労働時間制度
アメリカの労働時間制度

2003年9月17日に発表されたOECD雇用アウトルック新しいウィンドウへによると、アメリカの1人あたり年間総実労働時間(平均)は、1815時間(2002年時点)で、他のOECD諸国より比較的長い労働時間となっている。アメリカの労働時間の推移をみると、1998年~2002年の過去5年間は連続して減少傾向にある。

しかし、アメリカの労働時間を考える時に注意すべきなのが、統計上には見えてこない労働時間の存在である。それらは、公正労働基準法の適用除外制度(ホワイトカラーイグゼンプション)や公務員の代償休暇制度(コンプタイム)などと深い関連がある。現在ブッシュ政権下では、新自由経済主義のもと、時間外労働の割増賃金を抑えようとする動きが強く、公正労働基準法の改正や雇用管理の運用改正について活発に議論されている。

法律・制度の特色

アメリカの基本的な労働時間制度について触れた上で、労働時間をめぐる最新の動きを紹介する

アメリカでは、公正労働基準法(Fair Labor Standards Act, FLSA)新しいウィンドウへにより週40時間を超える労働に対して、通常賃金の1.5倍以上の割増賃金支払い義務が定められている。ただし、これは週40時間を超える労働そのものを規制するものではない。すなわち公正労働基準法では法定労働時間を週40時間に規定し、それを超えた場合には割増賃金の支払い義務が発生するという、間接的な労働時間規制制度となっている。その意味で、厳密に言えば労働時間にかかる規制は、連邦レベルでは存在しない。

公正労働基準法における労働時間制度の大きな特徴は、「ホワイトカラーイグゼンプション」と呼ばれる特定の管理・専門的なホワイトカラーを時間規制の適用除外としており、適用除外の対象範囲も非常に広いことが挙げられる。その他、変形労働時間制度についても細かい規定が設けられている。

変形労働時間制度(弾力的労働時間制度)

アメリカにおける変形労働時間制度は、時期や季節によって作業量の変動が大きい産業について、弾力的な労働時間を導入して、複数週を単位とする総労働時間をもとに需要に見合ったフレキシブルな労働時間管理を実施しやすくする目的で設けられた。また労働時間に上限を設定し、割増賃金に関する規定を行うことで、労働者保護を図る目的もある。

(1)26週単位の変形制

労働協約により26週あたり1040時間を上限とする制度。この場合、いずれの26週をとっても1040時間以内であることが必要である。1040時間以内であっても1日12時間、1週56時間を超える労働に対しては、1.5倍の割増賃金を払う義務がある。これを怠った場合もしくは1040時間を超えた場合は、26週のおのおのについて1週40時間の規定が適用される。

(2)52週単位の変形制

労働協約により、52週について1840時間以上2080時間以下の時間が保障され(労働がなくとも時間分の賃金の支払いが保障される)、かつ2240時間が上限として規定されている場合には、特定の週に法定労働時間を超えても割増賃金の支払う必要はないという制度。但し、1日12時間、1週56時間を超える労働に対しては、1.5倍の割増賃金を支払わなければならない。これを怠った場合もしくは2240時間を超えた労働がある場合は、52週の各々について1週40時間の規定が適用される。

法定労働時間の特例

法定労働時間については、特定の業種及び企業に特例がある。具体的には、

  1. 石油製品の卸または大量販売の地域独占企業で、年間の売上が100万ドル未満であるなどの要件を満たし、1週間につき40時間を超える労働について最低賃金の5割増以上の賃金を支払っている場合、1日12時間または1週間で56時間までは割増賃金を支払わないことができる(第207条第b項3)。また、
  2. 小売業またはサービス業については、その労働者の通常の賃金が最低賃金の1.5倍を上回り、かつ賃金に占める歩合給の割合が5割以上の場合には、割増賃金の支払いを要しない(第207条i項)。
  3. たばこ産業においては、1暦年を通算して14日を超えない範囲内で、1日10時間または48時間までは割増賃金を支払わないことができる(第207条m項)等の特例がある。

なお公的機関の被用者に関しては、公的機関は労使協定等により、割増賃金の支払いに代えて、労働時間の1.5倍の時間の有給代償休憩を取得することができる(第207条o項)。

