資料シリーズNo.289
労働組合のない企業における労働時間などをめぐる労使コミュニケーションと過半数代表者の関与
概要
研究の目的
本研究の目的は、労働組合のない企業における労働時間などをめぐる労使コミュニケーションと過半数代表者の関与のあり方を明らかにし、今後の労使コミュニケーションや過半数代表者の関与のあり方に関する議論の素材を提供することである。
具体的な研究課題として、次の5つを設定した。①労使コミュニケーションの方針と形態を明らかにする。②過半数代表者の役割、選出手続き、使用者による過半数代表者への立候補を促す工夫および過半数代表者の役割遂行に資する取り組み、新型コロナウイルス感染症への対応をそれぞれ明らかにする。③使用者が過半数代表者に限らず、多様な従業員の意見を集約する手段を明らかにする。④各企業における過半数代表者の役割にどのような差異がみられるのかを確認し、差異がみられるのならば、その理由を検討する。⑤以上の事実発見と検討を通じて、今後の労使コミュニケーションや過半数代表者の関与に関する議論に資する素材を提供する。
研究の方法
ヒアリング調査
主な事実発見
1.労使コミュニケーションの形態
各社の労使コミュニケーションの形態としては、委員会・会議、意見交換会、情報公開、面談、アンケート、勉強会、声かけ、社員会活動がみられる(図表1)。全社において、様々な労使コミュニケーションの形態を通じて、良好な労使コミュニケーションが図られている。
図表1 各社の労使コミュニケーションの形態
社名 | 委員会・会議 | 意見交換会 | 情報公開 | 面談 | アンケート | 勉強会 | 声かけ | 社員会活動 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
山梨ユニフォーム | 安全衛生委員会 | 法令遵守に関する事項、36協定の内容、労働時間、就業規則など | 社長面談 | 声かけ | ||||
サンプラン | グループ討論 週間工程会議 |
人件費などの経理情報 | ||||||
現場サポート | 労働安全委員会 | 労働時間、事業計画、生産性、年収計画など | 役員面談 部長面談 |
働きがい モラール エンゲージメント |
勉強会 | 「仲間会」 | ||
ヒューマンライフ | 幹部会議 リーダーミーティング ハッピースマイル委員会 安全衛生委員会 エコ推進委員会 |
36協定の内容 | 個人面談 | リーダーミーティング | ||||
レイジックス | 全社会議 店舗ミーティング |
労働時間、時間外労働とそれへの対応など 労働環境の改善状況 |
「ふるまい飯」 | 「考流会」 | ||||
エイベックス | 労使の意見交換会 | 従業員の意見に対する経営側の回答 | 就業規則、賃金の規程、36協定など含む | 経営指針発表会 目標成果発表会 学習会 |
||||
オーザック | 社長面談 | 朝礼 声かけ |
「けやき会」 | |||||
合同経営グループ | 労働環境・就業規則委員会 職場環境・親睦委員会 |
「社員代表会議(仮称)」の検討 | 経営計画、就業規則、給与規程、アンケート結果を公開 | 全社面談 ワンワンミーティング |
職場環境、就業規則 |
注:太字は各社の労使コミュニケーションに中心になりうる形態である。
出所:ヒアリング記録より作成。
第一に、一般従業員が参加する委員会・会議を通じた労使コミュニケーションにおいては、時間外労働を含む労働時間の管理、36協定や就業規則などの協議、従業員の健康管理、職場での困りごとの対応などが行われている。第二に、労使の意見交換会では、過半数代表者が各拠点の従業員の意見を集約し、集約した意見を経営側に提出し、経営側は従業員の意見に対して回答する。この回答は全従業員に公開される。第三に、多くの企業では、過半数代表者を含む全従業員に対して、自社の経営状況、労働時間、就業規則などの情報を公開している。第四に、社長や部長などの経営者側と従業員との面談も実施されている。第五に、従業員に対してアンケートを実施している企業がみられる。第六に、自社の理念を共有する場として勉強会を設置し、労使コミュニケーションを図っている企業もみられる。第七に、社長などの経営者側と従業員との声かけが日常業務の中で行われている。第八に、労使で構成される社員会活動もみられる。
2.過半数代表者の役割
各社の過半数代表者の役割を整理したものが図表2である。いずれの企業でも過半数代表者は、36協定や就業規則の内容を確認し署名・捺印を行っている。一方、レイジックスとエイベックスの過半数代表者は、従業員の意見集約も行っている。サンプランの過半数代表者は、36協定や就業規則の内容をめぐる協議に参加している。したがって、過半数代表者の役割が36協定の内容確認と署名・捺印のみである企業と、それに加え意見集約・協議も行っている企業とが確認でき、過半数代表者の役割に差異がみられる。
図表2 各社の過半数代表者の役割
社名 | 署名・捺印 | 協議・意見集約 |
