ドイツの仕事と家事・育児のジェンダー平等に関する最新事情
- カテゴリー:労働条件・就業環境
- フォーカス:2024年9月
多様な働き方部門 副統括研究員 池田 心豪
2024年8月21日から30日までドイツのベルリンに滞在し、父親の育児支援をしている団体(ベルリン父親センター)や労使団体、研究機関(ベルリン社会科学センター。略称WZB)を訪問し、仕事と家事・育児における男女平等と男性育休の関係について、ヒアリング調査を行った。日本政府は、男性の育休取得と仕事での女性活躍を推進してきた。その取り組みをもう一歩進めるために、日本より一歩先を歩んでいるドイツから示唆を得たい。そのような目的で渡独した。
写真1:ベルリン父親センター
渡独前の日本は酷暑が続いていたが、ベルリンは日本の10月のような気候であり、大変過ごしやすかった。(ベルリン在住の友人によれば、夏はベルリン、冬は東京で過ごすのが良いらしい。) 滞在したアレクサンダー広場(Alexanderplatz)は、鉄道・地下鉄・トラム・バスの駅・停留所があり、どこに行くにも便利である。また、ベルリンは坂が少なく、歩道が広いため、歩きやすい。そのため、少し離れた場所まで歩いても大して疲れない。気候が穏やかで移動しやすいということは、それだけ調査をしやすいということである。ベルリンの壁崩壊から35年経った今も旧西ドイツと旧東ドイツでは雰囲気が異なる。歴史を感じる街並みを見ながら移動することも、調査の楽しみの一つとなった。
ドイツの男性育休事情については、過去にも当機構のホームページで取り上げているが、2007年に「パートナー月」と呼ばれる育児休業給付制度(Elterngeld=両親手当)を導入してから、ドイツの男性の育休取得率(厳密にいう両親手当の受給率)は飛躍的に上昇し、2020年は43.7%になっている。父母のどちらか(多くの場合は母親)だけが育休を取る場合の給付は12カ月分だが、もう一方の親(多くの場合は父親)が2カ月取ると給付が合計14カ月分になる。この2カ月を「パートナー月」と呼ぶ。
その取得実態については、ちょうど10年前に当機構が発表した記事に、次のように記述がある。「『両親手当』の導入によって父親の育休取得が増えたが、その期間も徐々に延びる傾向にある。育休を取得した父親の75%はパートナー月の2カ月のみだったが、25%はそれよりも長い期間を取得していた。また、55%は母親と同時に育児休暇を取得し、45%は少なくとも1カ月以上単独で育休を取得していた」。「(ベルリン社会科学センターの)ビューニング研究員は『育児休暇には、家庭内の伝統的な役割分担を弱め、包括的な男女同権を確立しやすくする効果がある』としつつも、『両親が同時に育児休暇を取得する場合にはこうした現象は見られない』と述べている」(ママ。括弧内は引用者)。
これまでパートナー月の2カ月は夫婦同時に育休を取得しても給付を受け取れていた。だが、2024年から夫婦同時に受給できる期間が1カ月に短縮され、もう1カ月は1人で育休を取得しないと給付を受け取れなくなった。つまり、1カ月以上の育休を男性が1人で取るよう促す法改正により、ドイツ政府は男性育休を通じたジェンダー平等の歩みを一歩進めるのではないか。そのことから、日本の男性育休政策にとって有益な示唆を得られるのではないか。そのような期待を胸にドイツに赴いた。
写真2:ベルリン郊外の公園で子どもと遊ぶ父親たち
男性育休は仕事と家事・育児のジェンダー平等につながるか、というのがリサーチクエスチョンである。だが、実際に職業キャリアと家事・育児の夫婦平等を志向している父親に話を聞いてみると「ジェンダー平等のあり方」についても検討する余地があるように思えてきた。
訪問先の1つであるベルリン父親センターが主催する「パパカフェ」は育休中の父親達の交流の場である。中にはパートナー月を超える期間の育休を1人で取っている父親もいる。その中の1人のエピソードを紹介したい。
彼には2人の子どもがいるが、第1子が生まれたときも第2子が生まれたときも、パートナー月を上回る期間の育休を1人で取っている。第2子が生まれたときは7カ月取得したが、夫婦で同時に取得したのは1カ月だけであり、残りの6カ月は1人で取得している。最後の2カ月は給付の対象外であった。その生活を支えていたのは妻の収入であり、それだけの収入が妻にあったことも長期の育休を取得できた理由だという。
