使関係の検討の素材として貢献しうる。

本文

研究の 区分

プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」

研究期間

令和5年度

執筆担当者

岩月 真也
研究員

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内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

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