Make America Skilled Again
―トランプ政権の人材育成戦略、「見習い制度」重視
連邦労働省、商務省、教育省の3省は8月12日、「米国の人材戦略―黄金時代に向けた米国労働力の育成」と題する報告書を合同で発表した。トランプ政権が提唱すめる「米国を再び熟練労働者の国に(Make America Skilled Again 、MASA)」の実現に向け、(1)登録見習い制度の強化、(2)需要のある仕事への労働移動支援、(3)既存制度を合理化し、州の権限を拡大、(4)高実績のプログラムに資金を重点的に配分、(5)AI主導経済に対応できるよう労働者を支援、という5つの人材戦略を柱に据えている。とりわけ「見習い制度」への予算配分を重視する意向だが、人材育成予算全体の削減、プログラムの統合により、弱者への支援が行き届かなくなることを懸念する声も出ている。
「米国を再び熟練労働者の国に」
トランプ大統領は4月23日に出した大統領令で、「連邦政府の労働力訓練の徹底的な見直し」を進める方針を示した(注1)。このなかで、労働、商務、教育の各長官に対し、すべての連邦労働力開発プログラムを見直し、新興産業の重要な労働力ニーズに対応するためにプログラムを近代化・統合し、再調整するよう指示した。とくに、登録見習い制度(注2)に重点を置き、将来のニーズに対応するため、「年間100万人以上(が参加)の見習い制度を支援する」としている。
その後、連邦行政管理予算局(OMB)は5月2日、2026年度予算(2025年10月~26年9月)の基本方針を発表(注3)し、「米国を再び熟練労働者の国に(Make America Skilled Again 、MASA)」という人材育成のスローガンを掲げた。
OMBはMASAについて、「不法移民の雇用創出やDEI(多様性・公平性・包括性)に注力する進歩的な非営利団体に納税者の資金を流用するのではなく、州および地方自治体が連邦政府の労働力予算を労働者と経済の支援に最大限活用できるよう、柔軟性を与える」政策だと主張。これにより「雇用主との調整において、州はより高度な権限と柔軟性を持つようになる。その際にMASA助成金の少なくとも10%を、労働者が給与をもらいながら訓練を受け、大学に代わる貴重な選択肢となる見習い制度に支出することを義務付ける」とした。
人材育成戦略の5つの柱
上述の大統領令及びOMB方針を受け、連邦政府の労働省と商務省、教育省は8月12日、報告書「米国の人材戦略―黄金時代に向けた米国労働力の育成(America’s Talent Strategy: Building American Workforce for the Golden Age)」を発表し、同報告に基づき、MASAの実現に向けた人材育成政策を、具体的に進めていく考えを示した(注4)。
同報告書は以下の5つの人材育成戦略を掲げている。
- (1)需要主導の戦略
登録見習い制度など、実績ある職場ベースの学習モデルを拡大し、雇用主のニーズに直接つながるよう、教育プログラムを優先産業のキャリアパスに合わせる。 - (2)労働移動
需要の高い仕事に必要なスキルと資格を特定し、AI を活用したツールなどを通じて労働者に個別のサポートを提供することで、より多くの米国人を労働力として取り込み、その能力向上を支援する。 - (3)システムの統合
連邦政府の労働力開発プログラムを合理化して各州の権限を強化し、労働者と企業のアクセスポイントを統合する。 - (4)説明責任
連邦政府が資金提供する労働力開発プログラムの透明性と説明責任を改善し、米国人を高収入の仕事に結びつけることが証明されたプログラムに資金を再配分する。 - (5)柔軟性とイノベーション
AIリテラシーを優先し、AI 関連の仕事への新たな道筋を作り、急速なリスキリングやその他イノベーションの試行事業を推進することで、労働者がAI主導の経済に、迅速に適応する準備ができるようにする。
「MASA助成金」への統合案
なお、OMBが先に示した予算の基本方針では、WIOA(労働力革新・機会法)などに基づき、各州などに提供する以下の11の労働力開発プログラムそれぞれの予算項目を、単一の「MASA助成金」プログラムに統合し、各州に配分することとしていた(注5)。
- 成人向けプログラム(WIOA Adult)
- 非自発的離職者向けプログラム(WIOA Dislocated Worker)
- 若年者向けプログラム(WIOA Youth)
- ワグナー・ペイザー法雇用サービス助成金(Wagner-Peyser / Employment Service Grants)
- 労働力データ品質イニシアチブ助成金(Workforce Data Quality Initiative Grants)
- 見習い助成金(Apprenticeship Grants)
- 非自発的離職者全国準備金(Dislocated Worker National Reserve)
- アメリカ先住民向けプログラム(Native American Programs)
- リエントリー雇用機会プログラム(Reentry Employment Opportunities)
