アジアの若者に対する職業訓練政策
総論

再編が進む職業訓練政策の背景

アジア諸国(ここでは中国、韓国、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアを対象としている)の政府は、90年代後半の経済危機を契機として能力開発政策の再編を進めている。その背景には失業者の増加とともに、国際競争に対応して企業の人材ニーズが高度化しているにもかかわらず、能力開発体制がそれに適応できていないということがある。そのなかで特に問題になったのが失業率の高い若年者への対策であり、急増する高学歴若年者が高度化する人材ニーズに適応できていないという点も重要な問題として認識されている。

職業訓練政策

各国の職業訓練政策の特徴は第一には、どのような労働者等に対して、どのような職業訓練サービスを提供するのか、第二には、第一で決まった訓練プログラムにどの程度の資源を配分するのかによって決まる。この観点から政策を捉えると、各国の職業訓練ポートフォリオの特質が明確になり、図表1に韓国の例を示しておいた。

このような職業訓練をどのように企画し、実施するかについては、いずれの国も企画と総合調整は中央政府が担当する。しかし実施体制は国によって異なり、タイ、マレーシア、インドネシアは職業訓練が公的機関中心に行われる公的機関主導型。その対極がシンガポールの外部機関に委託される外部委託型。最後の韓国は、公的機関によっても行われるし、外部にも委託される公的機関・外部委託混合型である。

公的技能資格制度

各国政府は職業訓練と並行して公的技能資格制度の整備も進めている。その特徴を「対象労働者の範囲」からみると、中国、韓国、シンガポールは対象範囲を広く、タイとインドネシアは狭く設定している。「資格ランク数」は、生産労働者レベルを3ランクにするという点で、「資格の評価基準」は、基礎レベル、一人前レベル、上級レベルとする点で国間の共通性が高い。

ここで注目される点は、最近になって多くの国が二つの方向で制度の見直しに着手していることである。第一は、技能資格が実務能力を反映できていないとの反省から、評価基準を「仕事のできる能力」に組替える動きであり、コンピテンシーを軸に評価基準を組み直したインドネシアとマレーシア等がその例にあたる。第二は、職業訓練と職業教育を結合する動きであり、その典型がタイのOPEN SYSTEM(「現場で使える能力」を基準にして能力を認定し、それを職業教育の単位として認める能力認定制度)である。

若年者のための教育訓練プログラム

前述した職業訓練体制のなかで、各国政府が若年者向けに行なう職業訓練の構成は図表2になる。それにしたがって政策上の特徴を整理すると、各国とも、就業前の若年者を対象に長期にわたり訓練する養成訓練型プログラムが中心である。しかし、それ以外の分野については、若年者のみを対象にする訓練プログラムとしては設計されていない等の事情から、各国政府が共通して整備している若年者向けプログラムは少ない。そうしたなかにあって、注目されるプログラムがある。

第一は、中退あるいは卒業後に就業していない若年者を対象にした職業訓練であり、マレーシアでは、青年・スポーツ省管轄下に国立青少年技能校が設置されている。また韓国では、雇用保険未適用の若年者失業者向けに「就業訓練」が、進学せずに中途脱落した若年者向けに大韓商工会議所が行なう「委託訓練」が用意されている。第二は、訓練センターでのOff-JTと企業でのOJTを組み合わせる訓練・就業結合型プログラムであり、韓国の「2+1」プログラム、タイのデュアル・システム、シンガポールの見習制度等があたる。最後が韓国等で積極的に進めている大学生対象のインターンシップである。

教育訓練政策の今後の課題

これまで明らかにしてきた点を踏まえると、能力開発政策とくに若年者対象の政策の課題が明らかになる。第一に、能力開発の必要性が高まるなかで、どの分野にどの程度の資源を投下するのか(ポートフォリオ)を決める政策が重要になっている。そのためには国際的なベンチマーキングが有効であるが、現状ではそのためのデータを得ることは難しい。まずはポートフォリオを相互に比較するための国際的な協力関係の形成が望まれる。

第二には、「教育と訓練と雇用の融合化」を促進するための政策を強化することである。「教育と訓練の融合化」のためには、教育と訓練を担当する政府機関の協力関係の強化は避けられない。それと同時に、能力開発を現場の人材ニーズに適合させるために、「仕事のできる能力」を明確化する、そのための能力評価方法を開発する、その結果を資格認定に反映させるための仕組みを作ることが重要になろう。また「教育・訓練と雇用の融合」については、各国とも訓練・就労結合型プログラムの経験が浅いので、お互いの経験を交流することが重要である。

第三に技能資格制度については、「教育と訓練と雇用の融合化」にあわせて、学校教育の資格と職業資格の連携を強化すること、「仕事のできる能力」に基づいて能力を認定する方向で制度を再編することが必要である。それに加えて今後は、労働者の国間移動が増加しつつあることを踏まえ、教育上の資格と同様に職業資格についても、国間で調和をはかることが重要になろう。

図表1:韓国の公的訓練ポートフォーリオ
  訓練サービス内容(訓練期間)
短期型 長期型
訓練対象者 就業前若年者等
商工会議所等への委託 大韓産業人力公団
技能大学
商工会議所への委託
在職者 事業主への訓練費支援 等
社会的弱者 失業者 公共訓練機関
商工会議所等への委託
その他
(高齢者など)
公共訓練機関等

図表2:若年者のための訓練プログラムの類型
  訓練方法
Off-JT型 OJT型
(訓練・就業結合型)
訓練対象者 就学中の若年者 インターンシップ
就業前若年者 養成訓練
デュアル・システム
在職若年者
在職者訓練
若年失業者 失業者訓練

2005年10月 フォーカス: アジアの若者に対する職業訓練政策

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