労働政策研究報告書No.218
派遣労働をめぐる政策効果の実証分析
概要
研究の目的
本報告書は、労働者派遣法において2015年(平成27年)のキャリア形成支援と雇用安定措置、2018年(平成30年)の同一労働同一賃金、2014年(平成26年)から開始された優良派遣事業者認定制度といった、派遣労働をめぐる法政策の効果について検証する。使用するデータは、2019年度と2020年度に実施した派遣元事業所を対象とした調査を元にしている。2015年改正から5年経過したタイミングと、同一労働同一賃金施行前後の状況を把握するために2年にわたり、同一事業所に向けて実施した。本報告書の構成は次のようになっている。
第1章と第2章は同一労働同一賃金の法政策の効果について、賃金をアウトカムとして捉え分析している。派遣先均等・均衡方式と労使協定方式はどちらが有効に機能しているのか。手当等の適用がどういった事業所で拡充し、どういった特徴があり、その上で賃金への影響を探っている。
第3章は、キャリア形成支援を取り上げ、賃金や派遣料金に効果が表れてきているのかを分析している。2015年改正で派遣労働者のキャリア形成支援が義務付けられてから5年経ち、キャリア形成支援に積極的な事業所はどのような取組みをしているのか、こういった事業所は賃金や派遣料金は高いのかを検証する。
第4章は、優良派遣事業者認定制度を取り上げる。認定を取得している派遣元事業主は、キャリア形成支援、雇用安定措置、同一労働同一賃金といった法政策に対してどのような雇用管理を実践し、また派遣労働者の定着や派遣マージン率の確保という成果を得られているのかを検証する。
第5章は、派遣労働がコロナ禍の影響をどの程度を受け、雇用が減少したのか。コロナ前の雇用安定措置の本格施行で無期転換した派遣労働者がいる事業所はどういった傾向を持ち、雇用はどうなったのかを検証する。
研究の方法
本報告書の分析に使用するデータは、2019年9月に実施した「派遣労働者の人事処遇制度とキャリア形成に関する調査」(19年度調査という)と、2021年2月に実施した「派遣労働者の同一労働同一賃金ルール施行状況とコロナ禍における就業状況に関する調査」(20年度調査という)によっている。
19年度調査時点で、労働者派遣事業を開始後2年以上の事業所を調査対象とし、両調査とも同じ調査対象となっている。調査対象事業所数は23,805件で、19年度調査は、有効回収数は7,366件(30.9%)、20年度調査は8,389件(35.2%)である。
この調査の特徴は、事業所のIDによってマッチングデータを作成できることであり、両調査に回答したサンプルは4,161件である。
主な事実発見
- 同一労働同一賃金を見据えた賃金と派遣料金の変化:手当等の適用が賃金に与える影響(第1章)
同章では、同一労働同一賃金施行に伴って賃金と派遣料金がどのように変わるのかを検討している。また、手当等の適用が拡充される中、これらの適用が賃金や派遣料金にどのような影響を与えるのかを探索している。分析結果から以下のことが明らかになっている。
①派遣先均等・均衡方式よりも労使協定方式を選択した事業所の方が賃金、派遣料金、マージン率共に高い傾向にある。賃金に職務内容、能力、成果といった項目が反映されている場合、賃金、派遣料金が高くなる。また、派遣元での勤続年数が長いと賃金、派遣料金が高くなる関係が観察された(図表1)。
②手当等と賃金、派遣料金との関係については、「役職手当」を適用している事業所では賃金が高い傾向がみられ、「賞与」を適用している事業所では賃金、派遣料金、マージン率共に高い傾向にある。
③「退職金」の適用に関しては、有期雇用派遣と無期雇用派遣で傾向が大きく異なっており、有期雇用派遣労働者に対する退職金や、同一労働同一賃金施行以降に適用となった退職金に関しては、これまでの「退職金」が表す性格、すなわち長期キャリアのインセンティブとしての長期給に分類されるもの、とは異なる性格のものが適用されている可能性があることが明らかになった。
- 派遣の同一労働同一賃金、派遣先均等・均衡方式と労使協定方式の効果(第2章)
第2章では、同一労働同一賃金の推進によって、派遣労働者の賃金は増えたのか、派遣先均等・均衡方式と労使協定方式のどちらが賃上げに有効なのかを検証し、労使協定方式の有効性と課題を論じている。分析結果から以下のことが明らかになっている。
①同一労働同一賃金の施行後、調査全体の傾向をみると半数以上の派遣元で賃金が増えたと回答している。多変量解析により賃金を増やす要因をみたところ、労使協定方式を選択した事業所のほうが派遣先均等・均衡方式を選択した事業所よりも賃金が上がっている(図表2)。