そのほか労働時間に関し、24時間継続労働の場合、睡眠8時間までは報酬対象の勤務から除外することを申し出ることは可能である。食事や通勤時間は、勤務時間に含まれない。

夜間労働に関しては、一般的な連邦法は存在しないが、州法では、年少者について規制を設けている州がある。

適用の範囲と適用除外

公正労働基準法による労働時間の適用には、一般に

  1. 年商50万ドル以上の企業、
  2. 州を越えた事業、又は州を越えて流通する商品を製造する企業、
  3. 病院、身体障害者施設及び学校など

が想定されている。

一方、公正労働基準法の適用除外は、通常「ホワイトカラーイグゼンプション」と呼ばれる制度がある。これにより、ホワイトカラーの多くが 労働時間に係わる規定を適用されない、自律的な働き方を行っている。その背景には、ホワイトカラーの仕事の評価について、労働時間の長さに囚われず成果を重視することによってホワイトカラーの十分な能力の発揮や質の高い仕事の遂行につながるとの考え方がある。公正労働基準法の労働時間制度の適用除外は、主に管理的被用者、運営的被用者、専門的被用者、外勤セールスマン、農業、水産業、船員、ITプログラマー、ニュース編集者、タクシー運転手などで、日本に比べて非常に多岐にわたる職業を対象としている。

最近の動き・課題

公正労働基準法改正の動きと各界の対応

アメリカの労働時間をめぐる最近の動きとして、前述の公的機関の被用者に対する代償時間制度(コンプタイム)について、ここ数年、経営者が割増賃金の支払負担を減らすために、民間の被用者についても導入しようという動きがある。しかしこの手法は、時間外労働時間の増加や労働者の柔軟な休暇取得の弊害を招くという研究者やシンクタンクの報告書が出されている。労働組合や野党からも激しい反発があり、実現には至っていない。

また、ホワイトカラーイグゼンプションについては、適用除外基準が28年にわたり改訂されておらず、現代の多様なホワイトカラーの就業形態に対応しきれていないため、様々な問題が顕在化してきている。特に複雑かつ曖昧な適用基準により使用者が適用除外対象でない者を適用除外者として扱い、時間外割増賃金を支払っていなかったとする未払賃金確認訴訟が急増している。そのためここ数年、何度か適用除外基準を定める公正労働基準法の改正案が米国議会に提出されているが、いずれも成立には至っていない。直近では、2003年3月27日に米国労働省が、改正案を公表し、議会に提案している。改正案の主な内容は、本来時間外賃金が支払われるべき低所得者層の保護回復とともに、適用除外基準が収入要件等を前面に出し明確化・簡略化を目指すものとなっているが、昨年9月に上院議会で否決され、現時点で法改正は実施されていない。

否決の理由としては、今回の改正案は、高給者に対する特例や専門的被用者についての職務要件が緩和されているため、実際に改正した場合、新たに適用除外者が急増するのではないかという危惧があるためである。アメリカ労働総同盟(AFL-CIO)もこの改正案について、多くの労働者が時間外労働の割増賃金を受け取る権利を失う可能性があるとして、反対を表明している。実際、米国労働省が改正案実施後の新たに増加する適用除外者を約64万人と見積もっているのに対し、民主党系の研究所は約800万人と見積もっており、推計段階から大きな乖離がある。しかし、この乖離が縮まらないまま、2004年4月20日時点で、ブッシュ政権主導のもと、労働省は当初の案よりイグゼンプトの対象枠を狭めた修正案を新たに発表し、時間外労働の割増し賃金に関する基準の変更に向けた取り組みを進めている。現在上院において再審議中であり、労働時間制度をめぐる今後の動向が注目されている。

表1:一人あたりの年間総実労働時間(平均)の推移
  1979 1983 1990 1998 1999 2000 2001 2002
日本 2126 2095 2031 1842 1810 1821 1809 -
アメリカ 1838 1824 1837 1850 1847 1834 1821 1815

参考資料:OECD雇用アウトルック2003

参考資料

  1. 各国の労働時間制度比較

2004年5月 フォーカス: 労働時間制度

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