資料シリーズ No.226
ジョブ・カードを活用したキャリアコンサルティング
─企業領域におけるキャリア・プランニングツールとしての機能を中心として─

2020年3月13日

概要

研究の目的

厚生労働省が2015年より推進している新ジョブ・カードは、雇用型訓練を活用する企業においては一定の実績がみられる一方、キャリア・プランニングツールとしての活用は、現時点では十分に普及しているとは言いがたい。そのため、従来から「キャリア・プラン作成補助シート」「ジョブ・カード作成マニュアル」「ジョブ・カード活用ガイド」「ジョブ・カード講習テキスト」等を作成し、普及啓発に努めてきたが、未だその活用は限定的なものに留まる。そこで、ジョブ・カードのキャリア・プランニングツールとしての機能を広くアピールしていくために、ジョブ・カードを活用したキャリアコンサルティングがどのような効果をもたらすのか、また、企業領域においていかに効果的に活用されているのか等、ジョブ・カードのキャリア・プランニングツールとしての活用について総合的に明らかにすることを目的とした。特に、キャリアコンサルティング、セルフ・キャリアドック他の各種キャリア形成支援施策の相互の関連及びその具体的な活用実態に着目し、企業領域におけるキャリア・プランニングツールとしてのジョブ・カードの活用に伴う困難や課題を明らかにし、ジョブ・カード制度を含むキャリア形成支援施策及び企業領域のキャリア形成支援の今後の可能性を探ることを目的とした。

研究の方法

インタビュー調査。主にセルフ・キャリアドックその他の企業領域のキャリアコンサルティングの取り組みにおいてジョブ・カードを活用した経験を一定程度以上に有するキャリアコンサルタント15名を対象とした有識者ヒアリング。令和元年5月から7月にかけて実施した。

主な事実発見

  1. 企業におけるジョブ・カード活用には、① 自己理解の促進、② キャリアコンサルティングの円滑化、③ キャリア・プランニング、④ モチベーション向上、⑤ 能力開発・人材育成、⑥組織との関係性向上の6カテゴリを見出すことができ、キャリアコンサルティングの流れの中で位置づけて捉えることができた(図表1)。企業にジョブ・カードを導入するには、経営者及び対象従業員にその用途や意味についての丁寧な説明をしたり、キャリア形成や記入方法についてのガイダンスを実施するなど、十分な説明やガイダンスをする必要性が示された。企業におけるジョブ・カードの活用方法は単なる職業の棚卸し以上のものがあり、特に「組織との関係性向上」のための組織へのフィードバック・ツールとしての活用が認められた点は新たな可能性が示唆される。

    図表1 企業領域のキャリアコンサルティングにおけるジョブ・カード活用の位置づけ

    図表1画像

  2. 企業領域でキャリアコンサルティングの導入が進み始め、現在、多くの先進的な企業の試行錯誤の中から、企業でキャリアコンサルティングをより効果的に進めるために必要となるコンピテンシー(知識・技能、態度)が明確になりつつあることが示された。一方で、カウンセリングスキルの向上を中心課題としつつ、ジョブ・カードの活用や、セルフ・キャリアドックの導入を推進することが、多様なスキルを併せ持つキャリアコンサルタントの育成に繋がることが示された。例えば、経験の浅いキャリアコンサルタントが熟練のキャリアコンサルタントと協働することで、カウンセリングスキル以外のスキル習得に資する振り返りの視点を得ていた。

    図表2 企業領域でジョブ・カードを用いたキャリアコンサルティングに必要なコンピテンシー

    図表2画像

  3. 臨床心理学的な観点からキャリア課題の外在化(※)について検討した。その結果、(1)キャリア課題の外在化の難しさとして、キャリアについて話すことがない、キャリアの話は会社に言いにくいという認識があるなど、外在化機会がないことや抵抗感の存在が明らかになった。(2)また外在化以前にキャリア意識をもつ段階にも困難さがあることが確認され、キャリア課題の外在化は発達的な段階を経ていることが想定された。(3)キャリア課題の外在化の個人にとっての効果は、目標が明確になる、納得感が高まり不満が減る、より深いキャリア意識を持つなどだった。また他者や組織にとっての効果は、従業員と経営者の相互作用によるキャリア意識の高まり、組織の活性化、企業と従業員の相互理解の深まりだった。(4)その他、アセスメントの重要性等の論点についても考察を行った。

    (※ここでは、クライエント自身が潜在的にもつキャリア意識をクライエントの外に表出し、可視化する過程を「キャリア課題の外在化」と呼ぶ)