②賃金の引上げには原資となる派遣料金の引き上げが重要となる。派遣労働者の賃上げには、派遣元の賃金表の整備は非有意だが、派遣料金表の整備は有意にプラスの影響を及ぼすことを明らかにしている。
③労使協定の締結相手が、「過半数代表者が派遣労働者」の場合に賃上げの確率が高くなり、過半数組合と締結する場合には賃金が増えにくいことを明らかにしている。これは過半数組合ではメンバー構成において派遣労働者が少ない傾向があり、派遣労働者の賃上げに取組むインセンティブが弱いためと指摘している。
- キャリア形成支援が派遣料金や賃金に及ぼす影響:付加価値を高める目的意識との関係(第3章)
第3章では、2015年(平成27年)の派遣法改正で実施に至った派遣労働者のキャリア形成支援で義務化された研修や、体系的なキャリア形成支援が、その後の賃金や派遣料金に影響しているかどうかを分析している。付加価値を高める効果があるとする事業所と、派遣労働者のキャリア形成支援の利用割合の分析結果からは、以下のことが明らかになった。
①通常、会社が投下する能力開発はある一定の期間を以て回収するため、勤続年数とは強い関係がある。派遣労働者のキャリア形成支援の利用割合と事業所の平均勤続年数には関係性がみられた。一方、付加価値を高める効果があるとする事業所では、勤続年数と教育訓練機会の提供に関係性がないことが明らかになった。付加価値を高める効果があるとする事業所ではキャリアラダーや能力評価が賃金や派遣料金に反映、連動していることがわかっており、推測の域を出ないが、勤続の期間に関係なく能力開発に投じた費用を回収するしくみがあるのかもしれない。
②派遣労働者のキャリア形成支援の利用割合が高い事業所では「専門・技術系」の傾向がみられたが、付加価値を高める効果があるとする事業所の事業分野は「専門・技術系」に限らず、「製造系」や「販売・サービス系」の事業所においてもキャリア形成支援が付加価値を高める効果を持つと感じている。
③キャリア形成支援が付加価値を高める効果を持つとする事業所や、キャリア形成支援の利用割合が高い事業所では、法で求めているレベルを超えて運用されている。例えば、キャリアコンサルタントが稼働中の派遣労働者全員を対象に面談しているといったことである。
④また、こういった事業所では、キャリア意識やインセンティブを刺激するしくみを作っている。こういったしくみは派遣労働者が能動的に能力開発を行う動機につながり、好循環を生んでいる可能性がある。
キャリア形成支援が付加価値を高める効果があるとする事業所では賃金が高く、キャリア形成支援の利用割合が高い事業所では賃金、派遣料金、マージン率が高い水準にあることが明らかになった。
- 優良派遣事業者認定制度と派遣元事業主の雇用管理(第4章)
第4章では、優良派遣事業者認定制度に注目し、派遣元事業主がキャリア形成支援、雇用安定措置、同一労働同一賃金といった法政策に対してどのような雇用管理を実践しているかを分析し、以下のことが明らかになっている。
①派遣労働者のキャリア形成支援に関して、認定事業所は無認定事業所に比べて、キャリアコンサルタント資格保持者を多く配置し、キャリアラダーを派遣料金の交渉時に利用している傾向があり、派遣労働者の能力開発やキャリア形成支援に積極的に取り組んでいる。
②雇用安定措置に関して、認定事業所は無認定事業所に比べて、第2号措置として有期雇用派遣労働者のまま新しい派遣先で就業する措置よりも、無期雇用派遣労働者に転換し同じ派遣先の同じ部署で就業する措置を講ずる傾向が強く、派遣労働者の無期雇用化に取り組んでいる。
③同一労働同一賃金に関して、認定事業所は無認定事業所に比べて、同一労働同一賃金をほぼ完璧に実施していると回答する割合が多い傾向があり、同一労働同一賃金の水準をより高く設定して実施していることが確認された(図表3)。
これらの分析結果から、優良派遣事業者の認定を取得している派遣元事業主は、取得していない派遣元事業主と比較して、総じて法政策に即した雇用管理を実践しており、労働者派遣サービスの質向上に寄与する行動をとっていることが確認された。ただし、そうした雇用管理が無期雇用派遣労働者の定着には一定の効果があることは類推できるものの、有期雇用派遣労働者の定着や派遣マージン率の確保といった効果までには至っていないことも確認された。
- コロナ禍が派遣労働に与えた影響:雇用安定措置で無期雇用転換した事業所のその後(第5章)
第5章では、コロナ禍が派遣労働に与えた影響を分析している。また、2017年度から2018年度にかけて大幅増加した無期雇用派遣労働者の雇用が、コロナ禍の中で継続しているのかを検証する。分析の結果、以下のことが明らかになった。