日本でも夫と同等かそれ以上の収入とキャリアを有する女性が増えつつある。だが、これまでの日本の男性育休政策は、どちらかといえば産後8週間に傾斜しており、子どもが1歳になる前に早期復職する妻に代わって男性が1人で育休を取るという視点は弱かった。男性育休が女性活躍につながるためには、日本でも今後この視点が重要になるだろう。・・・という程度のことであれば、わざわざドイツまで行かなくても言える。
上述の父親の子育て生活は、育休の取り方とともに復職後の働き方においても興味深い。夫婦とも週32時間ずつ働く短時間勤務をしていたからである。仕事と収入、家族の時間のバランスを考えてそのようにしたという。妻に収入がある分、夫は仕事の時間を減らして家事・育児に時間を費やすことができる。反対に、妻は夫が家事・育児をする分、仕事に時間を費やせる。
夫婦で週32時間ずつという労働時間は、夫婦合計で週64時間になる。かつての日本は妻が専業主婦として家事・育児を担う一方で、夫は家計を支えるために長時間労働をしていた。それでも毎週64時間働いていたら過労死してしまうだろう。しかし、夫婦で32時間ずつ働く生活にはゆとりがある。
もちろんドイツでも、みんながそのような子育て生活をしているわけではない。夫はフルタイム、妻はパートタイムという夫婦が今でも多い。そこは日本と共通している。このジェンダーギャップを解消し、仕事と家事・育児の男女平等を実現するという政策目標も日独共通である。
では、その「男女平等」を実現した先に、どのような仕事と子育ての両立生活を展望できるだろうか。
今の日本で夫婦ともに短時間勤務という提言は現実的でないかもしれない。だが、少なくとも、夫婦がともに残業のない働き方ができたらどうだろうか。妻が週30時間の短時間勤務をし、夫は残業込みで週50時間働いている夫婦は2人で週80時間働いている。この80時間を夫婦で40時間ずつ分け合った方が、収入とゆとりのバランスが取れた生活を送れるのではないだろうか。企業にとっても残業代を節約できる上に、短時間勤務にともなう複雑な要員管理の負担もなくなるだろう。そのような生活は魅力的ではないだろうか。
育休・勤務時間と家事・育児を妻と分け合うドイツの父親の話を聞いて、そのようなことを考えていた。
男性の育休取得率が上昇し、女性の継続就業率も上昇し、その後のキャリアにおいて女性管理職も増えている今の日本社会は、仕事と子育てを両立することの魅力が増しているだろうか。日本社会で仕事と家事・育児のジェンダー平等を実現することによって手に入る幸せな生活とは、どのようなものだろうか。一度立ち止まって考えてみても良いのではないだろうか。
終わりに、今回の調査に同行してくださった共同研究者の中里英樹甲南大学教授、西村純子お茶の水女子大学教授、そして、お世話になった在独日本大使館と通訳さんに、この場を借りて感謝申し上げたい。調査結果の詳細は、今後、中里教授・西村教授とともに分析して公表する予定である。乞うご期待!
プロフィール
池田 心豪(いけだ しんごう) 多様な働き方部門 副統括研究員
慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。東京工業大学大学院社会理工学研究科
博士課程単位取得退学。博士(経営学)(法政大学)。職業社会学・人的資源管理専攻。
2005年入職、2023年10月より現職。
厚生労働省「今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会」「仕事と育児の両立支援に関する総合的研究会」「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」の委員を務める。
男性育休については、2021年5月に衆議院厚生労働委員会の参考人として意見陳述。
JILPTプロジェクト研究「育児・介護と働き方に関する国際比較研究」の情報収集として、2024年8月21日から8月30日までドイツにて現地調査を実施。
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