労働時間制度
ドイツの労働時間制度

ドイツの労働時間が、先進国の中でも最も低い水準にあることは周知の事実である。連邦統計庁新しいウィンドウへが本年1月に発表した統計によると、一人当たりの年間総労働時間は2003年において1445時間であり、その前年には1443時間と過去最低を記録している。ただし今世紀に入り、それまでの低下傾向は止まったかに見える。労働時間の微増傾向は研究機関の予測にも表われており、IAB(労働市場職業研究所)は、04年の所定外労働時間は一人当たり47.1時間となり、対前年比2%増加すると見込んでいる。ただし、日本の03年実績120時間(厚生労働省毎月勤労統計、平成15年)と比べてもわかるように、時間外労働もその絶対値は非常に低い。

週当たり労働時間は、産業ごとに異なり、原則として労使交渉によって決定される。95年以来導入されている金属産業(西独地域)の「週35時間労働」はドイツの労働時間短縮の象徴であり、一方、公務部門の週38.5時間や化学産業(西独地域)の週37.5時間などは、国内では一般的な水準だ。協約に基づく一人当たり平均週労働時間は、02年時点で、西独地域37.4時間、東独地域39.1時間となっている(WSI=ハンス・ベックラー財団付属経済社会科学研究所による)。

法律・制度の特色

法制度からみた労働時間

このような労働時間を規定する主体は、ドイツでは原則として労使であり、「協約自治」の原則に基づき、労働協約で定められた条件が全体の水準を決めているといってよい。従って、法律は、労働時間制度の大まかな枠組みを定める役割を担っている。

94年制定の労働時間法は、1労働日当たり8時間を超えてはならない(時間外労働を含めた実労働時間)と定めている。ただし、変形(弾力的)労働時間制導入の場合、6カ月または24週間の中で1労働日あたりの平均労働時間が8時間を超えない場合に限り、1日10時間までの労働が認められている。また、労働協約あるいは労働協約に基づく事業所協定において、年間60日までは、1労働日に10時間までの労働が可能である。このほか、緊急・非常事態の際、あるいは深夜業など、一定の条件のもとでのさまざまな特例が認められている。

また、この法律では所定内労働時間と所定外労働時間を区別しておらず、いわゆる時間外割増賃金に関する規定がない。先述のように時間外労働自体が少なく、また変形労働時間制などの導入により業務の繁忙を吸収する仕組みで対処することで、いわゆる「残業」の存在が目立たない現状がある。ただし、実際の労働時間が法律よりむしろ労働協約によって規定されているように、時間外労働についても、協約上の所定労働時間を超過した際に賃金の割増が定められている場合が多い。また、労働協約で、所定内労働時間を超過した分を「労働時間口座」に貯めておき、それをまとめて休暇として処理するシステムも多くの産業分野で見られる。94年労働時間法で時間外割増賃金の規定をなくしたことは、労使が双方のニーズを反映して自由に時間外労働分の取り扱いを決める可能性を広げ、「労働時間口座」の普及にもつながっている。

最近の動き・課題

金属産業労働協約の波紋

このように、労働時間短縮を極め、安定しているかに見えるドイツだが、最近、労使に加えて政治の動きも加わり、変化の兆しが出てきている。それを象徴するのが、金属産業で今年2月に締結された労働協約で、週35時間(西独地域)の原則は変えないものの、高い技能資格をもつか、あるいは職位のランクが高い従業員に対して、事業所の従業員数の5割までを、週40時間労働に就かせることを可能にしている。金属産業の協約は、これまでも事業所全体の18%の従業員に週40時間まで延長させることができたが、その範囲が広がったことになる。

さらに、「競争力を明らかに高め、かつ職場を守ることができる」場合、労使合意を前提に、その対象事業所内の週40時間労働を可能にしている。このケースでは、職場の存亡に関わる深刻な事例が出ている。ジーメンスは移動通信、ネットワークなどの分野で合計5000人の雇用削減が必要だとし、それを回避するためには大規模なコスト削減、そしてその一手段として賃金の調整なしに(賃金据え置きのまま)週40時間制を適用しなければならないと主張した。このうち移動通信関連の事業所(2000人規模)では、実際に週40時間に相当する労働時間モデルを、IGメタル(金属産業労組)の同意を経て導入している。IGメタルはこの協約については「例外措置」であると強調した。しかし、世界で42万人の従業員(ドイツでは17万人)をもつジーメンスは、事業所の海外移転も視野に入れた事業展開を進めており、このような経営方針と労働組合側の対応については、今後も論議が続くと思われる。

IGメタルによると、協約を結んでいる6000事業所のうち、270事業所が、何らかの労働時間の延長措置を実施している。その中には、ダイムラー・クライスラー、BMW、ボッシュなどの大企業が含まれる。ただし、これらの事業所は研究開発部門が多く、製造現場などへの波及は限定的だ。

さまざまな動き

ただし、雇用維持の目的が絡む場合でも、すべてが労働時間延長に向かうわけではない。90年代に週28.8時間制を導入して雇用を確保したフォルクスワーゲン社のワークシェアリングモデルを採用する企業もある。最近では、昨年秋以降、オペルが主力工場で週30時間制の導入、ドイツテレコムが週38時間から週34時間への労働時間削減を打ち出して話題となった。また、バーデン・ヴュルテンベルク・エネルギー会社ではフォルクスワーゲン・モデルを採用し、週4日労働制を導入している。

公務分野では、地方自治体の労働時間延長が提起され、労使の大きな争点となりつつある。3月末から4月初めにかけて、バイエルン州で42時間制、ノルトライン・ヴェストファーレン州で新採用労働者への週41時間制(同州の公務員にはすでに1月より適用済み)が州当局から提起された。とくにバイエルン州首相E・シュトイバー氏(キリスト教社会同盟=CSU党首)は労働時間延長を強く主張し、CSUの姉妹政党CDU(キリスト教民主同盟)などの野党政治家にも、同調する発言が出ている。これに対し公務労働者を組織するVErdi(統一サービス産業労組)のF・ブジルスケ委員長は「公務分野だけで10万人以上の職が失われる」と反発し、ストライキも辞さないとしている。この論争は4月末時点で未解決であるが、ドイツの労働時間延長をめぐる論議はさらに活発化しそうだ。


参考資料

  1. 各国の労働時間制度比較

2004年5月 フォーカス: 労働時間制度

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