法定最低賃金、11月から2%上昇
―首相は「産業別協約最賃」引き上げの団交促進を求める
法定最低賃金(SMIC)が2024年11月1日に時給11.65ユーロから11.88ユーロに引き上げられた(注1)。前回2024年1月1日の引き上げの際に基準となった2023年11月時点から、物価上昇が2%以上となったための引き上げである。この引き上げに際して、SMICよりも低い水準に設定されている産業別労働協約の最低賃金を政府は問題視しており、首相から政府が労使に対して早急に団体交渉をするよう促す発言があった。
物価2%上昇に伴うSMIC引き上げ
毎年1月1日実施されるSMICの定例の引き上げでは、学識経験者等で構成される専門家委員会が報告書を政府に提出し、これを参考に政労使協議を経て政府が引き上げ額を決定する。引き上げ基準は、消費者物価のほか、平均賃金の上昇率が勘案されるが、政治判断によって上乗せされる場合もある(注2)。2024年1月には、その前の引き上げ時(23年8月)の基準となった23年6月以降、同年11月までの間に、消費者物価が1.13%上昇したため、その上昇分が引き上げられた(時給11.52ユーロから11.65ユーロ)。
SMICは、物価上昇が前回の引き上げの基準となった時点から2%以上になると、年の途中であっても、その上昇分が引き上げられる。今回は23年11月からの物価上昇率が24年9月時点で2%に達したため、24年11月1日に2%引き上げて時給11.88ユーロ(月額1,801.80ユーロ)になることが決まった(注3)。2007年以降の最賃額と引き上げ率の推移を示したのが図表1である。1月1日以外の年の途中の引き上げは、最近では21年以降、毎年実施されており、22年には物価の高騰もあり5月と8月の2回引き上げられた。なお、政治判断による引き上げは2012年以降行われていない。
図表1:最賃額(時給)と引き上げ率の推移(2007年~2024年)

出所:政府発表資料等より作成。
SMIC引き上げに追いつかない産業別協約最賃
SMICの引き上げは、最賃水準の労働者の賃上げという効果があるが、産業別労働協約が定める最低賃金の引き上げを促す効果もある。SMICが引き上げられた結果、協約最賃がSMICを下回る産業または職種が増えることを政府は問題視している。SMIC引き上げの発表に際して、バルニエ首相は、団体交渉が行われないなどの理由で協約が定める最低賃金が、SMICを下回っている産業の労使に対して、早急に団体交渉を行い、協約を改訂するように促している(注4)。
労働省は適用労働者5,000人以上の171の産業別または職種別労働協約(以下、産業別協約) (注5)を調査対象として定期的にレポートを発表している。2013年から21年にかけて41から48の産業別協約最賃がSMICを下回っていた(注6)。2024年6月の上院での審議において、SMICの引き上げにより協約最賃がSMICを下回る産業が、24年1月の時点で105(64.4%)にのぼることがわかった(注7)。
産業別協約最賃がSMICを下回ることは何を意味するか。Alexandre Durain(2022)によると極端な場合、8つの係数がSMICを下回っている場合もある(注8)。学校等を卒業して全く職業資格を持たない労働者が企業に採用された場合、賃金体系の係数は最も低い等級に位置づけられる。だが実際は、雇用主はSMICの額を支払う義務があるため、SMIC以上に相当する協約賃金を受け取ることなる。一般的には12カ月から18カ月で一つ係数が上がることになるので、SMICよりも高い協約最賃を定めている産業では、係数が上がれば受け取る賃金も上がることになる。しかし、協約最賃がSMICよりも低く設定されている産業の場合、数年間係数が上がっても賃金が上がらないことになる。つまり、8つの係数分がSMICよりも低い位置づけになっている場合、勤続年数8年から12年は賃金が上がらないことになる。しかも、SMICは毎年、多い時には数回、引き上げられているので、そのたびにSMICを下回る賃金の等級が増えていくことになる。
農産食品関連の特定の産業では、労働者のスキルや経験は、勤続年数に応じて向上しているにもかかわらず、支給される賃金は数年間にわたって法定最低賃金に「固定」されている。職業経験が4年から6年あったとしても、あるいは、より高度な資格を保有していたとしても、初心者で無資格の従業員と数年間、賃金が同じになることになる。相次ぐSMICの引き上げにより、さらに数年間影響を受けることになる場合もある(注9)。賃金水準が底辺に張り付いた状態となり、従業員の間で不公平感を生み出す懸念があるとAlexandre Durain(2022)は分析する。また、低賃金の労働者が多くを占める産業では、採用が困難になる企業が増えると警告する研究者もいる(注10)。
さらに、企業の採用を支援するために導入されたSMIC水準の労働者を対象とする減税策が「低賃金の罠」を生み出し、賃金の伸びを鈍らせていると一部のエコノミストが問題を指摘している。首相はこの減税策を見直す考えを示している(注11)。
注
- Le Smic est revalorisé de 2 % au 1er novembre 2024
, Publié le 24 octobre 2024 - Direction de l'information légale et administrative (Premier ministre).(本文へ) - 直近のSMIC改定時からの消費者物価上昇率(タバコを除く所得下位20%の世帯の消費構成)が2%に達した場合、当該消費者物価指数公表の翌月1日にSMICは物価上昇分だけ自動的に引き上げられる(労働法典 L. 3231-4条、L. 3231-5条および政府サイトvie-publique(Le SMIC en six questions, Dernière modification : le 24 octobre 2024
)参照)。(本文へ) - Décret n° 2024-951 du 23 octobre 2024 portant relèvement du salaire minimum de croissance
.(本文へ) - Salaire : que change une hausse anticipée du smic de 2% ?
