アジアの若者に対する職業訓練政策:タイ
公共職業訓練機関による若年者の能力開発

1.若年者の失業問題

通貨危機から復調して経済力の強化を目指すタイでは、工業化、サービス業化に向けての技能・技術を有した人材の不足が顕著となり、人材育成政策の整備が重要課題となっている。なかでも、都市の貧困層や地方の若年層の就学率が低く、そのことが労働力の質的向上の足かせとなっている。

2004年6月現在のタイの人口は6517万人、15歳以上人口は4941万人、このうち労働力人口は3590万人である。若年労働者に当たる25歳未満の労働力人口は574万人であり、労働力人口に占める若年者比率は約16.5%である。タイは1997年に通貨危機に直面し、翌1998年には失業率が4.36%まで悪化したが、その後の経済の回復により2003年の失業率は全体では2.03%にまで改善した(図表1を参照)。しかしながら、若年者の失業率いまだ6.3%と高止まりしている。

図表1:タイの年齢別失業率(1998~2003年)
(%)
  1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年
全体 4.36 4.19 3.59 3.23 2.24 2.02
15-19歳 10.05 11.30 9.40 8.82 7.13 7.00
20-24歳 9.93 8.98 8.61 7.49 6.73 5.98
25-29歳 5.47 5.29 4.48 3.74 2.99 2.83
30-34歳 3.65 3.41 2.99 2.83 1.47 1.50
35-39歳 2.67 2.75 2.17 1.98 1.11 0.99
40-44歳 2.29 2.23 1.79 1.82 0.87 0.71
45-49歳 2.12 1.93 1.61 1.53 0.73 0.67
50-54歳 1.66 1.98 1.56 1.46 0.74 0.58
55-59歳 1.73 1.71 1.35 1.15 0.51 0.53
60歳以上 1.10 0.94 0.97 0.84 0.27 0.27

出所:統計局「労働力調査」

2.職業訓練の全体像

同国では若年者の失業問題の改善を図るために、教育省と労働社会福祉省が公的職業訓練プログラムを提供している。

まず、教育省職業教育委員会の職業訓練は、公的な職業教育機関(Vocational School)を通じて実施されている。Vocational Schoolは職業高等学校3年、高等専門学校2年の計5年間からなり、学生数は約60万人である。学生数の分野別構成をみると、工業が約50%、商業が30%、農業7%である。

Vocational Schoolでは、1995年より学生の実践力の向上や若年労働者における雇用のミスマッチの解消を目指してDual Systemが、2004年から在職者を対象にVocational Schoolの単位認定を行うOpen Systemが導入されている。

この他にも、貧困を理由とする初等教育終了の進学困難者には、教科によって3カ月程度の短期間の職業教育を行い、終了後にはその職業に従事する知識を保証する卒業証明書を発行するというシステムが導入されている。中卒・高卒後の進学困難者にも、1年間の職業教育を中心とする同様のシステムがある。また、遠隔地に在住し職業訓練の受講が困難な者に対しては、移動式の訓練設備を用いて出張教育を行うモバイルユニットサービスが提供されている。

一方、労働社会福祉省技能開発局では、中央職業訓練センターを中心に12の地域技能開発センターと64の県技能開発センターが就職前養成訓練プログラムや在職者技能向上訓練プログラム、特別訓練プログラムを実施している。

3.主要な職業訓練プログラム

以上が同国の公的職業訓練プログラムの全体像であるが、その中から特徴的であると思われる教育省のDual SystemOpen System、労働社会福祉省の就職前養成訓練プログラムについてそれぞれみていこう。

(1)Dual System

Dual Systemは、1995年より、ドイツの協力の下で導入された制度であり、商業(ホテル業や小売業の経理や秘書業務)、工業(自動車、機械工学、電気、溶接工、板金工、大工、塗装)、サービス・芸術・工芸(ホテルサービス、宝石デザイナー、服飾デザイナー)など約40職種で実施されている。職業高等学校3年と高等専門学校2年の職業教育の半分以上を民間企業での実務経験に充てるという人材育成プログラムである。具体的には、1週間のうち1~2日間もしくは1学期間のうち数週間を学校教育に充て、他の時間を実務経験に費やすという形で行われており、実習中には、最低賃金以下の水準ではあるが勤務手当てが支給される。

2003年度の対象学生数は、約43000人に達し、企業はおよそ9000事業所が参画している。

(2)Open System

Open Systemは、イギリス等の諸制度を参考にして、2004年からタイ工業連盟、商工会議所、教育省職業教育委員会の3者による協力体制の下で試験的に導入されている制度である。Open Systemは、就学の機会がなかった在職者を対象として、資格試験によってVocational Schoolの単位を認定するものである(図表2を参照)。

具体的には、1)事業者ニーズを調査したうえで仕事に必要な能力要件(能力要件基準)を策定する、2)それに沿って実務に即した職業教育プログラムを作成する、3)受講した後に認定試験を行って一定の要件を満たした合格者にはVocational Schoolの単位認定を行う、というプロセスで実施されている。

能力要件基準が作成されている分野は、国が戦略的に人材育成を進めている自動車、サービス、繊維、IT・ソフトウェア、宝石の5分野であり、初年度の2004年には、約3万人がプログラムを受講した。

図表2:職業能力資格認定制度のねらい
-労働者の潜在能力の開発/国家競争力の制約条件の打破-

図

注:表中「VQ」とは、職業能力資格認定(Vocational Qualification)を、「PWCH/PWS」とは、タイの職業高校および職業短大をいう

出所:タイ教育省内部資料

(3)就職前養成訓練プログラム

就職前養成訓練は、学校に在籍していない16~25歳までの青少年を対象としている。訓練期間別に3カ月訓練コース(木工塗装)、6カ月訓練コース(電気、木工、ガス溶接など)、10~11カ月訓練コース(電子、機械、測量、自動車整備など)があり、訓練期間中には1~2カ月の工場実習が行われる。2003年度の受講者はおよそ32000人であった。また、上記プログラムを応用し実技訓練を重視した新卒者向けの就職前養成訓練も行われている。同訓練では、カリキュラムを一定のレベルで修了してから、事業所で1~4カ月間の研修を受けることを義務付けている。

こうした訓練プログラムの提供とともに、労働社会福祉省でもOpen Systemに類似した資格認定制度としてSkill Standardを提供している。Skill Standardは7職種157分野について技能取得レベルに応じて資格認定を行うものであり、2003年度は約3万人が受験している。

4.訓練成果の評価

これまでみてきた教育省職業訓練委員会の各プログラムは、実務体験や工場実習を組み込むことにより実践的な能力を養成することを重視し、実習先への就職も含めて修了後の就職につながっている。特にDual Systemでは、就職率がほぼ100%という成果を上げている。労働社会福祉省のプログラムも受講生の収入の獲得、収入の増加という成果を上げている。

こうした成果を踏まえつつ、職業訓練プログラムや資格認定制度について、より受講者や企業のニーズに即したものを提供するために、一層の整備や体系化を進めるべく、省庁の垣根を越えた連携がはじまっている。

2005年10月 フォーカス: アジアの若者に対する職業訓練政策

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