  4. ジョブ・カードについて、キャリアコンサルティング、セルフ・キャリアドック等の各種キャリア形成支援施策との関わりで検討した結果、(1) ジョブ・カードとキャリアコンサルティングは密接な関係があり、話をするきっかけになる、関係構築に負担がかからない、相談のプロセス全体をコントロールしやすいなど、両者を組み合わせることが効果的であること、(2) ジョブ・カードは一定の様式が公的な施策として準備されている点もさることながら、自己理解を深め、キャリア・プランニングを行い得る点で有効活用でき、共通フォーマットとして様々なコミュニケーションのツールとなること、(3) セルフ・キャリアドックを通じてキャリアコンサルタントと企業との関わりが進展していること、助成金によって結びついている面はあるが、助成金の要件改訂後も一定程度は継続されている場合があり、ある程度まで所期の目的を達成していることなどが示された。

図表3 ジョブ・カードとキャリアコンサルティング及びセルフ・キャリアドックとの関わり

図表3画像

政策的インプリケーション

(1)キャリア形成支援施策全般について

ジョブ・カード、キャリアコンサルティング、セルフ・キャリアドックの各種の取り組みは、それぞれキャリア支援のツール、人材、枠組みを提供しており、いずれも所期の目的を一定程度まで達していた。特に、ジョブ・カードが無料で提供されることにより、キャリアコンサルティングで使用されるツールのミニマムを規定し、日本のキャリア形成支援施策全体の底上げに寄与している点は重視される。OECD等の国際機関における先進国のキャリアガイダンス施策の議論では、従来、主に公費によって提供されてきたキャリアガイダンスの費用を縮減すべく、民間セクターにおいてキャリアガイダンスを提供することが継続的に検討されてきた。その際、国や自治体他の公的機関が広く社会全体で利用可能なキャリアガイダンスのスキームを提供し、インフラの整備を行うことが重視されてきた。日本のキャリア形成支援施策の動向も、そうした先進各国の政策動向と軌を一にするものであり、一定の効果がみられていた。

(2)企業領域のキャリア形成支援について

上記の動向のもと、近年、日本のキャリア形成支援施策では、個人を対象としたキャリア形成支援とは別に、企業を対象としたキャリア形成支援が推進されている。キャリア・プランニングツールとしてのジョブ・カードを活用したキャリアコンサルティングについても、セルフ・キャリアドックの経験の蓄積に伴って様々な可能性が指摘された。第一線のキャリアコンサルタントによって企業の課題を解決するための各種の方策が提案されているが、なかでも企業に対する有益なフィードバックへの注力などの新たな展開がみられている。また、企業内の人材関連のデータベースとして人材情報を蓄積し、各場面で有効活用する可能性なども指摘されている。一方で、個人のキャリア形成支援と企業にメリットのあるキャリア形成支援には齟齬も感じられており、特に、企業内で従業員の相談を行うことで生じる守秘義務の問題は、厳密な法的な定めが設けられた後はより先鋭化した課題となっている。

(3)日本の雇用環境とキャリア形成支援

90年代の個人主導のキャリア形成の動向を受けて、2001年に整備・普及が開始されたキャリアコンサルティングであるが、2015年の新ジョブ・カード制度、2016年のセルフ・キャリアドック制度と企業領域に拡大し、キャリア形成支援施策としてまとまりのある形に展開してきた。その効果は一定程度みられるが、企業内のキャリア形成支援施策は日本型雇用システムと親和性が高く(労働政策研究・研修機構,2015「企業内キャリア・コンサルティングとその日本的特質」)、比較的長期の雇用に対する期待を前提に、主に内部労働市場における調整を念頭において整備されることは改めて考慮しておきたい。従って、今後、長期雇用の前提が著しく崩れると見る場合には、企業は長期的な人材育成に対する動機を失い、キャリア形成支援の一定以上の普及拡大には困難が予想される。その場合、職業生活全体に占める転職の比重は大きくなり、外部労働市場におけるキャリア形成支援施策が改めて重要となる。今後、企業領域のキャリア形成支援施策に従来同様の関心を持ちつつも、あわせて離転職者を想定したキャリア形成支援施策にも継続的に問題意識を持つ必要性が示唆される。

政策への貢献

ジョブ・カード、キャリアコンサルティング、セルフ・キャリアドック等の各種キャリア形成施策を中⼼に幅広く⼈材開発⾏政に資することが期待される。

本文

本文がスムーズに表示しない場合は下記からご参照をお願いします。

研究の区分

プロジェクト研究「全員参加型の社会実現に向けたキャリア形成支援に関する研究」
サブテーマ「労働者の主体的なキャリア形成とその支援のあり方に関する研究」

研究期間

令和元年度

担当者

下村 英雄
労働政策研究・研修機構 キャリア支援部門主任研究員
松原 亜矢子
労働政策研究・研修機構 キャリア支援部門統括研究員
高橋 浩
ユースキャリア研究所代表
新目 真紀
職業能力開発総合大学校能力開発院准教授
黒沢 拓夢
労働政策研究・研修機構 キャリア支援部門アシスタント・フェロー
東京大学大学院教育学研究科

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