労働時間制度
イギリスの労働時間制度

イギリスは、他のEU諸国と比較して週の平均労働時間が最も長いと言われている。EU全体の平均週労働時間が40時間をわずかに超える程度で、加盟国の半数以上が40時間を下回っているのに対し、イギリスは43時間を超え突出している。2002年2月のTUC(イギリス労働組合会議)の調査によると、週の労働時間が48時間を超えている労働者の数は約400万人で、全体の16%、10年前と比較すると35万人多くなっているという結果がでた。週の労働時間を48時間以内に制限することを定めた「EU労働時間指令(Council Directive 93/104/EC)」を導入したにもかかわらず、6人に一人が週48時間を超えて働いているという計算になる。

労働時間指令でも減らない労働時間

TUCはこの要因について、「オプト・アウト(労働者の同意を得た場合のみ週48時間の上限を超えて労働させることを認める特例規定)」をイギリスが採用している点を指摘している。実際、使用者側のあるアンケート調査では、759社中65%の企業が、自社の従業員(一部または全部)に「オプト・アウト」に同意するように求めているほか、CBI(イギリス産業連盟)の調査では、イギリスの労働者の33%が同意書にサインしていることが判明している。EU委員会はこのような「労働者の同意」が「一般化」していて、「事実上労働者の選択の自由を制限している」と指摘しており、事実上イギリスのための特例規定として機能してきたこの「オプト・アウト」について、今後どのように取り扱っていくかを検討し、どのような措置をとるかが課題となっている。

労働時間制度の変遷

イギリスの労働時間制度は、1802年以降の工場法を中心に、婦人・年少者を対象に行われてきた。さらに言うと、成人男子の労働時間規制は、特に安全上規制が必要な業種に対してのみ限定的に行われてきたに過ぎない。労働時間等に関する諸法を統合し、イギリスにおいて最初の近代的工場法が制定されたのは1878年であった。1980年代に入ると、徹底した自由主義経済を至上とした保守党政権は、男女平等原則に反し、かつ労働経済を阻害するとの理由から、労働時間規制を廃止する方針を明らかする。結局、1997年5月まで続いた保守党政権のもとで、残った労働時間規制は、1933年および1963年の児童少年法(Children and Young Person Act)による13歳以上の就学児童の労働時間、日曜労働の禁止のみであった。

しかし、1997年5月に労働党が政権に帰り咲いてから、事情は一変する。すでに、保守党政権が無効を主張していた「EU労働時間指令」の有効性が欧州裁判所の判決で確認され、イギリス政府はこの指令の履行義務を受ける立場に置かれていたわけであるが、ブレア新内閣は、直ちに「1998年労働時間規則(Working Time Regulation 1998-SI 1998 No.1833)新しいウィンドウへ」によって、労働時間指令の国内法を実施した。この規制内容自体は比較的緩いものではあったが、労働時間に関する法規制が成人男子を含めて一般的に規制されたことは、イギリス法史上特筆すべき画期的な出来事であった。以下、同規則の内容を簡単に紹介する。

1998年労働時間規則

法律・制度の特色

1.労働時間の定義

本規則は労働時間を次のように定義している。(1)労働者が使用者の処分に委ねて労働し、かつ労働者の活動ないし義務を遂行する時間、(2)労働者が訓練を受けている時間、および(3)「適切な合意(a relevant agreement)」に基づき、同規則上、労働時間とみなされるその他の付加的時間(第2条1項)。ここで「適切な合意」とは、労働協約、労使協定、または労働者と使用者の間で法的強制力のあるその他の書面の合意をいう(労働契約上の条項も含む)(付則1の1条)。

2.法定労働時間

使用者は、原則として、各労働者が17週の期間(基準期間=reference periodという)で、各週を平均して48時間を超えないものとしなければならない(第4条1項および2

3.適用関係

週の労働時間、休息時間および深夜労働に関する制限は、労働時間の長さが測定または予め決定されないかまたは当該労働者自身によって決定され得る、特別な性質の活動に従事する労働者には適用されない。これは、独立の決定権限を有する経営幹部(managing executives)、家内労働者(family workers)、宗教的儀式の司祭労働者などである(第20条1項)。

4.弾力的労働時間制度

基準期間は17週未満の雇用ならその期間とされ、一定の労働者に関しては26週まで延長することができる。延長できる場合とは、労働者が職場から遠く離れて暮らしている場合、警備産業の場合、役務または生産の継続が必要な場合(例えば、保険、報道、通信、公益施設)、予見可能な活動時間の波がある場合、活動が不測である例外的な事件、事故または緊急な事故の危険によって影響を受ける場合である(第21条)。

