労働政策研究報告書No.223
企業のキャリア形成支援施策導入における現状と課題

2023年2月28日

概要

研究の目的

企業におけるキャリアコンサルティングのよりいっそうの普及推進を検討するにあたっては、その実態把握及び制度設計に係るエビデンスを継続的かつ綿密に収集することが必要となる。かかる問題意識から厚生労働省キャリア形成支援室による要請を受け、企業におけるキャリアコンサルティングの活用状況に関する調査を実施した。その際、企業におけるキャリアコンサルティングの導入状況の他、企業内の各種キャリア形成支援施策、企業属性及び経営状況など、様々な関連事項についてもあわせて検討を行った。特に、企業内の能力開発の特徴・課題・費用(予算)等との関連を検討することで、企業内の能力開発及びキャリア支援全般について詳しい実態把握を行うことを目的とした。調査をもとに企業のキャリア形成支援全般および能力開発・人材育成全般に関する示唆を行い、最終的に企業におけるキャリアコンサルティングについて新たな視点から示唆・提言を行うこととした。

研究の方法

(1)調査対象
東京商工リサーチが保有する企業データベースから、総務省「経済センサス-活動調査」(2016年)の産業・事業所規模の分布に基づいて、産業(16区分)・従業員規模(5区分)別に層化無作為抽出した従業員規模30人以上の全国の企業20,000社(農林漁業、公務除く)を対象とした企業調査。なお、30人未満の企業についても回答があった場合には比較のため調査に含めた。
(2)調査方法
郵送法による配布・回収。
(3)調査項目
  • 企業属性(業種、創業年、従業員数、海外事業所展開、資本関係、正社員比率、女性正社員比率、45歳以上比率等)
  • 現在と3年前の変化(売上高、経常利益、総人件費、全従業員数、うち正社員数、新卒正社員採用数、中途正社員採用数、従業員の離職率、新入社員の定着率等)
  • キャリア形成支援施策(事業内職業能力開発計画、職業能力開発推進者、職業能力開発推進者はキャリアコンサルタントか否か、キャリアコンサルティング、セルフ・キャリアドック、ジョブ・カードの導入状況等)
  • 能力開発の特徴(能力開発に対する積極性、能力開発の責任主体、能力開発の方針等)
  • 人材育成の取り組み(人材育成の実態、人材に関する重要テーマ・経営課題、予算等)
  • キャリア研修(対象層、参加方法、講師、プログラム内容等)
  • キャリア相談(相談の有無、担当組織、担当者の配置・人数・資格、担当業務等)
(4)実施時期
令和4年1月実査(1月5日調査票発送。1月31日締め切り。2月1日到着分までを回収)。
(5)回収数
3,951通(回収率19.8%)。なお、目標回収率は15%として、全社に対するはがきによる督促状の発送を行った。

主な事実発見

本調査の結果のうち、キャリア形成支援施策、キャリア研修、キャリア相談に関連する主な事実発見は以下のとおりである。

  1. 事業内職業能力開発計画を全ての事業所で作成している企業は2割弱、職業能力開発推進者を全ての事業所で選任している企業は1割弱、キャリアコンサルティング、セルフ・キャリアドック、ジョブ・カードを、それぞれ内容を含めて知っており活用している企業は数%から5%程度であった。その際、① 従業員の能力開発に積極的である企業、能力開発を企業の責任であると考える企業、能力開発に長期的な方針を持つ企業では各種キャリア形成支援施策の導入率は高かった(図表1)。② また、従来から知られているとおり、従業員数が多いほど、各種キャリア支援施策の導入率が高かった。③ さらに、キャリアコンサルティングの認知及び活用と関連が深い要因として「従業員に占める45歳以上比率」及び「直近3年間の新卒正社員採用数の増加」が挙げられた(図表2)。なお、キャリアコンサルティングの導入率について、本調査は「企業調査」であったため企業全体の全社的な取り組みについて回答を求める形となっており、「事業所調査」でキャリアコンサルティングの導入率をたずねる職業能力開発基本調査より低めの回答になっていることに留意されたい。

