デジタル人民元の活用による農民工賃金未払い対策の新展開

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  • 国別労働トピック:2026年3月

中国では、長年続く農民工の賃金未払い問題に対し、行政中心の対応から、刑事規制・信用監督・デジタル技術を組み合わせた総合的ガバナンスへと政策が進化している。2026年には四川省成都市でデジタル人民元を活用した賃金直接支払いモデルが導入され、資金管理の透明化と未払い防止を図る新たな試みが始まった。しかし、多層的な下請構造や地方財政への依存といった構造的要因により、問題の根本的解決にはなお課題が残されている。

デジタル化を軸とする賃金未払い対策への転換

中国政府は2026年1月、「農村全面振興推進に関する意見(注1)」を発表し、農民工の権益保護を重要政策として、特に、高齢農民工への支援強化に加え、賃金支払い保障の徹底および賃金未払い問題の是正に向けた取締まり強化を盛り込んだ。

こうした政策方針の具体的な実践例として、同年2月に、中国四川省成都市ではデジタル人民元(e-CNY)を活用した賃金支払い保障モデルが初めて導入された(注2)。交通銀行は、デジタル人民元のスマート代行支払い契約を先行的に活用し、農民工に100万元(約2200万円、1元=22円換算)余りの賃金支払いを実現した。デジタル金融技術を活用し、賃金の不正流用や未払いリスクを抑制する新たな対策モデルとして注目されている。

今回の試行では、銀行がデジタル人民元のスマートコントラクト機能を活用し、元請企業に専用のデジタルウォレットを開設し、資金の流れをシステム上で管理し、農民工個人のウォレットへ給与を直接支払う仕組みが構築された。

長期化する賃金未払い問題

1990年代末から続く農民工の賃金未払い問題に対し、中国政府は制度整備や刑事規制、信用監督など多様な対策を講じてきた。しかし、制度導入後20年以上が経過した現在も、賃金未払い問題は依然として継続している。

この問題が長期化している背景には、改革開放後の急速な都市化がある。1990年代以降、中国ではインフラ建設や不動産開発が急拡大し、農村から都市へ大量の労働力が流入した。特に建設業では多層的な下請構造の中で雇用が拡大したが、正式な労働契約や社会保障制度が十分整備されないまま市場が拡大した結果、賃金給付の遅れや未払いなどが顕在化した。

2000年代初頭には、賃金未払いは個別労働紛争を超えた全国的問題として認識されるようになり、2003年に農民工が中央政府へ直接救済を求めた事件は象徴的な転機となった。以降、春節前に賃金支払いを求める「討薪」という行動が各地で頻発し、年末の未払い問題が中国社会の恒例的な社会問題となった。

問題の長期化を受け、政府は2000年代後半以降、建設業者に資金を事前預託させる「賃金保証金制度」や賃金専用口座、未払い企業のブラックリスト制度などを導入し、行政責任の明確化を図った。2016年には、国務院弁公庁が「農民工賃金未払い問題の総合的対策に関する意見」公表し、さらに2020年5月1日には「農民工賃金給付保障条例」が施行され、制度的枠組みの整備が大きく前進した。政策目標としては、農民工賃金未払い問題の根本的抑制と「基本的に未払いのない状態」の実現が掲げられている。

刑事規制への転換と部門間提携

行政罰だけでは抑止力不足との認識から、2011年の刑法改正により、「中華人民共和国刑法修正案(八)」では悪意ある労働報酬未払いの一部が刑事罰の対象に追加され、賃金未払いは単なる行政違反から刑事犯罪へと明確に位置付けられた。

さらに2015年には、最高人民法院、最高人民検察院、人力資源社会保障部、公安部の4部門が連携して「労働報酬未払い犯罪案件の処理連携強化に関する通知」を発出し、行政部門と司法機関の連携を強化し、賃金未払い案件を迅速に刑事事件として処理する仕組みを整備した。

2018年には、人力資源社会保障部が賃金未払い企業のブラックリスト制度を導入し、信用制裁を政策ツールとして本格的に活用する段階に入った。法令違反や信用失墜行為を行った企業・事業者に対しては、政府補助金、公共調達、入札参加、資質審査、融資など多方面で制限を課す実施体制が整った。

年末年始集中取締り

農民工の多くは春節前に帰郷するため、賃金精算がこの時期に集中し、未払い問題が顕在化しやすい。政府は毎年、年末から春節にかけて集中取締りを行い、社会不安の抑制を図っている。

今年も賃金未払い問題に対し、政府は2025年11月から2026年春節前(2月)にかけて「治理欠薪冬季行動」(賃金未払い対策の冬季集中行動)を展開した(注3)

今回の対策では、複数機関が並行して対応している。最高人民法院は、賃金未払い対策の典型執行事例を公開し、司法的抑止力の強化を図った(注4)。一方、中華全国総工会は未払い案件の追跡管理や労働者の合法的な権利行使の指導を進めるなど(注5)、行政・司法・労組が連動する構造が形成されつつある。

構造的要因 ―多層下請と財政依存

しかし、制度が整備されても課題は残る。最大の要因として、建設業特有の資金の流れがあると考えられる。資金は地方政府や開発業者から総請負業者、下請業者、労務仲介者を経て労働者へ流れるため、資金遅延や破綻の影響が末端の農民工に集中しやすい。また、地方財政が土地開発収入に依存してきた成長モデルは、景気変動時に資金繰りを不安定化させる要因となる。さらに戸籍制度による制度的制約は、農民工の社会保障へのアクセスや交渉力を弱める側面もある。結果として、保証制度などは短期的な救済策として機能するものの、未払い発生そのものを抑制する効果には限界があるとみられている。

参考文献

  • 中国政府網、CCTV央視網、中国新聞網、人民網、中国最高人民法院

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