5.深夜労働

「深夜労働」とは「深夜時間」、すなわち、7時間以上で、かつ、午前零時から5時までを含む期間で適切な協定により決定される期間、または、その決定がない場合には、11時から午前6時までの期間に行われる労働をいう。「深夜労働者」とは、通常、1日の労働のうち深夜時間に3時間以上労働する者、または、労働協約および労使協定に特定され得る年間労働時間の割合以上深夜時間に労働する者をいう(第2条1項)。このように定義された深夜労働者の通常労働時間は、17週の基準時間を通じて、24時間ごとに8時間の平均を超えることはできない。

6.休日(日ごとの休息期間および11時間継続した日ごとの休息時間)

成人労働者は、少なくとも11時間継続した日ごとの休息時間(daily rest period)を与えられなければならない。年少労働者は、毎日12時間以上継続した休息時間の権利を有する(第10条)。成人労働者は、日ごとの休息期間に加えて、毎週、24時間以上の週ごとの休息時間(weekly rest period)の権利を有する。その24時間は、14日の基準期間の平均でもよい。年少労働者は、原則として、週ごとに可能な限り継続した2日の休息期間を得る権利を有する(第11条)。

7.休憩時間(rest breaks)

成人労働者の1日の労働時間が6時間以上である場合、継続20分以上の休憩時間をとる権利があり、その時間にはその職場(work station)を離れる権利を有する。ただし、労働協約や労使協定に定めがある場合は、その規定に服する(第12条第1項、2項および3項)。年少労働者の場合は、その1日の労働時間が4時間30分以上である場合、最低30分のできるだけ継続した休憩時間をとる権利がある(第12条4項).

8.年次休暇

イギリスには、合計8日の公的休暇日(public holiday)があるが、これは元々公的休暇日における金融取引を禁止していただけの法律であり、労働者の休暇を保障するものではなかった。年休の決定はもっぱら雇用契約ないし労働協約に委ねられていたわけであるが、1998年の労働時間規則により、これもまたイギリス法史上初めて規制を受けることになった。つまりは、同規則により、1999年11月23日以降に始まる年次休暇年において、労働者は4週間の年次休暇を取る権利を有するに至ったのである(第2条)。

8.適用範囲

同規則は、適用対象を被用者(employee)とはせず広く「労働者(worker)」としている。そして「労働者」とは次のように定義される。(1)「雇用契約(contract of employment)または(2)明示または黙示を問わず、また明示であれば口頭または書面を問わず、当該個人がその職業的または営業的事業の顧客ではない契約の相手方当事者に個人的に労働またはサービスを為し、または遂行することを約するその他の契約-を締結しまたはそれに基づいて労働する(すでに雇用が終了している場合には、それに基づいて労働していた)個人である。

最近の動き・課題

この「オプト・アウト」をめぐり、今イギリスの労使は大きく揺れている。使用者側CBIによれば、使用者は「オプト・アウト」に署名するよう労働者に日常的に圧力をかけているわけではないし、被用者は進んで(割増手当てのために、あるいはキャリア上の理由で)長時間働いているのであり、長時間労働ができなくなれば多くの被用者が個人的権利の侵害だと考えるだろうと主張している。また同時に48時間を超えて働いている人々の多くが労働時間規制の対象外となっている管理者であることも強調している。一方の、労組TUCのブレンダン・バーバー書記長は、「オプト・アウト」の全面廃止を要求している。週48時間以上の労働は、誰にとっても長すぎるという主張だ。

欧州委員会は、今年1月、「労働時間指令」の見直しを検討するための協議文書を発表した。労働時間の上限に関して、週48時間という数字自体は見直しの対象になっていないが、週平均労働時間を算定する対象となる期間を、現行の原則4ヵ月から見直すかどうかが検討される予定だ。また、適用除外の特例措置を認める「オプト・アウト」を今後どのように取り扱っていくかが大きな課題とされている。事実上イギリスのための特例規定として機能してきたこの「オプト・アウト」であるが、なかなか減らない同国の長時間労働の実態を背景に、イギリス国内労使の議論を超えて、EUの労働時間指令を見直す議論へと発展している。


参考資料

  1. 小宮文人『イギリス労働法』(信山社,2001年)
    Lord Wedderburn, The Worker and the Law (3rd ed.)
  2. 「海外労働時報」(日本労働研究機構2002年4月)

参考資料

  1. 各国の労働時間制度比較

2004年5月 フォーカス: 労働時間制度

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