---|---|---|
山梨ユニフォーム | 内容確認・捺印 | |
サンプラン | 内容確認・署名 | 協議 |
現場サポート | 内容確認・捺印 | |
ヒューマンライフ | 内容確認・署名 | |
レイジックス | 内容確認・署名 | 意見集約 |
エイベックス | 内容確認・署名 | 意見集約 |
オーザック | 内容確認・署名 | |
合同経営グループ | 内容確認・署名 |
出所:ヒアリング記録より作成。
3.過半数代表者の役割の差異に関する考察
過半数代表者の役割に差異が生じる理由を検討した。多くの企業の過半数代表者の役割は、36協定の内容確認と署名・捺印のみという限定的なものであった。これを過半数代表者の「限定的な役割」と呼ぼう。限定的な役割は、山梨ユニフォーム、現場サポート、ヒューマンライフ、オーザック、合同経営グループの5社に当てはまる。一方、少数の企業では、過半数代表者が36協定の内容確認と署名に加え、従業員の意見集約や協議も行っている。これを過半数代表者の「多様な役割」と呼ぼう。多様な役割のうち、従業員の意見集約に該当するのは、レイジックスおよびエイベックスである。協議への参加に該当するのはサンプランである。
(1)過半数代表者の限定的な役割
過半数代表者の限定的な役割がどのような事柄と関連しているのかを検討しよう。
第一に、そもそも時間外労働がほとんど発生していないことが限定的な役割と関連していると考えられる。ほとんど発生していないというのは、時間外労働が36協定の上限時間付近に達していないという意味である。これは限定的な役割であった5社に共通する。時間外労働がほとんど発生していないため、36協定の締結にあたって、過半数代表者が他の従業員の意見集約を行う必要性が希薄になると考えられる。
第二に、36協定や就業規則を協議する委員会に一般従業員が参加していることも限定的な役割と関連しているかもしれない。例えば、山梨ユニフォームでは、過半数代表者ではないものの、5名の従業員代表者が安全衛生委員会に出席し、そこで36協定や就業規則に関する協議を行っている。さらに同委員会での協議内容は全従業員に公開される。同委員会で36協定の内容を協議し決定するため、改めて過半数代表者が他の従業員の意見集約を行う必要性は乏しくなる。また、合同経営グループは、就業規則アンケートを全従業員に対して実施し、一般従業員が参加する労働環境・就業規則委員会で従業員の意見集約を行っている。アンケートおよび労働環境・就業規則委員会を通じて全従業員の意見集約が行われているため、やはり過半数代表者が別途他の従業員の意見集約を行う必要性は乏しくなる。
第三に、オーザックの声かけでみられたように、過半数代表者を含む全従業員が経営者側に対して意見を直接表明しやすい環境が構築されていることも限定的な役割と関連しているかもしれない。つまり、全従業員が使用者に意見を直接表明できるため、過半数代表者が他の従業員の意見集約を行う動機が乏しくなるということである。
(2)過半数代表者の多様な役割
次に、過半数代表者の多様な役割がどのような事柄と関連しているのかを検討する。
第一に、時間外労働が36協定の上限時間付近もしくは特別条項の範囲に及ぶほど発生していることが多様な役割と関連しているかもしれない。一定の時間外労働が発生しているため、過半数代表者には36協定の内容確認と署名に留まらず、協定締結前に他の従業員の意見集約や協議を行う必要性が生じると考えられる。
第二に、過半数代表者の多様な役割は、労使コミュニケーションの方針とも関連しているかもしれない。レイジックスの方針は、「従業員の合意に基づく決定」である。また、エイベックスの方針は、「安心できる雇用条件、労働環境、能力が発揮しやすい職場」である。サンプランの方針は「労使対応」である。このような方針が立てられているため、一定の時間外労働が発生している場合、過半数代表者による従業員の意見集約や協議への参加が図られると考えられる。
政策的インプリケーション
本研究を通じて浮かび上がった政策的インプリケーションは、次の4点である。①調査対象企業の取り組みは、恒常的な労使コミュニケーションに向けての体制構築の参考事例となりうる。②過半数代表者を含む全従業員に対する労働時間などの情報公開は重要であり、それは36協定締結後における労使双方でのチェック機能を果たすことにつながりうると考えられる。③過半数代表者への立候補を促す使用者の工夫としては、労働時間制度の勉強になることの奨励や制度改定の当事者としての実感をもたせることが考えられる。④過半数代表者が自身の役割を認識できるよう、過半数代表者の役割遂行に資する使用者による説明もまた重要である。
政策への貢献
本研究の成果は、今後の労使コミュニケーションや過半数代表者の関与のあり方に関する議論の素材になりうる。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」
研究期間
令和6年度
執筆担当者
- 岩月 真也
- 労働政策研究・研修機構 研究員