ディスカッションペーパー26-08
過半数代表者を通じた労使コミュニケーションの成立条件に関する一考察
―労働組合のない企業における労使の意見交換会の事例研究―
概要
研究の目的
本稿の目的は、過半数代表者を通じた意見交換会の実態解明とその成立条件の検討を行い、労働組合のない企業における恒常的かつ実質的な労使コミュニケーションの確保に資する素材を提供することである。
研究の方法
ヒアリング調査
主な事実発見
Ⅰ 結果
- 同社の過半数代表者および労使コミュニケーションの特徴
同社の過半数代表者は、原則1年任期のもと、正規の従業員であり、かつ、一定の経験を積んだ30歳代のチームリーダー以上の役職者であった。過半数代表者の選出過程については、前提として、過半数代表者になることによる不利益が生じないとされていた。このうえで、推薦もしくは近年増加傾向にある自発的な立候補を通じて過半数代表者への候補者が選定され、その後、QRコードを用いた匿名の信任投票を経て、過半数代表者が選出されている。選出後、過半数代表者は、安全総務グループ担当者から、自身の役割についての説明を受ける。
同社の労使は、労使コミュニケーションを重視する方針のもと、意見交換会を中心とした労使コミュニケーションを展開していた。加えて、労使はお互いの立場に立って考える姿勢を有していた。
- 意見交換会の実態
同社の意見交換会は、その形態を徐々に変えながら現在に至っていた。この変化は自然に生じたものではなく、経営側による協議結果の公開を進める意向、その意向に沿った安全総務グループ担当者の実務的整備、過半数代表者による従業員の意見集約の遂行および対面形式への変更の要望といった労使双方の努力を通じて生じたものであった。
意見交換会の運営過程については、まず、毎年10月頃、安全総務グループ担当者が従業員に匿名アンケートを配布する。その後、安全総務グループ担当者が匿名アンケートの回収・仕分けを行う。その後、過半数代表者は安全総務グループ担当者と共に仕分けられた従業員の意見を確認し、12月中には最終的な従業員の要望を作成する。翌年2月頃、意見交換会を開催し、そこで過半数代表者が従業員の要望を説明し、その要望に対して、社長・役員が回答する。この回答は協議結果として、全従業員に公開されることとなる。
その意見交換会での協議結果は、部分的に従業員の要望に沿った「変更」がなされたこと、また、制度変更を伴わないものの「運用対応」として要望の実現に近づけられたこと、実現可能性を含む「変更」に近い「検討」があったことを示していた。総じて、意見交換会を通じて、部分的にではあるが、従業員の処遇・労働条件等の向上が図られていた(図表1、図表2)。
図表1 意見交換会の協議結果(2025年2月)
領域 項目 結果 従業員からの要望 経営層(社長・役員)からのコメント 処遇 資格手当の導入 現行維持 資格は給料に反映してほしい。 資格取得に関しては、取得時にお祝い金を渡す現在の形でそのまま実施していきたいと考えています。 役職手当の見直し 運用対応 本部長以外の役職手当の一律1万円アップを希望します。 今、減収減益の中で、役職手当の増加は厳しい現状です。今後、増収増益に伴い検討したいと考えており、まずは基本給のベースアップで対応していきたいと考えています。 家族手当の見直し 運用対応 家族手当(子ども分)の増額をお願いしたいです。 手当ではなく、基本給のベースアップという形で検討していきたいと考えています。 住宅手当の見直し 検討 住宅手当を扶養あるなしに関係なく、世帯主にあたる場合には支給してもらいたい。 他社事例も調べながら安全総務で一度どうするか検討します。 退職金の見直し 検討 退職金を引き上げてほしい。 現在、退職金に関してより良くなるように具体的に検討を行っているところなので、詳細が決まり次第、従業員に展開いたします。 功労金・退職金の見直し 現行維持 8時間勤務と7時間勤務の格差(功労金・退職金)が大きいと思います。格差を小さくしてほしい。 現状の設定は、同一労働・同一賃金の観点で考えており、問題ないという認識です。 労働時間 半日勤務への変更 変更 PMデー、サクセスデーが土曜日出勤なら半日にしてほしい。 PMデー・サクセスデーを前日(平日)に変更します。※平日稼働日での実施。