Radiofrance, le 2 octobre 2024.(本文へ) - 細川(2017)によると、フランスの産業別労働協約(accord de branchesあるいはconventions collectives de branches)は、金属産業のように自動車産業や航空関連産業などの多様な産業が一つの部門を形成している一般的な「産業別」の協約に加えて、映画産業のように、カメラマン、映画館、翻訳・字幕、アニメーションなどの職種ごとに協約を締結している場合も少なくない。本稿で扱う協約も、清掃業、DIY業、トラック運送業、理髪業など、一般的には「産業別」協約とは言い難い部門が含まれている。そのため、細川(2013)では「産業別ないし職種別労働協約」という訳語を用いている。細川(2017)では「部門別協約」という訳語をあてているが、本稿では細川(2013)に基づき、一般的な産業別協約とは異なることを前提とした上で、「産業別協約」という訳語を用いる。(本文へ)
- 法定最賃(SMIC)を下回る産別最賃の引き上げ労使交渉(当機構、国別労働トピック:2022年6月)(本文へ)
- Rapport sur l'application des lois de financement de la sécurité sociale (Ralfss) et la certification des comptes de la sécurité sociale
- Audition de Mme Véronique Hamayon, présidente de la 6e chambre de la Cour des comptes)参照。
Smic : toujours aucun coup de pouce et la même promesse d’agir pour la mise en conformité des minima de branche
, InFO militante Publié lundi 28 octobre 2024 par Elie Hiesse, L’inFO militante.
Négociations salariales et smicardisation : faux débat, vrai problème
, Rapports d'information, n° 689 (2023-2024), déposé le 12 juin 2024.
2021年10月1日に行われたSMIC引き上げの際には、108の産業別協約最賃がSMICを下回る可能性も指摘されている(Des minima salariaux parfois inférieurs au smic dans 108 branches professionnelles, Par Bertrand Bissuel, Le Monde, Publié le 14 janvier 2022.)。(本文へ) - Alexandre Durain(2022) Comment en finir avec les « smicards à vie »
, Publié le 27 juin 2022.
協約が定める賃金体系や係数(coefficient)については細川(2018)を参照。産業用養鶏部門では、2022 年1月時点でSMICを下回る12の係数が確認されたとのフランス民主労働総同盟(CFDT)による指摘もある。また、2023年4月現在、化学分野のゴム産業の協約は11レベル下回っており、木材分野(木造軸組工法建設業)やレジャー関連産業などでは最大7レベル下回っているところもあるとの報道も見受けられる。
Toute sa vie à 1300 euros net? Pourquoi un grand nombre de salariés risquent d'être piégés au Smic
, Frédéric Bianchi, bfmtv, Le 28 juin 2022.
Jusqu'à 11 échelons sous le Smic: quelles sont les branches professionnelles mauvaises élèves pour les salaires?
Frédéric Bianchi, Le 12 avril 2023.(本文へ) - Toute sa vie à 1300 euros net? Pourquoi un grand nombre de salariés risquent d'être piégés au Smic
, Frédéric Bianchi, bfmtv, Le 28 juin 2022.(本文へ) - Jusqu'à 11 échelons sous le Smic: quelles sont les branches professionnelles mauvaises élèves pour les salaires?
Frédéric Bianchi, Le 12 avril 2023.(本文へ) - Le Smic revalorisé de 2% au 1er novembre
, La tribune, 1 octobre 2024.(本文へ)
(ウェブサイト最終閲覧日:2024年11月13日)
参考文献
- 細川良(2013)『現代先進諸国の労働協約システム―ドイツ・フランスの産業別協約―(第2巻 フランス編) (PDF:2.3MB) 』(労働政策研究報告書 No.157)。
- 細川良(2017)「フランス2017年労働法改革の背景と意義―解題に代えて」(特集/フランス2017年労働法改革)『労働法律旬報』。
- 細川良(2018)『現代先進諸国の労働協約システム(フランス)(PDF:2.8MB) 』(労働政策研究報告書 No.197)。
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=164.55円(2024年11月14日現在 みずほ銀行ウェブサイト
)
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