    図表1 能力開発の責任主体別にみたキャリアコンサルティングの認知及び活用

    図表2 従業員に占める45歳以上比率別にみたキャリアコンサルティングの認知及び活用

    概して従業員に占める45歳以上比率が低いほど、キャリアコンサルティングを知っており、活用している割合が高い。

  2. キャリア研修について、概して、① 能力開発に対して積極的な企業であるほど、② 中長期的な能力開発方針をもつ企業ほど、③ 従業員数が多いほど、④ 45歳以上比率が少ない企業ほど、若手社員を対象とした研修、必須の研修、3日以上のキャリア研修が多く、一部を社外講師に委託する場合が多かった。また、キャリアに関する講義他の様々なプログラムを取り上げ、研修後も参加者全員にフォローアップの機会を設けていた。
  3. キャリア相談のしくみが大規模かつ専門的に行われている企業は限定的であった。特に、① キャリア相談を担当する部署の半数以上はキャリア支援専門の部署ではない人事部門が担っていた。② 担当者の半数以上は他業務と兼任していた。③ 約4割の企業で担当者は1名であった。④ キャリアコンサルタント資格を有する担当者がいる企業は全体の1割程度であった(図表3)。企業属性別にみると、① 従業員数の多い会社では担当者が複数名であることが多かった。② 従業員数が1000人以上の企業では約3割の企業にキャリアコンサルタント資格を有する担当者がいた。③ 45歳以上比率の低い企業ほどキャリアコンサルタント資格を有する担当者がいる割合が高かった。④ 3年前と比較して新卒正社員採用者数が増加している企業は、相談担当者の人数が多かった。企業内のキャリア相談のしくみを持つ企業においても、よりいっそう充実した環境整備の余地があることが示唆される。

    図表3 キャリア相談のしくみがある企業における相談担当者の資格(複数回答)

    キャリア相談のしくみがある企業でも、キャリアコンサルタントが相談にあたっている割合は約10%にとどまる。

  4. キャリア相談のしくみの無い企業の特徴として、① 販売やサービスの業種、② 従業員数が少ない、③ 創業年が古い、④ 従業員に占める45歳以上比率が多い、⑤3年前と比較して、売上高、総人件費、従業員数、中途正社員採用数、新入社員定着率が減少・低下し、離職率が増加している企業が多かった。キャリア相談を行っていない理由は「労働者からの希望がない」が最も多かった。キャリア相談を導入する条件としては「従業員のニーズがあれば導入する」が最も多かった。今後、キャリアコンサルティングを実施したいかについては「わからない」が最も多かった。その理由としては「キャリアコンサルティング以外に、もっと優先して解決すべき課題がある」が最も多かった。

政策的インプリケーション

企業内キャリアコンサルティングを含む企業のキャリア形成支援全般に関する本調査結果に基づく示唆は以下の3点に整理される。

第一に、企業の従業員に対する能力開発の意欲は高い一方、キャリアコンサルティング、ジョブ・カード、セルフ・キャリアドック等の各種キャリア形成支援施策の導入率は低く、一定のギャップがみられた。しかしながら両者には関連性も示されており、従業員の能力開発に積極的な企業、従業員の能力開発は企業の責任であると考える企業、長期的な能力開発方針を持つ企業ほど、キャリア形成支援施策の導入の割合は高かった。これらの結果から、積極的な能力開発に対する意欲をもつ企業に対して、各種キャリア形成支援施策の導入を推進する余地は十分にあり、したがって、企業等に対するよりいっそうの啓発普及が求められることが示唆される。

第二に、本調査結果全般を通じて、企業におけるキャリア形成支援施策と関連の深い要因がいくつか示された。1つは従来からよく知られている従業員数であり、従業員数が多いほど各種キャリア支援施策の導入率は高かった。その他に「従業員に占める45歳以上比率」及び「新卒正社員採用数の増加」と関連が示された。すなわち45歳以上比率が低いほど、また新卒正社員採用数が直近3年間で増えているほど各種キャリア形成支援施策の導入率は高かった。現状では企業のキャリア形成支援施策とは基本的に企業内の若年従業員を対象とした施策である可能性を指摘でき、今後のキャリア形成支援施策の普及促進の方策として若年層の人材育成・教育訓練という面を強調することが考えられる。一方、中高年を対象としたキャリア形成支援策を導入するための企業のインセンティブをいかに確保するかは、今後も大きな課題として残される。

第三に、キャリア相談を行わない企業の特徴について分析した結果、キャリア相談を行わない最も多い理由は「労働者からの希望がない」ことであった。また、今後、キャリア相談を導入する条件として「従業員のニーズがあれば導入する」が最も多かった。これらの結果は、キャリア相談に対する労働者からの希望やニーズが実際に少ないという表面的な解釈の他に、労働者の相談希望やニーズを企業側で十分に酌み取れていない可能性、労働者の相談希望やニーズが企業内のキャリア相談で解決する内容のものではない可能性などもあり、今後、慎重な検討を要する。特に、労働者一般の相談希望やニーズの具体的内容あるいはその背景にあるキャリア観・キャリア意識等については引き続き検討する必要性が示唆される。

政策への貢献

厚生労働省における「キャリアコンサルティング登録制度等に関する検討会」他の各種キャリア形成支援に係る会議・研究会等で資料として活用予定。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「職業構造・キャリア形成支援に関する研究」
サブテーマ「キャリア形成・相談支援・支援ツール開発に関する研究」

研究期間

令和3~4年度

執筆担当者

下村 英雄
労働政策研究・研修機構 副統括研究員
黒沢 拓夢
東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース 博士課程
菰田 孝行
東京医科大学 教育IRセンター

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