①コロナ禍の影響を大きく受けたのは、主な事業分野が「製造系」「販売・サービス系」の事業所、地域は中部地方、派遣先は「製造業」「卸売・小売」「飲食店・宿泊業」、中小零細企業であった。
②有期雇用派遣の前年同月比の雇用減少率は、無期雇用派遣のおよそ倍で、四半期の第Ⅱ期(2020年4~6月)にピークがあり、第Ⅲ期(2020年7~9月)まで微増してその後減少に転じている。一方、無期雇用派遣の場合は、第Ⅱ期に急激に上昇するが、その後減少に転ずることはなく、Ⅳ期(2020年10~12月)までじわじわと高まっている(図表4)。今回の分析で派遣労働の中でも有期雇用と無期雇用で雇用調整の動きが異なることが明らかになった。
③2017年度から2018年度にかけて無期雇用派遣を増加させた事業所の特徴は、雇用安定措置の施行に伴って無期転換させていること、主な事業分野が「事務系」、派遣労働者数が多い、有期雇用比率が高いことが明らかになった。
④このグループ(「無期増加あり」)の雇用減少率を推計するとⅢ期以降、減少率が下がっていく傾向となった。これは、コロナ禍のインパクトを受けた事業所が主に「製造系」や「販売・サービス系」であるのに対し、「無期増加あり」のグループは「事務系」であること、2015年度改正に多くの費用を投入していることから、長期的な回収を見込んで短期的なインパクトに対しては非弾力的である可能性が示された。
政策的インプリケーション
- 派遣労働者の同一労働同一賃金の施行に伴い、能力評価や勤続年数の上昇が賃金上昇の要因となっている。労使協定方式が持つ、一般労働者の市場賃金との均衡を保つしくみが鍵となっている。
- 派遣労働者の同一労働同一賃金において、賃金上昇に労使協定方式がより寄与していることを考えると、労使協定方式を発展させて派遣労働者の賃金を増やしていくことが有効である。そのためには、3つの方向性がある。第1に当事者である派遣労働者を労使協定締結の過半数代表者にすること、第2に派遣元の労働組合が派遣労働者の処遇改善を推進すること、第3に派遣事業者それぞれではなく、横断的な労働協約によって処遇改善を目指すことである。
- より積極的なキャリア形成支援は、賃金を上昇させ、付加価値を高める。派遣労働者が能動的にキャリア形成に取組むしくみが必要である。
- 優良派遣事業者の認定を取得している派遣元事業主は、取得していない派遣元事業主と比較して、総じて法政策に即した雇用管理を実践しているが、当該派遣元事業主の成果への影響は限定的であるといえる。優良派遣事業者の認定が派遣元事業主の労働者派遣サービスの質を示す指標となっていることを社会的に啓蒙し、認定取得の意義が派遣労働者と派遣先企業に広く認識されることが必要である。
- 瞬間的な景気の波に反応して雇用調整が行われる有期雇用派遣と異なり、無期雇用派遣の調整スピードは比較的遅いと考えられるが、コロナ禍が1年を超えて企業業績に負の影響を与え続けるなら、今後無期雇用派遣の雇用調整の動きが拡大してくる可能性もある。今後どのような推移を辿るのかさらなる観察と対処が必要である。
政策への貢献
派遣法の改正、政策提言として貢献する。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「人口・雇用構造の変化等に対応した労働・雇用政策のあり方に関する研究
サブテーマ「非正規労働者の処遇と就業条件の改善に関する研究」
研究期間
令和元~3年度
執筆担当者
- 小野 晶子
- 労働政策研究・研修機構 副統括研究員
- 中村 天江
- 連合総合生活開発研究所 主幹研究員
- 島貫 智行
- 一橋大学大学院経営管理研究科 教授
関連の研究成果
- 調査シリーズNo.219『派遣労働者の同一労働同一賃金ルール施行状況とコロナ禍における就業状況に関する調査』(2022年)
- 調査シリーズNo.209『派遣元事業所のキャリア形成支援と雇用安定措置「派遣労働者の人事処遇制度とキャリア形成に関する調査」』(2021年)
- 第3期プロジェクト研究シリーズNo.1『非正規雇用の待遇差解消に向けて』(2017年)
- 労働政策研究報告書No.160『派遣労働者の働き方とキャリアの実態―派遣労働者・派遣先・派遣元調査からの多面的分析―』(2013年)
- 第2期プロジェクト研究シリーズNo.3『非正規就業の実態とその政策課題─非正規雇用とキャリア形成均衡・均等処遇を中心に』(第3章)「派遣労働者のキャリア―能力開発・賃金・正社員転換の実態―」(2012年)
- 調査シリーズNo.78『人材派遣会社におけるキャリア管理に関する調査(派遣元調査)』(2010年)
- 労働政策研究報告書No.124『人材派遣会社におけるキャリア管理―ヒアリング調査から登録型派遣労働者のキャリア形成の可能性を考える―』(2010年)