- 移民・農業季節労働者向けプログラム(Migrant and Seasonal Farmworkers)
- ユースビルド(YouthBuild)
また、低所得の55歳以上の高齢者に対して、地域活動と職業訓練を組み合わせた支援プログラムを提供する「シニアコミュニティサービス雇用プログラム(Senior Community Service Employment Programs)」及び低所得の若者に合宿方式で職業訓練を提供する「ジョブ・コア(Job Corps)」(注6)については、廃止するとした。統合後の「MASA助成金」は前年度におけるこれらの助成金総額より約16億ドル少ない約30億ドル規模に縮減した。こうしたなか、「見習い」を強化するという政権の方針を踏まえ、各州に配分する「MASA助成金」のうち10%を「見習い助成金」に充てるようにした。
予算の基本方針に対して、民間非営利団体「全国スキル連合(National Skills Coalition)」は、人材育成に関する予算の大幅な削減を伴うこと、プログラムの統合により弱者への支援が行き届かなくなることなどを指摘し、懸念を示した(注7)。
議会上院委員会は統合案を見送り
予算の歳出内容を具体化する連邦議会上院歳出委員会は7月31日、「MASA助成金」としての統合を見送り、それぞれの助成金を維持する案を賛成多数で可決した(注8)。廃止するとしていた「シニアコミュニティサービス雇用プログラム」と「ジョブ・コア」にも予算を充てた。予算規模も前年度の水準をほぼ維持した。ただし、成人向けプログラム(1,000万ドル減)、再雇用プログラム(500万ドル減)などは削減している。同案が成立するには、今後、上下両院での審議及び大統領の署名が必要とされる。
「全国スキル連合」は8月13日、同案に対して「労働力開発プログラムに対する最悪の削減案を回避するものだ」と一定の評価をしながらも、「労働力システムが労働者、雇用主、経済のニーズに追いつくために必要な、強力な投資をまだ提供できていない」とコメントしている(注9)。
注
- ホワイトハウス・ウェブサイト(Fact Sheet: President Donald J. Trump Modernizes American Workforce Programs for the High-Paying Skilled Trade Jobs of the Future
)参照(本文へ)
- 事業主や事業主団体、労働組合などが共同で実施する職業訓練を、連邦政府や州政府が登録して支援する制度(本文へ)
- ホワイトハウス・ウェブサイト(The White House Office of Management and Budget Releases the President’s Fiscal Year 2026 Skinny Budget
)参照(本文へ)
- 連邦労働省ウェブサイト(US Departments of Labor, Commerce, Education unveil workforce development strategy to fuel ‘Golden Age’ of the American economy
)参照(本文へ)
- 「ワグナー・ペイザー法雇用サービス助成金」は労働力開発・職業紹介のワンストップサービスの提供支援、「労働力データ品質イニシアチブ助成金」は職業訓練・雇用サービスのデータベースやシステム構築支援、「見習い助成金」は事業主や事業主団体、労働組合などがOJTと職場外訓練を組み合わせて専門職、熟練工の養成を支援、「非自発的離職者全国準備金」は非自発的離職者の雇用や訓練のニーズに対応する方法の開発・試行、「リエントリー雇用機会プログラム」は犯罪者らの再犯防止を目的としたカウンセリングや就職支援、「ユースビルド」は16~24歳の高校中退者向け支援、などを内容とする。(本文へ)
- 労働政策研究・研修機構(2025)「若年低所得層向け職業訓練「ジョブ・コア」を停止 ―連邦労働省、効果疑問視」(海外労働情報・国別労働トピック「米国」)参照(本文へ)
- 全国スキル連合ウェブサイト(Cuts Disguised as Reform: How the 2026 Budget Undermines Workforce Development
)参照(本文へ)
- 全国スキル連合ウェブサイト(Senate Appropriations Bill for FY26 Maintains Workforce Funding, But Falls Short of Needed Investments
)参照(本文へ)
- 全国スキル連合ウェブサイト(Senate Appropriations Bill for FY26 Maintains Workforce Funding, But Falls Short of Needed Investments
)参照(本文へ)
参考資料
-
全国スキル連合、ブルームバーグ通信、ホワイトハウス、連邦労働省、各ウェブサイト
参考レート
- 1米ドル(USD)=147.52円(2025年9月10日現在 みずほ銀行ウェブサイト
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