カレンダーを展開いたします。短時間勤務の導入 変更 子どもが18歳になるまで時短にしてほしい。 高校生まで可とし、就業規則もそれに伴い改定を行います。 フレックスタイムの導入 現行維持 フレックスタイムの制度を導入してほしい。 現場との不公平が出てしまうため、厳しいと考えています。 休暇 慶弔休暇の見直し 検討 冠婚葬祭で二親等の場合、別居であろうが同居であろうが、自分の親族には変わりないと思います。同居だと2日、別居だと1日しか特別休暇が取れないことに対して疑問があります。流れとしても通夜→葬儀の流れだが、1日8時間働いて通夜には基本間に合わないです。同居であっても別居であっても最低でも2日は必要だと思います。 他社事例も調べながら、実施に向けて前向きに検討します。 生理休暇の整備 運用対応 生理休暇の制度を整えてもらいたい。 すでに制度としては就業規則にあり、申請もできる状態にしました。そちらに関しては再度周知を行う予定ですが、細かいルールがないため他社事例も含め安全総務で検討しています。 勤務形態 リモートワークの導入 現行維持 リモートワークを認めてほしい。 製造業である限り現場との不公平が出てしまうため、実施は難しいと考えています。 副業の導入 検討 仕事に支障がない程度で良いので副業をしたい。
ダブルワークを許可してほしい。実施に向け検討しています。副業・ダブルワークについては、具体的な規程を決めて展開いたします。※経営者から会社としての想いを皆様にお伝えさせていただく機会を作ります。 作業着・
身だしなみ作業着規程の見直し 現行維持 作業着の購入費が高いと聞いているので支給ルールをもう少し厳格化したほうが良いと思います。また現場作業に従事しないような間接スタッフは、作業着ドレスコードを廃止し、仕事に相応しいレベルのカジュアル着(私服)を認めるなど、会社の購入負担を減らした方がいいと思います。※夏はポロシャツや半袖シャツ、冬はニットやカーディガン、パンツはデニム禁止のチノパンやスラックスなどのビジネスに合わせた最低限のルールのもとで私服を認めるなど。 制服支給ルールに関しては、従業員の方の負担を増やしたくないと考えており、現状制度のまま実施したいと考えています。 身だしなみの見直し 検討 ピアスはつけてもいいのですか? 就業規則を改定し、安全衛生上の問題がなければ、髪色やピアスなども許可しようと考えています。※他社事例も交えて具体的な内容は検討しています。
この改定に対する想いは経営層より皆様にお伝えすることを計画しています。業務改善活動 社内発表制度の見直し 現行維持 ゼロゼロ発表会はなくさなくてよいので、スタッフを年一回にしてほしい。 スタッフは、テーマを持って業務を行ってほしいと考えています。そのため半年ごとに業務の確認・フォローという意味も込めて実施したいと考えています。そして、評価をしっかりしていきたいので、変わらず年2回実施させていただきたいと思います。 能力開発 検定取得の位置づけの見直し 運用対応 QC検定の合格率がとても悪いです(費用がかかっています)。全員取得しないといけないのか、希望者だけでよいのか、曖昧な気がします。QC検定取得の位置づけを明確にしてほしいです。 全員が取得すること、そして合格率を上げることを目的に安全総務を中心に再度企画を実施しています。 福利厚生 利用施設の拡充 運用対応 福利厚生で使える施設を増やしていただきたいです。 予算を見込んで福利厚生を考えていきます。※安全総務で全従業員向けにアンケートを実施予定。 注:「従業員からの要望」「経営層(社長・役員)からのコメント」の各内容は、趣旨を変えることなく、句読点の位置、漢字表記からひらがなへの変換など、僅かな表記変更のみを行った。
出所:同社提供資料より作成した。
図表2 従業員の要望に対する結果の構造
従業員の要望 ↓
社長・役員の回答 ↓↓
変更 現行維持 ↓↓
検討 運用対応 出所:筆者作成。
