休息・休暇をめぐる争議の増加と働き方改革、残された課題

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2025年7月

近年、労働者の休息・休暇権をめぐる争議が複雑化し、件数も増加している。北京市の人民法院(裁判所)では、労働争議関連訴訟の4割超がこの問題に関連しており、有給休暇の未取得や残業代の未払い、仕事の持ち帰りやオンラインの利用による「隠れ残業」、過重労働の深刻化が指摘されている。中国政府は悪性競争(注1)による過酷な残業の改善を掲げ、大手企業も対応を進めているが、根本的な解決には至っておらず、“働き方改革”には依然として課題が残る。

「隠れ残業」の常態化

北京市第三中級人民法院はこのほど、休息・休暇権をめぐる労働争議事件の審理状況とその特徴について報告を行った(注2)。同法院で2022年から2024年にかけて審理・終結した第二審の労働争議件数11,440件のうち、休息・休暇権に関するものは4,942件で、全体の43.2%を占めた。これらの件数は年々増加傾向にあり、さらに、「オンラインツールの利用による隠れ残業」や「年次有給休暇の不適切な取り扱い」といった新たな権利侵害の形態も顕在化しつつある。

主な請求内容には、法定年次有給休暇の未取得に伴う給与未払い請求、残業代請求、病気休暇中の給与請求、さらには労働契約の継続履行請求などが含まれる。しかも、単一の請求にとどまらず、複数を併せて請求するケースが増加している。

過去3年間に発生した休息・休暇に関する争議のうち、法定年次有給休暇が3,479件(全体の70.4%)と最も多く、次いで残業代が1,740件(35.2%)、病気休暇が227件(4.6%)、産休・育休など女性特有の休暇が188件(3.8%)、忌引・私用・結婚休暇、福利厚生その他の案件が183件(3.7%)であった。また、使用者側による規則等に基づく休暇権利の制限が598件(12.1%)、休暇申請に対する合理的な理由のない拒否が421件(8.5%)、休暇取得を理由とする契約解除が390件(7.9%)、さらに「隠れ残業」を強いるケースも49件(約1%)あった。

職種別に見ると、訴訟の約88.6%が一般職に集中しており、工場作業員、ドライバー、セールス、経理などが中心となっている。さらに、管理職や高度専門職でも、休息・休暇に関する争議が近年増加している。

今回の報告で明らかになったのは、休息・休暇をめぐる労働争議には、①休息・休暇権への侵害が日常的に発生していること、②強制残業や「隠れ残業」が常態化していること、③使用者による残業代不払いが多発していること、④これらの争議が労働契約の解除に発展するケースが少なくないこと、⑤労働者側が権利侵害を立証するための証拠を収集するのが困難であること、⑥紛争の内容が複雑化・長期化する傾向が強まっていること、の6つの傾向が見られる点である。

一部の企業では、「残業」を企業文化の一部と位置づけ、労働者に長時間労働を強いるとともに、休暇を十分に取らせない傾向が見られる。休暇中であっても常に連絡可能な状態を求め、実質的に業務が増加するケースも少なくない。さらに、SNSの普及に伴って働き方がデジタル化・多様化する中で、残業の形も変化しつつある。仕事とプライベートの境界が曖昧になり、オンラインを通じた「隠れ残業」が増加しており、結果として休息時間が細切れになるなど、労働者の負担が一層深刻化している。

過酷な残業の改善に向けた官民の動き

近年では悪性競争による過酷な残業が深刻化しており、中国政府はその改善に本腰を入れ始めている。2024年7月の中央政治局会議では「内巻き型(注3)の悪性競争を防止する」方針が示され、同年の中央経済工作会議においても「内巻き型競争の是正と地方政府・企業の行動規範の確立」が掲げられた。これにより、企業に対して、非効率的で重複する業務を削減するよう明確に求めている。さらに、今年の「政府活動報告」では、悪性競争の是正に向けた具体策が明示された。2025年3月には、中国共産党中央委員会と国務院が「消費促進特別行動方案」を発表し、労働者の休息・休暇権を重点施策として位置づけている。

実際に、企業側(注4)でも“働き方改革”に取り組んでいる。中国の家電大手・美的グループは、今年1月に「6項目の禁止令」を発表し、終業後の会議開催や形式的残業、社内でのPPT使用などを禁止。午後6時20分以降の残業を認めず、社員が夕食後に職場へ戻ることも禁止している。また、ドローン大手のDJI(大疆創新科技)は3月に「残業禁止運動」を開始し、残業時間を21時までに制限し、管理職が三交代で社員の退勤を促す体制をとっている。製造業大手ハイアールも、2月から完全週休二日制を導入し、土曜出勤を禁止し、社内食堂も週末は営業停止とする一方、平日の残業時間も1日3時間以内に制限している。

しかし、こうした取り組みの裏で、実際には「仕事を家に持ち帰る」ことで対応している実態も少なくない。表面上は残業がなくなったように見えても、実際には労働時間が変わっていないケースも多く、問題の本質的解決には至っていない可能性がある。

減らない残業

中国の大手人材紹介サイト「智聯招聘」が2025年6月に発表した「残業実態調査報告」(有効回答数2,186件)によれば、「ほぼ毎日残業している」と回答した人は38.7%に上り、「週2〜3回」が21.9%、「週1回」が8.9%と、約7割が定期的に残業している現状が浮き彫りになっている(注5)

残業の原因は、「業務量が多すぎる」が50.1%と最多で、「緊急プロジェクト・突発業務」が46.1%。また、「上司の突発的な業務指示や意思決定の遅れ」が36.3%、「会社が残業を当然と見なしている」が35.2%に上った。コロナ禍以降、WeChatなどのSNSを通じた業務連絡が頻発し、「隠れ残業」も拡大の一途をたどっている。報告によれば、40.1%が「ほぼ毎日、24時間オンコール状態にある」と答え、中間管理職に至っては49.6%が「常に待機している」としている。一方で、「隠れ残業はない」と答えたのは全体の10%未満にとどまった。

また、残業手当の支給は、「一切支給されていない」が30.0%、「プロジェクトの成功次第で報奨があるかもしれない」という不明確な期待が27.5%だった。他方、「具体的な補償(残業代や代休制度)がある」と回答した人は26.5%にとどまっている。

参考文献

  • 中国法院網、北京政法網、中国新聞網、法治網、金融界、毎日新聞網ほか

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