- 過半数代表者の活動と負担
過半数代表者の活動とそれにともなう負担の程度、および過半数代表者の負担が軽減されうる仕組みを検討した。過半数代表者は、意見交換会に関わる活動、就業規則の改定および36協定の締結に関わる活動、その他の活動を担っていた。意見交換会に関わる活動は、意見交換会のスケジュールに沿って進められており、主な活動は、従業員の意見集約、要望作成、社長・役員への要望提出および回答の受け取りであった。就業規則の改定および36協定の締結に関わる活動は、原則3月頃、それらの内容を確認し、合意するか否かを伝えることであった。その他の活動は、従業員からの相談や緊急性のある要件に関して、その都度対応することであった。
過半数代表者の活動にかかる負担の程度を確認すると、過半数代表者は自身の活動に負担を感じていなかった。過半数代表者の負担が軽減されうる仕組みとして、過半数代表者の主な活動期間、活動時間帯、年間の総活動時間に基づくと、過半数代表者の活動が時間的に限定された活動であること、および安全総務グループ担当者が意見交換会に向けた匿名アンケートの配布・回収・仕分け、各拠点の要望作成、最終の要望作成といった過半数代表者の活動に関わる補助を行っていることが浮かびあがった。
Ⅱ 考察
同社の意見交換会の成立条件を考察した。その結果、意見交換会は、① 過半数代表者になることによる不利益が生じないこと、② 労使がお互いの立場に立って考える姿勢を有していること、③ 協議結果を全従業員へ公開していること、④ 意見交換会を通じて従業員の処遇・労働条件等の向上が図られること、⑤過半数代表者の負担が軽減されていること、という5つの条件を満たすことによって成立することが示唆された。
本事例から得られた知見を既存研究の議論に位置づけた結果、第1に、労使がお互いの立場に立って考える姿勢の重要性は、労働政策研究・研修機構(2013)が経営資源性を生み出す労使コミュニケーションの要件として提示した、労使の「相互尊重」と一致する見解であった。
第2に、同社の意見交換会は「習熟効果」(日本労働研究雑誌編集委員会 2004)および「成熟」・「深化」(加藤 2004)と同様の傾向がみられたことに加え、この背後には「労使による長年の努力」もうかがえた。さらに、その労使の努力の中身とは、同社の意見交換会の成立条件の5つを満たすための、過半数代表者、社長・役員、安全総務グループ担当者の協働であるという解釈を提示した。
第3に、過半数代表者が従業員の意見集約を行っている理由として、一定の時間外労働が発生している(労働政策研究・研修機構 2025)というだけでなく、その他様々な要望が存在するためであること、および先の意見交換会成立のための5つの条件が満たされているためであるとの解釈を提示した。
第4に、過半数代表者の選出に関する議論については、過半数代表者の選出手続きを適正化したうえで、過半数代表者を通じた処遇・労働条件等の変更が可能となる労使コミュニケーションの確保を図るという方向だけではなく、過半数代表者を通じて処遇・労働条件等の変更が可能となる労使コミュニケーションを確保したうえで、過半数代表者の選出手続きの適正化を図るという方向もありうるとの示唆を提示した。
政策的インプリケーション
労働組合のない企業における恒常的かつ実質的な労使コミュニケーションの確保にあたって、5つの成立条件の確保の検討に加え、過半数代表者の選出の適正化と、過半数代表者を通じた処遇・労働条件等の向上が可能な労使コミュニケーションの確保を並行して進めることが重要である。
政策への貢献
本研究の成果は、労働組合のない企業における恒常的かつ実質的な労使コミュニケーションをいかに確保するかを検討するうえでの素材となりうる。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「多様な働き方とルールに関する研究」
サブテーマ「労使関係・労使コミュニケーションに関する研究」
研究期間
令和7~8年度
執筆担当者
- 岩月 真也
- 労働政策研究・研修機構 研究員


